14:初めてのマスカレイド授業-3
「で、必要な事は調べられたんですか? 樽井先生」
「……。そんなに怖い顔をしなくても」
決闘終了後。
魔力が底をついたことによる怠さを覚えながらも、何とか胡坐をかける程度には復活した俺は樽井先生の方へと顔を向ける。
怖い顔をするなって?
詳しい事情も聞かされずに鋼鉄の巨人と殴り合わされて怒らない人間が居るとしたら、それは鋼鉄の巨人なんてどうとでもなるような化け物か、怒りの感情がない壊れた人間くらいなものだろ。
聖人だってブチ切れるわ、こんなもの。
「樽井先生。風紀委員長として言わせてもらいますが、これで結果が得られてないとかだったら、割と真面目に出るところに出るとは言いますからね。私は樽井先生なら大丈夫だと信じていますが」
「……。だ、大丈夫、ちゃんと情報は得られているから。それはそれとして翠川君は一度マスカレイドをして。今の魔力量だったら、仮面体の調整もしやすくなっている可能性があるから」
俺は一度麻留田さんの方を向く。
麻留田さんは頷きで返してくれる。
と言うわけで、俺はマスカレイドを起動、傷跡も血の化粧もない仮面体になる。
「麻留田さん。仮面体の調整や改造って魔力量が少ない方がやりやすいんですか?」
樽井先生が早速何か作業を始める横で、俺は麻留田さんに質問をする。
樽井先生は作業で忙しいだろうと言うのもあるが、麻留田さんの方が信頼できると判断したからだ。
「内容や魔力の性質によるな。普通は十分な魔力量がないと時間の確保が出来ないから、時間の確保優先で魔力が残っている時にやる。だが、翠川の場合は……桁が違うからな。今だって一度魔力を使い切ったはずなのに、平然とマスカレイドをして、仮面体を維持できているだろ。私にそれは無理だぞ」
「なるほど? とりあえず俺が異常だってのは理解しました」
「ああそうだな。今はそれくらいの認識で十分だ。詳しい事は後で座学をやるだろうから、その時に聞けばいい」
とりあえず俺の魔力量周りは色々と異常であるようだ。
いやまあ、『英雄』と称されるような学園長より現時点で多いのだから、異常である事は間違いないのだけど。
「で、樽井先生。首尾は? 翠川の仮面体に服を着せると言うか、布切れ一枚被せる程度なら、大した手間ではないと思うんですが?」
「……。駄目ですね。どうやら魔力量の多寡ではなく、性質で以って、外部からの変更を受け付けないようになっています。つまり、翠川君の仮面体を弄るには、翠川君自身の技術でどうにかするしかありません」
そして、その異常によって、俺の仮面体が今すぐに服を着る事は不可能であるらしい。
いやまあ、俺の肉体美を余人によって遮る事は叶わないと言うのは朗報と言えば朗報だけどもな!
