102:体育祭一日目・徒競走・10000m
昼食が終わって午後の部。
体育祭一日目である今日は、午後に行われる競技はたった一つ。
10000m徒競走である。
「さて、時間だな」
ルールはシンプル。
マスカレイドを発動して、400mトラックを25周……つまりは10000mを走るだけ。
妨害は禁止だが、それ以外はスキルでも仮面体の機能でも何でもあり。
早ければ早いほどに成績が良くなる。
だが、それほどシンプルであるが故に、大きな問題がある競技でもある。
と言うのも、10000mを走り切るのに、一般的な仮面体と術者では1000秒……16分と40秒前後……実質的に17分程度はかかることになる。
そして、17分と言う時間は、乙判定者ではマスカレイドをただ維持することも叶わない長さの時間。
よって、10000m徒競走に出場できるのは魔力量が甲判定であるものか、乙判定であっても何かしらの工夫によって10000mを走り切れる事を証明したもののいずれかになる。
「みたいだな。じゃ、行くか。俺だけ場違い感有るけど」
「護国、今日は俺が勝たせてもらうぞ」
「やれるものならどうぞ。私も相応の備えはしていますが」
俺はデバイスとフードを身に着けた上で、控室であるテントの外へと出て、400mトラック内のスタート地点へと向かう。
続けて、徳徒、縁紅、護国さんの三人も、自分のスタート地点に着く。
ちなみに俺はデバイスとして『シルクラウド・クラウン』を着用しているのだが、徳徒、護国さん、縁紅の三人も学園配布ではないデバイスを着用している。
『それでは只今より、10000メートル徒競走、一年生の部を始めさせていただきます。メンバーは……』
さて、実のところを言えば……この徒競走、俺が勝てる見込みはない。
うん、こればかりは仕方がない。
有効な手札が無いんだから、完走以上の成果を求めないで欲しい。
そして、全体の順位にしても、ほぼ間違いなく護国さん、縁紅、徳徒、俺の順番になる事だろう。
魔力量の差を覆せるような工夫を持ち込んだと言う話はスズから聞こえてこなかったしな。
と言うわけでだ、俺はマイペースに走らせてもらうとしよう。
『それでは位置について、ヨーイ……スタート!』
「「「マスカレイド発動!!」」」
俺たちはいっせいにマスカレイドを発動する。
護国さんは薙刀を持たない状態のトモエの姿に、縁紅は変更点が見当たらないゴールドバレットの姿に、徳徒はアサルトライフルと腰のボールを消したブルーサルの姿になる。
で、俺は……。
「ナルキッソスおまっ!?」
「んなっ!?」
「ふふん?」
「?」
ナルキッソスの姿になるわけだが、服装は極めて丈の短いブルマにシャツと言う、運動に極めて適したものである。
そして、この格好は……とても魅力的なものなのだ。
健全な男子高校生ならば、いや、少しでも集中力を欠けば、老若男女関係なく、動きが一瞬止まってしまう程度には。
事実、俺の魅力に思わずと言った様子で、ブルーサルとゴールドバレットの初動が遅れた。
走る事だけに注意を払っていたトモエだけが見事にスタートダッシュを決めてみせていた。
「くそっ、出遅れた! 後で覚えておけよ! ナルキッソス!」
「はははははっ、俺は俺に相応しい衣装を披露しただけだ。文句を言われる筋合いなど何処にもないな!」
「その通りだけども! それは卑怯と言うものだろうが、ナルキッソス!」
「好きに言うがいいさ。そーら、トモエとの差がどんどん開いていくぞ? お前たちはそれでいいのか?」
「くっ、誰の差し金だこれは!? トモエを勝たせるための裏取引か!?」
「これ明らかにナルキッソスの中身が考えた策じゃないだろ! オレには分かる!!」
「はははははっ!」
と言うわけで、俺、ゴールドバレット、ブルーサルもスタート。
俺に対して恨み言を発しながら、ゴールドバレットとブルーサルはトモエを追いかけて走る。
