118:体育祭三日目・休息時間-2
「勝つとは思っていたが、思っていた以上に余裕で勝ってるなぁ。スズ」
「圧勝と言う奴ですネ。魔力量で話をするなラ、スズと綿櫛でハ、スズが低い方でほぼダブルスコアのはずなんですけド」
「それもただの圧勝ではなく、相手の実力も行動も読み切って、全ては自分の手の平の上だと思わせるような勝ち方をしています。まさかこれほどとは……」
チョウホウとの決闘を終えた俺は控室に戻ってきた。
で、借り物競争を終えたマリーと合流した上で、スズと綿櫛の決闘を追っかけ再生の形で視聴していたのだが……。
うん、マリーとイチの言う通り、圧勝だ。
スキルも仮面体の機能と身体能力も、全てを生かした上での圧勝。
表に出していないだけで実際にはギリギリだった部分もあるのかもしれないが、表に出て来ていないそれを感知する事は俺には出来ないので、気にしても仕方がないな。
しかし、どう戦ったものだろうなぁ……。
なにせスズだからなぁ……。
コンコンッ
「ん?」
「護国です。借り物競争で翠川様に頼む他ないお題が出てしまいましたので、参りました」
「分かった。イチ」
「はい」
そうして俺が頭を悩ませていると、控室に護国さんが訪ねて来たので、イチに控室の扉を開けてもらい、護国さんを中へと招き入れる。
で、イチが扉を開けている間に俺はスマホを操作して、借り物競争の為の二次元コードを表示させておく。
「護国さん。これ」
「はい、ありがとうございます」
と言うわけで、走ってきたためか顔がどことなく紅潮している護国さんに俺はコードを見せて、護国さんはそのコードを読み取る。
これで借り物競争のお題を達成したことになるわけだな。
「ところで翠川様、何かを悩んでいるようですが……?」
「ん? ああ、実はスズが特殊決闘・プロレスの決勝で戦う相手になってな。どうしたものかと思っていた部分はある。まあ、心配しなくても大丈夫だ。それよりも護国さんは自分の競争を……」
「いえ、既に私の参加した組での最下位は決定したようですし、それなら、翠川様の相談に乗るくらいの事をしてから戻らせていただきます」
「えーと? それっていいのか?」
「本人が良いと言うなら良いと思いますヨ。プロレスの一年生の点数ハ、決勝がナルとスズの時点でもう確定してますシ」
「既にナルさんのコードは渡してありますので、此処に留まっているのは護国さんの自由意志の範疇だと思います」
「そ、そうか」
どうやら護国さんが対スズの相談に乗ってくれるらしい。
ありがたいが……相手がスズと言うのがなぁ……。
「ただまあ、正直なところ結論は出ているんだよな。スズ相手じゃ魔力量の差によってゴリ押すしかない」
「身も蓋も無いですネ。分かってはいましたガ」
「ダブルスコアどころか、セプタプルスコアに近いはずなので、当然の結論ですが」
そう、結論は出ている。
圧倒的な魔力量の差でもって、無理やりにでも押し切るしかない。
「そうですか。ですが、なぜそのような結論になったのですか?」
「簡単に言えば相手がスズだからだな。もう少し詳しく言うなら、俺が今ここで画期的なスズ対策を思いついたとしても、スズはそれを予見して対策の対策を練ってきているに違いない。水園涼美と言う決闘者はそれが出来るだけの頭脳と仮面体を持ち合わせている。俺は俺の人生経験から、それを断言できる」
「……」
俺の言葉に護国さんが何処か悔しそうな表情をしている。
えーと、何故に?
いや今はいいか、話を進めよう。
「スズの仮面体は、こちらの出した手を完全に認識してから、それを返す手段をその場で構築できる。『後出しじゃんけん』が許されている仮面体だからな。対策の対策を持ち出してくることは難しくないんだよ」
「それは……そのようですね。そして、翠川様では速攻策は取れないと」
「そうだな。一応は試みてみるが、スズが『クイックステップ』を持ち込んでいるか、仮面体の機能で敏捷関係のドーピングをした時点で、俺の攻撃はもう当たらないと考えた方がいい」
「となれば持久戦。ですが、水園さんが翠川様の守りを突破する手段を持っていない訳がない。と言う事ですか」
「ああ、体育祭の前にわざわざ手加減無用と言ってきたくらいだからな。何かは確実に持ってる」
「……」
護国さんの表情が真剣に悩んでいるそれになった。
横でスズの決闘も流しているので、それも目に入っている事だろう。
護国さんは頭の中で幾つもの状況を想定し、それをどうするのかを考えていて、だからなのか、手や口が微かに動き続けている。
そうして動き続けていた手と口が止まる。
「なるほど確かに魔力量の差で押し切るしかなさそうですね。いえ、耐えきると言った方が正しいかもしれないですね。しかし、耐えきるにしても、相手は対策済み……確かに悩ましい状態ですね」
「そう言う事」
「では、ライブラリを覗いてみるのはどうでしょうか? 実際に使う事は無くても、発想の足しにはなるかもしれません。その中にはもしかしたら……」
「ライブラリ……ああ、スキルのか。そうだな、昼休み中に覗いてみるか」
ライブラリと言うのは、仮面体に搭載するスキルを載せておく場所の一つであり、その中でも最も広く公開されている場所だ。
運営には女神も関わっているとかで、世界中の研究者、開発者が生み出したスキルが雑然と並べられている。
俺たちが普段使っているスキルも、基本的には此処から拾って来て、デバイスにインストールする形になっている。
うん、確かに何かはあるかもしれないな。
「ありがとう護国さん。おかげで、少しだけやれる事がありそうだ」
「い、いえ。頑張ってください。翠川様。私も応援に向かいますので」
「ああ、頑張らせてもらうとも」
そうして護国さんは去っていった。
「あっ……」
「ア~」
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、何でもないです」
「いエ、何でもないでス」
「……」
と、護国さんが去ってから数秒経ったところで、不意にイチが声を上げ、マリーがどうしたものかと言う感じの声を上げる。
明らかに何かあった状態なのだが、イチもマリーも話す気はないらしい。
手にスマホを持っているので、体育祭の方で何かあったと思うのだが……うーん、話す気が無いなら、気にしても仕方がないか。
それよりもだ。
「俺はちょっとライブラリを覗いているから、イチとマリーには俺の分含めて昼食を買って来てもらっていいか? メニューは任せる」
「はい、分かりました」
「でハ、おにぎりでも買って来ましょうカ。あるいはバーガーですかネ」
俺はスズとどう戦うかを考えないといけない。
俺は部屋に備え付けのスキル調整の機材を起動すると、ライブラリのチェックを始めた。
借り物競争のお題と回答。
イチ『虎卯寮の女子生徒』→近くに居たと言うか、次のレースの参加者の女子生徒
マリー『ショッピングモールの冷蔵庫』→場所指定お題なので全力疾走する他なし
巴『自分の好きな人』→本話参照。なお、護国家のネームバリューとお題が合わさった結果として、追っかけのカメラがナルの控室の前にまで来ていた。(室内の会話は聞いていない)




