107:体育祭二日目・投擲・射撃・円盤投げ?
「しゃおらぁ!」
俺は円盤投げの競技が行われている会場へとやってきた。
マリーのやり投げが終わった直後に来たこともあって、円盤投げはまだ二年生の部が行われている途中のようだ。
「あ、ナル君」
「スズか。今は……大丈夫そうだな」
「うん、今は待機中。こんなに暇なのなら、マリーは無理でもイチの応援には行ってもよかったかも」
「そうか。あーと、イチとマリーなんだがな」
俺がスズの事を探すよりも早く、俺の事を見つけ出したスズが声をかけてくる。
いつもの事ではあるのだけど、いったいどうやって俺の所在地を此処まで正確に把握しているのだろうか?
ちなみに発信機の類は付けられていないのは確かである。
前にそう言うのをイチたちが捜索した時に見つかってないし、その時の探し方はスズが付けたものがあったとしても関係なしに探るようなものだったので。
まあ、昔からの事でもあるし、気にしなくてもいいか。
とりあえず俺はイチとマリー、二人の競技の結果と様子をスズに伝えておく。
「そっか。じゃあ、二人は問題なしだったんだね。それで、ナル君の様子から察するにそれだけじゃないよね?」
「あー……分かるか?」
「分かるよ。察するに護国さんの方を見に行った時に何かあったけれど、その何かが競技前の私が知ると負担になりそうだから、今は話さないようにすることした。とか、そんなところだよね。それで何があったの? ここまで私が分かっている状態だと、いっそ話してくれた方が私にとってもナル君にとっても気分がいい事だと思うんだけど」
「お、おう」
どうやら、パルクールの会場で何かあった事まではバレているらしい。
なので俺は護国さんの他に戌亥寮所属らしい綿櫛さんが居たこと、綿櫛さんが何故か一声だけかけてきたこと、なんか凄い目で俺と護国さんを見ていた事を伝える。
後ついでに綿櫛さんの名前はいつの間にか来ていた羊歌さんが教えてくれたことも、一応教えておく。
なんとなくだが、そうしておいた方がいい予感はしたので。
そうして伝えきった結果。
「ふうん。まだ諦めてなかったんだ」
スズの口から非常に低い……まるで水底から響いてくるような声がした。
この状態は……良くない。
本気で怒っていると言うか、かなり機嫌が悪い状態の時のスズの声だ。
とりあえず、スズがこんな反応を示した原因については、ほぼ間違いなく綿櫛さんだと思うのでだ。
「スズ。俺は名前を呼ばれて、見られただけだからな。な? その向こうに伝わったら失礼な事ではあるんだが、名前と言うか寮すら把握していなかったレベルだからな? スズが怒るようなことは何一つとして起きていないからな、な?」
改めて、きちんと事実を伝えておこう。
でなければ、非常に危険な事になりそうな気配がしているので。
「ナル君」
「はい」
「心配しなくてもナル君が全くもって悪くないのは把握しているから大丈夫」
「うん」
「私がこの件で法的に問題のある行動を取る事も無いから大丈夫」
「そうか。でもな、スズ。世の中には法的には大丈夫でもアウトな行動って奴も……」
「そう言うのもしないから大丈夫。そんな事をしたらナル君に嫌われるだけだって私は分かっているから」
「そうか、ならいいんだが」
えーと、とりあえずは大丈夫そうか?
