109:体育祭二日目・障害物競走・強行突破
障害物競走・強行突破。
ルールはシンプル。
突破者側は少しでもスタート地点より前へと進み、長く生き残る事。
これだけである。
一応、スタート地点から100メートル進んだところにゴール地点が存在しており、それに辿り着く事でも競技終了となるが、ゴールにまで辿り着いた選手は歴史の全てを見返しても一握りである。
と言うのも、突破者を進ませないように、妨害者側は自由な参加をして攻撃を行い、突破者を攻撃する事が許されているからだ。
そう、一方的に、遠距離から、土砂降りの雨のように攻撃を撃ちこむのである。
突破者が倒れ、魔力が尽き、競技場の外に転移させられるまで徹底的に。
はっきり言って、この競技は不人気である。
どれほど不人気かと言われれば、一年生の部で参加しているのはナルキッソスの他はコモスドールだけであり、子牛寮と虎卯寮の参加者として登録されていた二人は既に不参加を表明、出場辞退をしているほどである。
二年生、三年生でも似たようなもので、突破側での参加者が実質10人を超えた年はほぼ存在していない。
それほどまでに人気が無い競技なのだ。
また、近年では絵面的にも忌避されている。
なにせ、どう言い繕っても、一人の側を多数の側が安全圏からリンチしているようにしか見えないからである。
だがそれでも、強行突破と言う競技は行われ続けている。
仮面体の防御能力をこれ以上なくアピールする事が出来る場であり、幾つかの精神的支障の発見と改善を期待できる場であるからだ。
「さて、流石は俺って感じだな。100人は確実に超えていそうだ」
「そうっすね。ウチが見た限り、200人は居ると思っていいと思うっすよ」
「200人か……ま、200人が同時に詰められるわけでもなし。どうとでもなるな」
「流石っすねぇ。まあ、ウチとしても、翠川に妨害側が流れてくれれば、多少は楽になるからいいっすけど」
そんな場にナルが姿を現す。
頭に付けているのは試作専用デバイスである『シルクラウド・クラウン』。
普通のマスカレイドのデバイスと違って顔を一切隠さない特異なデザインとなっているそれを着用したナルは堂々とした足取りで、強行突破のスタート地点へと向かう。
『それでは、只今より障害物競走・強行突破・一年生の部を始めます。突破者側は……1番、ナルキッソス。妨害希望者は各自ブースの中に入ってください』
ナルの動きに合わせて、妨害者たちがコースを左右から挟むように設置されているブースの中に入っていく。
妨害者たちの入るブースとナルの間には、20メートル程度の距離があり、妨害者は競技中、一度入ったブースから外へ出る事は出来ないようになっていて、このルールを破ると失格となって競技場の外にマスカレイドを解除した状態で転移させられるようになっている。
そして、ブースの中に入っていく妨害者たちを見てナルは……。
「さて、どこまでやれるだろうな?」
「「「……!?」」」
笑みを浮かべる。
好戦的で、挑発的な、見るものを魅了すると同時に恐れさせ、焦らせるような笑みを自然と作る。
「それじゃあ行くぞ。マスカレイド発動。魅せろ、ナルキッソス」
強行突破の開始の合図は突破者のマスカレイド発動と同時である。
故にナルがマスカレイドを発動すると共に、そこら中のブースからマスカレイド発動の余韻が漏れ出て、魔力の奔流と化し、虹のようになって天へと立ち上っていく。
その中でナルは文字通りに輝いていた。
光の球体と化し、光は変形して女性の姿を取り、その光が晴れていくと同時に、ブルマと半袖の体操服を身に着けたナルが姿を現す。
そして、一歩前に踏み出しながら口を開く。
「さあ来いよ。強行突破開始だ」
ナルへの攻撃が許可された事を示すアラームが鳴り響く。
同時に、ナル近くのブースからは火球、電撃、氷の塊、魔力塊、銃弾などなどの精密性を重視した攻撃が、ゴール近くのブースからは大砲の弾のような炎の塊に始まり、狙撃用ライフルの弾丸、稲妻、無数の矢と槍と言った命中か威力のどちらかに振り絞ったような攻撃が放たれる。
それは正に攻撃の雨。
たった一人の人間に向けるには、あまりにも過剰な威力と規模の攻撃であった。
「おらあっ!」
「「「!?」」」
が、ナルにそれは通じなかった。
真っ先に飛来したライフルの弾丸は盾によって防がれ、手近なブースから飛来した数々の攻撃はナルの強靭な皮膚一枚貫き焦がすことも出来ずに弾かれ、爆風はたたらを踏ませることも出来ず、稲妻はそんな物なかったと言わんばかりに無視され、降り注ぐ矢と槍はただの雨のように弾かれてお終いだった。
「はははははっ! よし、よーし! 学園配布デバイスだったら無理だったろうけど、専用デバイスである『シルクラウド・クラウン』で強化されている今の仮面体だったら、恐れるに足らずだな!」
何故大丈夫なのか、その答えはシンプルなものだ。
『シルクラウド・クラウン』によって防御能力が大幅に強化された今のナルキッソス相手に、生半可な攻撃ではその守りを薄皮一枚分すら突破出来ないと言う、本当にただそれだけの話である。
「だったら……『フレイムランス』!」
「『パワースロー』!」
「『ストームピラー』!」
「おっと」
ならばと大技を放てば、大技であるが故の溜めを見てから、ナルは盾で防ぐか避けるを選んで凌ぎ、やり過ごしていく。
