121:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・決勝 VSスズ・ミカガミ-中編
本日は三話更新となります。
こちらは二話目です。
「まったく……俺でなかったら、即死しかねないぞ」
スズの攻撃によって放たれた煙が晴れていき、ナルとスズの姿が観客に見えるようになっていく。
まず姿を現したのはナル。
左手に熱と酸によってボロボロになった盾を持ち、盾によって隠せなかった右腕の皮膚は焼け爛れるだけでなく穴が開いて、血が勢いよく流れ出ている。
が、そうして負った傷は瞬く間に修復されていき、やがて元通りのくすみ一つない肌を取り戻す。
「くすくす。言ったじゃない、ナルちゃん。私は勝ちに行くって。でもちょっと想定外かな。今の調合は百度を超える強酸を爆発させて勢いよく飛ばすと共に有毒の煙をばら撒くと言うものだったんだけど……煙については効いてないみたいだね」
次に姿を現したのはスズ。
スキル『エアシェルター』を発動して、自身の周囲に有毒ガスを防ぐ膜を展開している以外は変わりない。
ただ、その手には既に次の試験管が握られている。
「スキル『P・対瘴気局所膜』と言ってな。昼休みにちょうどライブラリに登録されたパッシブスキルだ。効果は魔力を含む空気が口や鼻と言った穴から体内に入り込むのを防ぐだけだが、それだけだから燃費がすこぶるいい。おかげで『P・重量増大』と合わせても、収支は回復方向だ」
「ふうん。私対策?」
「ああ、スズ対策だ。おかげで毒耐性とかで無理やり耐える方向に行かなくて済んだ」
「なるほど、ね!」
試験管の中身を飲み干したスズが目にも留まらぬ速さでナルに接近して蹴りを放つ。
ナルはそれをノーガードで受けつつ、スズの体を掴もうと手を伸ばす。
が、スズはナルの手を悉く避けつつも、ナルの事を揺るがすことも出来ない蹴りによる攻撃を繰り返す。
「少しはスズの想定の外には出たか?」
「そうだね。ちょっとプランの変更は必要になってる。ただの耐性系パッシブだったら、幾らでも抜く方法はあったんだけど」
ナルはスズの攻撃を気にした様子も見せずに、掴みを試み続ける。
見た目としてはボクシングの動きに近いかもしれないが、本人の柔軟性と瞬発力もあって動きは鋭い。
そして何より焦りが一切ない。
時間が過ぎて有利になるのは自分であると理解しているからだ。
スズはナルの攻撃を避け続けながら、蹴りによる牽制と鞄の中身の確認と整理をしていく。
その動きは単純に距離を取るだけでなく、時にはナルの懐に入り込み、時には伸ばされたナルの腕を足場にするような軽やかなものであり、仮面体の機能によるドーピングがあってこそのものではあるが、効果時間中ならばそれが出来るとはっきり理解しているものの動きでもあった。
「じゃ、そろそろ仕掛けさせてもらおうかなっ!」
「っ!?」
スズの動きが変わる。
伸ばされたナルの腕をかいくぐって懐に潜り込み、スポイトのようなものを複数本、指の間で挟み込んだ左手でアッパーを仕掛け、特殊な薬剤による攻撃を警戒したナルはそれを紙一重で避ける。
そしてアッパーの勢いそのままにスズは跳躍。
更にはナルの肩と頭を踏み台として、天高く跳び上がる。
「『ハンドミキサー』……敢えて名付けるのなら、デプスレッシャー、とかになるのか……なっ!」
スズの右手に持ったフラスコたちが割れて混ざる。
降り注ぐのは深い深い藍色の煙。
それはナルの全身とリング上へと降り注ぎ……。
「っう!?」
ナルの全身にかかる重圧を一気に増やす。
スズの放った煙の効果は、触れたものにかかっている重力を増やすだけ、ただし、その倍率は10倍であり、生半可な仮面体……否、大抵の仮面体ならば、自重で押し潰されて、即座にマスカレイドが解除される事だろう。
「ぐぬおっ……」
