112:体育祭三日目・特殊決闘プロレス・一回戦 VSミノタックルス
『それでは早速始めていきましょう!』
体育祭三日目の目玉とも言える特殊決闘が始まる。
この会場では特殊決闘・プロレスが行われるため、通常の決闘の舞台の上に専用の舞台……一辺が6メートル程度の狭い舞台が作られており、観客席も舞台に合わせて普段より近い距離に用意されている。
そして観客席の客入りは……。
『青コーナー! 戌亥寮一年! ナルキッソス!!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
他の会場とは比べ物にならないほどに多くの客が入っていた。
当然、生徒、教師、テレビカメラだけでなく、外部の人間も相当な人数が入ってきている。
そんな彼らは誰を見に来たのか……決まっている。
今年の魔力量第一位。
デビュー戦で護国家が生み出した次代のサラブレッド、エースであるトモエを下した。
体育祭二日目では圧倒的な耐久力によって、強行突破を文字通りに成し遂げた。
生徒と言うには現時点で既に規格外の存在となりつつある決闘者、ナルキッソスである。
「うーん、聞いていた通りではあるが、本当に狭い」
そんなナルキッソス当人……ナルは、普段通りの足取りでプロレスの舞台に近づくと、四方に張られたロープをくぐって、舞台の中に入る。
デバイスは着用しているが、顔は隠れていないと言う、決闘者としては極めて特殊な姿でだ。
『対するは赤コーナー! 虎卯寮一年! ミノタックルス!!』
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
ナルの対戦相手であるミノタックルスが会場に入ってくる。
胸を張って、顔面から後頭部にかけて覆い尽くしている覆面のようなデバイスを着用し、舞台へと上る。
「さて、俺とどうやって戦うかは決まったか? ミノタックルス」
「ああ、決めて来た。戦う事になった以上は全力を尽くしてぶつかるのみ……ぶっ飛ばしてやるよ! ナルキッソス!!」
「上等。そうでないとな! 受けて立ってやるよ! ミノタックルス!!」
『おおっと!? 舞台上では既にヒートアップしている!? ですが、決闘はマスカレイドを用いて行うものです! まだですよ。合図を待ってください……どーどー!』
ナルとミノタックルスは舞台上でお互いの事を睨みつけ、お互いの鼻が触れるのではないかと言うほどに顔を近づける。
その様子に司会の生徒は多少慌てる様子を見せるが、ナルにしても、ミノタックルスにしても、これはパフォーマンスの一種であると理解しているため、離れろと言われれば直ぐに離れる。
『それでは、特殊決闘プロレス一年生の部、第一試合、ナルキッソスVSミノタックルス……始め!!』
司会の合図とともにゴングが打ち鳴らされ、会場中に金属音が響き渡る。
「先手は譲ってやるよ! マスカレイド発動! 魅せろ! ナルキッソス!!」
「その減らず口を黙らせてやるよ! マスカレイド発動! ぶっ潰すぞ! ミノタックルス!!」
と同時に、お互いにマスカレイドを発動。
光に包まれたナルは、性別が変わった上で、ブルマに体操服を着用と言う、見方によっては煽情的とも取れる姿を光の中から表す。
対するミノタックルスは全身を包み込むように稲光を発した上で、全身の筋肉を膨らませ、身長を伸ばし、その姿を変貌させていく。
やがて現れたのは、ミノタウロスとも呼ばれるような、立派な角を持つ牛頭に人の上半身、それから牛の下半身を二足歩行に合わせて調整した持った怪物のような姿の仮面体。
ただし、その手に武器はなく、代わりに頭にあるのに同じような角を持つ肩当を両肩に付けている。
「お望み通りのフルパワーで行ってやる! 逃げんじゃねえぞ!!」
「言われなくても!」
ナルは舞台の端で盾すら構えずに直立する。
ミノタックルスは舞台を囲うロープに体重を預けて伸ばしつつ、肩の狙いを定める。
