162:決闘を受けての日程変更
「こんにちは、護国さん」
「こんにちは、翠川様」
木曜日の昼休み。
昼食を手早く食べ終えた俺は、校舎近くのベンチで護国さんと待ち合わせて会っていた。
遠くと言うか、校舎の陰にスズたちと羊歌さんたちの姿が見えているが……それはまあ、気にしないでいいな。
居て当然の状況だし。
「それでだ。もう知っているだろうから単刀直入に言ってしまうのだけど……」
さてまずは、はっきりと素早く、言うべき事を言ってしまおう。
「すみません。明日の護国さんの決闘を見に行くことは出来なくなってしまった」
「はい、分かってました」
俺はベンチに腰掛ける護国さんの前に立ち、腰をしっかりと折って、頭を下げた。
「……」
「そこで言い訳をしないのは翠川様の良いところだと思います。そして、今回の事は私が怒るような事ではありません。決闘者であるのなら、自身の決闘を優先するのは当然の事以外の何物でもないのですから」
「そう言ってもらえると助かる」
「それに、今回の件の裏側は私も知っていますので、もしも怒りの感情をぶつけるのなら……それこそ元凶である彼女に対してでしょう。少なくとも翠川様ではありません」
「そうか」
護国さんの言う通りではある。
俺が護国さんの決闘を身に行けなくなったのは、同日同時刻に『パンキッシュクリエイト』との決闘がセッティングされてしまったからだ。
既に正式に決定されてしまったので、これを動かすことは俺には出来ない。
決闘者であるのなら、自分の決闘を優先する事は当然。
これも決闘者の家である護国家に生まれた彼女にとっては、当然の事なのだろう。
だから、護国さんにとっては、今回の事が当然の事で、俺に対しては本当に思うところは無いんだろう。
が、それは決闘者の論理であって、俺の論理ではないし、詫びを入れなくてもいい理由にもならない。
だから俺は護国さんに謝りに来た。
これが今の状況である。
「ですがそうですね……。その、翠川様が何か私に詫びをする事を望むと言うのならその……」
護国さんが恥ずかしそうにしつつ、何かを言い淀んでいる。
えーと、これはスズのそれが適応できるのなら……。
「デートか?」
「っ!? その……」
「良いよ。行こう」
「ありがとうございます、翠川様!」
どうやら合っていたらしい。
護国さんはとても嬉しそうにしている。
「とは言え、これから七月中は念のために開けておかないと拙そうなんだよな……」
「ああ、期末テストと補講ですね」
「はい……。出来る限り頑張るつもりではありますが、その、確証は持てませんので」
「構いません。それも分かっていた事ですから。とは言え、八月の初めは夏季合宿で二人とも忙しく、中ごろはお盆で私が忙しいとなると……早くても八月の終わりごろになってしまいそうでしょうか?」
「たぶんそうなるかな。ゴメン、護国さん。詫びなのに遅くなってしまいそうで」
「そんな事はありません。むしろ私としては得以外の何物でもないぐらいです」
とりあえず後でスズにも報告しておいて、八月の終わりごろの予定は上手く空けておくとしよう。
その……場合によっては、そこで一人ずつ相手にする事になるかもしれないし。
「翠川様のこの後の予定は?」
「明日に備えての最終調整と言うところだな。突貫で仕上げないといけない物もあるから」
「そうですか。では頑張って……」
さてこれで一先ずするべき話は終わりと思ったのだが……護国さんの表情が急に硬くなった。
ついでに後者の陰に居るスズたちも視界の端で何とも言えない表情をしているのが見えた。
なんと言うか、この時点で既に色々と察してしまうのだけれど……。
「おーっほっほっほっ、御機嫌よう、翠川鳴輝様、護国巴様。こんなところでお会いするなんて、凄い偶然ですわね」
はい、聞こえて来た声で完全に理解しました。
綿櫛とその取り巻きですね。
「はぁ……何の用だ?」
俺は込められる限りの邪魔だと言う感情を込めながら、綿櫛の方を向く。
「用? そんなの決まっていますわ。交渉に来ましたの。翠川鳴輝様、あんな小汚い女共とサークルなんて捨てて、私の下へ来なさい。今ならまだ、明日の決闘の取り下げも出来ますわよ」
その言葉を聞いた瞬間に俺の心の中で湧いてきたのは、呆れ、ではなく、『パンキッシュクリエイト』に依頼をした誰かさんへの哀れみ、だった。
いや、だってな。
「妙な話だ。『パンキッシュクリエイト』と綿櫛、それに『コトンコーム』社の間に関係なんてないはずなのに」
「そうですね。それに学園が正式に日程を組んだ決闘を外部の人間が中止出来るはずがないのですけど」
「なっ!?」
バレバレではあるし、『パンキッシュクリエイト』も依頼ではあると明言しているが、依頼主が誰なのかを明言はしないように動いていた。
それをどういう理由かは分からないし、分かりたくもないが、たったの一手で、それも一応は身内であろう相手の行動によって、完璧にぶち壊しにされたのである。
綿櫛は心の底からどうでもよいけれど、現場で動いた顔も名も知らない誰かへの哀れみぐらいは湧くと言うものである。
「ふ、ふふ。それだけの力が私にはあるという事です。さあ、時間はありませんわよ?」
「「……」」
いやしかし、遂に虚言癖まで出て来たのか?
護国さんの言葉の通りなら、そんな力はないはずなのだが。
とりあえず、知人レベルでのお付き合いすら断固として断りたいわけなのだが……無視するわけにもいかないし、これだけは言うか。
「帰れ。二度と声をかけるな。話す事なんてない」
「そうですね。お引き取りください。それとも、護国家との全面的な決闘をお望みですか? 私はそれでも構いませんよ。そうすれば、根絶やしに出来るでしょうから」
「っ~~~~~!?」
なんか俺の絶縁宣言に等しい言葉より数段過激な言葉が護国さんから飛び出したな。
後、魔力も少し漏れてる。
どうやら、仕掛けられたらやる気満々のようだ。
まあそうなれば……その時は俺も護国さんに協力する事だろう。
「お、覚えていらっしゃい! 負けてから擦り寄って来ても、もう遅いのですから! ほーっほっほっほっ!」
そうして綿櫛とその取り巻きたちは去っていった。
いったい何だったのやら。
「翠川様、念のために今度の決闘関係の書類を見せていただいても?」
「どうぞ?」
「……。当たり前の事しか書いてありませんね。なのにどうして、あんな態度を?」
「さあ? なんかもう、綿櫛については理性的に考えても仕方がない気がしてきた」
「かもしれませんね」
俺はスマホに保存されている、今回の決闘関係の書類を護国さんに見せる。
学園にも物理と電子の両方で写しがある正式なものなので、此処に記されていない事を後で望んでも通ることは無いし、書き換えも通じない代物だ。
で、それの何処を見ても綿櫛の名前も『コトンコーム』社の名前もなく、何なら実際に動いた『ノマト産業』の名前も『パンキッシュクリエイト』が間に挟まれているからないわけで……。
うん、やっぱりもう、理性的に考えても仕方がないな、これ。
「翠川様。明日の決闘、どうかご武運を」
「ありがとう、護国さん。そして護国さんも明日の決闘頑張って」
「はい。とっておきがありますので、翠川様の決闘が終わった後に録画で構いませんから、是非見てください」
「ああ、分かった」
前にも思った事だが、とりあえず一つ思ったことがある。
護国さんの明日の決闘相手、遠坂……レッドサカーは酷い目に会うんだろうなぁ、と。




