113:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・一回戦 スズVSクリアランス
ナルとミノタックルスの決闘が始まったのと同時刻。
別の会場でも特殊決闘・プロレスの試合が始まろうとしていた。
『お待たせいたしました! それでは選手入場です! 青コーナー! 申酉寮一年! クリアランス!!』
「……」
観客の数はそう多くはない。
同じ会場でこの後に戦う二年生と三年生、出場者たちの知り合い、偶々やってきた一部の生徒と教師、これらを除けば両手の指で数えられる程度しか外部の客は居ない。
そんな会場を、魔女の帽子にヴェールを付けたようなデバイスを着用した女子生徒がゆっくりと歩き、舞台へと上る。
『赤コーナー! 戌亥寮一年! スズ・ミカガミ!!』
「……」
対するは専用デバイス『シルクラウド・クラウン』を身に着け、鈴蘭のチャームを揺らしながら歩く女子生徒……スズ。
スズもゆっくりとした足取りで舞台へと向かい、ロープを押し退けて中に入る。
クリアランスとスズの間に会話はない。
相手の事を睨みつけたり、挑発するような真似もしない。
お互いに静かに佇んでいる。
『それでは、特殊決闘プロレス一年生の部、第三試合、クリアランスVSスズ・ミカガミ……始め!!』
「マスカレイド発動。一掃しますよ、クリアランス!」
「マスカレイド発動。映して、スズ・ミカガミ」
ゴングが打ち鳴らされると同時に、クリアランスとスズはマスカレイドを発動する。
先にマスカレイドを終えたのはスズ。
薄い円盤状の水は学園配布デバイスを使っていた時よりも明らかに早く展開され、スズの体を通過。
鈴蘭のチャームを提げた般若の面を顔に付け、ボストンバッグを提げた巫女装束の少女と言う姿に変身する。
そして、数瞬遅れてクリアランスのマスカレイドも完了。
卵の殻のような半透明の壁が生じ、割れて、中から魔女を思わせる帽子とローブを身に着け、手には何かしらの透明な素材で出来た箒のようにも見える杖を握り、顔には穴一つない真っ白な仮面がくっついている。
クリアランスの仮面は目の穴すらも無い仮面であるが、視界を阻害する事はないようで、その視線はボストンバッグの口を開き、中身を確認しているスズの姿をしっかりと認識している。
「先手必勝だけれど……」
スズはボストンバッグから取り出した二つのフラスコを、クリアランスの眼前に向かって素早く投げつける。
投げられたフラスコは空中で衝突し、その中身である赤と緑の液体は衝突の勢いでそのまま混ざり合い……爆発する。
「払い除けろ!」
が、クリアランスが言葉と共に杖を動かし、柄で床を叩いただけで、クリアランスの全身を包み込むように透明な障壁が生じて、スズが起こした爆発は防がれる。
「うん、情報通り。だから……」
しかし、スズにとってはこの程度は予想していた通りの展開である。
故にスズは次の薬品をバッグの中から取り出すと、素早く混ぜ合わせる。
「この位置で使えば……」
だが、事前に立てていた予想通りであったのはスズだけではなくクリアランスも同じだった。
クリアランスは透明な障壁に包まれたまま、爆炎と煙を突っ切ると、舞台の中央に立つ。
そして、再び杖の柄を舞台に着けながら声を発する。
「『マナファランクス』!」
スキル『マナファランクス』。
魔力によって作られた盾と槍を自身の周囲へ無数に出現させた後、出現させた盾と槍を勢いよく突き出して、あらゆる方向を攻撃する攻防一体のスキルである。
通常の決闘では舞台の広さに対して射程が短く、攻撃までワンテンポあるので対処も容易、出現させる物の多さから消耗も重いスキルであるが、特殊決闘プロレスと言う通常よりもはるかに狭い舞台上、それも舞台の中央で用いるのならば……。
「逃げ場はない!!」
舞台のほぼ全域に攻撃が及ぶ、極めて凶悪なスキルと化す。
クリアランスにとっては、自身との相性も良く、特殊決闘プロレスに出る理由にすらなったスキルであった。
また、相手がナルのような異常な防御能力を有する仮面体でなければ、致命傷を与えるのに十分な威力も持っていた。
これが決まったのなら、スズ程度が相手なら勝ちは確実。
