137:スタジオ見学
「ふむふむ」
「応接室は万全ですが、他はほぼ空き家状態ですね」
俺たちが今居る建物の外観は直方体のそれであり、『ナルキッソスクラブ』がある四階にもそれなりの広さがある。
なので、部屋も複数存在している。
具体的に言えば、スズたちが今も話をしている事務所。
俺とイチが今居て、ソファー、絨毯、机と言ったものが一通り用意されている応接室。
無数のハンガーラックだけが設置されている衣装室。
ふかふかのベッドが用意されている休憩室。
一通りの炊事も可能な給湯室。
などだ。
なお、人数と俺たちの目的の都合上、空き部屋も少なくない。
これらの部屋が埋まるかは……これから次第だろうな。
「三階は聞いていた通りに空きフロアだな」
俺たちは階段を降りて三階へと向かうが、ここは空きフロアなので、見るところは特にない。
ただ、三階から二階へと繋がる階段は何故か別の場所にあるので、三階の中を少し移動していく。
なお、五階には『カラフル・イーロ・サポーターズ』と言うサークルが入っているのだが、アポイントメントもなしに尋ねることが失礼である事は明らかなので、向かう事すらしなかった。
「二階は倉庫ですね。専門家以外が触れるべきでない機材や、高価な機材もあるようなので、一部の部屋は鍵がかかっているようですね」
「そりゃあ、当然だな」
で、二階に到着。
撮影に使うものが色々と集められている為か、一階と二階を繋ぐだけのエレベーターもあるし、スタジオの天井の高さを確保するためなのか二階から入れないエリアもある。
人が動いているような音やら何やらも……まあ、あるな。
「で、一階と」
「スタジオは誰かが使っているようですね」
「まあ、人が動いている感じはしてたしな」
俺たちは階段を降りて一階へ移動。
スタジオ部分は誰かが使っているらしく、使用中の看板が扉の前に置かれている。
「じゃ、スタジオ内部の見学についてはまた今度で……」
「今から見ても大丈夫だよ。一年の翠川君」
俺とイチはエレベーターへと足を向けようとした。
が、その前に声をかけられたため、俺はそちらへと顔を向ける。
「こんにちは、そして初めまして。翠川君」
「えーと……」
そこに立っていたのは、随分と着飾った私服姿の少女。
髪の色は金、赤、青の三色で、魔力影響による生来のものなのか、染めた形跡は見られない。
その顔は俺ほどではないし、方向性もキュート系ではあるけれど、かなり整っていると断言できるレベル。
全体的な雰囲気を一言で言えば……アイドル、これが一番近そうだ。
となれば、ほぼ間違いなく五階に入っているサークル『カラフル・イーロ・サポーターズ』がサポートする対象である、カラフル・イーロなる人物が彼女なのだろう。
「初めまして。カラフル・イーロ先輩?」
「うん合っているよ。ただ、私の顔を見て、直ぐに名前が出てこなかった辺り、事前に知っていたんじゃなくて、色々と推察をした感じかな?」
「あー……まあ、はい。アイドルに興味を持つことはこれまでの人生ではなかったもので」
「なるほどね。正直でよろしい」
カラフル・イーロ先輩は俺の言葉にどうしてか楽しそうにしている。
何かが琴線に触れたのだろうか?
「うん、学園側がこのビルに貴方たちのサークルを入れる事を認めたのも分かるね。翠川君は明らかに私に興味が無いし、隣の子も警護のために私に関心を払っているだけっぽいし」
「はぁ……なるほど?」
「……」
あー、今の言葉で理解した。
カラフル・イーロ先輩もある意味では俺と同じな訳か。
既存のサークルに加わってしまうとトラブルを招く。
けれど、加わらないのも、苛烈な勧誘合戦とかのトラブルを招く。
だから、信頼できる人だけで周囲を囲って、このビルに隔離したんだな。
そして、カラフル・イーロ先輩の見た目や一階のスタジオの事も考えると……たぶん、カラフル・イーロ先輩も学園外務部広報課と協力体制を築いているんだろうな。
「さ、中へどうぞ。折角だから私の宣材写真の撮影を見て行って。あ、五月蠅くはしないようにお願いね」
「それはもちろん。では、失礼させていただきます。ちなみにイチ、宣材写真ってのは?」
「宣伝材料写真の略です。自分の顔や姿、見た目を売り込むために使う写真の事ですね」
「なるほど」
「ちなみにナルさんの場合はマスカレイド前後どちらも撮る事になると思います」
「それは当然だな」
俺は小声でイチに解説を求めつつ、スタジオの中へと入る。
そして、カラフル・イーロ先輩の同級生っぽいと同時にマネージャーっぽくもある女子生徒に断りを入れてから、端でこっそりと見学させてもらう。
「このスタジオって俺とカラフル・イーロ先輩以外も使えるんだよな?」
「事前に申請をすれば有料ですが使えます。宣材写真は芸能活動以外でも使うことは出来ますし、単純に記念として撮るために此処を使うのも有りです。十分な広さもあるので、仮面体の写真を撮る事にも使えますね。ただ、本気で撮るなら、カメラマンとその周囲の方々はプロを招く必要があるので、当然ながら……」
「お金もかかる、と」
「はい。イチたちは大丈夫ですが。資金調達と回収の目途はついていますし」
「ソウカー」
カラフル・イーロ先輩はスポットライトを浴びながら、様々なポーズと服装の組み合わせで写真を撮っていっている。
周囲のスタッフも、カラフル・イーロ先輩も、先輩の同級生たちも動きに迷いが無い辺り、かなり慣れているようだ。
流石はプロと言うべきか、支払われる金額に相応しい動きをしているように思える。
なお、俺たちのサークルの資金源がどうなっているかは気にしない方が、俺の精神衛生上は都合がいいだろう。
何故か護国さんの顔が浮かんで仕方がないが。
何故なんだろうなー。
「はい、彩柱さんOKでーす!」
「ありがとうございましたー!」
そうしてカラフル・イーロ先輩はあっという間に写真を撮り終えてしまった。
「翠川君。君の宣材写真が出来たら、ウチの事務所にも送っておいてね。都合が合えばだけど、マスカレイド発動中の君となら一緒にお仕事をするのも有りだと思ってるから」
「あ、はい。分かりました。スズたちに相談して許可を貰えたら送らせてもらいますね」
「ありがと、じゃあねー!」
で、あっという間にマネージャーっぽい同級生と一緒に、何かを話しながら、スタジオの外へと出て行ってしまった。
どうやらカラフル・イーロ先輩はとても忙しいようだ。
「ちなみにナルさん」
「なんだ? イチ」
「カラフル・イーロこと彩柱先輩は甲判定組です。決闘向きの仮面体ではない上にアイドル活動がお忙しいようなので、戦うことはまず無いと思いますが」
「へー。そうなんだな」
その後、俺たちはカメラマンなどのスタッフさんたちに挨拶をしてから、四階にまで戻ったのだった。
カラフル・イーロ
本名は、彩柱 色
カラフル・イーロの名前は芸名であり、仮面体の名前でもある。
申酉寮所属の二年生、甲判定組。
ビューティー系ではなくキュート系の整った容姿を持つ現役アイドル。




