120:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・決勝 VSスズ・ミカガミ-前編
本日は三話更新となります。
こちらは一話目です。
『大変長らくお待たせいたしました! 只今より、特殊決闘・プロレス、一年生の部の決勝を始めさせていただきます!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
司会の生徒の言葉に合わせて、満員状態のホールが沸き立つ。
『それでは早速、選手の紹介と入場と参りましょう。青コーナー! 今年の一年生の魔力量トップ、圧倒的な耐久力によって、これまでの二戦を難なく勝ち抜いてみせました。その実力は既にプロクラスと言っても過言ではないでしょう。戌亥寮一年、ナルキッソス!!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
司会の言葉に合わせてナルがホールへと入場し、通常の舞台の上に設置されている特殊決闘・プロレス用の舞台へと移動していく。
普通の決闘者と違ってその顔は隠されておらず、極めて整った、美術品のような顔に一部の観客は黄色い声援も送られる。
だが、ナルはそれらの声援が耳に入っていないかのように落ち着いた足取りで進み、堂々とした様子で舞台上に立って……待つ。
自分がこれから戦う事になる相手を。
『対しますは赤コーナー! 正に変幻自在。その鞄の中には何が詰め込まれているのか、未だに全貌が見えず。魔力量の不利を覆してここまで勝ち上がってまいりました。戌亥寮一年、スズ・ミカガミ!!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
スズがホールへと入場する。
身に着けているデバイスはヴェールと小物を除けばナルが身に着けているものと同じ。
だが、その差によってスズの表情は周囲から窺う事が出来ないようになっている。
ただ、勘がいいものならば、あるいはスズをよく知っているものならば、少しばかりスズの足取りが喜んでいるように思えただろう。
実際スズは喜んでいた。
なにせ、ナルと戦う事を目的として、おおよそ一月の間、陰に日向にあらゆる手段を費やしてきたのだから。
それが叶うのだから、喜ばない訳がない。
「嬉しそうだな。スズ」
「あっ、ナル君には分かっちゃうよね。そうだよね。うん、私は今とても嬉しいし、楽しいよ」
「そうか。そうやって嬉しそうにしているところ悪いんだが……終わるなら速攻で終わらせるからな。俺は」
『さて、多くの方には知られている事でございますが、なんとこの二人、幼馴染との事です! これはある意味では因縁の決闘という事になるのでしょう!? 表面上は和やかに会話をしているように思えますが……』
「クス」
そんなスズを少し咎めるようにナルは言葉を発した。
対するスズはそんなナルの言葉に笑い声を漏らす。
「クスクス。ナル君、それは私の台詞だよ。私たちは決闘者。敵対する形で決闘の舞台に立った以上、勝ちには貪欲に行かないと。でないと、女神様に怒られちゃうよ。だからねナル君。耐えられるものなら耐えてみせて、私はナル君を倒すつもりでこの場に立ってる」
「そっか。まあ、スズならそう言うとは思ってた」
「ナル君……」
ナルは笑みを浮かべる。
スズの表情はヴェールで窺えないが、感極まっているのは様子からして明らかだった。
『さて、開始前のやり取りはこの程度にしておきましょうか。両者、開始位置についてください!』
「ナル君。これから決闘を終えるまでは私とナル君だけの時間であり世界だよ」
「また大げさな。でもそうだな。決闘が終わるまでは、俺はスズだけを見てるし考えてる。勝つためにな」
二人はリング四隅のポールの前に立つと、マスカレイドを発動するための構えを取る。
『それでは、特殊決闘・プロレス、一年生の部、決勝、ナルキッソスVSスズ・ミカガミ……決闘開始!!』
「マスカレイド発動! 魅せるぞ、ナルキッソス!!」
ナルがマスカレイドを発動する。
ナルの全身が見えなくなるように光球が出現し、ホール中を照らし出す。
その光が少しずつ収束して行き、整った体型を持つ女性の形になっていく。
そうして出来上がった女性型の光は、指先から少しずつ光の粒が剥がれていき、その姿を観客の目に晒していく。
現れるのは……至上の美女と言って過言とならぬほどに整った肉体と顔立ちを持つ女性。
珠のような肌には傷一つなく。
銀を糸状にしたかのような髪の毛にはほつれ一つなく。
ターコイズブルーの瞳は正面を真っすぐに捉えている。
身に着けているものは女性ものにしては武骨なブーツに、学園指定のブルマに体操服、それから発動前に付けていたデバイスにそっくりな冠。
アンバランスとも取れる服装ではあるが、着用者の見た目と態度で以って、その全てが不思議な魅力と調和を得ていて、多くの者の目を惹きつけずにはいられなかった。
そうしてナルキッソスはマスカレイドを完了した。
「マスカレイド発動。濃藍を映せ、スズ・ミカガミ」
「「「……」」」
スズも同時にマスカレイドを発動していた。
スズの目の前に藍をより濃くしたような色合いをした、薄い円盤状の水が出現する。
普段と違い、その円盤の縁は黒い煙のようなもので縁取られており、ゆっくりと回転をしている。
それはまるで深海を手元に持って来たかのような姿であったが、スズは気にした様子も見せずに水を通り過ぎる。
現れるのは……顔には立派な角を持つ般若の面を付け、首から下は巫女装束で統一された女性。
その手に持っているのは、僅かに揺れただけでも中で何かがぶつかり合った音がする大きなバッグ。
だが、そんなバッグや装束などどうでも良くなるような点が一つ。
それは威圧感。
場を支配するような圧倒的なプレッシャーをスズは身に纏っている。
勿論、魔力によるものでは無い。
魔力によるものであれば、リングを囲う結界によって防がれて、観客にまで伝わらないか、大幅に軽減されているからだ。
つまり、スズのこれはただの技術、身振りや立ち方、装束などの組み合わせによって、周囲を……否、ナルを圧していた。
己がただ倒されるだけの存在ではない事を示すように。
そして、その余波だけで以って、観客の大半を圧倒せしめると共に理解させたのだ。
『スズ・ミカガミは本気でナルキッソスを倒す気で来ているし、倒せる可能性があるのだ』
と。
「さて、始めるぞ、スズ!」
「来て! ナルちゃん!!」
そんな空気をものともせずにナルは動き出す。
リングを蹴ってスズへと駆け寄り、広げた手を伸ばす。
狙いは『P・重量増加』によって増えた体重を攻撃面でも生かせると共に、自身の火力不足を補える組技からの締め付け。
完全に決まれば脱出不可能であり、そのまま決闘の勝利が決まると言っても過言ではない攻撃。
ナルは宣言通りに速攻で終わらせることが可能であるならば、速攻で終わらせるつもりであった。
「私は私の愛を届けるから! 『ハンドミキサー』!!」
「!?」
対するスズの初手は……手の内に収めた二つのフラスコに幾つかの錠剤をスキル『ハンドミキサー』によって素早く混合、撹拌すると言うもの。
そうして混ぜられた薬品はナルの手がスズの体に届くよりも早く効果を発揮。
爆発と共に、大量の煙と液体をリング上に飛び散らした。
10/08誤字訂正