「流石はナルちゃん。これにも耐えるんだね」
が、身動きこそマトモに取れないものの、ナルはその重量に耐えて、攻撃に対する構えを取り続ける。
その上で……笑う。
喋ることは出来ないが、こんなもので終わりかと言わんばかりに。
「ふふっ、ふふふふふ、あははははっ! うん! それでこそのナルちゃんだよね! だから、もっと、もおーっと攻撃を仕掛けてあげるね! だってそれがこの場における私の愛だから!!」
そんなナルの思いが伝わったのか、スズは次の手札を切る。
カバンから取り出したのは複数の機材。
先ほどのアッパーで使ったスポイトの一つに生じていた中身を黒い液体入りのフラスコの中に入れ、混ぜ合わせたフラスコの中身を三本ある曇りガラスの試験管の中へと投入。
そして、曇りガラスの試験管に管付きの栓を挿し、最後に赤い液体が染みた筆で先ほど填めた管付き栓の管を一なぞり。
すると管の先に蠟燭のように火が灯ってから……勢いよく射出される。
まるでロケット花火のように。
「!?」
だが、ただのロケット花火ではない。
三本だったはずの試験管は気が付けばその数を大幅に増やして、20を超える数になっている。
その軌道は空中で何度も折れ曲がり、未だに身動きが取れないナルを全方位から囲むようになっている。
「今度は最初よりも深く染み入ると思うから頑張ってね。ナルちゃん」
そうして試験管たちはナルに向かって降り注ぎ、ナルの体にぶつかると同時に爆散。
ナルの動きを封じていた藍色の煙を吹き飛ばしつつ、マグマのような高温に熱せられつつも硬度を保ったガラス片と、試験管の中身である薬剤がナルの体を貫いていき、リング上に鮮やかで輝かしい炎の華を咲かせる。
「「「ーーーーー~~~~~……」」」
まだマスカレイドを使えるようになって三か月も経っていない。
魔力量も学園生徒の中では少ない部類。
目を見張る点と言えば知識量と情報収集能力、論理性と言った頭脳面。
そう思われていたのに、常軌を逸しているとしか思えない……生半可なプロなど相手にもならないような火力を見せつけるスズの姿に会場がざわめく。
まさか、魔力量第一位を、今年の一年生トップを、少なくとも決闘前までは確実にそうであると認識されていた存在を打ち破ってしまうのではないかと。
「なるほど、確かに最初よりも深く染み入ったな」
が、煙の中からしたのは、そんな観客のざわめきなど下らないと一蹴するかのようなナルの声。
そして煙が晴れた後に現れたのは、肌に多少の火傷と切り傷を負いつつも、破れた服も含めて、既にそれらの負傷を治し始めているナルの姿であった。
「うわっ、これも耐えられちゃうんだね。ナルちゃんは。流石にちょっと想定外かなぁ……」
「想定外なぁ。次の攻撃手段の準備を整えながら言われても、何を言っているんだって感じだぞ、スズ」
「あー、うん、まあ、想定外はちょっと言い過ぎかな。ナルちゃんだから耐える可能性があるのはちょっと考えてた。ただ、どうやって耐えたのかは後学のために聞いていい? 一応、今の攻撃ってファスのアレをモチーフにしたガード不能攻撃だったはずなんだけど」
「ああ、やっぱりファスのアレか。アレな……俺くらいに魔力量があれば、体表と体内で魔力密度の違いを作る事でガード出来るんだよ」
「なるほど。ナルちゃんの魔力操作精度だからこそだね」
スズとナルは和やかに見えるように会話をしつつ、少しずつ動く。
ナルは傷の治療を終わらせると、少しずつスズへと近づいていく。
対するスズは摺り足でナルとの距離を離しつつ、先ほどの曇りガラスの試験管よりもさらに複雑な調合を素早く進めていく。
「さて……」
唐突にナルの足が止まる。
「?」
その事に疑問を覚えつつも、スズも足は止め、手は動かし続ける。
「スズ。お前の切り札は後何枚だ? 此処まで来たなら、残りの魔力量から考えて受け切った方が早そうだ。だから……全部受け止めてやるよ」
