13:初めてのマスカレイド授業-2 VS麻留田風紀委員長
本作では戦闘描写は基本的に第三者視点でお送りする予定となっております。
ご注意ください。
「っう!?」
麻留田の投げた鋼鉄製の巨大な檻は空気を切り裂く音を立てながら飛び続け、ナルの頭部にクリーンヒットした。
その威力はもしも生身で受けたならば、頭が割れるどころか、真っ赤なシミ以外に何も残らないほどだっただろう。
「痛ったいですね! 麻留田さん!」
が、檻が当たって吹き飛ばされたナルは原型を留めているどころか、ほんの僅かに額に切り傷を作って流血した程度だった。
そして、その切り傷にしても既に跡形もなく塞がりかけており、傷の名残は流れ出て化粧のように顔を濡らしている血だけになっている。
「痛いと言っても、動き回るのに支障がない程度の痛さだろ? それが仮面体と言うものだからな」
「……。言われてみれば?」
「さっきも似たような事を言ったが、私たちがマスカレイドを発動する事によって生じる仮面体は、危険な場所で活動するために魔力で構成された体だ。仮面体がどれだけ傷を負ったところで元の肉体にダメージは及ばないし、受ける痛みや流れる血にしてもダメージを受けたことを認識させるための軽微なものに留まる。だから、安心して……殴られろ!」
「っ!?」
再び麻留田の手から檻が放たれる。
ナルはそれを避けるべく横に跳ぶ。
「その程度で逃げられるとでも思ったか!?」
「ーーー!?」
が、それを見た麻留田が檻についている鎖を握り、僅かにしならせる。
それだけで檻の軌道は直線から弧を描く形に変わって、ナルの体を横から殴るように動き、命中。
その体を吹き飛ばして、周囲を覆う光の幕に衝突させる。
部屋中に響いた激しい衝突音は、生身であればどうなったのかを想像させるに容易い、大きなものだ。
「ぐっ……。この……!」
それでも普通にナルは立ち上がる。
擦り傷切り傷の一つもなく、内臓や骨へのダメージも感じさせないほどにしっかりとした足取りで。
「私の攻撃が二回直撃して、普通に立ってくる。なるほど、こりゃあ普通の方法じゃ魔力量やら特性やらを図り切るのは無理だな。じゃ、これならどうだ?」
「!?」
それが見えたからこそ麻留田は容赦なく次の攻撃として、背中の砲と体の各所に仕込まれた銃を起動し、無数の砲弾と鉛玉をナルに向かって叩き込む。
「ぐっ……っ……絶え間なく殴られているような感じだ……」
撃ち込まれた鉛玉はナルの表皮を貫き、僅かに出血させる。
放たれた砲弾はナルの頭や腹を打ち据え、鈍い痛みを覚えさせる。
撃ち込まれた弾丸は傷とともに消え、砲弾の衝撃はナルの芯にまで辿り着かずに強い違和感を与えるに留めるだけではあるが、体の痛み以上に精神が打ち据えられるような感覚をナルは覚えていた。
「おらおらおらおらおら! ただ突っ立ってるだけか! キン……今は付いてなかったな! そのまま撃たれ続けているつもりか! 私はそれでも構わないけどな!!」
「好き勝手……言いやがって……!」
人前に出せない仮面体だから、個別に授業を受けることになった事は分かるし、そう言う場を作ってくれた学園にも感謝はするべきなのだろう。
詳しい事情は分からないが、普通の方法では測れないから、実戦形式で計測をする事になったのも理解はする。
だが、それらとこれは別だ。
こんな好き勝手され続けることなど我慢できるはずもない。
それが攻撃の雨の中でナルが抱いた偽らざる感情であった。
「ぶん殴ってやる!」
「はっ! いいぞ翠川! ここでその表情が出来る奴は決闘者に向いてる!! 来な! 先輩らしく正面から受けてやるよ!!」
故に顔を上げ、牙を見せるように笑みを浮かべて、一歩前へとナルは踏み出す。
自身の魔力量に物を言わせ、真正面から弾丸を浴び続けつつ、麻留田に向かって駆けだす。
頭を撃たれてふらつこうが、足を撃たれて転ぼうが、胴体を砲弾で撃たれて吹き飛ばされても、構わず立ち上がり、前方へと突っ込んでいく。
「しかし、これだけ撃ち込んでも魔力が尽きないって、どうなってんだお前の体は」
「知るかよ!」
勿論、ナルと麻留田の距離が近づけば近づくほどに弾幕は濃くなっていく。
それはつまり、それだけナルが受けるダメージが増え、吹き飛ばされる距離も増すという事であり、何度もナルは吹き飛ばされる。
そうして吹き飛ばされる度に少なくない血が流れ、布一枚纏わなかったナルの体に赤い化粧が増えていく。
だがそれでもナルは立ち上がり、突っ込んでいく。
その顔に浮かぶのは怒り。
なんとしてでも、自分が握りしめている拳を叩き込んでやると言う想いの表れ。
「行くぞオラァ!」
もはや何度目かもわからない突撃が再び行われる。
対する麻留田は……撃たない。
「こりゃあ、豆鉄砲じゃ駄目だな。先にこっちが魔力切れになっちまう。と言うわけで、これだ」
代わりに麻留田は一歩踏み込み、踏み込んだのとは逆の足を勢いよく前に出す。
つまりは蹴りを放つ。
「!?」
シンプルな、けれどそれでいて3メートルと言う巨大な仮面体の質量とそれを支える脚力が十全につま先へと乗せられた一撃は、ナルの腹へと狙い違わずに炸裂し、その体を浮かせる。
「誇っていいぞ翠川。お前の耐久力は既に生徒の域を超えている。だから加減も出来ないし、しない」
「!?」
そうして浮かび上がったナルの体を狙って麻留田の平手が打ち下ろされ、そのまま手と床で挟み込むように叩きつけられる。
「これで終わ……」
決着がついた。
麻留田はそう判断して手を上げようとし……掴まれた。
誰に?
言うまでもない。
「ぶん殴ると言いましたよねぇ……麻留田先輩ぃ!」
ナルにだ。
「!?」
ナルの顔に浮かぶのはこの期に及んで笑みだ。
血による化粧が施されて、美しさを損ねるどころか、むしろ増しているその顔は、既に決闘者として十分な場数を踏んでいる麻留田を以ってしてもなお、惹きつけられ、心の空白を生じさせるには十分な壮絶さであり、美しさであり、威容だった。
「オラァ!」
そして、その隙を逃さずにナルは麻留田の懐に入り込むと、その腹に向かって全力の拳を叩き込む。
その瞬間、とても大きな金属に小さな肉が衝突した音がした。
だが、割れたのは……全力で叩きつけられたナルの拳であり、麻留田の身を守る鎧ではなかった。
それはある意味ではナルの限界を指し示す光景。
どれだけの攻撃を叩き込まれても挫けない不屈の体ではあっても、鋼の鎧を叩き割れるほどに硬い拳は持ち合わせていないと言う、残酷な現実。
「それでも一発は……いっぱっぅ……」
そして、文字通りにそれは渾身の一打だった。
故にナルはそこで力尽き、倒れ、そのまま仮面体が消えて、マスカレイドは解除された。
「……。これでようやく魔力切れかよ。今から翠川の奴と戦う事になる連中が哀れに思えてくるな……」
そんなナルの様子を見て、麻留田は僅かに震えた声音を漏らさずにはいられなかった。