うん、大丈夫そうだな。
法律に関係なくアウトな行動をする気はなさそうだし。
「教えてくれてありがとうね、ナル君。この件は後でイチにマリーに、それと護国さんと羊歌さんもかな? とにかくみんなと相談してから対処するから安心してね」
「お、おう。分かった。じゃあ、観客席の方で応援してるな」
「うん。頑張ってくるね!」
俺は観客席の方へと向かった。
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「あの女、まぁだ諦めてなかったんだね。諦めが悪いと言うか、現実が見えていないと言うか、これだからあの手のプライドが肥大化した女って嫌なんだよね……」
ナルが観客席へと向かった後。
スズは周囲に誰も居ない場所で呟く。
『そんなに嫌なら叩き潰せばいいのに』
そんなスズの呟きに呼応するようにアビスは囁く。
普段のスズならば無視するか、反論してあしらうところであるが……。
「叩き潰せばいいんじゃなくて、叩き潰すんだよ。完膚なきまでに。公衆の面前で。ちょうどいい場なら明日の所にちょうどよくあるんだから」
今日のスズは同調する。
黒い、光を宿さない、深淵の魔力が思わずと言った様子で溢れ出す。
「私にはさ。ナル君の魔力量が甲判定だと分かった時点で、色んな女性がナル君の元に詰め掛けてくるのは分かっていたんだよね。そして、私個人の力では詰めかけてくる全ての女性に抗う事が出来ない事は分かっていたの。だから、イチとマリーの二人は受け入れたし、護国さんの事だって受け入れたの。あの三人だったら一緒にナル君を支えて、助けて、共に生きていけると思ったから。なんだったら、もうちょっと増えたっていいくらいだって思ってもいるくらい。ナル君はそれほどに魅力的だから」
『……』
「でもさぁ、だからこそさぁ、絶対に許容できない相手ってのも居るんだよね……。ナル君の事を自分を飾り立てるための美しいアクセサリーにしか思っていない女とか? ナル君の事を優秀な次世代を生み出すための種馬としか思っていない何処かのおっさんとか? ナル君に難題を押し付けて体よく利用しようとしている権力者連中とか? ナル君を研究対象として塀の中に隠そうとしている研究者連中とか? ナル君に害を為そうとしている自称真なる女神様の信徒とかさぁ……!」
『おおっ……』
「許せないよねぇ。近づく事も、聞く事も、見る事も、感じる事も許し難いよねぇ。ナル君は自身の思うがままにしているからこそあれほどに輝いて美しいのに、それを理解しようともせずに身勝手に自分のものにしようとしている連中なんて、全くもって許容できないよねぇ。ましてや、明日は順当にいけば、ナル君が一時とは言え、私の事だけを考えてくれるスペシャルデイになる事が確定しているんだよ。そこにあの女が割り込もうとしている? ふ ざ け る な。もう、それしか言えないよね」
『何と素晴らしい……』
もしもこの場に近づく人間が居たならば、一瞬の迷いもなく逃げ出したことだろう。
それほどまでに濃く、人の危機意識へと働きかけるような、漆黒の魔力がこの場には満ち溢れていた。
「そう言うわけだからさアビス。久しぶりに、少しだけのズルをしてもらっていい?」
『具体的には?』
「明日の特殊決闘・プロレスの抽選を少しだけ弄って。私とナル君が当たるのは決勝でいい。その前に私と綿櫛を準決勝で当てて」
『それだけでいいのか? 実に質のいい魔力を得たので、今ならばもう少し出来る事もあるが』
「そ れ が いいの。私の実力で直接叩き潰さないと意味ないから。でないと、あの女には理解できないだろうから」
『分かった。だがそう言う事ならば、他の者の位置は弄らない。そうすれば、女神も我の動きに気づいても無視するだろう。だが同時に、貴様、綿櫛とやら、女神の恩寵著しいあの男が途中で負けても、我は関与しない。いいな』
「うん。それで十分。ナル君が負けることはあり得ない。私が負けたらそれまでの話。綿櫛が負ければ私が過剰反応し過ぎただけの小物だったで終わりだから」
だが、その魔力は何処かへと……地面の下……否、地面下の各種配管を通して、遥か彼方へと流れ、呑まれていく。
まるで底なしの穴へと……深淵へと……落ちていき、消えていく。
『それでは只今より、円盤投げ、一年生の部を始めさせていただきます』
「ふふふ。待っててねナル君。私はナル君と私の間にあるあらゆる障害を打ち破って、ナル君の前に立ってみせるから。そうしたら、その時だけはナル君も私の事だけ見て、感じて、思ってくれるよね。私は……とーっても頑張るからね、ナル君」
『では、我が巫女の願いを叶えるべく、仕込みをさせてもらおう』
そうして周囲が元通りになると同時に、スズはその場から去っていった。
女神「……。面白くなりそうなのでアリで!」
部下A「!?」
女神「失礼。決闘そのものに干渉するわけではありませんし、誰かの命運がかかっている決闘でもありません。そもそもクジに干渉が行われるだなんて気づいているのは、私たちの側だけです。むしろ見逃した方が、今後も含めて良い方向に繋がる事でしょう。よって、見なかった事にしましょう。このくらいの調整は、興行として考えるなら、むしろ必要です。なので私たちは何も見てない、イイネ?」
部下A「アッハイ……」




