149:『コトンコーム』社についての情報
「お久しぶりです。お父様」
「うむ。本当に久しぶりだな」
マリーとバレットシャワーの決闘が行われた日の深夜。
虎卯寮の0501号室では、大型のモニターを用いたビデオ通話が行われていた。
モニターを挟んで対峙するのは、部屋の主である護国巴と、その父親にして護国家の現当主である。
「それでお父様。定時連絡以外で私からの接触を求めたのはなんででしょうか? わざわざ羊歌さんに仲介をしてもらったという事は、それなりの要件という事なのですよね?」
現在、護国巴とその父親……いや、護国家との関係性は冷え切っていると称しても間違いではない。
巴が護国家のやり方に不満を抱いて反発していると言うのもあるし、デビュー戦の際のやり取りの結果でもって、巴から求めない限りは護国家は巴に接触できないようにされているからだ。
が、何事にも抜け道はあると言うもの。
今回、護国家は巴が小隊のメンバーとして学園内で行動を共にしている羊歌萌を仲介者とする事で、巴から連絡を取らせ、それによって決闘での決め事に反する事を回避した。
なお、当然のことながら、これは巴が情報収集程度の為ならば、護国家とやり取りをしてもよいと思っていて、実際に月一程度の頻度でやり取りをしていたからこそ通じる抜け道である。
だからもしも、羊歌が巴に連絡を取る事を強要したりしていれば、決して通ることは無かっただろう。
閑話休題。
「ああ。巴の耳にも挟んでおいた方がいい動きがこちらであったのでな。こうして場を設けさせてもらった」
「内容は?」
「『コトンコーム』社の綿櫛派が傘下の企業を通じて決闘学園内へと干渉を仕掛けている。どうにも孫馬鹿で有名な二代目社長が荒ぶっているらしい。とは言え、法に反するような振る舞いまでする気はないようだがな。精々が孫が恥をかかされたから、お前も恥をかかせてやるくらいのつもりだろう」
「綿櫛……。ああ、水園さんが負かした。それに今日もゴールドケインさんが孫の取り巻きを蹴散らしていましたね」
『コトンコーム』社は綿櫛の家が創業した会社であり、マスカレイドのデバイスを製造する企業の中では古参の部類に入る企業である。
とは言え、女神が現れる以前から機械や家電で大手であったメーカーが保有するデバイス部門の実力もあって、実力的には中堅の上位と言うところだろう。
勿論、それでも十分すぎるほどに大きいし、従業員も多く抱えている。
そう言った事情に、今の社会におけるマスカレイドの重要性を鑑みれば、綿櫛の家は驕るのに十分な……むしろ、最も驕りやすい程度の権力を有していると言える家だろう。
なお、綿櫛派と言うのは、『コトンコーム』社の創業者一族である綿櫛に味方し、ゴマをする人間の集まりであり、二代目社長も当然含むため、『コトンコーム』社内の最大勢力でもある。
「それで傘下の企業と言うのは?」
「『ノマト産業』と言う会社だ。一応は魔力に関する研究とそれに関係する機器の生産を行っている事になっているが……実態としては、『コトンコーム』社の汚い部分を担当する会社となる。どうにもあまり素行がよろしくない決闘者を何人も抱えているようだ」
「なるほど。ですが、そのような会社では決闘学園内部に干渉を仕掛けることなど出来ないのではないですか?」
「いや、さっきも言った通り、今回はあちらも法に反するような振る舞いをする気はないようだ。だから、正攻法で……そうだな、金に困っている生徒へ依頼と言う形でお金、デバイス、その他必要資材でも渡し、翠川君たちのサークルへと決闘を仕掛けてくるだろう。負けた時に手駒にした生徒たちに誰から依頼されたかを黙っておく以上を求めないのなら、ある意味では誰も困らんクリーンなやり方だな」
「……。なるほど。確かに違法性はありませんね。翠川様の視点で見ても、決闘の機会が増える事は悪い事ではないでしょうし」
『ノマト産業』はそんな『コトンコーム』社の傘下に存在する会社の一つで、魔力研究とそれに関係する機器の生産を行っている事になっている。
が、実態としては『コトンコーム』社とその傘下の会社が揉め事を起こした際、話し合いではなく決闘で決着をつけるために出てくる決闘者たちの溜まり場である。
詳細は省くが、巴が今居る国立決闘学園以外の場で決闘について学んだものも多く属している。
「それでこの情報を私にどうしろと言うのですか? お父様」
「言わなくても分かるだろう。翠川君に伝えてくれればそれでいい。そうすれば、後は向こうが勝手に活用してくれるだろう」
「つまりはご機嫌取りと点数稼ぎ、ですか」
「……」
「はぁ。お父様、策謀関係については引退をした方がいいと、娘から本気の忠告をさせていただきます。この程度の事、水園さんと他二人が知らない、気づいていないなどあり得ません」
巴は明らかに呆れた目を自分の父親に向ける。
娘からのそんな視線に耐えられなかったのか、巴の父親は画面の中で目を逸らす。
「切ります」
「待て待て! 他にも情報はある。あるから待ってくれ」
「……。下らない情報なら即座に切りますし、次回以降の連絡は近衛さんにお願いしますので、そのつもりで」
「はい……」
しょぼくれた表情で返事をした巴の父親は居住まいを正してから、次の言葉を出す。
「コホン。さっきも言ったが、今回は学園内の生徒を利用するはずだ。そして、あくまでも我が家の基準に従ったものではあるが、その生徒たちの名簿は既にある。それと、『コトンコーム』社が用意するであろうデバイスや資材についても、ある程度は調べてある。前者はともかく、後者は学生が入手できるような情報ではないだろう。これならどうだ?」
「……。受け取りはしておきます。ただ、期待はしないでください」
「大丈夫だ。翠川君との仲は良好と聞いているし、我々は我々に出来る事をすればいい。そうすれば、自然と縁は深くなる」
巴の父親からデータが送られてきて、巴はそのデータを受け取る。
データの中には名簿、デバイスの資料、資材……魔力を含んでいて決闘にも利用可能なそれらについてが記されている。
「それで、これだけですか?」
「……」
「では次回から……」
「待て! ある、あるから! 色々とあるから、切らないでくれ! 今送る!」
そして、今回の件と関わりがあるものから無いものまで、護国家で手に入れている様々なデータが送られてくる。
一方で情報を搾り取られるだけ絞り取られた巴の父親は何処かしょぼくれた表情をしているが……それは自分のこれまでが原因であるため、自業自得と言う他ないだろう。
なお、巴は受け取った情報の量に、一人で処理しきるのは無理だと既に判断していて、どうやって羊歌とスズの二人と確認の場を設けるかを考えている。
「あー、ゴホン。最後に。今現在、綿櫛の孫娘の関心は戌亥寮の中に限られている。だが、いずれは翠川君の婚約者であるお前にも向くはずだ。警戒を怠るな」
「ええ、言われずとも分かっています」
そうして親子の会話は、何とか父親の面目を保てそうな形で終わったのだった。




