163:決闘直前の控室にて
「さテ、いよいよと言うほどではないかもしれませんガ、いよいよですネ。ナル」
「そうだな。いよいよだ」
サークル『パンキッシュクリエイト』との決闘が始まる直前。
俺とマリーは控室で時間が来るのを待っていた。
「デバイスの確認、もう一回しておくか?」
「もう確認したじゃないですカ。マリーのとナルのとデ、相互の形デ。やり過ぎて不具合を起こしたラ、それこそ問題でス」
「それもそうだな」
デバイスの整備は万全。
スキルの登録についても問題なし。
『パンキッシュクリエイト』の面々のデータを含めて、頭の中に入れておくべき情報についても揃っている。
うん、やる事が無いな。
「スズたちは何をやっているんでしょうネ?」
「何をやっているんだろうな? スズたちが居ない事を相手に伝えないためにも、決闘を開始するまで姿を隠しているとは聞いたけど、それならこの場に留まっていてもいいわけだし」
スズとイチの二人はこの場には居ない。
かと言って、他の生徒の目に触れるような場所にも居ないはずだ。
そう言う場所に居たら、スズとイチが決闘に出ない事が『パンキッシュクリエイト』に伝わってしまうかもしれないし。
「まあ、スズたちの事だから、心配はしなくていいだろ」
「そうですネ。マリーとナルの二人と比べテ、目立たずに行動する事も慣れているでしょうシ、ルールに反するような事もやらないでしょうかラ」
まあ、俺もマリーも心配はしていない。
マリーの言う通り、あの二人なら目立たずに動き回れるし、馬鹿な事……違法な振る舞いの類もしないだろうから。
「……」
「マリー? どうした?」
と、ここでマリーが何かを言いたそうにしているのに気付いた。
なので、俺は先を促す。
「ナル。今回の決闘は物を賭け、授業とは別枠で行われている、正式な決闘です」
「ああそうだな」
どうやら真面目な話であるらしい。
いつものアクセントが消えている。
「賭けているものはマリーの金貨と言う、ぶっちゃけ、時間さえ貰えれば幾らでも作れる物ではありますが……綿櫛と繋がりがあるような連中に渡すわけにはいきません。マリーたちの作る金貨は血と苦しみの積み重ねから生み出されたものなのですから」
「……。前に言っていた、長くなる話って奴だな」
「ええそうです。今この場で話している時間などありませんから、掻い摘んで話しますが……マリーの従兄妹、親戚含めて、何人も死んでいます。何人も傷ついて、おかしくなって、死んで……それでようやく今のマリーの『蓄財』があります」
「……」
マリーの仮面体、マリー・アウレムの姿は喪服のような衣装を身に着けた女性である、と言うのは俺も含めて多くの人間が知っている事である。
けれど、今こうして真剣な顔で手のひらの上に乗せた金貨を見つめながら語るマリーの姿を見れば分かる。
喪服のようなではなく、本当に喪服なのだ。
と。
「だから渡せません。綿櫛のような身勝手な人間には、その取り巻きのように平然と誰かを裏切る人間には、権力と財力が揃っているのならば何をしても許されるのだと勘違いしているような人間には。断じて渡せません」
マリーの過去に具体的に何があったのかを俺は知らない。
スズに聞いてもいいし、マリー当人だって聞けば話してくれるだろうし、自分で調べても知ることは出来るだろう。
だが、知るのはまた今度でいい。
俺が今するべき事はマリーの過去を聞く事ではない。
「そうか。なら、何としてでも負けられないな、マリー」
決闘に勝利して、マリーの心を守る事である。
「ええそうですね。負けられません。ですからナルに先に言っておくことがあります」
「言っておくべき事?」
俺は心の中で密かに気合いを入れ直しておく。
だが、マリーにはまだ話があるらしい。
