16:授業初日を終えて
「私たちの方はと言う感じだったんだ」
「へー、普通のマスカレイドの授業はそうなっていたんだな」
夕方。
記念するべき高校生活初めての授業日を終えた俺は戌亥寮へと戻ってくると、一階の共用スペースでスズから、普通のマスカレイドの授業がどんなものかを聞いていた。
どうやら普通のマスカレイドの授業では、自分の仮面体がどんなものであるのか、あるいはどれほどのものであるかを知るために、限界まで走らされるらしい。
乙判定者たちは学力優秀で、甲判定者も徳徒たちの様子からして座学から入っても大丈夫そうな気がしているのだが……敢えてそうしなかった辺りに、最終的には実戦が重要なのだから、そちらがより良くなるように授業を進める意図などがあるのかもしれない。
「あの授業でナル君が走っていたらどうなっていたのかな?」
「どうなっていたかか……とりあえず最初の一周を終える前に麻留田さんがやって来て、檻をぶん投げられて終わり……」
「うん、省いちゃったけど、ナル君が服を着ている前提ね」
「だったら、幾らでも走れたんじゃないか? 正直なところ、ただ走っているだけなら魔力が尽きる気はしない」
さて、そんな授業を俺が受けたら?
たぶん、幾らでも走れると思う。
ただのランニングで消費する魔力の量が、麻留田さんとの戦闘よりも魔力を消費するとは思えない。
となれば、少なくとも授業時間の開始から終わりくらいまでは走ってられるのではないだろうか。
「流石はナル君だね」
「あくまでも想像だけどな。実際のところは試してみないと分からない」
俺は『マスッター』を確認。
明日の授業予定は……今日と大差ないな。
午前中は徳徒たちと一緒に座学で、午後は俺一人でマスカレイドの授業だ。
「ところでナル君」
「なんだ?」
「何時の間に風紀委員長さんの事を役職呼びじゃなくて、さん呼びにしたの? ナル君の性格からして、ああ言う人の呼び方を勝手に変える事は陰であってもやらないよね。となると、何かしらの切っ掛けがあった事になって、変わったと推察するのが正しいと思うんだ。では、そんなタイミングが何処にあったかと考えたら今日のマスカレイドの授業中と言う話になると思うんだけど、風紀委員長さんは風紀委員長でお偉いさんだけど三年生で自分の授業がある人だよね。そんな人がわざわざナル君のマスカレイドの授業に協力をしたのなら何かがあったと思うんだ」
「ヒュッ……」
スズのプレッシャーが……昨日、スズの仮面体を初めて見た時と同じようなプレッシャーが迸っている。
ああ待って! 周囲の同級生に先輩たち! 同じ寮の誼だから待って! 逃げないで!!
ちくしょう! 物陰からイチとマリーの二人を筆頭に、こっちをプルプル震えながら覗いていやがる!!
その震えは恐怖と笑いのどっちだ! どっちにせよ、覚えてろよお前ら!!
「それで、具体的に何があったの? 私、知りたいな」
「お、おう。えーと、アレだ。今日の俺のマスカレイドの授業は樽井先生だけじゃなくて麻留田さんも協力してくれてな」
お、落ち着け。
俺は何も疚しい事はしていないんだ。
正直……正直にそのまま言うと、恐い予感がするので、少し穏やかな物言いにした上で、有ったことを話せばいい。
と言うわけで、俺は仮面体の身体能力測定、その一環として麻留田さんとのスパーリングをやった事、それに魔力の性質について調べた結果、衣装については自力で出さないといけないことまで話す。
麻留田さんの仮面体がどんなものだったかや、ボッコボコにされたのは省略だ。
「……」
「……」
で、俺が話を終えたところで、場に沈黙が訪れる。
スズの様子は……。
「ナル君の魔力は粘着質で外部干渉を受け付けない。となると、仮面体を変質させることで効果を及ぼすタイプのバフデバフは無効化される可能性が高いのかな。ううん、この辺りは今はどうでもいいか。それよりも重要なのは、ナル君は自分で衣装を出せるようにならないと決闘に出られないと言う点。普通の仮面体の調整は機械を使う事で簡単に出来るけれど、それが使えないとなると自力で魔力を変質させて衣服のように変更する必要があり、可動性なんかも考えると構造までしっかりと……いや、敢えてファジーな形にした方が……」
「えーと、スズ?」
なんか非常に悩んでいる感じだな。
ただ、悩みの方向性としては、樽井先生や麻留田さんに何かをすると言う形ではなく、俺の仮面体を改善するためにはどうすればいいかを考えている感じだろうか。
だったら、俺が途中で止めさせるのは、俺にとってもスズにとっても良くないな。
俺に出来るのはスズの考えがまとまるまで、待ってやる事だけだ。
で、待つこと数分。
俺たちの事を陰ながらに観察していた連中もさも当然のように戻ってきたところで、スズの呟きが止まった。
「ナル君。ナル君の受けているマスカレイドの授業って私も受けられないかな?」
「それは……無理だろ。少なくとも、俺に何かできることは無い」
そしてスズが何か言いだした。
が、その内容は、ほぼ間違いなく駄目ではあろうが、俺には是非を言えないものだ。
「そこはどうしてスズが参加したいかによりますネ。スズ自身の利益の為ニ、と言うのなラ、厳しいと思いますヨ。逆に言えバ、ナルの為ならワンチャンスあるかもしれませんガ」
「イチはマリーに同意します」
「マリー、イチ」
「ナル君の為なら……」
と、ここでマリーが口を挟んできた。
イチもスマホの画面をスズに見せながら、横に立っている。
マリーもイチも俺よりも決闘学園の仕組みについてははるかに詳しいはず。
その二人がもしかしたらと言うのなら、可能性はあるのかもしれない。
「と言うわけデ、まずはマリーとイチに何をする気なのかを話してもらえまス? それを聞いてからマリーたちは協力するかを判断しますのデ」
「うん分かった。ちょっと込み入った話にもなると思うから、部屋の方で話してもいいかな」
「分かりました」
「それじゃあナル君。話を突然切り上げちゃうことになってゴメンだけど、私たちもう行くね」
「あ、ああ。分かった」
えーと、うんまあ、あの感じだとスズが俺のマスカレイドの授業に関わってくるのは、マリーとイチの二人から賛同を貰い、学園から同意を貰いと言う形になりそうか。
そう言う形でなら、少なくとも俺にとって不利益になる事はないだろうし……うん、そうなった時は喜んで迎え入れよう。
スズの頭の良さなら、俺が思いつかないような何かを思いつく可能性もあるしな。
なんにせよだ。
「助かったからヨシッ!」
とりあえず俺は授業初日を無事に乗り切った。
これは確かだ。
07/06誤字訂正