169:その頃のスズとイチ
「どうして負けますの! この私が! 依頼をして差し上げたと言うのに負けるだなんて! ああ、よくもよくも! よくも!! 恥をかかせてくださいましたわね! どうしてくれましょうか、どうしてくれましょうか、どうしてくれましょうか! 奴らの家に親に圧力をかけて負けた責任を……」
校内にあるとある部屋。
そこで一人の女子生徒が喚き散らしている。
その言葉の内容は聞くに堪えないものであり、それでも我慢して聞いたなら傲慢と嫉妬に塗れていることが簡単に分かるものだった。
少女の名前は綿櫛美照亜。
デバイス製造企業の一つである『コトンコーム』社の現社長の孫にして、創始者一族の中でも特に社長から可愛がられている少女である。
「落ち着いてください綿櫛お嬢様。今回、『パンキッシュクリエイト』の依頼に当たってはこちらの名前は一言も出していません。ですので、ひいっ!?」
「これが落ち着いていられますか!! 私でも知っているのですよ! 今回の決闘の裏ではお爺様の意を受けても汲めなかった無能が動いていた事ぐらいは! つまり、この敗北は私の敗北に等しく、それはつまり、私はまたしても、あの女共に恥をかかされた事に変わりないのです!!」
「……」
「私は悪くない、私は間違ってない、私は関係ない……」
綿櫛が居る部屋には他に三人の女子生徒が居る。
だが、その内の一人は落ち着かせようとして逆に綿櫛の勘気を買い、残り二人のうち片方は影に徹し、もう一人は怯えるように何かを呟いている。
殴打音も聞こえてくる事からして、部屋の中で何が行われているかを想像する事は容易だろう。
何故これほどまでに綿櫛が荒れているのか?
勿論、ナルたちが勝利したからである。
そして、綿櫛たちはこの状況が部屋の外に伝わっていないものと考えていたが、事実はそうではなかった。
「……。どうしましょうか、スズ。この音声データを先生方に渡せば、それで決着がつくように思えるのですが」
「うーん、どうだろうね? この音って集音マイクを向けたら、壁越しにとんでもない発言や音が取れてしまいました、と言うものだから。証拠能力としては決定的ではないかも」
「出すべきところには出しておきます」
「そうだね。それが無難かも。後、彼女の取り巻きって昔から彼女に寄生して甘い汁を吸ってた連中だから、助ける気にもなれないんだよね」
「それはそうですね。自業自得なのはイチも思うところです」
そして、そんな綿櫛の振る舞いを隣の部屋でイチとスズの二人が確認していた。
そう、二人は『パンキッシュクリエイト』との決闘に参加しなかった理由の一つは、ここで情報収集をするためだったのである。
「それでスズ。どうして今回の決闘ではイチとスズは参加しない事を選んだのですか?」
「此処で情報を得るため。だけではないよ」
勿論他にも理由はある。
「まず、私とイチが居なくても、ナル君とマリーなら勝てる可能性が十分にあったから。負けても致命傷じゃないってのも勿論あるけどね」
「なるほど」
「次に苦戦させた方がナル君の成長を促せるから。現にナル君は念願の攻撃手段を手に入れられたみたい。検証は必要だけど、これでナル君の強さは増々盤石なものになるね」
「使ったら全裸になる攻撃手段はどうかとイチは思いますが」
「それと……」
イチのツッコミをスルーして、スズは言葉を続ける。
「私とイチの情報を今回の件の仕掛け人に与えたくなかった。これが一番にあるかな」
「仕掛け人……『ノマト産業』の人間の事ですね」
「そうそう。今回の決闘なんだけど、たぶん、そいつらにとっては威力偵察の一種だったみたいなんだよね。今回で私たちの能力を確認して、次かその次辺りで本命を繰り出し……って感じ。そこから、公衆の面前で屈辱を味わせる事を優先するのか、敗北の対価でこちらに金銭などのダメージを与えてくるのかまではちょっと分からないけど」
「だから、その時が来た際に、イチたちにとって有利に事が進むようにするべく、今回はイチとスズの二人は伏せた。そう言う事ですか?」
「そう言う事だね」
スズは護国家から渡された情報と、燃詩から渡された情報、その他の伝手で得た情報、それら全てを改めて頭の中で反芻する。
今回の決闘の仕掛け人は『ノマト産業』のハモと呼ばれている男。
ハモは『パンキッシュクリエイト』に合法的な依頼をして、『ナルキッソスクラブ』へと仕掛けさせた。
飄々としていて、どうにも掴みどころがないが、『コトンコーム』社への忠誠は態度からして確実に無い。
なのに、『コトンコーム』社のトラブルを決闘で解決する『ノマト産業』に所属していて、しかも仮面体の情報がまるで出てこない。
そんな不気味な男である。
「綿櫛を隠れ蓑にして何を狙っているのかは分からないけど……少なくとも仕掛け人は只者じゃない。これだけは確実じゃないかな」
「なるほど。覚えておきます。それと、イチの伝手の方でも可能な限り情報を探ってみます」
「うん、お願い」
ただ、燃詩から得た情報には気になる一文があった。
『ハモと呼ばれる男はアビス信徒である疑いがある』
そんな無視するわけにはいかない一文があったのを、スズは思い出した。
「とりあえず音声データを樽井先生に渡したら、ナル君たちと合流しようか。先生方が目を光らせていれば、綿櫛たちも馬鹿な事は出来ないと思うし」
「分かりました。ではそうしましょう」
スズたちは未だに荒れ続け、もはや集音マイクなど無くても、少し聞き耳を立てれば聞こえるのではないかと思えるほどに騒ぐ綿櫛たちを尻目に、その場から去っていった。
そうしてスズたちが去って行った後。
「えー……これを収めるんですか……? いや、私の仕事の結果であり、後始末の一環と言うのは分かっていますけど、これをですか……? あー、はい。上手く説得して落ち着かせておきます。……。はー、アビス様に預けるべき私の貴重な魔力をこんなところで使わせないで欲しいなぁ……まったく」
綿櫛たちが居る部屋の前に、スマホで通話している最中なスーツ姿の男性が一人で訪れ、それから程なくして部屋は落ち着きを取り戻すのだった。




