146:六月決闘 マリーVSバレットシャワー
本日は二話更新となっております。
こちらは二話目です。
『それでは早速始めてまいりましょう!』
決闘の舞台の上に二人は立っている。
マリーはマリーゴールドのチャームが付いた『シルクラウド・クラウン』を身に着け、そのヴェールで無表情であるのに怒っているのが分かる顔を隠しつつも、隠されていない拳を異常なほどに強く握りしめて。
バレットシャワーは宝石で飾り付けられたデバイスを身に着け、デバイスで隠していない口元にはあからさまなほどに侮蔑の笑みを浮かべて。
そんな二人の姿は、何も知らない観客であってもなお、二人の間に何かがあった事を察するに十分なほどに感情的なものであった。
『3……2……1……決闘開始!』
「マスカレイド発動。旅立て、マリー・アウルム!」
「マスカレイド発動。降り注げ、バレットシャワー!」
決闘が始まり、二人同時にマスカレイドを発動する。
だが、デバイスの性能差によるものだろう。
先にマスカレイドを終えたのはマリー。
黄金色の結晶体に包まれた後に、結晶体にヒビが入り、割れて、中から出てくる。
その姿は喪服とも取れる黒いドレスで全身を包み込み、頭に被ったつば広の帽子から下がる黒いヴェールによって顔を隠した女性。
黒い布の手袋で覆われたその手には、黄金の骨と黒い布で出来た傘が握られている。
そしてマリーに遅れる事一秒と少しで、バレットシャワーもマスカレイドを終える。
仮面から発せられた無数の細くて小さな光が雨のように降り注ぎ、その姿を変えていく。
やがて現れたのは黒塗りの陶器のような質感の仮面で顔を完全に隠し、黒を主体とした色合いのドレスと小さな宝石でその身を着飾った女性。
ただし、その手には他の部位にそぐわないほどに武骨な、指先の尖った金属製の小手が嵌められている。
そうしてマスカレイド終えたバレットシャワーは……。
「っ!?」
即座にその身を翻して、自分の頭部に向かって投じられていた金色の杭を寸でのところで回避した。
「ちっ、避けましたカ」
「実力のなさを不意打ちで補おうとしましたか。この卑怯者め」
「卑怯? 決闘の開始はコールされていまス。のろまな変身をしテ、準備時間をマリーに与えた貴方が悪いだけでしょウ?」
攻撃を行ったのは言うまでもなくマリー。
スキル『ゴールドパイル』によって生成された黄金色の金属杭を、バレットシャワーのマスカレイドが終わるタイミングを見計らって放ったのだ。
なおこれはルール上は何の問題もない行為である。
マリーの言う通り、既に決闘は始まっていたし、攻撃の準備が完了できるほどに時間をかけていたバレットシャワーの責でしかない。
それに、マスカレイドが完了する前に攻撃が当たってしまえば、女神の加護とされる現象によって攻撃が無効化されて、攻撃一回分の魔力をただただ損するだけと言うリスクを背負ってもいる。
「その減らず口を黙らせて差し上げますわ! 『ファイアシュート』『サンダーシュート』!」
また、マスカレイド完了直後を狙って攻撃を仕掛けるという事は、逆に言えば守りを固める時間など無かったと言う事でもある。
故にバレットシャワーも体勢を立て直すと同時に攻撃を仕掛けるべく、二つのスキルを発動。
その両手に炎の塊と電気の塊を生み出す。
スキル『ファイアシュート』。
それは魔力に火炎と言う属性変化を加えて撃ち出す、火炎を用いた攻撃スキルの中では最も基本的なスキルとなる。
スキル『サンダーシュート』は、その電撃属性版だ。
だが、バレットシャワーの用いるそれらは、通常のそれらとは違い、生じても小手から離れずにその場で留まる。
「さあ、これが私の力です!」
そうして留まった炎の塊と電気の塊をバレットシャワーは……握り潰す。
すると握り潰された炎と電気は舞台の上に向かって幾条もの光芒となって立ち昇り……。
「炎雷の雨に撃たれなさい!」
「っ!?」
降り注ぐ。
雨のように、あるいはシャワーのように。
降り注ぐ先にあるものを押し流すように、細かい炎と電撃のシャワーとなって、避ける隙間もないほどに高密度かつ広範囲へと降り注ぐ。
これがバレットシャワーの仮面体の能力。
自分の魔力で形成された一部のスキルを小手で握り潰すことによって、その性質を容易かつ低コストに、雨のような形へと変化させる事が出来るのである。