「ナル君……」
ナルがしたのは攻撃を受け切ると言う宣言。
そして、その宣言が事実である事を示すように、ナルはリングの中央に留まって、スズの方を向く以外の移動を止める。
ナルの行動は、はっきり言えばリスクしかない。
だが、その言葉に嘘が無いことは、マスカレイド中は本音が出やすくなると言う特性だけでなく、生まれた頃からの幼馴染として一緒に居続けていたスズには、はっきりと認識できた。
「そうだね……後二枚か三枚、と言うところかな。それを受け切られたら、ナルちゃんの勝ちって事にしようか」
「結構あるなぁ……」
「ふふふ。ナルちゃんの対策を考えるのは楽しかったからついね。色々と思いついちゃったんだ」
だからこそスズもまた真摯に応える。
これを耐え切ったならナルの勝ちであると、リスクしかない宣言をする。
その上で、調合が終わった液体を装填した、二股の切っ先を持つナイフを構える。
「盾で防ぐくらいなら構わないよ、ナルちゃん」
「まあ、あまりにも俺が防がない事に期待した攻撃なら、色々と検討させてもらう」
スズが動き出す。
ナルの真正面から、ナルの腹に向かってナイフを突き出す。
「それなら防ぐ……」
「『クイックステップ』」
ナルはスズの攻撃を盾を出現させることで防ごうとした。
だが、それを予期していたスズは、ナルが盾を出現させる正にその一瞬を狙って『クイックステップ』を発動。
ナルの背後に回り込む。
「からの『クイックステップ』!」
「!?」
そして、ナルが反応するよりも早く、二度目の『クイックステップ』によって加速したスズの持つナイフが、ナルの脇腹に背中側から突き刺さる。
と同時に、ナイフから何かがナルの体内へと注がれていき、注入を終えると共にナイフは砕け散る。
「くっ……ぐっ……毒か!?」
「うん、正解。と言ってもただの毒じゃないよ」
ナルが膝を着き、スズが距離を取る。
距離を取ったスズはナルがこれを乗り越える事を予期しているかのように次の調合を始めつつも、口は言葉を紡ぎ続ける。
「ナルちゃんの魔力を基に作り出した特製毒。効果は色々あるけれど、最大の特徴は相手の体内で、相手の魔力を消費して毒を複製、増殖する事。つまり、ナルちゃんのような圧倒的な魔力量を持つ相手でも関係なく殺し切れる、致死毒。これで私の勝ちだよ」
「なる……ほどな」
膝を着いたナルの顔に脂汗が浮かぶ。
視界はかすみ、呂律は回らず、世界が回っているかのような感覚を覚えさせると共に、肌はくすみ、肉は腫れ、はらわたが腐り落ちていく。
「だが……勝ちを誇るには……まだ早いんじゃないか?」
「……。まさか……」
そんな中で……ナルは自身の体内を駆け巡る異物を認識する。
自分によく似た、けれど自分ではなくなったそれを捕まえる。
「すぅ……ふんっ!」
そうして……握り潰す。
握り潰して、分解して、解毒して、傷ついた部分を正しい姿へと戻していく。
人間の体が体内に侵入した異物をそうするのと同じように。
自らが定義したあるべき姿と言うものを、ナルは急速に取り戻していく。
「ふううぅぅっ……解毒完了だ。さて、残り一枚か二枚か……。なんにせよ、来いよ、スズ。まだあるんだろう?」
それから立ち上がる。
まるで今受けた毒なんてなんでもなかったかのように。
「ユニークスキル……。あはっ、はははははっ、流石はナルちゃん。そうだよね、ナルちゃんに美貌をズタズタに引き裂いた上で死に至らしめるような毒なんて効くはずがなかったよね。うん、それでこそのナルちゃん、ううん、ナル君だ。だったら、私も出し惜しみなんてするべきじゃないよね」
対するスズは、何処か嬉しそうにも聞こえる響きを含んだ声を漏らしつつも、調合を終えたそれを……深い藍色の液体が入ったフラスコを右手に持ちつつ、左手に黒い小さな星型の物体を握った。




