150:ランニング中の情報共有
「翠川様!」
「おはよう、護国さん」
土曜日の朝。
俺は恒例である朝のランニングに出ていた。
そして、虎卯寮の前で準備運動をしていた護国さんと合流。
一緒に走り始める。
「先日の決闘、お見事でした。翠川様。今回もまた余裕のある形での勝利でしたね」
「ありがとう。ただ実を言えば、かなりギリギリの勝負だったんだよな」
「そうだったのですか?」
「ああ。顔や態度には出さないように気を付けていたけれど、もう少し炙られていたら、俺の魔力も切れていた」
「なるほど……それは確かに危ういところでしたね」
ランニング中の話題はその週に何があったのか次第だ。
俺か護国さんのどちらかが決闘に出ている週は決闘の事が話題になりやすいし、体育祭のような大きなイベントがあった直後ならそこであった出来事が話題になりやすい。
「護国さんの決闘は……来週だったか」
「ええ。相手は遠坂さん……レッドサカーです」
「甲判定同士の決闘か……護国さんがそうって事は、徳徒たちもそうなりそうなのか?」
「人数の都合で誰かは漏れるでしょうし、デビュー戦であった組み合わせにならないようにもするでしょうが、そうなると思います」
「そうか。頑張ってな」
「はい。もしかしたら、最近サークルで学んだことも生かせるかもしれませんし、翠川様も是非見に来てくださいね」
「それは勿論」
とりあえず……そうだな、内心では遠坂の冥福を祈っといてやろう。
いやまあ、マスカレイドを使った決闘で死人が出ることは無いのだけれど、弓道サークルに入った護国さんがサークルで学んだことって要するに弓の扱い方なわけで……。
その、嫌な予感しかしない。
空を飛ぶレッドサカーが射貫かれる光景しか思い浮かばないと言う意味で。
「と、その弓道サークルはどうなんだ? 学んだことを決闘で生かせそうと今言っていたけれど」
「楽しい……と言うよりは落ち着く、あるいは研ぎ澄まされる。と言う感じですね。まだ、的にマトモに当てる事も出来ていませんが、弓道の一連の動作をしていると、魔力が澄むと言いますか、研がれると言いますか……」
「へぇ……なら、その感覚をマスカレイドやスキルを発動する時に持ち込んだら、何かありそうだな」
「……。そうですね、試してみたいと思います」
あ、すまない、遠坂。
俺の言葉を受けた護国さんがなんだかやる気に満ちた表情をしていると言うか、何かに気づいた表情をしていると言うか、とにかく何かを得てしまったようだ。
さっきの嫌な予感は確固たる現実となりそうだ。
「少し休憩するか」
「そうですね」
「自販機は……何を飲む?」
「え、その……では水を」
「分かった」
俺は自販機の前で足を止めると、水を二本購入して、一本を護国さんに渡す。
「……」
「護国さん?」
護国さんはそれを受け取ると、少し悩んだ様子を見せてから、水を一口飲む。
うーん? 何か悩むような事があったのだろうか?
ああいや、違うな。
これはどう切り出すかを迷っているだけで、話すこと自体は確定させている感じだ。
じゃあ、話を聞く態度を見せながら、待つのが正解だ。
「翠川様」
「なんだ?」
「先日とある筋から情報がありました。翠川様たちサークル『ナルキッソスクラブ』へと攻撃を仕掛ける事を目論んでいる組織があるようです」
「それは……綿櫛たちの事か?」
「そうです」
護国さんは周囲を気にする素振りを見せてから、また走り出すことをハンドサインだけで提案する。
なるほどどうやら、走りながら話をするようだ。
俺は走りつつ喋りやすいように、休憩前よりも少しペースを落として走り始める。
「攻撃と言っても合法的なもののようですが……」
で、話を聞いたところ……スズたちが話していたよりも詳細な話が出て来た。
大本はやはり綿櫛で、俺にそっけなくされ、スズとマリーにボロクソにやられたことで、家に泣きついたらしい。
そこの喚きを聞き届けて動いたのが綿櫛の祖父が社長を務め、その他一族も重役に就いている『コトンコーム』社で、綿櫛が使っているデバイスが自社のオーダーメイド品である事もあって、俺たちに合法的な範囲での攻撃を仕掛ける事を決めたらしい。
で、その『コトンコーム』社から現場の指揮を任せられたのが『ノマト産業』とか言う、ちょっと怪しい会社。
そして、『ノマト産業』は実際に俺たちに攻撃を仕掛ける人員として、学園内の生徒を利用するつもりのようだ。
「学園はそう言うのを止めないんだな?」
「負けた生徒に責を負わせようとするならともかく、そうでなければ、支援をするから特定の生徒と決闘をして欲しいと頼んでいるだけですから。学園としては、実戦のプレッシャーを味わえる、ちょうどいい学習機会と捉えているようですね」
「なるほど」
なお、この話に付随するデータ……どんな生徒を利用するつもりなのかや、どういう支援をするつもりなのかについては、俺が聞いても理解しきれない話であったため、後でスズに流してもらう事にした。
午後にでも護国さんが羊歌さんと一緒に『ナルキッソスクラブ』を訪れて、データの共有と話し合いをする事になりそうだ。
「しかし、綿櫛もしつこいと言うか諦めが悪いと言うか、負けたのが悔しいのなら、自分の腕を磨いてから正々堂々正面から挑めばいいだろうに……」
「彼女はどうにも家の力も自分の力だと認識しているタイプのようです。なので、家の頼みで動いた決闘者が水園さんたちに勝てば、それで満足なのでしょう。ただ……」
「ただ?」
「今回の件が知れ渡れば、その時点で彼女の評価も『コトンコーム』社の評価も決闘の結果に関係なく落ちるだけだと思うのですが、どうしてそんな事にも気づかないのかなと思いまして」
「あー……そうだな。その通りだ。なんと言うか不思議だな」
「そうですね。不思議です」
とりあえず綿櫛の行動原理や評価基準については理解のしようがなさそうだ。
俺と護国さんは不思議に思いつつも走り続けて、十分な距離を走ったところで、それぞれの寮に戻った。




