115:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・準決勝 VSチョウホウ
『それでは只今より、特殊決闘プロレス一年生の部、準決勝第一試合を始めさせていただきます。青コーナー! 一回戦では圧倒的な力を以って、あっという間に勝負を決めて見せました! 戌亥寮一年! ナルキッソス!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
ナルが舞台へと上がる。
観客の人数は明らかに一回戦の時よりも増えており、この決闘がどれだけ注目を集めているのかを示していた。
が、ナルはそんな観客たちのことを気にする様子も見せずに、自身の決闘相手が現れる通路へと向けられている。
『赤コーナー! 一回戦では狭い舞台上を縦横無尽に駆け回り、この特殊決闘のセオリーなんてなんのそのな姿を見せました! 子牛寮一年! チョウホウ!』
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
ナルが視線を向ける通路から現れたのは、蝶を模した仮面型のデバイスを付けた女子生徒……チョウホウ。
チョウホウはしっかりとした足取りで舞台上に移動し、ナルと真正面から相対する。
「決闘前に言う事は何かあるか?」
「何も。何を言っても、そこから何かを得そうですから」
「それは流石に買いかぶり過ぎってものだろう。何かしらの策は考えて来たんだろうなとは思うが」
「……」
ナルの言葉にチョウホウは警戒感を強める。
座学の成績と決闘中に頭が回るかどうかはまた別物であるとチョウホウは知っていて、ナルについてはチョウホウ自身が思っていたよりも決闘中に限定して頭が回ると判断したからだ。
『それではナルキッソスVSチョウホウ……決闘開始!!』
「マスカレイド発動。魅せろ、ナルキッソス」
「マスカレイド発動……舞い刺せチョウホウ」
決闘開始の合図とともに二人ともマスカレイドを発動する。
ナルの発動過程と仮面体の姿に変わりはない。
観客を武威とは別の方向で魅了する姿を現す。
対するチョウホウは虫の繭のように糸に包まれた後、その背から姿を現した。
顔はマスカレイド発動前に着けていたデバイスにそっくりな蝶を模した仮面。
衣服は黄色と黒のストライプ模様を基調とした全身タイツ。
背中には虫の翅を模したものと思しき透明なマント。
そして手に握られたものが繭の外へと出てくる前に……チョウホウは動き出す。
「おっとぉ!?」
「ちぃ!」
ナルの視点ではまるで消え去ったかのようにチョウホウは動いた。
ナルが気が付いた時には、既にチョウホウが手にした刃物……出刃包丁にも似たそれがナルの体に叩きつけられていた。
そう、叩きつけられていた、だ。
「堅い!」
「ま、そう言う仮面体なんでな」
チョウホウは刃物で突き刺すか、斬りつけるべく、振っていた。
だが、圧倒的な魔力量の差と密度から来る硬度などの違いによって、チョウホウの攻撃はナルの皮膚を傷つける事も出来ずに、叩きつける事になっていた。
おまけにナルの体重がスキル『P・重量増加』によって増えているためだろう、チョウホウの想定以上にナルの体が動かないため、攻撃をした側であるチョウホウの方が体勢を大きく崩していた。
「さて攻撃が効かないのなら……」
「掴まれるのはごめんだ!」
ナルが動く。
手を伸ばし、チョウホウの体を掴もうとする。
対するチョウホウは体重差と魔力差から掴まれれば為す術もなく倒されると判断し、ナルの手を避ける。
そして、避けた上でナルの体を手にした刃物で勢いよく叩く。
「速いな……」
「なんて硬さを……」
そこからチョウホウによるラッシュが始まる。
チョウホウはナルの反撃を巧みに躱しつつ、すれ違いざまにナルの体を切りつける。
右に左に、上に下に、首筋、脇腹、アキレス腱、太ももと、あらゆる部位を切りつけながら、ナルの攻撃を回避していく。
その姿は正に蝶のように舞い、蜂のように刺すと言う言葉に相応しいものであり、チョウホウは一方的に両手に一本ずつ持った刃物で切り付け、刺していく。
「くっ……何処にも急所が……ない!」
だが傷つかない。
チョウホウがナルの体の何処を切っても、傷つける事が出来るのは服までで、ナルの体自身には刃が通らない。
恐ろしいことに、髪の毛一本、眼球、口内に至るまで、ナルの肉体は頑丈の極みと言ってもよい耐久度を有しており、チョウホウの刃では傷つける事が叶わなかった。
「そりゃあ、俺でも把握できるような急所なんてあるわけがない。俺の美しさは傷つくようなものじゃないからな」
ナルはチョウホウの攻撃で傷ついた服を修復しつつ、胸を張ってチョウホウの言葉に応える。
それは一見すれば強者の慢心とも取れる行動であったが、一度距離を取って足を止めたチョウホウにはしっかりと視線が向けられており、油断などない事は明らかだった。
「さてどうする? 諦めてくれるならお互いに楽ではあるが」
「御冗談を。貴方相手ならどれだけ切り札を切っても、後の活動に差支えは無いんです。だから、切れる手札は全て切らせてもらいます」
ナルが一歩踏み込む。
その間だけで、チョウホウの姿は掻き消えたかのように高速で移動し、ナルの背後に距離を取って現れる。
「つまりまだ何かある、と」
「ええ、ありますとも」
ナルはチョウホウを視界内に捉えるべく、全身で振り向こうとする。
しかし、その時既にチョウホウの姿はナルの背後ではなく、左腕の下にあった。
「っ!?」
「『ピアースエッジ』『エンチャントハード』『パワースラスト』」
チョウホウが手にするのは、平たく細い両刃の刃を持った短剣。
その刃は、スキル『ピアースエッジ』によって、先端にしか刃が無い代わりに貫通力をさらに増した形状へと変化。
スキル『エンチャントハード』によって、金属をはるかに超えた硬さを得た。
そして、スキル『パワースラスト』によって大量の魔力を帯びた上で、真っすぐにナルの左脇……より正確に言えば、肋骨の隙間をすり抜けて心臓へと刃が到達する軌道で以って突き出される。
構造上、他よりも薄い皮膚を突き破ったチョウホウの刃はそのまま肉も裂いていく。
だが、その動きが最後まで続くことは無かった。
「っ!?」
「悪いが、今の俺のデバイスなら、盾を出すまでに1秒どころか0.1秒もかからない」
突き出されたチョウホウの刃がナルの心臓へと届くよりも早く、ナルの盾が左腕を起点に出現。
伸ばされているチョウホウの腕をへし折るように阻害したからだ。
その勢いとナルの体の強度が合わさる事でチョウホウの突き出した刃は、ナルの体内でへし折られ、しかも即座に異物は不要と言わんばかりに再生した肉によって体外まで押し出される。
「おう……らぁっ!」
「!?」
そうして攻撃を潰されたチョウホウの動きは完全に止まっていた。
そして、それを見逃すナルではなかった。
ナルは即座にチョウホウの体を掴み上げると、そのまま後方に向かって、宙返りに近い形で跳躍。
「ふんっ!」
「ーーー!?」
増大しているナルの体重も乗せた上で舞台に叩きつけられたチョウホウの体は、これまでの戦闘で魔力を消費していたこともあって、呆気なく消え去ったのだった。
『決着! 勝者は青コーナー! 戌亥寮、ナルキッソス!!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
「やー!」
ナルの勝利が告げられる。
そして、一回戦の時と同じように、ナルは観客へのアピールをしてから、マスカレイドを解除せずに舞台から降りて、控室へと戻っていった。
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