ちなみにだが、この流れについて、スズは何も言っていない。
まあ、スズなら、予想はしていただろうけども。
「くそっ、最後まで保つか? いやだが、切らなければ勝負にもならないか。『ハイアジリティ』!」
ゴールドバレットの動きが早まる。
スキル『ハイアジリティ』……スキル『クイックステップ』が一歩だけの急加速なのに対して、スキル『ハイアジリティ』は敏捷性をしばらくの間高めて、その時間中ずっと加速するスキルだったか。
瞬間的、短距離の速さでは『クイックステップ』のが上だが、それなりの時間、長距離の速さでは『ハイアジリティ』の方が上になる。
そんな関係性だったはずだ。
「くそっ、オレも切るしかないか。『ハイアジリティ』!」
「来ますか。では、私も『ハイアジリティ』!」
「ま、こうなるよな。だから俺に勝ち目はないわけだが」
ゴールドバレットが『ハイアジリティ』を使い始めるのに合わせて、ブルーサルとトモエも『ハイアジリティ』を使い始める。
これで後はどれだけ『ハイアジリティ』を維持できるか、それと接戦になった場合に『クイックステップ』を切れるかどうか、と言う勝負になる事だろう。
……。
俺にはどちらのスキルも無いので、勝負の土俵にすら上がれていない訳だが。
ワンチャン、配分ミスでゴールできなかった人間がでないと、最下位確定なわけだが。
うーん、各種目一名は出さないといけないから、10000m徒競走に出る事になったわけだが、何とも言えない気分になるな。
やっぱり、観客に俺の美しさをアピールする事をメインにしつつ走るか。
と言うわけで、俺はフォームに気を付けながら、マイペースに走り続ける事にする。
その後。
『決着! 一位はトモエ! 続けてゴールドバレット! さらに遅れてブルーサルです!』
「うーん、予想通り」
『そして四位のナルキッソスは悠々と、堂々と、今ゴールしました!』
予想した通りの順番でゴール。
10000m徒競走、一年生の部は幕を閉じたのだった。
『それでは続きまして、二年生の部です』
「えぇ……バイク?」
「お前の所の先輩らしいぞ、翠川」
「あんなん有りなのか……」
「有りです。ただ、よくあんな細かい機械をマスカレイドで再現して見せたと思いますね」
で、その後の二年生と三年生の10000m徒競走なのだが。
二年生の部では青金先輩に見知らぬ先輩たちABCだったのだが、その見知らぬ先輩の内、戌亥寮所属らしい人がマスカレイドすると共に現れたバイクに跨って走行。
文字通りのぶっちぎりで勝利していた。
なお、二位は二位で、生徒会の書記らしいのだが、サーフボードに乗り、自分で起こしたらしい波に乗って高速移動していた。
それに三位は三位で、ローラーシューズで疾走。
真面目に走っている竜人姿の青金先輩がちょっと可哀そうに見える光景だった。
『三年生の部です』
「もしかしなくても戌亥寮は10000mに強いのか?」
「いや俺は強くないから」
「翠川は別ベクトルで強いじゃねえか」
「あの装甲を破るには……」
そして三年生の部では麻留田さんが巨大ロボットの姿で爆走。
足を上げず、足の裏のローラーを高速回転させて、400mトラックを突き進む。
二年に引き続き三年でも徒競走とは? と、言いたくなるような光景で以って、ぶっちぎりではないが勝利を収めていた。
ぶっちぎりでなかったのは、他の三人の立ち回りや基礎能力の高さ故にだろう。
とまあ、そんな感じで10000m徒競走は無事に終了。
それに伴って、体育祭一日目も大きな問題を起こすことなく終わったのだった。
徒競走とは?
まあ、400m、800m、2000mでは真面目かつ普通に走る人の方が多いので……。
おかしいのは10000mとか言う、長距離だからなんで……。
なお、フルマラソンになると、そもそも競技が成立しません。
ナルくらいしか走り切れませんので。
09/21誤字訂正