「『ハイストレングス』! 『エンチャントサンダー』! からの……『ショルダーチャージ』!!」
ミノタックルスはスキル『ハイストレングス』によって既に張っている筋肉を更に張り上げさせ、スキル『エンチャントサンダー』によって肩当に電撃を纏うと、ロープに掛けていた体重を緩め、ロープによる加速をしつつスキル『ショルダーチャージ』を発動して一気に突っ込む。
その様はまるで大型トラックが急加速して、哀れな犠牲者を轢きにかかっているかのようであった。
直撃を許せば、トモエやコモスドールと言ったある程度以上の防御能力を有する仮面体であっても、タダでは済まないことは誰の目にも明らかであった。
だが、ミノタックルスの相手が持つ防御能力はある程度などと言う域ではない。
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
ナルとミノタックルスが真正面から衝突する。
雷光と轟音が会場中へと響き渡る。
そして、ミノタックルスの体だけが浮かび上がる。
まるで、重くて硬いものに軽くて弾力があるものをぶつけたかのように。
「んなっ!?」
「悪いな。スキル『P・重量増加』を今日の俺は付けてきている」
そうして浮かび上がってしまったミノタックルスの肩と腰をナルは掴み、筋力ではなく重量の差で以って持ち上げ続ける。
「パッシブスキル!? しかも体重が増えるだけの奴じゃねえか!? んな馬鹿な!? それだけでこんな事が出来るわけが!?」
「後、学園に来てから地道に近接格闘術については学んでいてな……」
勿論、ミノタックルスは暴れ、舞台に足を付けようとしている。
だが届かない。
掠りはしても、しっかりと足を付ける前に、再び持ち上げられてしまう。
ならばとナルの体を強化された筋力で掴み、電撃を流し込んでも、ナルは意に介した様子も見せず、その様子が事実である事を示すように傷を負わせる事が出来ない。
「つうわけで、行くぞオラァ!」
「!?」
ナルが動く。
少しだけ飛び、肩と腰を掴んだままに素早くかつ柔軟に前方宙返りをし、ミノタックルスの首の上に脚を置いた上で……重力の力に任せて落ち、自身とミノタックルスを舞台の床へと叩きつける。
すれば必然、ミノタックルスの体は自重が落ちる衝撃だけでなく、ナルの重量に端を発する衝撃も受ける事となる。
さて、ミノタックルスよりもナルの方が今は重いが、ナルの方がミノタックルスよりも細身である。
それはつまり、同じ面積当たりの重量はナルの方が比べ物にならないほどに重いという事でもある。
であるならば、その重量による攻撃の衝撃は……まるでギロチンが落ちたようなものになる事だろう。
結果、受け身を取ることも出来ずにモロにナルの攻撃を受けたミノタックルスは……仮面体を維持できないほどのダメージを受ける事となった。
『決着! 勝者は青コーナー! 戌亥寮、ナルキッソス!!』
「ふふん!」
ナルは舞台上でポーズを取って、自身の勝利と活躍をアピールすると、マスカレイドを解除する事も無く、悠々と舞台の上から去っていく。
ナルキッソスの勝利である。
スキル『P・重量増加』
パッシブスキルの一種。
使用者の重量を増やすだけと言う、ある程度は駆け回る必要がある普段の決闘では、中々に使いどころに困る性能をしている。
しかし、特殊決闘プロレスや強行突破のような環境では、多少動きが遅くなろうとも、相手の攻撃で吹き飛ばされなくなるメリットの方が強くなるため、ナルは今回使用している。
ちなみに『P・重量増加』自体の燃費はかなり優良な部類なのだが、装備も含めて増えた重量に対応するために筋肉などの消耗が激しくなるので、一般的な結果として燃費が悪くなっている。
が、ナルは装備が後付けの為、装備がスキルの対象外となっており、仮面体が増えた重量をものともしない身体能力を持つことも相まって、燃費への影響がほぼ皆無となっている。
10/02誤字訂正




