176:夏季休暇始まりました
夏休みが始まった。
とは言え、生徒が学園の外に出て里帰りするには事前の申請が必要、学園内の衣食住は一学期中と変わらず万全なまま、決闘の為の施設は学園内のが圧倒的に充実している、と言った要素が存在している為、生徒の数はそこまで減っていない。
たぶんだが、週ごと、日ごとに何時も見かける生徒が何人か居なくて、聞いたらその何人かが偶々家に帰って見かけなかった、ぐらいなんだろう。
しかし、通常の授業が無い分だけ、決闘の方は賑わっている。
朝から晩まで、誰かしらは成績には関係しない形式で決闘を入れている感じだ。
そして中には成績を賭けた決闘や、何かしらの物品を賭けた本気の決闘も行われている。
うん、実にやる気に満ちていると思う。
出来る事なら俺も参加したいのだが……。
「それじゃあナル君。補習授業頑張ってね」
「夏季合宿前には終わるように頑張るですヨ。ナル」
「はい。可能な限りで頑張ってまいります」
はい、俺は補習授業がありますので、そちらが最優先です。
幸いと言うべきか、月曜日の朝にスズに泣きついたおかげで、火曜日に期末テストを行った教科は大丈夫だった。
月曜日に期末テスト行った教科にしても、個人的には致命傷ではなく、七月の間頑張れば、八月中はきちんと夏休みを送れそうな感じだった。
と言うわけで、俺はスズとマリーに見送られて、マンツーマンで補習授業が行われる教室へと向かう。
「で、どうしてイチはこっちなんだ?」
そう、マンツーマンなのだ。
教師(男性)と二人きりの環境で補習授業を行う事は決定している。
なので、普段の授業は一緒である徳徒たちは居ないし、他の生徒も来ないし、居ても仕方がない。
なのに、俺と一緒にイチが歩いていて、しかも向かう先は一緒である。
「念のための警戒。と言うところですね。ナルさん」
「警戒?」
「はい。まず前提として、補習授業の期間中は学園の座学を行うエリアに居る人の数が極端に減ります。これは、そのエリアに用事がある人が少ないので、当然の事です」
「それはまあ、そうだな」
これについては普通の授業が無いだけでなく、スズとマリーの二人がわざわざ会場に行くほどに決闘が盛んに行われていると言うのもあるだろうな。
決闘の方に多くの人が動いているから、その分だけこっちの人数が減るのは自明の理って奴だろう。
他にもサークル活動や委員会活動、シンプルに寮で過ごすってのもあるか。
なんにせよ、これから行くエリアの人が少ないのは確実だ。
「学園のどの教室で補習授業をやっているかは教室の使用予定を見れば分かります。そして、ナルさんが補習授業を受ける側になっているのは周知の事実です。よって、補習授業をやっている教室へと向かえば。自然とナルさんに会う事が出来ます」
「あ、はい……」
食堂でうなだれていたものな……。
そりゃあ、少しでも俺に対してアンテナを張っている人間なら、知っていて当然か。
イチの口ぶりからして、俺がどの教室に居るかも、何故か正確に知られているんだろうなぁ。
いや本当に何故なんだろうな?
俺がどの教室で補習授業を受けるかなんて、俺自身の他にはスズ、イチ、マリー、護国さん、徳徒、遠坂、曲家ぐらいしか知らないと思うんだが。
うーん、遠坂辺りがポロっと零したとか?
無くはない。
無くはないが……これはもう気にしても仕方がないな。
「この手の時に妨害する筆頭であるスズは居ません。補習授業の休憩時間中に人がやってくるのを止める権利は誰も持っていません」
「まあ、そうだな」
「なので、ナルさんに対して良からぬことを考えている人間。そうでなくとも接触を持ちたい人間にとっては、この補習授業の期間は恰好のタイミングと言えます」
「だから代わりにイチが張り付いておく、と?」
「そう言う事です」
なるほど。
だから念のための警戒と言うわけか。
俺一人だけだと、補習授業のダメージでグロッキーになっているところに何を仕掛けられるか分かったものじゃないしな。
イチが居てくれるのはありがたい。
なにせ、今の俺たちはこの手の警戒を無駄とは断じる事が出来ない相手が実際に居るからな。
「警戒の対象は綿櫛とその取り巻きたちか?」
「メインはそうです」
そう、綿櫛たちだ。
俺の事を自分を飾り立てるアクセサリーとしか思っていないような女で、スズたちに対して嫉妬し、俺に拒絶され、スズに体育祭でぶちのめされてもなお、意地汚く悪足掻きを重ねている女。
取り巻きの女もマリー経由で知った限りでは相当酷かった。
正直、四人揃ってお近づきになりたくはない女たちである。
「メイン?」
「綿櫛たちが悪い意味で目立ち過ぎているだけで、将来有望な生徒にお近づきになりたい生徒は他にも居ます。方向性も強引なものから穏便なものまで様々です。そして、一般的には無縁よりは微かでも縁があった方が、何かあった時に頼り易いと普通の人は考えます。ナルさんとの接触を図りたいとはそう言う事なのです」
「なるほどな。まあ、数分程度の雑談で終わるのなら、俺としては気分転換も兼ねて話しても構わない訳だが……そんな目で睨まないでくれ、イチ」
俺が軽口のつもりで話しても構わないと言ったら、イチから怒っていますと言う目つきで睨まれた。
補習授業を優先するようにと言う事だな、分かっているって。
「ナルさん。この手の話は一人例外を設けてしまうと、なし崩し的になあなあになりがちです。それこそ綿櫛が寄ってきますよ」
「それは嫌だなぁ……」
「はい。なのでナルさんは補習授業に専念していてください」
「もしもイチが綿櫛たちに絡まれたら?」
「放っておいて大丈夫です。どうとでもなりますので」
「そうか。まあ、いざと言う時には授業中でもいいから教室内に入って来てくれ」
「そうですね。相手が完全にアウトな手法を取った時にはそうさせていただきます」
と、此処で俺とイチは目的の教室に到着した。
「じゃあ、行ってくる」
「はい、頑張ってきてください」
俺は教室の中に入る。
イチは何処かにしまっていたらしい折り畳み式のイスを廊下に展開すると、そこに座ってスマホの操作を始めた。
どうやら、配信されている決闘をスマホで見るようだ。
イチ「どの教室に誰が居るかなんてそれぞれの教室の外を通り過ぎつつ聞き耳を立てれば容易に分かるので、漏れた情報を察知する必要はないです」
遠坂「ワイ、無罪!」




