156:カラフルなスタジオ見学
「ありがとうねー。中に入れてくれて」
「いエ、先日は彩柱先輩の紹介で撮影中のスタジオに入れてもらえたと聞いていますかラ。そのお返しと考えれバ、この程度は当然でス」
ナルたちが撮影を行っているスタジオの中に、私服の少女とその少女に付き従うように制服姿の女子生徒が数名、マリーと共に入ってくる。
金、赤、青の三色に分かれた髪の毛を持つ私服の少女の名前は彩柱色。
申酉寮所属の二年生で魔力量甲判定の現役アイドルである。
そして、彩柱の背後に付き従うのはサークル『カラフル・イーロ・サポーターズ』のメンバーの一部だ。
「たダ、おもてなしをする余裕はないのデ、その辺りは申し訳ありませン」
「大丈夫大丈夫。無理を言っているのはこっちなのは分かっているし、翠川君の撮影を受けている姿を見られれば、それで十分だから。それで今はどんな服を着ているの?」
「今は『シルクラウド』社が持ってきてくれた夏物の衣装ですネ」
マリーと彩柱たちはナルたちの様子が見える場所にまで近づいてくる。
ワンピースを身に着けたナルは一瞬だけマリーたちに視線を向け、微笑み、直ぐに撮影に戻る。
そして、カメラマンの指示に従ってポーズを決め、写真を撮られているナルを見た彩柱は呟く。
「なるほど。前に見た時も思ったけれど、逸材なのは間違いない。けど、扱いはとても難しいね」
まるで見えていない何かも見抜いたかのように。
「逸材だけれど難しイ。ですカ?」
「うんそう。少し離れようか。撮影の邪魔をしたら悪いからね」
マリーたちはナルたちに声が聞こえないように、スタジオの端の方へと移動していく。
「これはあくまでも私の見立てだと先に断っておくね」
「はイ。分かりましタ」
「その上で言わせてもらうけど……翠川君は色に例えると黒だね。それもあらゆる色を飲み込んで、従えて、自分の物として従えてしまうような混沌で穴のような黒」
「?」
世の中には共感覚と呼ばれるものがある。
それは一つの刺激に対して、通常の感覚とは別の刺激を覚えると言う現象の事。
例えば文字に色を感じたり、音に色を感じたり、味や匂いに色や形を感じたりするらしい。
彩柱にも似たような感覚……ただし、魔力による補助も加わり、ある種のユニークスキルと化した、色による人見が存在している。
その感覚に従って翠川を例えるのならば、混沌で穴のような……つまりは光と言う光を飲み込んで逃さないブラックホールのような黒と例えたのである。
では、それが意味するところは?
「個性が強すぎるって事。翠川君は意識していないし、言われればそうはならないように努力もしてくれるんだろうけど、周りの全てが添え物か引き立て役になってしまう。並び立つには普通の子じゃ魅力が足りない」
「なるほド……そう言われれば納得できますネ」
彩柱の言葉にマリーは頷きを返す。
「でもそうなると、ファッション誌とか芸能活動は厳しいかなーって。彼を主役にした写真集だったら、何の問題も無いんだろうけどね」
「あー……ファッション誌は服を売るための物なのニ、その服が目立たないって事ですカ?」
「そうそう。うん、そうなると、本来のナルキッソスは裸ってのも納得しかないね。隠さないのが自分の魅力を最大限に引き出すことになるって理解してたんだと思う。あ、一応言っておくけど、誰かが悪いって話じゃないからね。ただ一人だけ突出し過ぎているっていうだけの話」
「分かっていますので大丈夫でス」
彩柱とマリーが会話をしている間にも、ナルの撮影は続く。
服を変えて、小物を変えて、ポーズを変えて、次々に写真を撮る。
そして、その全てにおいてナルは間違いなく主役だった。
その美貌と態度が、どれほど派手で、普通なら着るものよりも存在感を放ってしまうような服装であっても、ナルを主役にして見せていた。