そう、クリアランスが思うほどのスキルであった。
「そうだね。普通なら逃げ場はないよ」
「!?」
だがスズには当たっていなかった。
舞台の四方を囲うポールの上に片足で立つスズは、突き出された槍と槍の隙間、もしも避けるならばそこしか無いと言えるような位置に居て、無傷で『マナファランクス』を凌いでいた。
「でもスキルはスキル。攻撃が放たれるタイミングも位置も、変数となっている場所を把握しておけば、同じように来るから、幾らでも避けられる」
「何を言って……!?」
スズの言葉にクリアランスは自身の背筋が凍るような気配を感じた。
だがそれも仕方が無いことだろう。
スズが言っているのは、何処でどうやって狙いを付けているのか分かっているので、何度『マナファランクス』を撃たれようとも余裕をもって回避できる、と言う事になってしまうのだから。
そして同時に、クリアランスがこれまでに決闘で使ったことのない『マナファランクス』を使ってくることを、スズは予想済みであったと言っているようなものでもあった。
これで恐れを抱くなと言う方が無理な話だろう。
だから、クリアランスの中では、スズの事を自分よりも魔力量が少ない決闘者や、ナルの彼女の一人という認識から、得体の知れない何かを持つ決闘者に認識が変化しつつあった。
「はっ!」
「は、払い除けろ!」
『マナファランクス』で現れた槍と盾が消えると同時にスズがポールを蹴って接近。
クリアランスに見た目よりも数段重い蹴り……バッグの中身を使ったドーピングにより強化された攻撃を仕掛け、クリアランスはそれを咄嗟に出した透明な障壁によってガードする。
が、障壁は一度の蹴りでヒビが入り、後何度もスズの攻撃を防げるようなもので無いことは明らかだった。
「せいっ! はっ!」
「この……っ!? 『エアシェルター』!」
だからスズは追撃の蹴りと何かしらの器具による打撃を放ちつつ……バッグから取り出した次の薬品を舞台の床へと撒いていく。
それらの薬品は混ざり合うと共に煙を発生し始める。
その光景を見たクリアランスはスズのデビュー戦を思い出し、対策の為に入れていたスキルを発動する。
そして、これで大丈夫だと、僅かにだが気持ちを弛緩させてしまった。
「くすっ」
「え?」
そうして、相手が思っていた通りのスキルを発動してくれたことで、スズは思わず小さな笑い声を漏らしてしまった。
だが、その笑い声にクリアランスが気付き、反応するよりも早く、スズは次の一手を打っていた。
スズは手にしたスポイトのような器具を弄り、手のような形をした乾燥物に何かを与えると、その乾燥物を舞台上に広がる薬品の中へと投入する。
それを切っ掛けとして、煙が変わる。
実体を持たないはずの煙が実体を持ち、形などないはずの煙が手と言う形を持ち、意思など有さないはずの煙が意思を持って迫る。
クリアランスに向かって。
空気の膜によって気体の流入を防ぐだけの『エアシェルター』を貫通して。
けれど勢いだけは煙が生じるのと同じようにとても素早く。
衝突したものを打ち据える事が出来るだけの重さと硬さを併せ持ちながら。
「ーーー!?」
「ごめんなさい、クリアランスさん。私の調合は、その時の手札次第では後出し程度は容易なんです。そう言うわけだから、このまま倒れるまで攻撃させてもらいますね」
クリアランスは咄嗟に障壁を貼ろうとした。
だが、それよりも早く煙の腕たちの隙間からスズが手を伸ばし、その手に持った注射器で何かをクリアランスの体内へと撃ち込む。
ただそれだけでクリアランスの視界が回り、手足の感覚がなくなり、障壁を貼る事は出来なくなった。
そして、マトモに立つことも出来なくなったクリアランスへと煙の腕たちが更に殺到し……やがて煙が晴れた時には、クリアランスの姿は舞台上には無かった。
『決着! 勝者は赤コーナー! 戌亥寮、スズ・ミカガミ!!』
「よし、まずは一勝」
決着を告げるコールが終わると、スズは観客たちに向かって一礼をしてからマスカレイドを解除。
舞台に仕込まれた転移機能を利用して、控室へと戻った。
10/05誤字訂正
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