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22 悲憤の魔女 4

「今から二百年の昔、(わらわ)たちは妾腹(しょうふく)ではあったが、双子の王女、サルビラとマリエラとして生まれた。ゴールディフロウ王家のな」

「ゴールディフロウだと!?」

「そうだ。そしてその頃は、今よりも双子を忌むべきものとする見方が強かった。ましてや、妾たちのように強い力を持って生まれた者はな」

「……」

「妾は姉、マリエラは妹。双子だが、全く似ていなかった、同じ赤色の瞳や髪を持っても、マリエラは妾より遥かに美しかった」

 ゾルーディアは乾いた声で言った。

「赤だと?」

 ゾルーディアのどこにも赤い色などない。

「そう。今のように黒くなったのは、妾たちが力を使い始めた頃からじゃ」

「……」

「そしてまた、その頃のゴールディフロウ王室は、妾腹で双子の妾たちを後継とはみなさず、母親と離され離宮にて育てられた」

「離宮?」

 それは以前聞いた、レーゼの生い立ちと非常によく似ていた。違いはレーゼは一人で離され、ゾルーディアは姉妹揃ってというところか。

「三年後、王の正室には王子が生まれ、王宮は一気に華やかになった。弟は美しく賢く、優しい子でな。妾たちも時々会いに来てくれる弟を溺愛した。しかし、彼は体が弱かったのだ」

「死んだのか?」

「八歳の折に死にかけた。王宮の医師団も彼を内心では見放していた。だが、妾たち──特にマリエラは、その頃かなりの魔法を扱えるようになっていたので、死力を尽くして弟の命を守ったのだ。我らの血を混ぜた薬を与え、魔力で病巣を一つずつ潰しての。おかげで弟は少しずつ回復していった。久しぶりの笑顔を我らはどんなに喜んだことか」

 女は薄く笑った。遠い昔に失った弟の面影を思い出しているだろうか。

「しかし、そのお陰で、我ら姉妹の髪や瞳は黒く濁ってしまい、離宮はおろか王都から、いや、この大陸からも放逐(ほうちく)されたのだ。知らぬ船に乗せられ、東の大陸へとな。それ、お前にも東の血が流れているのが見える」

「……」

 ナギは思わず自分の目と髪に触れた。

「東の大陸には、呪術、魔術の盛んな国があり、妾たちを買った女は、その国で一番の魔法の使い手であった。女は妾たちの才能を見出し、さまざまな術を教えてくれた。妾たちに新しい名を与えてくれたのもその女──我らの師匠じゃ」

 ゾルーディアはそこまで話して疲れたように目を閉じた。心なしか、さっきよりも、体が根元に埋まっているように見える。

「だがここでも、エニグマは妾より優っていた。あれは妾よりもずっと優秀な魔女なのじゃ。しかし、悪意もずっと深かった。弟の命を救ったのに国に捨てられたことをずっと恨みに思い、エニグマはゴールディフロウに憎悪を募らせた」

「……」

「そしてついに彼女は師であった女を殺し、その血を飲み、自らの記憶を封じて更にたくさんの命を奪い、その寿命を我がものとしていった。そして、妾たちはアルトア大陸に帰ってきた。祖国を滅ぼすためにな」

「それで二百年か」

「そのくらいになるのかの。最初に死体からギマを作り、手始めに小国をいくつかを滅ぼしたのもエニグマじゃ」

 そのことは知っていた。

 魔女によって国が滅んだ地域はひどく混乱し、そんな中で<シグル>という組織ができたのだ。

 <シグル>は大陸中に散らばり、東大陸からの移民でできた村で生まれたクロウ──ナギも攫われ、九十六号となった。

「そこでまた力を得、妾たちは祖国ゴールディフロウを滅ぼすため、南へと向かった。十年以上前のことだ」

「……」

「実に簡単であったよ。妾たちを捨てた国は黄金で栄えておった。弟の血は途絶えていたが、王は相変わらず愚か者であった。命乞いをする皇太子を殺してギマとし、老王の首に噛みつかせたのじゃ。あれは愉快であった」

