157:パンキッシュの宣戦布告
「用件は単純だが……リーダーである俺ぐらいは一応名乗らせてもらおうか。俺はサークル『パンキッシュクリエイト』のリーダー、安藤だ」
そう言うと、整髪剤で固めたかのようにトゲトゲの髪の毛に、革ジャン、ピアスと言った派手な装いの男性は小さく会釈をする。
合わせて、残りの三人……鏡のようによく磨かれた鋲を無数に打った革ジャンを身に着けた男性、ゴスロリとパンクを混ぜ合わせたような服装の女性、ドクロの入れ墨をスキンヘッドに入れた体形がもろに出る服装を難なく着こなす女性も、小さく会釈をする。
「ご丁寧にありがとうございまス。サークル『ナルキッソスクラブ』のマリー・ゴールドケインと申しまス。そノ、見た目に反してとかよく言われませんカ?」
「言われるな。だが、パンキッシュなスタイルを好むからと言って、無礼である事に拘る必要性を俺たちは感じていない。話すら通じない獣じゃ排除されるだけだ」
「そうですカ」
スタジオから静かに出て来たスズがマリーの背後に立つ。
だが既に会話が始まっていることを考慮してか、スズは表には出ず、マリーに話を続けるように軽い身振りだけで示す。
「では話をどうゾ」
「じゃ遠慮なく。そして、単刀直入に言おう。我々、サークル『パンキッシュクリエイト』はサークル『ナルキッソスクラブ』に決闘を申し込む。賭けるものなどの詳細については、こちらのファイルにまとめてある通りだ」
「……。受け取りましょウ」
安藤は大きな声で決闘の申し込みをする。
この場に居る全員にはっきりと聞こえるように。
そして、安藤からマリーへと、クリアファイルに入れられた複数枚の用紙が渡される。
「返事ハ……明日中にですカ。随分と急ですネ」
「ま、こっちにも事情と言うものがあってな。その事情を考えると、今日仕掛けるしかなかったし、明日中に返事は必要で、明後日には決闘をしたいのさ」
「でハ、こうして第三者の目にも触れるようニ、直接決闘の申し込みに来たのモ、その事情とやらの関係ですカ」
「その通りだ。はっきり言えば、この辺は依頼主からの要望なのさ。ああ、誰から依頼されたかは聞かないでくれよ。そこだけは喋るなと言われているんでな」
「……。随分と口が軽いのですネ」
安藤の物言いにマリーは多少の困惑を挟みつつも返す。
決闘者が依頼を受けて、誰かに決闘を仕掛ける事はそう珍しい事ではない。
しかし、この軽薄さは妙だった。
普通の依頼なら、もはや他に手段がないからこそ、決闘者に依頼するのだ。
だから重くなることはあっても、軽くなることなどあり得ない。
マリーの常識ではそうなっていた。
「依頼者曰く、今回の決闘は俺たちは別に勝たなくてもいいらしい、それどころか決闘にならなくても問題ないそうだ。俺たちがきちんと仕事をしたことを証明するために、この光景は撮らせてもらっているがな」
「ああなるほド。そう言う事ですカ」
安藤の言葉に合わせるように、一番後ろにいたゴスロリの少女が手にしたスマホのカメラを軽く振ってアピールする。
どうやら、書類をきちんと手渡した事を証明するために、記録していたらしい。
そして、安藤の言葉からマリーは理解した。
決闘を受けなければ、今の映像に合わせて適当に解説を付けて、『ナルキッソスクラブ』は決闘から逃げたことにしてくるのだろう、と。
決闘を受けたならば、『パンキッシュクリエイト』の面々を試金石とした決闘の光景を撮影、解析して、次の一手の為の布石にしてくるのだろう、と。
合法的な範囲での嫌がらせ。
相手が考えているのは、正にそれである、と。
「……。マリーたちのサークルでは最終的な決定権を持つのはナルでス。なのデ、後でナルに確認はしまス。ですガ、良い機会である事も確かですのデ、決闘を受ける事はほぼ確実でしょウ」
「そうか。そいつはいい事だ」
だが、この策の何が嫌らしいかと問われれば、マリーは、こちらにも有益である事、そう返すしかなかった。
なにせ、賭ける物があるという事は、勝てれば何かしらの利益がある。
そうでなくとも、ファイルに入れられた紙には、決闘学園が正式に承認したマークが押されていて、不正な取引でない事が確認されている上に、勝てば成績になる。
断る事はまず無いと断言してよかった。
ほぼ間違いなく、ナルたち……いや、正確に言えば、スズやマリーと言った、ナルの周囲に居る女性に対して反感を抱くと共に排除を企んでいる綿櫛と、その綿櫛の実家である『コトンコーム』社が黒幕であると分かっていてもだ。
「よし、それじゃあ目標は達成したな。お前ら、帰るぞ!」
そうして目的を果たした安藤たちは堂々と正面玄関から帰っていったのだった。
「『パンキッシュクリエイト』かぁ……予想の範疇内ではあるけれど、思っていたよりも早く仕掛けて来たね」
「ですネ。まさカ、テスト前に仕掛けてくるとは思いませんでしタ。……。もしかしなくてモ、マリーたちのテスト勉強妨害も兼ねているのでしょうカ?」
「かもね。向こうの元凶さんは少しでも私たちの余裕をなくしたいんだと思う」
「必死ですネェ」
スズがマリーへと話しかけ、二人は早速ファイルの中身を確認していく。
「うーん、私には話も振ってもらえなかった。これなら翠川君の撮影を見続けていればよかったかな?」
「かもしれませんガ、彩柱先輩が居たおかげで大人しかっただけかもしれませんヨ?」
「あ、それはないよ。安藤先輩も道嵐先輩も凄く大人な人だから。私の同級生である加賀美君と天草ちゃんも同様。周囲を威圧するような振る舞いは、それが必要な時だけにする人たちなの。同じ寮だからよく知っているんだ。気遣いありがとうね。マリーちゃん」
「ソ、そうですカ」
その最中に彩柱が声を上げて、自分が居た意味がなかったと嘆く。
「でもそれだけに元凶ってのに腹が立つなぁ。私の立場でも誰がそうなのかは知っているけど。うん、ただでさえメンバーが足りなくて存続が危ぶまれている人たちに、こう言う事をさせて時間を奪うとか、ちょっと手を回した方がいいかも。私だって甲判定なんだし、ちょっとした権力ぐらいはあるんだから、有効活用するべきだよね」
その後に独り言のように彩柱は呟くのだが、それを聞いたスズとマリーは止めたりはしない。
綿櫛の敵が増えるのは、自業自得以外の何物でもなく、自分たちの有利になる事はあっても、不利にはならないからだ。
「うん、書類に問題はなさそうだね」
「でハ、撮影が終わり次第、決闘を受けるかどうか自体含めテ、事務所で作戦会議ですネ」
「あ、折角だから、その作戦会議も同行させて。私のやりたい事と競合してもアレだからさ」
「スズ?」
「はい、構いませんよ。彩柱先輩」
それから、ナルの撮影は無事に終わり、ナルたちは事務所へと向かった。




