140:衣装選びを眺めながら
今回は第三者視点となっております。
ご注意ください。
衣裳部屋には多数の衣装が並んでいた。
男性用の衣装から女性用の衣装まで、上だけでも100種類以上、下も数十種類は用意され、ハンガーラックに適切に架けられている。
ベルトや帽子、その他小物類も十分に用意されていて、一通りの物は揃っていると言ってもいいだろう。
そして、こうやって用意されているものの全てがナルの為に用意されたものである。
なので、中にはフリーサイズの物や、調整すれば体格が違う人物でも着れるようになっているものもあるが、大半の衣装のサイズはナルとナルキッソスの体格に合わせたものになっている。
「おー、色々とあるな……」
「この中からナル君とナルちゃんによく似合うものを選び出さないとね」
「そうだな。と、言いたいんだが、ちょっと優先したいものもあってな……」
「そうなの?」
衣裳部屋に入って来たナルとスズは会話をしながら、直ぐに奥の方へと移動していく。
その間にナルからスズへと語られたのは、対バードスナッチャー用にナルが思いついた戦術であり、それを聞いたスズは少し考えた後に同意。
ナルと一緒に、条件に合いそうな衣装を探し始める。
「イチ。鍵は閉めましたカ?」
「大丈夫です。事務所もこの部屋もきちんと閉めてあります」
そんな二人を、遅れて衣装部屋に入って来たマリーとイチは入り口から眺める。
「これはどうだ?」
「うーん、長さが足りないんじゃない? これは?」
「候補には入れておく。ただあまりにも着込み過ぎるのはな……」
「「……」」
ナルとスズは仲良く衣装を探している。
ただ、そんな何気ない動作であるのに、二人がどれだけ一緒に居たのかをイチとマリーは感じずにはいられなかった。
なにせ、ナルとスズの二人はお互いにお互いが何処に居るのか、どう動いているのかをだいたい把握しているのか、目を向けてもいないのに、狭い衣装と衣装の間で決してぶつかり合う事もなく、条件に合うものを次々に出しては相手に見せて、それから戻していっているのだから。
息が合っているなどと言う次元の動きではなかった。
「はァ……スズが羨ましいですネ。あれほどまでに心を通わせる事が出来るだなんテ」
「そうですね。ただアレは二人が積み重ねて来た年月があってこその物なので、イチたちには真似なんてしようがないと思います」
「それは分かってまス。むしロ、今唐突に出来た方がマリーとしては怖いですヨ」
イチとマリーは小声で話し合う。
「ただ憧れはしまス。それだけお互いの事をよく知っていテ、信頼し合っていると言う事ですかラ。スズは……本当にナルの事を愛していテ、陰に日向に助けるのが当たり前デ。ナルもそんなスズの事を大切にしていテ、本当に羨ましいですヨ」
「……」
「同時にイチの事も結構羨ましかったりするんですけどネ。マリーとしてハ」
「イチもですか?」
「そうですヨ。毎週土日に体術の訓練でナルに教えていテ、護衛としてこっそり横に居ることも多くテ、陰で物理的な情報を集めテ……ナルの役にとても立っているではありませんカ。ナルもよく言っていますヨ」
「役に立つどうこうで言えばマリーもだと思いますが……」
「そうですネ。けれド、現状でマリーが任されているのは書類仕事に金勘定に噂話ト……言ってしまえバ、マリーで無くても出来てしまう役に立ち方だけですかラ」
ナルとスズの二人に聞こえないように、マリーとイチの言葉は交わされる。
ただ、イチの言葉に欠片も揺るぎが無いのに対して、マリーの言葉には何処か揺らぎあるいは不安のようなものが滲み出ていた。
それはまるで、マリーがこのままナルの周りに居ていいのかと自問自答しているかのような言葉でもあった。
「……。誰かから、何か言われましたか? マリー」
「……。言われたと言うよりは送られたですネ。後でスズにも相談するつもりでしたガ、先に見せておきまス」
マリーが自分のスマホの画面をイチに見せる。
そこには、マリーの次の決闘相手であるバレットシャワーから送られてきたメッセージが映っていた。
「これは……なるほど」
直接的な侮蔑や要求はない。
けれど、遠回しにマリーの事を実力が無く、スズの金魚のフンだと貶し、ナルの近くから去れと言っているようにしか取れない文章だった。
「マリーの相手は綿櫛の取り巻きの一人。スズがナルさんに近づけるべきでないと判断した女性の一人。でしたか」
「ですネ。分かってはいるんですヨ。相手の性格の悪さモ、マリーたちに嫉妬している事モ。そしテ、この程度の挑発に乗ってやる必要なんてなイ。気にする必要もなイ。相手を喜ばせてやる必要なんてなイ。そんな事ぐらいも分かってはいるんでス。たダ、マリーも人の子ですからネ。気にするなと言われても気になってしまうものなんですヨ。自分が役に立っているかと悩んでいる時には尚更ニ」
「……」
イチはどんな言葉をかけたものかと迷い……声は出なかった。
マリーの言葉からして、後でスズに相談する気はあっても、ナルに相談する気はないようだし、となれば、今この場で大きな声を出して、衣装探しをしている二人の関心をマリーに向けさせることも憚られたからだ。
ただそれでも、イチは言葉を絞り出した。
「マリー。金魚のフンはお前だ、と言うぐらいは、実績を以って言い返してやるべきだと思います。どんな手段を使ったとしても。それを示せれば、自然とマリーに対してそんな言葉は向けられなくなると思います」
「どんな手段を使ってでモ、ですカ。……。でハ、使わなくては勝てないと判断したなラ、使ってしまいましょうカ。マリーが実力者であるカ、ユニークスキル持ちだと分かれバ、相手も黙るしかないでしょウ。そうでなくとモ、アイツらの鼻を明かしてやるのハ、気持ちが良さそうでス」
「その意気です」
「ふふフ。ありがとうございまス。とは言エ、スズには相談しておかないとですネ。マリーの『蓄財』を使った結果、トラブルを招く事になったら申し訳ないですかラ」
「イチも協力します。それと……話せばナルさんも協力してくれると思います」
「そうですネ。ナルならきっと協力してくれまス。ナルのイケメン具合は見た目だけじゃないですからネ」
イチとマリーは少しだけ笑い合う。
その声にナルとスズは少しだけ二人へと視線を向けて、楽しそうにしているなら大丈夫だと判断して衣装選びに戻る。
「お、これが良さそうだな」
「うん、そうだね。後は……間に合うか、かな?」
「何とかなるだろ。制服とかは簡単だったしな」
やがてナルとスズは一着の衣装を見つけ出すと、イチとマリーの下へと戻ってくる。
「イチ、マリー。二人もこの先は手伝ってくれ。この衣装に合う装飾品と化粧の見繕いまでは、流石に俺とスズの二人じゃ手が回らない」
「分かりました」
「では手伝わせてもらいますネ」
その後、サークルの活動時間ギリギリまで、衣装部屋での活動は続いたのだった。
ナルの衣装詳細は決闘の時までお待ちください。




