105:体育祭二日目・障害物競走・パルクール
「さて、此処がパルクールの会場だな」
射的の会場を離れた俺がやってきたのは、障害物競走・パルクールの会場。
障害物競走・パルクールのルールは単純だ。
マスカレイドを発動して、様々な障害物が設置されている400mトラックを5周するのにかかったタイムを競うだけである。
ただ、単純なのは基本部分の話だけで、障害物の中には接触しただけで失格となるようなものも存在しているし、遠坂のような飛行能力持ちの仮面体対策なのか高さ制限もあるし、俺の仮面体では通り抜けられないと断言できるような隙間付きの壁があったり……かなり、多種多様なコースになっている。
間違いなく普段のコースよりも難易度は上がっている事だろう。
よって、自身の身体能力や障害突破能力と相談して、自分にとっての最速最短のルートを見極め、見極めたことを実現できるように身体制御をしなければならない。
また、攻撃などのあからさまな妨害は禁止であるが、六人程度は一緒に走るので、他の選手とルートが被った時にどうするかの対処も求められる事だろう。
うん、難易度は高いな。
「翠川様!? 来てくださったのですか!?」
「ああ、時間は十分にありそうだったからな。護国さんは……ちょうどこれからか」
「はい。頑張らせていただきます」
俺は選手たちが集まっているところに近づき、護国さんへと話しかける。
すると護国さんは見るからに嬉しそうにしていて、やる気にも満ちているようだ。
寮が違うので敵に塩を送る様な形になってしまってはいるのだけれど、それでも表向きは婚約者という事になっているのだし、護国さんの評判の為にも、こうして声をかける事は必要な事だろう。
「翠川鳴輝様……」
「ん?」
と、ここで見慣れない……いや、何処かで見た覚えはあるか?
とにかく黒髪ロングの女子生徒が俺に声をかけて来た。
「……」
「んん? ええーと、用事が無いなら、それじゃあって事で……」
そして、何故だかじっとこちらを見つめてくる。
ただ、その視線はスズや護国さんのようなものでは無く、鋭くて重くて狙っている感じだ。
「それじゃあ、護国さん。俺は観客席で見てるから」
「……。はい、是非ご覧になっていてください」
その視線は護国さんにも向けられていて、護国さんもまるで決闘をしている時のように警戒感を露わにしている。
なんだろうな、とりあえず仲良く出来るかと言われれば、ちょっと怪しい気がする。
そんな事を思いつつ、俺は護国さんと別れると、チラチラと先ほどの女子生徒の様子を窺いつつ観客席へと向かう。
護国さんと先ほどの女子生徒は……距離を取って睨み合っている感じがするな。
「さっきの人は~綿櫛美照亜さんですね~」
「!? 羊歌さんか、驚いた……」
そして突然に背後から羊歌さんに話しかけられた。
「えーと、羊歌さんも護国さんの応援か?」
「いいえ~萌は子牛寮で~巴様は虎卯寮ですから~体育祭中は敵同士です~」
「なるほど。その理屈で言えば、俺と羊歌さんも敵同士って事になるが……」
「敵同士ですけど~情報の交換や収集はありですよね~。そう言うわけで~、さっきの人は綿櫛さんと言って~戌亥寮一年生の方ですね~」
「ああなるほど。だから見覚えがあったのか」
どうやらさっきの黒髪の女子生徒は戌亥寮の生徒だったらしい。
となると、同じ戌亥寮である自分の応援には来ず、敵であるはずの虎卯寮の護国さんの応援に来たから睨みつけて来た、と言う事なんだろうか。
と言われてもなぁ……戌亥寮として誰かを応援しようと言う話は出てなかったはずだし、個人的な繋がりがある護国さんだけを応援する分には何の問題も無いはずなんだが。
「なるほど~その程度なんですね~そりゃあ~水園さんもあ~いう対応になるよね~」
「んー?」
何の話だろうか?
と言うか今更だが、何で俺は同じ戌亥寮の生徒の事を、子牛寮の生徒である羊歌さんに教わっているのだろうか?
冷静になって考えてみると、これは逆なのでは?
いやまあ、俺には綿櫛さんの情報なんてないから、話せる事なんて何もないのだけれど。
「それでは~萌はこの辺で~必要な情報は得られましたので~」
「あ、はい」
そうして羊歌さんは去っていった。
うーん、これは一方的に情報を取られたという事になるのだろうか?
何の情報を取られたのかすら俺には分からないが。
後でスズに相談しておくか。
『それでは、只今より障害物競走・パルクール・一年生の部を始めさせていただきます。第一コース……』
「お、始まるな」
パルクールが始まるようだ。
えーと、第一レースで誰なのか分かるのは、護国さんと、さっき名前が出たばかりな綿櫛さんだけだな。
『スタート!』
「マスカレイド発動。来なさい、トモエ。そして、『ハイアジリティ』!」
開始の合図とともに全員がマスカレイドを発動し、真っ先に駆け出したのは護国さん……トモエだった。
トモエは昨日の徒競走では持ってなかった薙刀を手にした状態で、スキル『ハイアジリティ』も使って駆けていく。
最初の柵はシンプルに飛び越えた。
次の柵は足場にして、その次の自身の身長を超える高さのフェンスを飛び越える足掛かりにした。
時には薙刀を棒高跳びの棒のように扱って、壁を超えもする。
細長い足場も臆することなく駆け抜ける。
触れたら失格の柱が立ち並ぶエリアには安全を優先して近寄りもせず。
堅実だが素早く、誰よりも早くコースを走り抜けていく。
「ふふっ、ふふふふふ、逃がしませんわ! 決して逃がしません事よ!」
「……」
そんなトモエに追いすがっているのは、顔に石膏製の装飾付きマスクを付け、裾の広がったドレスを着用し、腰に光り輝く細い剣を二本差した女性の仮面体。
マスカレイドの瞬間を見ていたので分かるが、綿櫛さんだ。
どうやらパルクールは2000mと短いので、乙判定者でも甲判定者に追いすがる事は十分に可能であるらしい。
「貴方を下し、目障りなあの女を下し、私は……私は……」
「なるほど。水園さんが拒否するわけですね。私も貴方とは仲良く出来ると思いません」
二人は何か話をしつつ走っているっぽいが、その話の内容は俺の方にまで聞こえてこない。
ただ、トモエと綿櫛さんでは身体能力に僅かながらに差があるし、使えるスキルの数と種類も違う。
だからなのか、少しずつ両者の距離は開いている。
おまけに、一周目で確認はしたからと言わんばかりに、トモエは二周目以降、より難易度が高いルートを進み……それでいて減速はしなかった。
故にだ。
「ですから、圧倒させていただきます。貴方の席はありません」
「!?」
最終的には、『クイックステップ』の連打と言う、甲判定者にしか出来ないような超高速移動まで用いたトモエの圧勝となった。
その後、俺は護国さんと少し話をし、健闘を褒め称えてから、次の会場へと向かった。
綿櫛さん、実は登場二回目。
一回目の時点では名無しでしたが。