炎の槍が飛んで来ようと、巨大な槍を投げつけられようと、砂塵を巻き込んだ竜巻が迫ろうと、ナルは冷静に、順番に、対処をしていく。
「いや、これ……こんなのありか……」
「反則でしょ、これ……」
そう、順番にだ。
強行突破のこれまでの基本的な戦術は、ある程度の守りを得つつ超高速の移動手段を用いて、駆け抜けられるだけ駆け抜けると言ったものだった。
対する妨害者の基本的な戦術は突破者自身に攻撃を仕掛けるものと進路上に攻撃を置くものに分かれて、迎撃すると言うものだった。
だから、どのブースの妨害者も開始と同時にマスカレイドを発動して、開始と同時に攻撃を仕掛けていた。
「さて、この辺りのブースの連中は魔力切れみたいだな」
が、ナルにその基本は通用しない。
強行突破と言う競技に制限時間は存在しない。
一般的な決闘者には魔力の消費と言う実質的な制限時間があるが、ナルキッソスにそのようなものはない。
だからナルはゆっくりと進む。
後ろから攻撃を仕掛ける事が出来ないように、ブースの中に居る妨害者たちが魔力切れによる退場となるまで、少なくとも大技による攻撃を仕掛けられない程度にバテるまで、攻撃を凌ぎ切ってから前へと進む。
ゆっくりと。
「さあ? どうする? これが俺の強行突破だ」
その美しき顔と肢体が人のものとは思えなくなるような威圧感を湛えて。
「『ポイズンショット』!」
「『パラライズボルト』!」
「『スリープ』!」
「喰らえ!」
勿論、ナルがどれほど強大で理不尽であろうとも、妨害者側が諦めるわけにはいかない。
普通の攻撃が効かなければ搦手はどうだと、念のためにスキルにセットしていたものや、仮面体の機能として備えていたものが仕掛ける。
「ふんっ!」
「「「!?」」」
が、その大半は効かない。
搦手によって求める結果を得るための魔力では、ナルの濃密で粘り気のある魔力に割って入る事が出来ないからだ。
唯一効いたのは……。
「よし、捕まえた!」
「鎖付きの手錠。物理的拘束か」
ナルの魔力ではなく、肉体に直接的に干渉する手段による拘束。
ブースの一つから放たれた鎖付きの手錠はナルの左手首に嵌まり、所有者が鎖を引っ張る事によって、ナルの動きを阻害した。
そして、本来ならばこのまま鎖を引っ張る事でナルを地面に引き倒すか、そうでなくとも、動きを阻害して、本命の攻撃を届かせる一助には出来ただろう。
「でって言うだな」
「なぁっ!?」
が、この日のナルはスキル『P・重量増大』によって、外見を変えずに自身の体重だけを増やしていた。
その為、鎖を引っ張ってもナルを動かすことは出来ず、それどころかナルが鎖を引っ張る事によって所有者をブースの外へと引きずり出し、失格に出来てしまうだけだった。
また、この間にもゴール近くからはライフル弾による狙撃が行われていたのだが、こちらはプラスチック製の盾を着弾直前に軌道上へ都度生成する事によって防御に成功しており、ナルには届いていない。
「くそっ、どうなって……ああクソ! 魔力切れだ! チクショウ!!」
勿論、これにも種はある。
使っているスキルは、スキル『P・質量感知』と言う、自分の周囲5メートル程度の範囲に入った物体を極めて素早く感知するだけのスキルである。
だが、それだけのスキルでも、『シルクラウド・クラウン』によって強化された仮面体の展開速度も合わせれば、何時撃ったかなど分からない位置から来ているライフル弾を狙って防ぐことが出来るようになるのである。
「ライフル弾はもう終わりみたいだな。なら後はもうゴールするだけか」
なお、『P・重量増大』と『P・質量感知』によって、ナルの消費魔力は普段よりも増えているのだが、それでも魔力は自然回復している。
だからナルはペースを変えずにゆっくりとゴールに向かって進む。
「水よ!!」
「雷よ!!」
「!?」
そうしてゴール前にまで来たナルに向かって放たれたのは、津波を思わせるような大量の水であり、その水に飲まれたナルに向かって放たれたのは雷を思わせるような大量の電撃。
その威力は、これまでの攻撃とは明らかに別格の威力を持ったものであり、ナルの肉体を傷つけ、衣服を破壊して行き、魔力を削り取っていく。
だがそれは逆に言えば……。
「あー……流石に効きますね。この程度なら普通に直してお終いですけど」
削れるだけである。
波の力で浮いていたのは一瞬だけで、『P・重量増大』によって増加した重量のおかげでナルは波に流されることなく、その場で堪えた。
『P・質量感知』があったために、危険な追撃が無いことも分かっていた。
だからナルは、攻撃が終わると髪に付いた水を払いつつ、堂々と立ち、電撃によって傷ついた皮膚を元通りに修復していく。
「……。こんなのどうしようもないじゃない……。ごり押しも搦手も必殺も、並のじゃ……」
「いや本当に。どうすればいいんでしょうね、これ?」
「追撃はなしですか? 無しみたいですね、先輩方。では、ゴールをさせていただきます」
そうして体を傷一つない状態に戻すと、裸足のまま、胸と股間を白い光で隠してゆっくりと歩き、ゴールを踏みしめた。
「強行突破。踏破完了だな」
この日、強行突破史上、最も遅い……裏を返せば、最も多くの攻撃を浴びた上で、ゴールにたどり着いた記録が大幅に更新された。
ちなみにですが、強行突破の参加辞退はマイナス査定になりません。
本当に参加する人間が居ない競技なので。




