122:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・決勝 VSスズ・ミカガミ-後編
本日は三話更新となります。
こちらは三話目です。
「最後の薬は別々のものなんだけど、合わせることによってより高い効果を発揮するもの。ナルちゃん、これが正真正銘、私の切り札だよ」
スズが右手に持つのは深藍の液体が入ったフラスコ、左手に持つのは黒くて小さな星型の物体。
体勢は堂々としたものでありつつ、まるで嵐を前にして静まり返っている湖のよう。
「一応聞いておくが、此処まで取っておいた理由は?」
「相応のリスクがあるから。一応言っておくけど、マスカレイドを解除した後にまで後遺症が残るようなものじゃないよ。だからそこだけは安心して」
「分かった。なら、真正面から受けてやる。今の俺の恒常性なら、受け切れるだろうからな」
対するナルは自身の魔力量の減少は感じつつも、格闘の為の構えを取る。
同時に、魔力の流れは、これまでの激戦での影響なんてないと言わんばかりに乱れはなく、揺らぎもせず、それどころか体表からの放散は止まって循環となっている。
「それじゃあ始めようか。我が魔を糧に膨れ上がれ」
「っ!?」
スズが星型の物体を口に運び、噛み砕く。
するとスズの全身から大量の魔力が噴き出して、周囲に満ちていく。
その魔力の色は黒。
それもただの黒ではなく、油のようにネバついていて、触れたものに絡みついてきているような感覚を覚えさせる、得体の知れないものである。
「リスクが無いって本当か? 明らかに俺の全力と同じかそれ以上の魔力を引き出しているし、嫌な感覚が肌から伝わってくるのが止まらないんだが……」
「我が願いを糧に手を伸ばせ」
続けてフラスコの中にある深藍の液体をスズは飲み干す。
するとスズの全身から噴き出している魔力はさらに粘性を増して、特にその両手に多く絡みつき、グローブのような形を形成する。
と同時に、石油あるいは腐敗、もしくは磯の匂いにも似た、独特の芳香が周囲に漂い始める。
「我が想いを糧に……燃え上がれ! 『ティンダー』!!」
「……」
そして、スズが『ティンダー』を発動し、右手の指先に火を灯すと同時に、全ての黒い魔力が発火して、青、紫、黒を主体とした色合いの炎となって燃え上がり、リング、ナルの体を炙り始めると共に、スズの姿を変貌させる。
つまりは、般若面の角先と両手を燃え上がらせ、黒く染まった巫女衣装を身に着けた姿へと。
「ふふっ、ふふふふふ、あははははっ!」
「っ!?」
高笑いを上げつつ、スズが燃え上がる両手でナルへと殴りかかる。
その動きはスキル『クイックステップ』による踏み込み以上に素早く、鋭く、ナルには見えていても反応する事は出来ず、ナルの顔面にスズの拳が突き刺さる。
そして、直撃した場所を起点に大爆発を起こす。
「ナル君! ナル君! ナル君! 耐えて耐えて受け止めて! 私の想いを、愛を、こんな場を作らなければ表に出すことも出来ない心を、それを全て炎に変えるから受け取って!!」
「ーーー!?」
それも一度や二度ではなく、目にも留まらぬラッシュとなって、叩き込まれる。
拳が一度撃ち込まれるだけで周囲に衝撃波と炎がまき散らされて、リングを囲う結界が軋んで嫌な音を上げ、会場全体に熱さを感じるほどの熱波が届く。
「私はナル君と一緒に居たい! 私だけで独り占めしたい! それが無理でも一番にはなりたい! それが無理でも隣に在りたい! その為なら私はなんだってやってみせる! ナル君に思ってもらうためなら私はなんだってする! 他の何を諦めたとしても、私はナル君の隣に在り続ける事を選ぶ! でもね、でもね、でもねぇ! 時には私だけを見て欲しい! 思って欲しい! ほんの一時だけであっても、貴方の言葉を、想いを、時間を、私にだけ費やして欲しい! 光り輝く貴方の輝きを水底に居る私へと!!」
