147:マリーの決闘が終わって
「さて、此処なら大丈夫か。お疲れ様、マリー」
「勝利おめでとう、マリー」
「お見事でした、マリー」
「みんなありがとうございまス。頑張って勝ちましタ」
マリーとバレットシャワーの決闘終了後。
普段ならば控室で話をしてから、次の行動に移るところなのだけれど、今回は控室の関係とやらでホールの外で俺たちとマリーは合流し、その足でサークル『ナルキッソスクラブ』の事務室にまで移動。
そこで話をする事にした。
「それでマリー。何があったんだ?」
「あー、やっぱり分かりますカ?」
「流石にな。これまでの決闘では使ってこなかった『蓄財』の金貨の使用、スキル『P・魔術詠唱』の利用。ギリギリのタイミングでの先制攻撃、敢えて攻撃を受けてからの治療に魔力回復。そして何より、決闘前の二人の態度。此処まで揃っていたら、二人の事を知らない人間だって、何かがあった事ぐらいは察して当然だ」
「改めて並べられると我ながら酷いですネ……。確かにこれで分からない方がおかしいですカ」
「で、何があったんだ? 話したくないって言うなら聞かないでおくが」
話の内容は……マリーが望むのなら、バレットシャワーとの決闘の立ち回りがどうしてあのような、傲慢とも取れるような力の見せつけ方をしたのかだ。
明らかに普段のマリーとは違う立ち回りだったので、これについてはしっかりと尋ねておかないといけない。
「いエ、話しまス。と言うよリ、聞いてくださイ。たダ……」
「ただ?」
「怒り狂って頭の血管を切れさせないでくださいネ。特にスズ」
「「あっ……」」
「……」
マリーの言葉を聞いた時点で、俺もイチもスズもだいたいの事情を察した。
バレットシャワーが綿櫛の取り巻きの一人であるのは分かっているので。
そうして俺たちに心構えをさせた上で、マリーはスマホを操作して、録音した音声を流し始めた。
で、流した結果。
「ふうん……つまり、バレットシャワーは綿櫛を裏切った上でナル君に寄生しようとしていたんだぁ。驚きだね。何が驚きかって、綿櫛が最下限だと思っていたのに、それよりも更に下が現れたってところが驚き。え、何? 綿櫛の取り巻き風情が得られる情報で綿櫛も『コトンコーム』社を潰せると思っていたの? それらを潰したいのは私たちの望みじゃなくて貴方の望みでしょって言うツッコミも当然入ってくるけど、それ以上にそんな簡単に潰せるとか潰すとか想像力もお勉強も足りないんじゃないかなぁ。『コトンコーム』社の従業員が何人居て、その内の幾らが綿櫛側の人間がとか少しでも分かっていれば……」
「スズーステイステイ。そこまでにしておこうなー……」
「あ、うん、そうだね。ナル君」
「怖かったです……」
「マリーの想像の数倍はヤバかったですね……」
スズが超絶早口で何かを言い始めた。
とりあえず、今の本題はそこではないので、切り上げておこう。
それよりもだ。
「マリー」
「分かっていまス。ナルがこの手の揉め事を嫌っている事ヲ。けれド、どうしても許す事が出来ませんでしタ。きっト、この件を皮切りとして揉め事も起きるでしょウ。その時はマリーの事を躊躇いなく切ってもらって構いませン。ナルたちに迷惑をかけることは出来ませんかラ」
「いや、今回については咎めるよりも褒めたい。よくやってくれた。バレットシャワーみたいな人間との縁は出来るだけ断ってしまいたいものだけれど、ああいう人間は圧倒的な力の差を見せつけなければ、かえって調子に乗るから、マリーがやった事は何も間違ってない」
今はマリーが正しい事をした。
間違ったことはしていない。
少なくとも俺たちの共通認識としてはそうなっている事をはっきりと示すべきだろう。
だってマリーの瞳は何処か不安そうに震えていたのだから。
だから俺は、マリーの正面で膝を着き、手を握り、ゆっくりと優しく語り掛けた。
「ナル……ですが……」
「トラブルについては……あー、マリーの金貨関係で何かあるんだったか。そっちについても何かはしてやりたいが……俺が出来る事と言えば決闘になった時に代理人を務めるくらいだな。たぶん、頼るなら、学園とスズの方か。スズ」
「うん、大丈夫だよ、ナル君」
とは言え、俺にも出来る事と出来ない事がある。
なので、出来ない事については素直にスズのような出来る人を頼る事にする。
「マリー。調べてみたんだけど、ゴールドケイン家の金貨の問題については国も動いてくれているみたい」
「それハ……そうらしいですネ。マリーはどう動いているかまでは知りませんガ」
「うん、それでね。その動きなんだけど……どうにも、非合法な手段で仕掛けてくるなら、むしろありがたいみたい」
「……はイ?」
「調査をしてくれた人曰く。ゴールドケイン家およびその友人知人に対しては既に陰の護衛がついていて、仕掛けてくれるなら、そこを糸口に根こそぎでやるつもり満々みたいなの。で、どうにも大企業が少量のゴールドケイン家の金貨を手に入れる程度なら、合法的かつ安全に入手できる方法もあるみたいだから、非合法な手段に訴えてくる時点で小物で潰しても構わないと言う判断になるみたい」
