108:体育祭二日目・昼休み
「うーん、まあ、こんなものだよね」
スズの円盤投げは普通の成績で終わった。
スズの仮面体の機能なら何か出来た可能性もあるが……まあ、表に出すのかも含めて、スズ次第だしな。
ちなみに円盤投げ一年生の部のトップはアルレシャこと大漁さんで、他の人たちが円盤投げをしている中、糸を円盤に付けて振り回すことでハンマー投げの要領で円盤を飛ばしていた。
遠心力の力は偉大と言う他ない。
「じゃ、各自昼飯を買ってから、強行突破の会場近くで合流しよう」
「分かりましタ」
「はい」
「うん、分かったよ。ナル君」
その後、マリーとイチの二人と一時合流。
お昼休みに入ったので、俺たちはそれぞれが食べたいものを探して買ってから、改めて集まる事にした。
「……」
と言うわけで、今の俺は昼飯にするカツサンドパックにペットボトル飲料をビニール袋に入れて持っている状態で、単独行動をしているわけだが……。
「あら、翠川鳴輝様でございませんか!」
なんか変なのが近づいてきているな。
いや、変なのではないか。
綿櫛さんだ。
綿櫛美照亜さん。
後、取り巻きっぽい感じの女子生徒が彼女の背後に三人ほどくっついている。
「パルクールの時はご挨拶を出来なくて申し訳ありません。私は綿櫛美照亜と申しまして。戌亥寮一年生の間では、貴方様に次ぐ魔力量第二位となりますの。また、実家は……」
なんかゴチャゴチャと言っているが……要するに自分は乙判定の中でも優秀な魔力量を持ち、実家はマスカレイドのデバイスも扱っている企業の創業者一族で、授業の決闘も二連勝中、そんな私と俺が手を組めば護国家なんて取るに足らないとか、そんな感じの事を言っているようだ。
うん、アレだな。
「すみませんが、スズたちを待たせているので失礼させていただきますね」
無視しよう。
これは付き合っても時間の無駄にしかならない奴だ。
「ですので一緒にご昼食を……あら? あらあらあら? 何処へ行こうと言うのですか、翠川鳴輝様。私の話はまだ終わっていません事よ。水園さんなどとの話よりも……」
「などと?」
「!?」
綿櫛の取り巻きが俺の進路上に回り込んできて、動きを止めようとしてくる。
が、それよりも綿櫛の言葉に、俺は思わず魔力を乗せた言葉を発してしまう。
「わ、私は……」
「俺はもう話は終わりだと言ったんだが?」
嫌な目をしている。
綿櫛の口は動揺して震えているものだが、その目は獲物を狙うものに他ならない。
そして、諦めていないし、この状況を逆利用する気でもあるようだ。
ああなるほど、スズが嫌っているのも納得だ。
俺は俺の美しさを保ち見せるために俺を使うが、この女は自分の美しさを飾り見せつけるために他人を使う手合いなわけか。
だから、俺に目を付けた、と。
さて、どうする?
はっきり言って面倒なので、マスカレイドを発動して、その足で適当なところまで退避してしまうのが良さそうではある。
『シルクラウド・クラウン』はケースに入っていて、既に強行突破の競技会場近くのテントにあるから手元にないが、学園配布デバイスなら懐に入っているから、直ぐに使える。
問題は後で怒られるかどうかだが……正当な使用理由の範疇にギリギリ入るか?
「はぁ~ん? 俺の件で実家からぶっとい釘を刺されたと思ってたんだが、諦めが悪いな、お前ら」
「「「!?」」」
「縁紅か」
と、ここで縁紅が姿を現す。
その手にはスマホが握られていて、俺の方へと近づいてくる。
「翠川。昨日とは別件だが、甲判定の一部の人間限定でミーティングだそうだが、分かっているのか?」
「ミーティング?」
ミーティングの予定なんてものは当然ながらない。
だが、俺にだけ見えるように出されている縁紅のスマホの画面には、いくつもの文章が映っていて、その中で『話を合わせろ』と言う文章だけが反転強調表示されている。
どうやらそう言う事らしい。
「ああ本当だ。いつの間にか、届いていたみたいだな。しかも時間が無い」
「そう言う事だ。急ぐぞ、翠川」
「分かった」
「お待ちなさい! 私の話はまだ終わっていないと……」
だから俺は縁紅に話を合わせて、その場から離れようとする。
だがそれでも未練がましくと言うか、学園からの伝達事項よりも自分の用事の方が重要であると言う信じがたい誤認をしているのか、綿櫛は俺たちの前に立ち塞がろうとする。
「通報にあった騒ぎの現場は此処か? 翠川に縁紅に……」
「「「!?」」」
が、その前に麻留田さんたち風紀委員会が現れたことで、流石に分が悪いと悟ったのか、綿櫛たちはそそくさとこの場から去っていった。
「追いますか? 風紀委員長」
「放っておけ。決定的な物言いが無かった以上、私たちにこれ以上できることは無い」
麻留田さんたちが俺たちの方に近づいてくる。
「麻留田さん」
「分かってる。ああ言う、どっかズレた奴が出てくるのも毎年恒例だ。とは言え、綿櫛だったか。あの女は少々ヤンチャが過ぎるみたいだがな。そんなわけだから、行っていいぞ。ミーティングがあるんだろう? 翠川、縁紅」
「はい」
「ありがとうございます」
どうやら綿櫛は俺とは違う意味で既に風紀委員会に目を付けられているらしい。
本人もそれを理解しているから、この場では逃げたようだ。
そこまで理解したところで、建前もあるので、俺と縁紅はその場から駆け出す。
「それで縁紅。さっき言っていた俺の件ってのは?」
「大したことじゃない。お前に軽く一当てしてフラれたアイツらが、この前は俺の方にやって来て、明言こそしなかったが、実家関係で脅そうとしてきただけだ。私の夫にしてあげますわ的な感じでな」
「二重三重の意味であり得ない事をしているな」
「まったくだ。ついでに言えば、俺が把握しているだけでも、他に二人か三人くらい男に声をかけているみたいだしな。とんでもない女だぞ、アレは」
「抗議と言うか、学園への報告は?」
「勿論してるし、味鳥先生、吉備津、羊歌、陽観先輩……まあ、それなりに話は回してある。お前の女の一人……水園だったか、あの女ならそこまで含めて把握済みだろうから、後で聞いてみたらどうだ?」
「そうだな。そうしてみる。ただ、スズの機嫌が悪くなりそうだから、あまり話したくもないけど」
「まあ、どう考えても不快にしかならない話だろうしな……」
そうして走りながら情報交換をして……十分に離れたところで、少しずつ歩調を緩めていく。
「なんにせよ今日は助かった。ありがとうな、縁紅」
「……。困った時はお互いさまって奴だ、翠川。そんなわけだから、今度俺が綿櫛周りで何かあった時は頼むぞ」
「分かった。スズたちにも話しておく」
そうして最後に挨拶を交わし、俺たちは分かれた。
なお、その後にスズにこの件を話したところ……。
「ふーん、そうなんだ……」
円盤投げの時よりもさらに一段低いと言うか深いスズの声が響いた。
ついでにイチとマリー、それから何故か一緒に居た護国さんたちも、笑顔なのになぜか怖いと感じる顔をしていた。
まあ、今回少し会話をしてみて、綿櫛は相容れない相手だと分かったのだから、スズたちが色々とマズイレベルにまで手を出さない限りは止めないでおこう。
こっちが悪役になるわけにはいかないしな。




