158:決闘を受けての状況確認
「さてと。それじゃあ状況の確認から始めるか」
サークル『ナルキッソスクラブ』の事務所に戻ってきた俺は、部屋の中に居る面々……スズ、マリー、彩柱先輩、楽根さん、東鳴さんを見まわしてから、自分の席に着き、コピーされた決闘の申請書類とマスッターのマイページに届いている決闘の申し込みを手に取って、見せる。
なお、彩柱先輩が居るのは自身が望んだから。
楽根さんと東鳴さんが居るのは大人として、状況の確認をしておきたかったから。
逆にイチが居ないのは、サークル活動で使った機材をどう片付けるかを学ぶために、スタジオのスタッフさんたちに付いているからである。
こう言っては何だが、挑まれた決闘に関する諸々の確認と、今後の為にも必要な学習が行える機会であれば、後で誰かが資料をまとめて教えれば済む方が扱いは軽く、今回については決闘の確認の方が軽い。
そう言う話である。
閑話休題。
「まず俺たちサークル『ナルキッソスクラブ』はサークル『パンキッシュクリエイト』から決闘を申し込まれた。この申し込みの光景は『パンキッシュクリエイト』側のスマホのカメラで撮影されていて、『パンキッシュクリエイト』は誰かからの依頼で決闘を申し込んだことまでは公言している」
「うん、そうだね。ちなみにナル君は誰かと言っていますが、誰からの依頼なのかは分かってるね」
「元凶は綿櫛、黒幕は『コトンコーム』社、実際の策を組んだのは『ノマト産業』、だよな」
「うん、その通りだよ、ナル君。つまり、これは私たちへの攻撃って事だね」
まずは状況確認。
分かっている事ではあるが、敢えて口に出していく。
「仮の話だけど、決闘を断ったらどうなる?」
「確実に『腰抜け』とか『臆病者』とか悪意を以って吹聴された上で、何件も決闘を挑まれると思うよ。逆利用してもいいけど……サークル活動や学業には確実に支障を来すと思う」
「つまりは無しだな」
俺の言葉に楽根さんが少しだけホッとした様子を見せる。
まあ、俺たちは『シルクラウド』社からオーダーメイドのデバイスを使わせてもらっている身だしな。
正当な理由なく決闘から逃げたら、『シルクラウド』社の看板にも影響が出るかもしれない。
そう考えたら、当然の反応だ。
「では決闘は受けるとして……俺たちが勝ったら現金にして100万円ちょっとの賞金を得られる。逆に負けたらマリーの金貨を10枚を相手に渡すことになる。これはどうなんだ? その合法性とか、価値の評価とかから考えて」
「合法性については問題ありません。額は大きめですが、女神が関わらない学園内の決闘でも、何かを賭ける事自体は何も問題はありません」
学園外務部の東鳴さんがそう言うのであれば、法的な問題はないらしい。
俺としては、額が額なだけにちょっと挙動不審になりそうな気持はあるが。
「マリーの金貨と価値の天秤が釣り合っているかを問われれバ、妥当と言うところですかネ」
価値的な問題についても問題ないらしい。
ちなみにマリー曰く。
マリーの親は、金貨を月に10枚ほど生み出し、それを政府の人間に売る事によって月50万ほどの稼ぎを得ているそうだ。
ただこれは言ってしまえば、生産者から卸業者へと売られる段階の値段であるため、実際に金貨を研究開発に利用している企業の下へ届く時の値段は……少なくとも100万円は確実に超えるとの事。
なので、今回相手が提示してきた額は、正規ルートで買うよりもちょっとお安い値段であり、勝てばタダで、負ければ大損と言う決闘の性質も考えれば、妥当という事になるようだ。
なお、これらの情報は先日確認したから、間違いないそうだ。
「月に50万……。金貨1枚5万円……。そりゃあ、マリーを付け狙う変なのが湧く可能性は考慮されるべきだよなぁ……」
「困った話でス。なのデ、マリーとしては各種研究機関には早いところ魔力を固める何かしらの手段を開発して欲しいと思っているのですけどネ。そうすれバ、マリーの価値も下がるはずでス」
「弊社としては善処いたしますとしか言えませんね。専門外ですし」
「うーん、燃詩先輩にはそっち方面の興味は無いんだよね……。あの人、普通のスキル開発は割と気楽にやってくれるんだけど……」
うん、マリーの一族が狙われるのも当然と言う他ない。
