145:決闘前哨戦
本日は二話更新となっております。
こちらは一話目です。
金曜日の午後。
もう直ぐ今日のマスカレイドの授業が始まり、決闘が行われる時間となった頃。
とあるホールの舞台裏、出場者の控室の一部が集まっている通路で、とある二人が会っていた。
「……。こんにちハ、バレットシャワーさン」
「あら、そっちの呼び方をするんですね。では私も倣って、こんにちは、マリー・アウルムさん」
誰かの悪戯か。
決闘が行われる直前に、決闘を行う当事者二人が、他の人の目が無いところで会うと言う、本来はあってはいけない事が起きていた。
おまけに、直ぐに誰かが通りかかってもおかしくない時間と場所であるのに、誰も通りかかる気配はなかった。
「どうして此処に居るんですカ? ここでマリーたちが会う事が周囲にどう思われるかは理解していますよネ?」
「ええ勿論。ですが、これは私の責任ではありません。何かしらの手違いがあったのか、私の今日の控室は此処のようですから」
「ああなるほド。確かに手違いですネ。隣同士の控室にするとハ……後で文句を言っておく必要がありますネ。ではマリーは失礼させていただきまス。余計な疑いは持たれたくないのデ」
この状況にマリーは早々に会話を切り上げて、通路を引き返そうとする。
「お待ちになって、マリー・アウルムさん。折角だから貴方に提案しておきたいことがあるの」
「提案?」
そんなマリーに対して、バレットシャワーは背後から声をかける。
いったい何を言うつもりなのか?
疑念と嫌悪をにじませた声を出しつつも、マリーはバレットシャワーの声に反応して足を止めて、念のために制服の中にあるスマホの録音機能をオンにしておく。
そして、完全に振り返るのではなく、半端に振り返って横目でバレットシャワーの事を見る。
「私の事を翠川様に紹介してもらえないかしら? 対価として、綿櫛の隠しておきたい情報を色々と提供する用意があるのだけれど」
「……。いったいどういうつもりですカ?」
バレットシャワーは綿櫛の取り巻きとして、ほとんど常に周囲に侍っている女子生徒の一人である。
だがそれは綿櫛を慕っているからではなく、綿櫛の陰で甘い汁を吸うために、綿櫛を持ち上げているだけであり、友情や誠意と言ったものとは無縁の関係性であった。
そうである事を知っていたからこそ、スズはバレットシャワーを含む綿櫛の取り巻きたちたちも要注意女子と認識し、一覧に入れていたくらいである。
マリーは勿論、それを知っている。
知っているからこそ、己の本心を隠しつつ、バレットシャワーに言葉の続きを促す。
「どうもこうも綿櫛の傍から離れたいのです。体育祭の特殊決闘で水園さんに負けて以来、毎日のように当たり散らしていて辟易していますの。実家からも矢のように釘が飛んできますし、正直言って、綿櫛とは距離を取りたいのですよ」
「でしたラ、勝手に離れればいいだけでしょウ? どうしてマリーたちに擦り寄ってくるのですカ?」
「離れるだけならそうかもしれませんね。けれど、綿櫛の家の事まで考えると、身を寄せる先は考えないと破滅するだけ。その点、翠川様たちなら、私の情報を適切に扱って、綿櫛に対処してくれるでしょう?」
「なるほド。売り込みと言うわけですカ」
「ええ、その通りです。沈む船からは逃げませんと。逃げ遅れればタダではすみませんもの」
バレットシャワーの言葉をマリーは無表情で聞く。
それと同時に、マリーの心中では自覚できるほどに怒りの炎が燃え上がっていた。
どの口がそれを言うのかと。
「綿櫛の傍に居テ、支えたリ、改心を促したりはしないのですネ」
「支える? 改心? 無理です。生粋のワガママお嬢様ですもの。そんな無駄な事をしている暇があるなら、次に身を寄せる相手を探す方が大事です」
スズからの情報でマリーは知っている。
