プロローグ
それは、仕事を終えて帰ろうとしているときのことだった。
「雅之、少し時間をもらえないか?」
「はい? 何でしょうか、中将様」
突然声をかけられてもちろん俺は困惑した。でも俺は断れる立場ではない。相手は俺の上司であり、「とある女性」との関係が常々話題になっている男、小藤の中将こと藤原忠輔だ。
中将様は俺がうなずいたことを確認して歩き始める。そして、周りに人がいないことを確認すると、こう言った。
「私が律子をとてもよーく愛していることは、お前も知っているだろう? その律子が今窮地におちいっているんだ。助けてくれないか?」
疑問形で言っているが、断れないのは当たり前だ。彼の困り顔は多くの人々を魅了する、と思う。
でも、何故、俺に? 俺は恋愛に関しては詳しくないし、むしろ知らないほうだ。そういうことに詳しい知り合い?いるにはいるが、せいぜい世間並みかもう少しぐらいしか知らないだろう。特別中将様の信頼が厚いわけでもない。お相手である律子様に関しては、そのお屋敷に伺ったことすらない。もっと言うと、近くを通ったことも、記憶の限りはない。大体中将様本人のこともよく知らないのに、常々噂になっているとはいえ、こんなことを聞いていいのだろうか。
「それで? どうなんだ?」
中将様の声で我に返る。そして、ひとつ思うところがあった。
「あのう……」
「なんだ?」
「その、ご自分のことはご自分で解決なさるのがよろしいかと。おr…いや私などに頼られても困りますし。第一、中将様なら自分で何とかできるのではないでしょうか?」
「そう思うだろう? だが、どうにもならないからこうして人を頼っているのだ。」
「そ、そうでしたか… では、何故私を頼られたのか、教えて頂けますか?」
「単純なことだ。お前は秘密をばらすような人間ではない。私の秘密を教えたとして、十人に七人くらいはばらすものがいるだろう。そして、出世欲の高い者たちばかりの部下たちに頼るとなると、お前ぐらいしかいなかったのだ。」
これは、誉め言葉と受け取っていいのだろうか。ひとまず、自分が思ったよりも上司に信頼されていると分かって安心する。そして、実際どうするかは別としても、この場では彼に同意しなければいけないと俺の本能が言っている。
「分かりました。やってみせましょう、どのぐらいお役に立てるか分かりませんが。」
「そうか、やってくれるか! こんなにうれしいことはない、ありがとう雅之!!」
「…………」
了承したことでようやく中将様から解放された俺は、その足で充孝の屋敷へと向かった。充孝は、俺と同い年とは思えない程の陰陽師の才能がある。そんな少しばかり有名な若手陰陽師となぜ俺が親友でいられるのか。
自分でも不思議だけれど、これは運命だとしか言いようがない。と言えば聞こえはいいが、単純に近所に住んでいただけだ。ただ、それも今は昔。当時母の実家で暮らしていた充孝は、父の跡継ぎとしてその屋敷に移り、俺も役人として寮(=社宅)で暮らしている。それでも友情は変わらず、今も交流を続けているのだ。
「あの」
門の周りを掃除している少年に声をかける。
「何でしょう?」
「充孝…様にお会いしたいのですが」
「分かりました。すぐご案内しますね」
そう言って少年はかわいらしい笑みを浮かべた。掃除係を雇えるという側面からも、充孝の、いや彼の継いだ松山家の家格が伝わってくる。とはいっても、せいぜい中の下ぐらいだが。
しばらくして、屋敷の中に通された。充孝は、部屋と外を隔てている格子を全てあげて、何やら集中している様子だった。
「おい」
声をかけると、充孝は顔を上げた。
「雅之か。来てたのか」
「今来たとこだよ」
「それで? 何しに来たんだ?」
「何だよ。いつになく冷たいな。まあいい。単刀直入にいうよ。小藤の中将様から依頼を受けたんだ」
「何だって!!」
そう言いながらも彼の顔はにやにやと笑っている。単純に、キモイ。
「落ち着け、充孝。こんな話をしたらもっと興奮しそうだからやめときたいけど、仕方ない。律子様とのことだそうだ。」
「本当か!! ぜひぜひ手伝わせてもらおう! この天才陰陽師松山光孝の名に懸けて!! こんなに楽しいことはないよ!!!」
お判りいただけただろうか。この通り、充孝は色恋沙汰に関しては謎の執念を持ち合わせているのだ。俺が話したくなかったのもこのためだ。何が「天才陰陽師の名に懸けて」だろうか。ただの興奮しているヤバいやつにしか見えない。
しかし、充孝ぐらいしか頼れる相手がいないのも事実。この執念の通り、実際に詳しくもあるのだから。
一人で目を輝かせている充孝を見ながら、俺はため息をついた。
今回はこれでおしまいです。次回をお楽しみに。
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