「ナル。今回の決闘相手である『パンキッシュクリエイト』の四人は、綿櫛たちと違って、真っ当で、しかも四人での連携に慣れた決闘者です。つまり、非常に強い。それこそナル一人に対して四人で挑めば勝ちを望めるであろう程に」
「ああそうだな。だからこそ俺たちは4対4ではなく、敢えて2対4にしたし、その事実も隠して今日を迎えると言う奇策だって打っている」
「そうですね。ですが、二人になって、連携や誤射について考える必要性を限る事で対応スピードを上げたとしても、なお応じ切れるとはマリーには思えません」
「……。そうかもな」
実際、『パンキッシュクリエイト』は強い。
スズが調べたら、負けているのは生徒会メンバーで組まれた小隊とか、麻留田風紀委員長とか、専用の対策を組んでいる小隊相手だとか、そう言う限られた相手であり、無策だったり訓練不足だったりする小隊相手には普通に勝利を収めていた。
こちらの勝ち筋を考えるのなら……それこそ先ずは速攻で相手を一人でもいいから落として、連携を崩す必要があると言うのが、対策含めてあれこれと考えてくれたスズの作戦だ。
逆に言えば、一人も落とせない状態が長引けば、かなり厳しいことになる、それが俺たちの総意でもあった。
「なのでマリーはナルを巻き込む前提で攻撃を撃ち込みます。流石に杭の直撃はさせないように気を付けますが、それぐらいでないと通用する気がしませんので」
「なるほど」
だからマリーは割り切ったらしい。
勝つために、俺ごと攻撃を仕掛けると言う、普通ならあり得ない行動をする事を。
「そしてナルもマリーの事を気にしないでください。マリーも決闘者の端くれです。一人……いえ、二人くらいなら対処できます。してみせます」
「それは時と場合によるが、基本的に断る」
と同時に、マリーは俺にも割り切って、抑えきれなければ自分に回しても構わないと言った。
が、それは断る。
「何でですか……」
「いや、何でも何も、俺の火力と攻撃手段で仕留めるのは厳しいし。勝つためにも、マリーには残っておいてもらわないと困る。むしろ、途中でマリーが落ちたら、この決闘はほぼ負けだからな? 俺に相手を擦り付けるくらいでちょうどいい」
「それは……そうかもしれませんが……」
マリーが言われてみればと言う感じの顔をしているが、本当にそうなのだ。
今回の決闘の鍵を握っているのは、俺ではなくマリーなのだ。
今回の俺は新しいスキルも積んできているが、それもどの程度効果を発揮するか分からないので、本当にマリー次第なのだ。
「そう言うわけだから、マリー」
俺はマリーの手を握る。
握ってみれば、マリーの手は緊張によってか、微かに震えているようだった。
考えてみれば、何かを賭ける本当の決闘をマリーがするのはこれが初めてなのだし、緊張するのも当然の事だったか。
うん、緊張を解くためにも、こう言うべきだな。
「俺を巻き込んで構わないから、ガンガン撃ち込め。ユニークスキルである『恒常性』だって俺にはあるんだから、即死さえしなければ何とかなる。何だったら、俺の衣装を剥ぐつもりで攻撃を仕掛けたって構わないぞ」
「……。ふぅ……。分かりましタ。でハ、遠慮なく撃ち込ませていただきましょウ。たダ、衣装を剥ぐのは無しでス。それはナルがただ脱ぎたいだけでしょウ」
「何のことやら、俺は俺の美しさを知らしめたいだけだ」
うん、マリーの口調にいつものアクセントが戻って来たし、手の震えも収まったようだ。
『サークル『ナルキッソスクラブ』の皆様、間もなく決闘開始の時刻となります。準備が整いましたら……』
「さて時間だ。行くぞマリー。折角だから、エスコート形式で入場してやろう」
「煽りって奴ですネ。いいでしょウ、お受けいたしまス」
時間になり、放送での呼びかけも来た。
俺はマリーの手を引きながら、二人揃って舞台へと向かった。
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