俺は敢えてマリーが『蓄財』で金1枚を生み出すのにかかる時間を把握していないけれど、月に10枚も売却できるのであれば、他の事がまったく出来ないほどではないのは分かる。
そうなると、マリーの一族にかつてあったと言う事件は……まあ、相当ひどいことになっていたんだろうな。
それこそ、女神が介入する事を決める程度には。
「デ、ナルはマリーの金貨を当てにしますカ?」
「決闘の時の戦力としてなら、だな。それにしたって使うかどうかはマリーの判断に委ねるところだな。だって、マリーの金貨はマリー自身の資産であって、俺たちの資産じゃないんだから」
「ふフ、そうですカ」
まあ、変なのが寄って来たなら、俺は盾として守れる範囲でマリーを守るだけだな。
それが俺の役目であるし。
きちんと守るためにも価値は知っておくべきであるけれど、それに目を曇らせたり、釘づけにされたりするつもりはないし、頼みにするなら本来の使い道に限定してだ。
「ただまあ、だからこそマリーに確認しておきたい。マリー、今回の決闘には、お前個人の資産が賭けられてしまっている。それでいいのか?」
だからこそ確認はしておく。
もしもここでマリーが嫌がるのなら、無理やりにでも別の物を賭けるようにするべきだろう。
「問題ありませン。金貨10枚程度なら暇を見れば補充は出来ますシ、負けてもその程度で済むなラ、美味しいぐらいでス。それニ……ふふフ、もしもここで奪われテ、それでマリーの生活が困窮したとしてモ、ナルならマリーの面倒ぐらいは見てくれますよネ?」
「それはまあ当然だな」
うん、今回は『ナルキッソスクラブ』が決闘を仕掛けられているからな。
そこで負けたなら、負けた時のペナルティはサークルメンバーで等分できるように動くべきだ。
間違っても、マリー一人に押し付けることは無い。
「ではやはり決闘は受けることで問題はありませんネ」
「だな」
「うん、そうだね」
と言うわけで、決闘を受ける事については問題なしで、確定。
勝てば賞金に成績に経験、負けても致命的ではないのだから、まあ、元から決まっていたとも言える話だな。
「じゃあ、決闘は受けるとして……相手が要求している決闘のスタイルは4対4の小隊戦か。スズ、どうなんだ、これは?」
「うーん……」
俺の言葉にスズは少し悩む様子を見せる。
「『パンキッシュクリエイト』のサークルやメンバーの詳しい話についてはこれからするのだけれど、とりあえずこれだけは言うね。4対4の小隊戦に今の私たちで挑んだら確実に負けるし、1対4のハンデマッチも同様。一番勝てる可能性があるのは2対4の変則的な小隊戦だと思う」
そして、はっきりと告げる。
連携能力で俺たちが勝つことは叶わないと言外に含む言葉を。
まあ、これについては仕方がないな。
俺たちは小隊を組んで間もなく、連携もおぼつかないのに対して、相手は最低でも一年は小隊を組んで行動しているであろう四人組だからな。
人間と言うのが、正しく力を合わせれば、相乗効果で単純な足し算以上に実力を発揮し、逆に足を引っ張り合えばマイナスにまで実力が落ち込む事を考えたら、同じ数でも、一人で暴れても勝てないのはよく分かる。
「一応聞くが、1対1や1対2に持ち込むことは?」
「残念だけど無理かな。それだとナル君が強すぎて決闘が成立しないの。そうなると相手の資金ややる気も削れないどころか、下手をすると煽る事になる」
「つまり、決闘を拒否したのと同じになるわけか」
「そう言う事。そうでなくとも、サークル間の決闘になっているから、複数メンバー出さないと、『アイツの所はワンマン』だなんだと言われて面倒事を招くことになるんじゃないかなぁ……」
おまけに、他の選択肢は存在しないらしい。
うーん、何と言うか……。
「面倒くさぁ……」
「本当にね。正攻法って厄介だよねぇ」
「でも結局、マリーたち視点でも正攻法で正面からぶっ飛ばすのガ、一番面倒がないわけですネ」
「まあ、そうなるか」
うん、元凶と黒幕までは考えなしっぽいのだけど、実際に策を練ったのであろう『ノマト産業』の誰かは厄介で面倒くさい相手のようだ。
「じゃ、実際にどうやって2対4で戦って勝つかを、相手の情報を確認しつつ考えてみようか」
「分かった」
「分かりましタ」
ところで2対4という事は、俺、スズ、マリー、イチの四人の中から二人を選んで出場させることになるのだろうけど……。
俺は確定にしても、後一人は誰になるのだろうか?




