128:その顔を見たならば
昼食の時間。
俺、徳徒、遠坂、曲家の四人は食堂へ移動すると、適当にメニューを注文して、昼食を食べ始める。
ただ、その空気は……普段よりぎこちない。
原因は言うまでもなく、『ユニークスキル『強化』事件』と中学時代は野球に打ち込んでいたらしい徳徒の関連性を残りの三人が気にせずにいられないからだ。
「ぶっちゃけて言ってしまうとだ」
そんな空気を察してか、昼飯であるかつ丼を一口分のみ込んだ徳徒が口を開く。
「オレは自分の魔力量が甲判定者だと分かった時に、最初は決闘学園への入学を渋った。そうしたら、『ユニークスキル『強化』事件』の話をされたんだよ。だから、今日の授業内容についてはよく知ってた」
「そうだったのか」
どうやら徳徒は知っていたらしい。
俺は昼飯の親子丼を食べつつ、相槌を打つ。
「あの事件内容を知ったら……まあ、決闘学園への入学をそれ以上嫌がることは出来ねえよ。もしも試合中に俺が投げた球にユニークスキルが乗ってしまったら、あるいは打った球に乗ってしまったら、それを考えたら、決闘者の道に進む他なかった」
「それはそうっすよね……ウチの趣味はテラリウムっすけど、もしも、そのテラリウムに魔力が変な作用をして周囲に毒とかばら撒き始めたら……怖いっす」
「あり得ないとも言えないのが魔力の怖いところだな。ワイのレッドサカーの飛行能力がそうであるように、魔力が関われば、何が起きるか分かったものじゃない」
曲家は一度ぶるりと震えてから、サラダを口に運ぶ。
遠坂もチキンカレーを食べてから、曲家の言葉に同意。
それから俺と徳徒も同意して頷く。
「ただ実を言えば、一番の決め手になったのは事件の話じゃなくて、俺が決闘学園に行くことになったのを伝えた時のチームメイトたちの表情だったんだよな」
「表情? 何かあったのか?」
「ああ……」
徳徒が何と言うか……寂しそうな顔をする。
それから口を開く。
「アイツらはさ……すごくいい奴なんだよ。いい奴らだったんだよ。決闘者としての才能を喜んでくれた奴も居た。もう一緒に野球が出来ない事を悲しんでくれる奴も居た。オレの栄達を願ってくれる奴も居た。国の制度が理不尽だって憤ってくれた奴も居た。オレが野球選手になれないなら、代わりに自分がなってやるって言ってくれる奴すら居たくらいだったんだ」
「そうだったのか……」
「ただな……そう言っているアイツらの表情にほんの僅かではあるけれど”安心”が混ざっているのが見えちまった時、オレはもうこいつらと野球をする事は出来ないんだなってのがよく分かっちまった」
「安心……って」
「きっとアイツらも心の何処かじゃ……いや、もしかしたら本能的なものか? なんにせよ感じていたんだろうさ。このままオレと一緒に野球をしていたら、何処かで良くない何かが起きることになる。その時に真っ先に巻き込まれるのは自分たちで、巻き込まれた時にはひどく傷つくことになるんだろうなってな具合にな」
「それは……否定できないっすね」
安心、安心か……。
ただこの安心が指し示すところは……。
「徳徒」
「言われなくても分かってるよ、翠川。アイツらの思うところの安心には、オレが加害者にならなくてよかった、オレの心が傷つくような事にならなくてよかったと言う思いもしっかりと含まれてる。それぐらいはチームメイトだったんだから、分かってる」
「そうか。ならいいんだけどな」
「ただそれでも、未練がましく野球の事を思い続けている自分が居るのは事実なんだよ。だからオレの仮面体は投擲を扱っているし、時々一人で壁当てとかやってるし……何時か何処かで野球の世界に戻りたいと思ってる自分が居るのを感じずにはいられないんだよな」
そう言う徳徒は思ってはいるけれど、叶わない事も知っている。
そんな、何とも言えない表情をしている。
此処で、だったら決闘学園内で野球部でも作るかとでも言えればいいが……それは無理だしなぁ。
そもそもそんな時間が無いし、その手の部活動についての話を俺は聞いた事が無い……ないか? 本当にか? なーんか、何処かで似た話を聞いた覚えが……。
「徳徒。そう言う事なら、いっそのことお前はスポーツ関係専門の決闘者にでもなればいいんじゃないか? あの世界はそれなりに揉め事があるんだろ?」
「あるけど、基本的には弁護士が片付けてお終いだろ。決闘を持ち出してなんて、それこそ特定の戦術や国に不利なように欧米圏が共謀してルール変更を迫るような事態ぐらい……」
「普通に国益としてありな感じになってきてないっすか? 少なくともウチはそう感じるっすね」
「いやいや、オレじゃ実力不足だろ。専門家だって既に居るはず。いやでも……」
徳徒は考え込んでいる。
これ以上の口出しは……俺たちには出来ないな。
徳徒が自分で考えて、結論を出した方が、良い結果に繋がる話だ。
「なんだカ。真剣な空気ですネ。ナル」
「こんにちは、ナル君」
「お邪魔します。ナルさん」
「マリー、スズ、イチか。あー、事情を話しておくとだな。今日の授業が『ユニークスキル『強化』事件』だった」
と、ここでスズたちがやってくる。
三人の手には昼食が載せられたお盆があり、俺の隣の空いている席へと順番に座っていく。
なお、俺は三人なら、今日の授業内容が『ユニークスキル『強化』事件』であった事だけ伝えれば、それだけでこの空気の理由が分かると確信している。
そして、その判断は正しかったらしく、三人は一度徳徒を見た後に、納得したらしい表情を浮かべる。
「アレは近代スポーツ史の中でも屈指の悲劇だし、魔力関係の中でも分かり易い悲劇でもある。ナル君たちとの関わりも深いから、お出しされるの当然だね」
「ショッキングですよネ。マリーはあの事件について初めて知った時ニ、ブルブルと震えた覚えがありまス」
「イチも同様ですね。家で魔力について学び始めてしばらく経ったところで教えられて、非常に怖くなった覚えがあります」
「そうなのか。と言うか、家の事情によっては、もっと前に教えられる話なんだな」
『ユニークスキル『強化』事件』はそれほどまでに重要な話であるらしい。
と言うか、家で魔力について学んでいたら教わったと言うイチの話が、他の家でも通用するのなら、護国さんなんかも既に知っている話になりそうだな。
「ああそうだナル君。メッセージが来ていると思うんだけど、今日の午後は『シルクラウド』社の社員さんと樽井先生を招いて、体育祭の特殊決闘の決勝でナル君がやった事の検証と言うか……もしかしたらユニークスキルか否かの見極めをする事になると思うから」
「メッセージ? あ、本当だ」
「ユニークスキル……ああ、翠川が体育祭でやってたアレか」
「アレってやっぱりそうだったのか」
「むしろそうでないと困るって奴だったすよねぇ……」
いつの間にか午後の予定が入っていた。
いやまあ、次の授業としての決闘が何時になるか分かっていなかったし、次のミーティングは来週の月曜日だし、体育祭が終わったばかりでさて何をやろうかって気持ちだったから、予定が入っている事は構わないのだけれど。
「あの事件を知ったなら分かると思うけれど、悲劇を起こさないためにもしっかりと確かめておこうね。ナル君」
「あ、はい……」
とりえず今日の午後は検査らしいので、エネルギー補給をしっかりとするためにも、俺は残りの親子丼をしっかりと食べたのだった。