ただそれはそれ、これはこれとしてだ。
「麻留田さん。俺、樽井先生を一発殴っても許されませんかね?」
「マスカレイドを発動した奴がマスカレイドを発動してない奴を殴ると、女神の逆鱗に触れかねないから止めておけ。やるなら合法的にだ。後で教師に決闘を売る方法を教えてやる」
「うす」
「……。いやあの、干渉できないだけで、解析はきちんとしたから、先生の事はそれで許して……」
「許すかどうかは殴られた側の権利だと私は思っていますよ。樽井先生」
「じゃあ、情報の方をお願いします。それが有益でなかったら、麻留田さんの教えに従うと俺は言っておきますね」
「……。はい」
麻留田さんと決闘モドキをさせられたことに引き続いて、教師で慣れているだろうに仮面体の調整が出来なかったと言う話なので、俺は怒っても許されると思う。
先入観どうこうとは後で言われそうだけども、だからと言って何でも許されるわけではないし。
まあ、色々と解析はしてくれたとの事なので、その内容次第か。
と言うわけで、俺と麻留田さんは話を聞く態勢を取る。
「……。結論から言うと、翠川君の魔力は粘着質が強い魔力みたい。それも極めてと言うレベルで」
「?」
「……。詳しい性質はもっときちんと調べてみないと分からないけれど、現状でも把握できる範囲としては……外部からの干渉に対して異常に強い。自然発散もしづらい。切り離そうと思っても離せない。こんなところ」
「それであの頑丈さか」
樽井先生曰く。
俺の魔力は、普通の人間の魔力とは少し違うらしい。
これは先天的なものであり、変える事が出来ない、ある種の才能のようなものだとか。
で、性質としては、餅や糊のように粘っこいと表現するのが、とりあえずは近いようだ。
「それって魔力量の計測に影響を及ぼしたりは?」
「……。してませんね。翠川君の魔力量が3000を超えている事は定量測定で確定していますので」
「魔力自体が頑丈なのに量も膨大、か。まあ、強みがあるのは決闘者としていい事だな」
ただ、性質が違うだけなので、量の測定結果が変わることは無い。
水でも油でも、体積のはかり方は変わらないのと一緒のようなものだろうか。
「……。問題なのは、この性質の為に一般的な手法、専門の機械を使って、仮面体の調整や改造を行う場合に制限が生じている事でしょうか。特に外見については翠川君の強い拘りが反映されているのか、本当に一切の手出しが出来ません」
「それは……まあ、そうでしょうね。この肢体を安易な衣装で隠すなんて、許されない事ですから」
「ああなるほど。確かにこれは拘っているな」
しかし、その性質が邪魔をしていて、俺の仮面体に衣装を着せるような調整が出来ないようだ。
「ただ翠川、分かっているのか? このままだと、法律の壁に阻まれて、お前のその美しい体とやらは世間にお見せ出来ないどころか、お前の好きな時に表に出すことも出来ないんだぞ」
「それは……困りますね。樽井先生、解決策は?」
「……。解決策としては、翠川君自身の意思と魔力で以って、衣装を作り出してしまうのが最適だと思います。そうですね。着たい衣装を一度現実に作ってもらい、実際に着てみて、その材質や手触りをしっかりと確認して、再現する。と言ってしまうのもいいかもしれません」
「なるほど?」
分かったような、分からないような……とりあえず俺の仮面体に合うような衣装を発注して、それを着てみればいいのだろうか。
しかし、俺の仮面体に似合う衣装とは、どんなのだ?
うーん、このままが一番である事は間違いないとして、別方向の一番を求めるような感じだろうか。
でも俺は魔力の扱い方とかまるで分からないしな。
「樽井先生」
「……。もちろん、出来る限りの範囲で先生は手伝います。魔力の物質化については得意分野でもありますので。そうですね。とりあえず最初の衣装は、明日の授業までに先生の方で用意しておこうと思います。伝手もありますので」
「なるほど。お願いします」
と言うわけで、こういう時にこそ教師は頼るべきだろう。
樽井先生も乗り気なようなので、これならばきっと何とかなる事だろう。
「話はまとまったみたいだな。さて、そろそろ時間みたいだから。これで終わりにするべきだな」
「あ、麻留田さん」
「なんだ?」
「それはそれ、これはこれとして、教師への決闘の売り方は教えてもらえますか。知っておいた方が便利そうなんで」
「いいぞ。学園の教師は優秀な奴か、超優秀だけど問題がある奴かの二択だからな。後者が舐めた振る舞いをした時は実力で黙らせた方が誰の為にもなる。ま、使わないように立ち回った方が賢いけどな」
「……」
なお、麻留田さんからも教わるべき事はきっちりと教わっておく。
この決闘のやり方とやらについては、この学園に居るのなら、少なからず使う事にもなるかもしれないからな。
こうして俺の初めてのマスカレイドについての授業は終わった。
「おい待て翠川」
「どうかしました?」
「教室の外に出るなら、マスカレイドを解除してからにしろ。風紀委員長として捕まえないといけなくなる」
「あっ~……」
「お前、本当に、早急に、衣装を出せるようになれ。その内に捕まるぞ……」
なお、授業終了後にマスカレイドを解除せず、そのまま教室の外へとうっかり出そうになったのは、此処だけの話である。