 それはレーゼの祖父と父のことだ。ゾルーディアも恨みは募らせていたのだろう。

「美しく幼い王女は、皇太子妃の目の前で、我の血を飲ませてギマにした。優しげな妃は狂って自ら命を絶った。黄金の夢を見続け、美しい事だけを()とした王家、王国は滅びたのじゃ。ははは!」

 ゾルーディアは(うつろ)に笑った。それは、今夜幾度も聞いた笑い声だ。

「だが、妾は知っていた。もう一人いるとな」

「……」

 その先は聞かなくてもわかった。既にレーゼから聞いていたことだったからだ。

「城の奥には打ち捨てられた宮があった。既に朽ち果て離宮とも呼べぬ代物だったがな。そこにいたのじゃ。双子の王女の姉姫、レーゼルーシェが」

「レーゼはお前を覚えているぞ」

「そうだろう。彼女もまた、妾たちと同じように黄金(きん)色を持っていなかった。青白く、虚弱な忌み子であったのよ」

「……」

「妾はこの哀れな姫と、自分が同じだということがわかった。それで情けをかけてやったのだ」

「レーゼは情けだとは思っていなかったぞ。呪いだと言っていた」

 クロウは憎悪を持って言い返した。ゾルーディアは薄く笑う。

「かもしれない。だが、あのままであれば、あの姫はすぐに死んでいたであろうよ。それほどに弱かった、だが一方で、魔力の片鱗が見えた。だから機会を与えてやったのじゃ。妾の血を与え、その毒に(おか)される前に、妾を探し出す猶予をな。それは妹エニグマに対する、妾の唯一の反抗だった」

「反抗?」

「そして、レーゼルーシェ姫は運命に勝ったのじゃ。お前という武器を見つけ出し、血を分け与えて妾を討たせたのだから」

「お前を殺せば、レーゼは助かるか? 死の痣が消えるのか?」

 クロウが(せわ)しく畳み掛ける。

「そうだ。しかし、妾を滅ぼしても、エニグマはまだいるぞ。奴は弱いもの、醜いものが大嫌いな女だ。妾の弱さに嫌気がさして、この森に閉じ込めたのもエニグマよ。この森を妾の棺桶となし、魔力を吸い上げ、老化させた。ウォーターロウの街にギマを放ち、お前を苦しめた荊の蔓もエニグマの魔力じゃ」

 それでは、クロウが蔓を斬った時に聞こえた悲鳴は、エニグマのものだったのか?

「お前は急がねばならぬ。エニグマはもう……レーゼルーシェ姫に気がついておる。最初から彼女はお前たちと戦い……今、この瞬間も、我らの話を聞いているからの」

「な……に!?」

「ふ、ふふふふ」

 ゾルーディアは笑った。その笑いにはもう悲痛な色はない。

「もともと、妾は妹に引き()られただけの平凡な女だ……もはや何もかもどうでもいい。二百年生きて悔いはない。祖国への恨みも忘れた……もう、終わりにしたい」


 愛しい妹よ。

 お前も、もう死んでいい頃合いじゃ……長い年月、お互い辛かったのう。


 ゾルーディアはクロウを見上げた。平凡な疲れた中年女の目で。

 だが、最後の声には威厳があった。

「戦士よ、妾を斬れ。そしてエニグマを滅ぼせ!」

「承知」

 真っ黒な目の奥に誰かの顔が映ったようだが、クロウにはなんの感慨もない。


 ひゅ!


 彼は剣を振った。

 ごろんと首が転がる。

 その顔はわずかに微笑んでいたが、すぐに塵となった。体も同様に樹木に吸い込まれるように消えた。

 後にはただ、朽ちたイトスギの切り株のみが残る。

 それが悲憤の魔女、ゾルーディアの最期だった。




この章終わりです。悲しい魔女の最後でした。

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― 新着の感想 ―
ゾルーディア、哀しい魔女。 しかし、あっぱれな最期でしたね。
[一言] サルビラの寂しさ、切なさがひしひしと伝わります。
[気になる点] 最後の敵、エニグマ。 ヴェールに包まれた謎という意味ですね。 サルビラとマリエラ、2人でなら異国でも自分達らしく生きる方法を模索できたのでは…とおもうと、切なくもありますね。 [一言…
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