「あははははっ! どうかしら、私の雨は? ああ、その傘で防いだの」
「ええそうですネ。傘で防げましタ。傘は雨から身を守るものですのデ」
「減らず口にやせ我慢ですわね。ドレスの端が焦げていましてよ」
故に炎雷の雨に打たれるマリーに出来たのは、手にした傘をしっかりと開いて、耐え忍ぶ事だけだった。
しかし、マリーの傘は盾ではなく、仮面体も耐久性に優れるようなものでは無い。
一度の雨で傘は傷つき穴だらけとなって、ドレスの裾もまた破れている。
誰の目にもダメージが甚大である事は明らかだった。
「……」
「ふふふ。返す言葉もないのかしら。ではもう一度浴びせてあげますわ。『ファイアシュート』『サンダーシュート』。さあ、圧倒的な実力差と言うものを思い知りなさい!」
バレットシャワーが再び炎雷の雨を降らせようとする。
マリーはその光景をヴェールの向こう側からじっと眺めつつ……。
「マリー・アウルムの名において命じます。金杭、金喰いて、叶え来るは、金重の壁。『ゴールドパイル』」
手にした一枚の金貨を握り潰しつつ素早く詠唱。
「は……?」
次の瞬間には金の杭を束ねて作られた壁と屋根がマリーを守るように出現し、上空から降り注ぐ炎雷の雨の悉くを弾き返す。
「重ねて命じます。金貨よ。気の果実よ。渦巻いて、華へと還れ。『インスタントヒール』」
「何をして……そんな……馬鹿な事が……」
攻撃を防ぐと言う役目を終えた黄金の壁と屋根が消えていく中で、マリーはさらにもう一枚の金貨を握り潰しながら謳う。
すると、マリーの手の内から大量の魔力が生じ、それが束ねられると共に、スキル『インスタントヒール』の効果によってマリーの体へと吸収されていき、バレットシャワーの攻撃によって傷ついていた衣服や傘、マリー自身の体も癒していく。
「あ、あり得ない。あり得ませんわ……だって私が今見たものがその通りだとしたら……それは、それは……」
「さテ、これで元通りですネ」
目の前で起きた光景にバレットシャワーの体が、指先が、声が震える。
対するマリーは自らの懐から更に数枚の金貨を取り出して、手の内で弄ぶ。
「魔力回復薬……!?」
だが、バレットシャワーが恐怖するのも当然の事だった。
スキル『インスタントヒール』は極めて希少な回復能力を有するスキルである。
しかし、その効果はインスタントの名にふさわしく応急処置程度のものである上に、消費する魔力は膨大で、傷を負った状態で使えば、それこそ魔力切れを起こしてしまうような代物だった。
だがマリーは、傍目には金貨を砕くことによって、マスカレイドを発動中に自分の魔力を大幅に回復させた上で、通常のものとは明らかに異なる高出力の仮面体を修復すると言う行為を行った。
それは、魔力は自然に回復していくのを待つしかないと言う世界の常識に対して真っ向から反逆するような代物であった。
「では改めてマリー・アウルムの名において命じます。金杭、金喰いて、叶え来るは、金重の藪……」
「ひっ、あっ……」
マリーが手にした金貨を全て砕く。
そうしてあふれ出した魔力の量は、バレットシャワーの目算でも自身の倍以上、数字に直せば1000は確実に超えると断言できるもの。
その膨大な量の魔力にバレットシャワーの思考は恐怖へと傾き、震えるばかりとなって、行動を起こせなくなる。
そんな量の魔力をマリーはスキル『P・魔術詠唱』の力も借りながら制御し、傘の先へと集め……やがてスキルの名を言い放つ。
「『ゴールドパイル』」
「!?」
マリーがスキルの名を口にした瞬間。
バレットシャワーの足元とその周囲の床から大量の金属製の杭が乱雑に生じる。
そして、その杭から次なる杭が生じ、それを幾度となく繰り返して、杭の内側に捕らわれたものの全身を刺し貫く。
やがて現れたのは、黄金色に輝く金属の杭で作られた木々によって出来た小規模の藪。
隙間は殆ど無く、その内に居たものがどうなっているかなど、考えるまでもない事だった。
そうして、周囲の想像通りに、杭の藪が消えた後にバレットシャワーの姿はなく、勝者は確定した。
『勝者! マリー・アウルム!』
「ふふン、力の差を理解させてやりましタ」
マリーは観客に堂々とした礼を披露した後、誰にも聞こえないように呟きながら舞台を後にした。