「お、おおウ……マリーは子供だからとただ隠すように教えられている間ニ……これもうジーザスとか叫んでしまってもいい気がしまス……」
「そもそも今のゴールドケイン家は定期的に日本の研究機関で金貨を作って、本業とは別に収入を得ているみたいだったよ」
「ジーザス! 事情が変わっているなら適当なタイミングにでも話して欲しいんですけド!? 現場の人間として動き方が変わってくるんですけド!? パピー! マミー!!」
「「……」」
詳しいところは俺とイチには分からない。
ただ、スズの表情とマリーの荒振り方を見ると……まあその、なんだ、とりあえず俺はマリーの味方をするように努めよう。
しかし、両親がどうやって収入を得ているのかと言う話、機会が無いと案外知らないものだからなぁ……機会が無かっただけだと後で慰めておくこともするべきか。
それに……以前に色々とあった事も確かなようだしな。
まあ、その話はまた別の機会だ。
「ただ完全に狙われていない訳ではないみたいだし、違法ではない手段でマリーの金貨や身柄を手に入れようとしてくる連中は居るみたい」
「……。具体的にハ?」
「決闘で賭けの対象にして奪い取るって形だね。身柄については学園がノータイムで止めるだろうけど、金貨の一枚や二枚くらいだったら、対象にしてもおかしくはないでしょ?」
「そうですネ。おかしくないでス。むしろ釣り餌としてちょうどいいと言わんばかりに賭けて、決闘に勝つことで相手から毟り取るかもしれませんネ。一枚や二枚くらいなら作るのにそこまで時間もかかりませんシ」
とりあえず、金貨狙いで決闘を仕掛けられることはあり得る、と。
うん、覚えておこう。
「後、一番面倒なのは正攻法で嫌がらせをしてくる場合かなぁ……。私、マリーと二人続けて綿櫛の家に全力の蹴りをぶちかましたようなものだから、あのプライドの高さだと、そろそろ分かり易く仕掛けてきてもおかしくはないかな」
「正攻法で嫌がらせって……そんなのあるのか?」
「サークル『ナルキッソスクラブ』への攻撃という事ですカ。資金や場所辺りを狙っての決闘ですかネ?」
「うん、そんなところ。細かいところについては置いておくとして。まあ、実際にそんな事をされたら、それこそ決闘で黙らせればいいんだろうけど」
「そうか。まあ、それなら、俺が出ればいいだけじゃないか? サークル全体が相手なら、それも通るだろ」
「うんそうだね。通るはず。だからその時はよろしくね、ナル君」
そして、サークル『ナルキッソスクラブ』に何かを仕掛けてくることもある、と。
うん、決闘にまで及んだら、その時は俺の頑張りどころだな。
「今はこんな所かな」
「そうか。じゃあマリー」
「なんでしょうカ?」
話がまとまったところで、俺は改めてマリーの前で膝を着き、その顔を正面から見つめる。
「マリー。俺たちにはマリーの力が必要だ」
「ぐ、具体的にはなんですカ?」
「決闘の力もそうだし、事務処理能力もそうだし、それから……俺は最近知ったけれど、俺たちの中で一番普通の生徒の知り合いが多くて、噂を集めるのが得意なのはマリーだってのも聞いたからな。他にもまだ俺が知らないだけで、マリーの力が必要な事はあるかもしれない」
「そ、そうですカ……見た目とかでハ……」
「見た目については俺が一番だからな。安心しろ。まあ、方向性の差もあるけど」
「……。本当にブレませんネ。ナルハ……」
動揺して震えているマリーの手をしっかりと掴みながら、俺はマリーに語り掛ける。
「なんにせよだ。俺が言いたいことは単純だ。これからも俺と一緒に居て、俺たちの事を助けて欲しい。頼めるか? マリー」
「……。勿論でス、ナル。どうかこれからもよろしくお願いしますネ」
そしてマリーは微笑みながら、俺の手を握り返してくれた。
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その後、ナルが居ない状況にて。
「あの顔で! 真正面から! 膝を着いて! お前が必要だなんて囁かれて! 動揺しない女子が居るわけないでしょうが!!」
「マリー。アクセントが消えてる」
「消えますよ! 心臓がバクバクしていますよ! どうしてスズはアレと長年一緒に居られるんです!? 心臓爆発しませんか!?」
「しないって。生まれてからずっと一緒なんだよ。何より……愛しているから。ナル君が私の事を思ってくれている以上に、私からナル君への愛を抱いて捧げているから」
「オォォ……ジーザアァス……マリーにそこまでの想いは……」
「大丈夫大丈夫。深さ、大きさ、純度、そう言ったものに関わらず愛は愛。ナル君を思っているのなら、何も問題は無いよ」
「そうですカ……それを聞けてなんだか安心しましタ……」
「……。イチもいずれはこれほどに想うのでしょうか……?」