バレットシャワーは綿櫛の意に従って、他人を攻撃してきた。
だが、その攻撃対象の中には、綿櫛を咎めて真っ当な道に戻そうと努力していた人たちも含まれていて、そう言ったものに対して特に強い攻撃性を示していたことを。
綿櫛を持ち上げて、高価な装飾品や衣類を自分のものにしていた事を。
綿櫛の為だからと嘯いて、自分の為の物を得ていたことが一度や二度ではない事を。
明確な犯罪にまでは至っていない。
しかし、綿櫛に寄生して、利益を得ていたのは紛れもない事実である。
それをマリーは知っていた。
つまり、バレットシャワーが言っているのはこう言う事なのだ。
次の寄生先はお前たちだから、衰弱死するまでいい汁を吸わせろ。
「そうですカ……。ふざけるのも大概にしろ、バレットシャワー。お前みたいな女をマリーがナルたちに近づけるとでも?」
故にマリーは声を荒げる。
感情に反応して溢れ出る魔力を手の内で金貨へと変換しつつ、思考の部分だけは冷静さを保って、魔力と考えをまとめていく。
語尾のアクセントも消して、本気の嫌悪を露わにする。
「……。あら残念ですね。私の情報があれば綿櫛の家なんて……」
「お前のような自己保身に走る事が第一な寄生虫が得られる情報をマリーたちが掴めないとでも? そもそも、お前程度が得られる情報で綿櫛の家……『コトンコーム』社のような企業を落とせるとでも? 主を唆して自分が肥え太ることしか考えていない寄生虫に用意される席があるとでも? 夢を見るならベッドの中でしてこい! バレットシャワー!」
「!?」
そしてはっきりと、バレットシャワーが持っている情報程度など不要だとマリーは告げる。
と同時に、侮蔑と決別の意思も露わにした。
「ふ、ふふっ、ふふふふふ。言ってくれるではありませんか。ストーカーの取り巻き風情が……。言うに事欠いて、私を寄生虫? 私が寄生虫なら貴方だってそうでしょうに。水園と言うストーカーのお零れで翠川様に吸い付いているだけの寄生虫ではありませんか!」
対するバレットシャワーも声を荒げて、マリーの事を寄生虫だと言い現わし、これまでの取り入ろうと言う考えの下に隠していた侮蔑の感情を露わにする。
「おい、あっちから誰かが言い争っているような声が……」
「トラブルか? 仕方ない、風紀委員であるアタシが……」
「「……」」
此処で遂にマリーとバレットシャワーの声に気づいて、この場へと近づいてくる気配が生じる。
ここで会っていたことと、トラブルになっていたことが明らかにされれば、決闘は中止され、どちらにもペナルティが課されるかもしれない。
「元より嫌いでしたが、今この場でマリーは更に貴方の事が嫌いになりました。何もかも裏切っているような人間に負けることなど、天地が許してもマリー自身が許せません。なので……ぶっ潰してやりますよ。バレットシャワー」
「何もかもがこちらの台詞です。貴方を経由して翠川様に近づこうと考えていましたが、もうそんな気はありません。ただただシンプルに貴方を打ち据えて、力の差と言うものを分からせてあげます。次に就く相手なんてそれから決めればいい。それでは、御機嫌よう。マリー・アウルム」
だから二人はお互いに捨て台詞を吐いてから、自分の控室の中へと姿を消した。
そして、騒ぎからしばらく経った後、二人は時間をずらして舞台上へと招かれて、決闘を始める事となった。
???「書類ミスって、隣同士の部屋にしちゃってる!?」
???「警備のシフトが微妙に噛み合わなくて空白時間が!?」
???「やべぇ、案内係の手が回ってない!?」
(時期的に委員会に加入した一年生が先輩たちの後ろにヒナのようにくっついている状況の為、色々なものの効率が微妙に落ちているのである。だがしかし、それは女神の関与が無かったことの証明にはならないのが超常の存在のツラいところである)




