1:プロローグ
「「「!?」」」
光が止むと同時に会場全体がどよめいたのが分かった。
周囲の観客席にいる千人近い人間の視線が俺へと向けられて、直後にその大半が自らの意思で遮られるか、逸らされる。
観客席にいるであろう幼馴染は……たぶん、しっかりと見ている事だろう。
俺と同じ舞台に立っている他の九人はフード越しでも動揺しているのが分かるぐらいに体が動いている。
その中には、あの赤髪の少女が混ざっていて、フードの下に見える僅かな顔が紅潮しているのが見えた。
教師たちは……唖然とした様子で大きく口を開いている。
さて、どうしてそんな反応をしているのだろうか?
俺は教師の指示通りに、間違いなくデバイスを起動した。
マスカレイドの特性上、どんな姿になろうとも、これほどまでにざわつく事はおかしい気がする。
だから俺は自分の姿を確認できる範囲で確認していく。
「ふむ、ふむ?」
まずは前に伸ばした手。
傷一つ、くすみ一つない綺麗で手入れが行き届いた人間の手だ。
つまり、何もおかしくはない。
声は……少しおかしいか。
普段よりも少しだけキーが高いように感じる。
視線の高さが変わっていないので、身長は変わらず。
口や視界を邪魔するものも感じない。
「体は軽い。いや、違和感があるな」
軽く跳ねてみると、マスカレイド発動前に全力で跳ぶのと同じくらいの高さまで、簡単に跳ねる事が出来た。
ただ、どうにも違和感がある。
重心がおかしいと言うか、跳躍に追従するような動きが生じている。
だから俺は違和感の出元に目を向けて……。
「うわ、でっか……」
首を動かした程度では自分の足元が見えないサイズのそれを見て、思わず呟いてしまった。
うん、乳房がある。
それも立派なサイズで、張りと弾力が十分にありつつも、柔らかさも兼ね備えた、素晴らしい奴だ。
そして、此処まで来てようやく俺は周囲の反応に得心がいった。
そう。
今の俺は上下どちらとも身に着けていないと言うか、全身一糸纏わぬ姿である。
と言う事実に思い至ったのだった。
「隠せ隠せ!」
「カメラ止めろ! 放送事故だ!!」
「キャアアアアアアアアアアアッ!」
「誰か布持って来い! 早く!!」
「いや、それよりもだな……」
うん、なるほどな。
馬鹿な俺でも、猥褻物陳列罪は知っているし、こう言う公共の場でほぼ成人女性の裸が晒されるのが一般的には良くないと言うのは分かる。
ただ、俺は教師の指示通りにやっただけなので、これは事故のようなものだ。
どういう結果になろうとも、あるがままに晒されるべきものだとも聞いている。
これらは間違えようのない事実だ。
だから、俺が裸を晒したとて、罪に問われるようなことは無いだろう。
そもそも、今の俺の姿は本当の俺の裸ではない訳だし。
「さて、やるべき事は分かっているな」
と、ここで鉄のような金属光沢のある髪の毛の少女が、舞台外から俺の方へと駆け寄ってくると、そのまま声をかけてくる。
俺へと向ける視線は……どこを見ればいいのか、若干迷っている風にも見えるな。
しかし、やるべき事、やるべき事か……。
今ここはお披露目の場だと聞いている。
教師たちからカメラを止めるような声は聞こえて来ても、お披露目を中止するような声は聞こえてこない。
俺がこうなったのは事故のようなものであり、恥じることは何一つない。
そして、今の俺の姿は、俺の思っている通りであるならば、見せられないなどと恥じ入る必要がある部分が欠片も無い姿のはずだ。
で、俺の考えが正しいからこそ、目の前の少女は視線を向ける先に困っているのだろうし、周囲も動揺以上に恥じらいを感じているのだろう。
であるならば、ここでやるべき事など唯一つしかない。
「俺の美しい体を観客に見せつければいいんだな!」
俺は両足を適度に開き、左手を腰に、右手を真っすぐ前に伸ばし、胸を張りながら、一切の恥じらいを見せることなく堂々と宣言した。
「マスカレイドを解除しろって言っているんだよ! この痴女がぁ!!」
直後。
目の前の少女の手から巨大な金属製の檻が出現。
勢いよく投げつけられたそれは俺の頭にクリーンヒットし……その後、生きているかのように巧みに動いた檻は俺を飲み込んで、そのまま檻の中へと閉じ込めた。
解せぬ。
「すまない、風紀委員長。対応が遅れてしまった」
「構わないです。想定外の方向ではありますが、これも私の仕事なので。この痴女はこのまま取調室に連れて行きますので、先生方はお披露目の方は落ち着き次第再開してください」
「ああ、分かった。手早い対処に感謝する」
いつの間にか檻の隙間には金属製のシャッターが降りていて、周囲の情報は音ぐらいしか入ってこない。
やがて檻は動き出し、地面とこすれ合う音と定期的な揺れと共に何処かへと向かっていく。
遠くの方から、幼馴染の声が聞こえてきているような気もする。
うーん、どうしてこうなってしまったのだろうか?
俺は何一つとして間違った事、悪い事をしていないと思うのだが……本当に解せない。
だが、風紀委員長が出て来て、俺を捕らえたという事は、俺に何かしらの瑕疵があった事も間違いないのだろう。
……。
仕方がないので、俺は今日一日、ここまでに何があったのかを振り返る事にした。
そうだな、今から三時間ほど前。
此処、国立決闘学園に入学するべく、幼馴染と共に田舎からやって来て、校門の前に立ったところから振り返ってみよう。
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方はお久しぶりです。
栗木下と申します。
新作でございます。
相も変わらずニッチな作品となっている事でしょうが、気に入っていただけたなら幸いでございます。
なお、第五話までは12時、15時、18時、0時、6時に更新し、以降はストックが尽きない限りは12時に更新する予定となっております。
よろしくお願いいたします。