106:体育祭二日目・投擲・射撃・やり投げ
「えーと、此処がやり投げの会場だな」
俺はやり投げの会場にやってきた。
マスッターにある体育祭の日程表通りなら、もう直ぐここで一年生の部のやり投げが始まるはずである。
さて、砲丸投げ、円盤投げ、やり投げ、この三つの競技は投擲競技として、ほぼ一まとめにされている。
投げるもの以外に大した差が無い競技だからだ。
ルールについても、投擲物をとにかく遠くへと飛ばせばよいと言う、シンプルなもの。
もっと言えば、マスカレイドなしで行われる競技との差も、マスカレイドとスキルの使用が許可されていること以外に存在しない。
つまり、とても分かり易い競技という事である。
『1番、虎卯寮、グレーターアーム』
「いよっしゃああぁぁっ!」
「おっと、ちょうど始まったみたいだな」
と言うわけで競技が始まった。
最初は俺も決闘で戦ったグレーターアームが挑むようだ。
競技用の槍を右手で持ったグレーターアームが所定の位置でスタンバイしている。
えーと、マリーは……ああ居た、手を振っておこう。
うん、返って来たな。
では、グレーターアームを見よう。
「行くぜ! 『ハイストレングス』! 『フレッチング』! 『クイックステップ』! からの……『ゲームスロー』!!」
グレーターアームが次々にスキルを発動していく。
スキル『ハイストレングス』はもはやお馴染みな筋肉強化スキル。
スキル『フレッチング』は投げる槍に矢羽根のようなものを出現させている……恐らくは、投擲物の軌道を安定させるためのスキルなのだろう。
スキル『クイックステップ』ももはやお馴染みな高速移動スキル。
スキル『ゲームスロー』はこの手の投擲物の飛距離を競う場の為に作り出されたスキルであり、『バーティカルダウン』のように型通りの動きを強制する事によって、飛距離を大幅に増強する事が出来る。
そして、四つのスキルとグレーターアーム自身の筋力が合わさり、その手に握られていた槍は遥か彼方へと目にもとまらぬ速さで飛んで行く。
うーん、グレーターアームの一撃の威力を知っている身としては、アレを投擲に回したら、これほどの勢いになるのかと言う気持ちになるな。
「来てくれたんですネ。ナル」
「ああ。来たぞ。いやしかし……凄い飛んでいるな……」
「ですネ。元の出力差もあるのデ、一年生のやり投げでは今のがトップクラスになると思いまス」
「なるほど。そう言うレベルか」
やがて遠くの方から歓声が聞こえて来た。
どうやら突き刺さったらしい。
ちなみに、マスカレイド抜きのやり投げの世界記録は男子で98.48mらしい。
だが今のグレーターアームの記録は……控えめに見積もっても、200mは確実に超えている事だろう。
「ところで、あそこまでスキルマシマシにして、投げ方もスキルで決めたら、選手の差なんて仮面体の出力ぐらいしか残らないんじゃないか?」
「意外とそうでもありませんヨ。スキルを発動するタイミングによっテ、結構な差になるようでス。二番手の彼とか見てみると分かり易いですヨ」
「どれどれ……ああなるほど」
続けて別の生徒が槍を投げた。
使ったスキルはグレーターアームと完全に同じだったのだが……記録はグレーターアームと比較して50m以上短い。
なるほど、これだけの差が生じるのなら、競技として成立するだけの何かはあるらしい。
「それニ、やり投げとは言いますガ、手に持って投げるだけがマスカレイド有りの投擲競技ではありませン」
「ああ、そう言えばそうだったか」
「と言うわけで行ってきますネ」
マリーがやり投げの競技場所に向かっていく。
そう、実を言えば、マスカレイド有りの投擲競技では、手に持って投げる以外の方法で投擲物を飛ばすことが認められている。
周囲の雑談を聞く限りでは、少し前、砲丸投げの一年生の部で、瓶井さんが砲丸を大砲の弾にしてブッパしているようだし、他にも様々な投擲……いや、射出方法で記録が競われていたようだ。
そして、マリーもその系統であった。
『6番、戌亥寮、マリー・アウルム』
「よろしくお願いしまース!」
槍を右手に、傘を左手に持ったマリーは競技場所に現れると、元気よく挨拶をした後に、歩いて助走場所の一番前にまで移動。
そこで膝を着くと、槍の柄を地面に当て、槍の先を斜め上へと向ける。
「『フレッチング』『ゴールドシード』……『チェンジパイル』!」
スキル『フレッチング』によって、槍に矢羽根が生じる。
スキル『ゴールドシード』によって、槍の柄と地面の間に挟み込まれるように、黄金色の種がセットされる。
そして、スキル『チェンジパイル』によって、『ゴールドシード』でセットされた黄金色の種が黄金色の杭へと変換されつつ伸長。
その伸長の勢いによって、槍は空中に向かって勢いよく射出されていく。
とは言えだ。
「うーン、まア、そこそこってところですネ」
記録としては100mちょっと程度であった。
はっきり言えば、それほど飛んではいない。
だがそれは仕方が無いことだろう。
マリーの本当の全力はユニークスキル『蓄財』によって溜め込んだ魔力の金貨を消費する事が前提であり、『蓄財』には時間がかかる。
となれば、こう言うと誤解を招く事にもなりそうだが、体育祭程度に用いていいような代物ではないのだ。
だから、記録が伸びない事は本当に仕方がないのだ。
マリー自身も以前に言っていたが、本当にこの手の行事とマリーの相性は良くないのである。
「お疲れ様。きちんと前に飛んだみたいだし、まずまずってところじゃないか?」
「ナルにそう言ってもらえるなら十分ですネ。やれる範囲でやっただけの事はありましタ」
それにまあ、マリーが出来る範囲で頑張った事は事実。
と言うわけで、俺は普通に労いの言葉をかける。
ちなみに、そんな会話をしている俺たちの背後では、マリーと同じようにスキルと仮面体の機能の組み合わせで槍を射出しようとしたが、角度や狙いが悪かったのか、とんでもない方向にぶっ飛ばしてしまった選手が居る。
決闘場所を囲うものと同じ結界で競技場の内外は区切られているから、観客の安全は確保されているのだが、その勢いに少なくない悲鳴が上がっている。
「さテ、ナルはこれからスズの下へと向かう感じですかネ」
「そうなるな。ま、応援するだけだけどな」
「そりゃあそうですヨ。競技中の選手に外野は応援以外何も出来ませン」
「じゃ、そろそろ行くな。何も無いだろうが、気を付けて」
「分かりましタ。マリーもイチと合流したラ、そちらへと向かいますネ」
マリーはやり投げの一年生の部が終わるまでこの場から離れられないようなので、俺は一足先にスズの居る円盤投げの会場へと向かう。
さて、スズはどうしているだろうか?
09/25誤字訂正