「っ、おっう、このっ……」
だがそれほどの攻撃をナルは耐えている。
最初は直撃ばかりだった、気が付けばリング際に押し込まれていた。
しかし、致命傷にまでは至らず、それどころか少しずつ捌き始めている。
余波だけでリングの一部が破損し始めている中、スズの拳の直撃を紙一重で避け、いなし、凌いでいく。
爆発と熱と衝撃で傷ついた体を癒しながら、爆発に耐えられない衣装は捨てて、両手を動かし続ける事で、ナルはスズの攻撃を防いでいく。
「あははははっ! やっぱりナル君は凄い! 凄い! 凄い!! 素敵だ!! 何時だって、何時だって私が見える位置の水面にやってきてくれる! 私へとその瞳を向けて! 私に射し込む光を遮って! 水底で住む私へと微笑みかけてくれる! 大好き! 私はナル君が大好き! 例えナル君の一番が自分自身で、本当は水面に映る自身を見ているだけだとしてもなお嬉しくて嬉しくて嬉しくて! 私は両の腕を広げて! 波を立てて! 貴方を鏡のこちら側へと引き込まずにはいられない!!」
「なるほどぉ……分かって……きた……!!」
スズの叫びは誰の耳にも聞こえない。
絶え間ない爆音によって、人の声程度の揺らぎは一瞬も形を保てないからだ。
だが、思いの丈を自分にぶつけているであろうことだけは、スズと相対しているナルにだけは伝わった。
スズの動きは鈍らない。
何かしらの異常な方法によって得たナルと同じかそれ以上の量の魔力を燃料として、燃え上がらせるだけでなく、傷ついても最終的には無かったことに出来る仮面体の特性を生かして、肉体の限界を無視できるようにしているからだ。
しかし、そう言うある意味ではズルとも言える手段で得られる力でも、対応できる範囲と対応できない範囲がある事をナルは気づいた。
「さあナル君! 私の側へとやって……」
「ここだ!」
「っ!?」
ナルが手を伸ばし、掴む。
足を踏み込んで、払う。
体全体を捻じ込んで、倒す。
「これ……は……!?」
「言ったはずだぞスズ。あまりにも俺が防がない事に期待した攻撃なら、色々と検討させてもらうって」
そうして体全体を使ってナルはスズの事を抑え込む。
どれほどの膂力があろうとも関係ないと、関節を決め、力が入らないように、リングへと叩きつけて抑え込む。
「ぐっ、この……」
「悪いが、これでもファスに色々と習ったんでな。入学前の俺と違って素人じゃない」
「なら炎で……っ!?」
「その炎程度で今の俺を焼けると思うな」
スズは暴れる。
理性無き獣のように体を動かし、炎を燃え上がらせる。
だが前者は技術で、後者はナルの魔力の働きによって抑え込まれる。
それどころか、無理な動きをしたことでスズは体を痛め、強まった火勢はスズ自身を焼いていた。
「あう、が、ーーーーー!」
「だけどそうだな。いい決闘だったぞ、スズ」
「あ……」
そして、まるでナルの囁きが契機となったかのように、スズの全身から力が抜け、火勢が収まっていく。
「俺の勝ちだ」
「うん、そうだね……。ナル君、楽しかったよ、今日の決闘」
「ああそうだな、俺も楽しかった」
それはスズの魔力が尽きたことを示していた。
故に、黒焦げとなったリング上にある影は二つから一つへと変化する。
『け、決着! 激闘を制したのは青コーナー! 戌亥寮、ナルキッソス! 特殊決闘・プロレス、一年生の部の優勝はナルキッソスです!!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
「ふう。何とか勝てたな。しかし……後でデートとかした方がいいのかもなぁ……」
そうして会場にナルキッソスの勝利を告げる声が響き渡った。
なお、途中で服の再生を諦めたので、現在のナルは完全な全裸である。