もしも、今この場でナルを主役の座から引き下ろしたいのなら、それこそ着ぐるみでも着せて、全身を覆い隠すしかないだろう。
いや、下手をすれば、それでもなお存在感は放ち続けるかもしれない。
それほどまでに、この場におけるナルの存在感は圧倒的だった。
「ちなみにですガ、彩柱さんの目ではマリーたちの事はどう見えているのですカ?」
「うーん、マリーちゃんについては今後の輝きの為にも敢えて黙っておくとして」
「はイ」
マリーの言葉に彩柱は少し考える。
なお、黙っておくと言われた当のマリーは、彩柱の輝きと言う単語から、やっぱり金なんですかね? と、内心で思っていたりもするが、それが正解であるか否かが明かされることは無いだろう。
「スズちゃんだっけ。あの子は藍色だね。ただ凄く黒に近くて……そうだね、深海を思わせる感じ」
「なるほド」
「イチちゃんだったかな? あの子は不思議だね。自分で色を調整しているフシがある。殆ど透明で、水の中に沈めたガラスとでも言えばいいのかな?」
「ふむふム」
「ちなみに翠川君の婚約者である護国ちゃんだっけ? あの子は炎や熟れたリンゴのように鮮やかで真っ赤な赤」
「うーン、なんとなく魔力の色とかを思わせますネ」
「実際、関係はあるんじゃないかな? 翠川君のように一致しない場合もあるけど、一致する場合もそれなりに多いし」
彩柱の言葉にマリーはなんとなくだが、そんな感じは確かにするなぁ、と思う。
と同時に、ユニークスキルの事まで考えた場合、イチの事を言い現わす色に透明……それも水に沈めたガラスと言う言葉を使った点から、彩柱の人見の正確性は相当なものなのだろうとも、マリーは判断した。
なので、今後の為にも、今回の評価はよく覚えておこうとマリーは考え、実際に頭の中で繰り返して覚えておく。
「マリーさん」
「どうかしましたカ? また来客ですカ?」
と、ここでマリーの下へスタジオの入り口を警備している警備員の一人がやってくる。
その様子から、彩柱と同じように誰かが訪ねてきたのだろうと考え、言葉の先を促す。
「そうですね。人です。ただ、来客は怪しいところです」
「と言うト?」
「用件が決闘の申し込みだからです」
「……。マリーが話を聞きましょう。相手の名前は?」
「サークル『パンキッシュクリエイト』を名乗る男女四名、二年が二人、三年が二人です」
「……」
「あの人たちが?」
警備員の言葉に、マリーはその名前から導き出せる情報を思い出す。
彩柱も彩柱で、その名前から該当する生徒の顔を思い出す。
「今の話を水園にもお願いしまス。マリーは今から対応してきますネ」
「分かりました」
マリーは警備員をスズの下へと向かわせると、自身はスタジオの外へと向かおうとする。
「マリーちゃん。私も付いていくよ。『パンキッシュクリエイト』の人たちなら顔見知りだから」
「うーン、こっちのトラブルですヨ?」
そこへ彩柱が声をかけ、一緒に外へと向かおうとする。
「それでもだね。たぶん誰かからの依頼か、名前を売る目的で挑みに来たんだろうけど。一応の確認をしておきたいの」
「……。邪魔はしないでくださいネ。予想通りなラ、多少荒い物言いも出るでしょうかラ」
「分かった。まあ、『パンキッシュクリエイト』の人たちならそんな事にはならないと思うけど」
「そうなんですカ? うーン、まア、荒くならない方が都合は良いですかネ」
マリーと彩柱たちは一緒にスタジオの外へと移動する。
そして、スタジオの外に出たマリーたちが見たのは……。
「お、待ってたぜ。『ナルキッソスクラブ』のメンバーだな」
「そうですネ。お待たせいたしましタ。でハ、話を窺いましょウ。『パンキッシュクリエイト』の方」
パンキッシュの名前の通りに、派手で独特な装いをした四人の男女だった。




