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20 悲憤の魔女 2

「ゾルーディア!」

 ナギは叫んだ。彼の発する激しい気に押されたか、粘っこい魔力がするすると引っ込む。

「この額にあるのは、レーゼからもらった青い守り石だ! お前の血など混じってなどいない!」

『そうかえ? だが、妾には感じ取れる。確かにひどく薄まってはいるが、それは確かに妾の血じゃ。あの気の毒な娘に与えた時のな』

「なっ……!」

 ナギの脳裏にあの日の出来事があざやかに蘇る。

 レーゼに<シグル>の入れ墨を(えぐ)り取ってもらった時のことが。


 レーゼは一生懸命に、俺の額に刻まれた番号を削ぎ落としてくれた。

 あの時、彼女は恐ろしさに震えていた。自分が見えないのに、俺の体に傷をつけることが怖くて。

 しかし、彼女は勇気を振り絞ってやり遂げ、母親からもらったという、青い守り石をルビアに割らせて、傷口を埋めてくれた。

 その直前、レーゼはなんと言ったのだったか?


 指。

 指を……?


『刃の先でちょっと()いたけど……』


「……」

 クロウは愕然(がくぜん)となった。

 二人の血はあの時、確かに混ざり合ったのだ。その思いを察したかどうか、闇が(わら)う。

『くくく……さぁ、若者よ。妾は待っているぞ。森の奥を目指して進め』

「ではゆく!」

 素早く立ち直ったナギは、恐れげもなく森の中へ、北へと足を踏み入れる。

 雨はまだ降っているが、気味の悪い粘り気は、この森に入ってから少なくなったように感じる。意外にもギマも出てこない。

 濡れそぼりながら、森の闇をクロウは進んだ。

 どのくらい歩いただろうか、やがて一際巨大なイトスギの前に出た。

 この森で一番古い樹木なのだろう。太い幹には蔦のようなものが幾重にも絡みついている。

 ──その前に。

 背の高い女が立っていた。

 いや、浮かんでいるというべきか。ナギの身長の二倍以上ある高さのところに、白い面のような顔が浮かび上がって見えたのだ。

 黒い服を着ているのか、その体は背後の樹木と重なって見えない。

「お前がゾルーディアか! 降りてきて俺と戦え!」

『降りては行けぬ』

 雨と共に声が降ってくる。

『ここから相手をしてやるゆえ、妾に挑むがいい。若者よ』

 その言葉が終わらぬうちにナギは跳んだ。

 隣の木を足がかりにして、魔女を斬ろうというのだ。しかし、雨でぬるつく幹は良い足場になってくれない。

 ナギは滑り落ちそうになりながら、靴に仕込んだ金具を幹に叩きつけ、なんとか幹と枝の間で体勢を整えた。そこでいつもの剣を捨て、背中に背負った大剣を抜き放つ。

「はっ!」

 白い顔に向かってナギは跳んだ。

 しかし、剣の間合いにたどり着くまでには至らない。ひゅ、と空中から何かが彼を叩き落としたのだ。

「くそっ! なんだ!?」

 確かにそれは植物の(つる)のようなものだった。しかし、通常の蔓性の植物の三倍もの太さで、ところどころに鋭い棘のようなものまでついている。

 邪悪な蔓。魔力で強化された(いばら)(むち)である。

 ひゅる、と蔓が(うな)り、ナギはすんでのところで飛び退(すさ)った。それはたった今まで彼が立っていた濡れた地面を穿(うが)ち、派手に水を撒き散らした。


 ──これは


 まともに食らっていたら、かなりの衝撃となる一撃だ。空気を裂く音がするのが唯一の救いだった。

「くそっ!」

 しかも蔓は一本ではない。ぐんと空中に伸び上がり、(よじ)れた切っ先に殺気を込めてナギを見下ろしている先端は、少なくとも五本はある。

 これがゾルーディアを木の幹に固定させているのだろう。


 体を突き抜けられたら終わりだ。


 ナギは再び跳躍するために膝を落とした。

 ひゅん!と闇が鳴り、ナギが跳んで避ける。しかし、何十回とできる運動ではない。いかに疲れを知らぬナギとても、息をもつかせぬ連続かつ、不規則な攻撃に、次第に肩が上下し出す。

 別の木の後ろに隠れると、一瞬だけ呼吸を整えることができるが、長い蔓にすぐに回り込まれてしまうのだ。浅い傷はすでに無数にできている。

 ゾルーディアに近づきたくとも、これでは逃れるだけで精一杯だ。


 くそ、どうすれば……!


 その時、ナギはふと気がついた。

 全身濡れて手足は冷え切っているのに、額だけはほんのりと温かい。それは鉢金の下に隠されている、レーゼの石から発せられるぬくもりだった。

「……レーゼ!」

 ナギが隠れた木の影から姿を現したのは、半ば本能だ。

 待っていたとばかりに蔓が二本、上方から襲いかかってくる。

 ナギが飛び退いたすぐ後の木の幹に、交差した蔓の先端が交差しながら突き刺さった。その中央にナギは自分から跳び移る。

「う……く!」

 ぐんと体が上昇する感覚にナギは耐え、うっすらと笑った。

 思った通り、自分が飛び上がるよりもずっと容易く、この太くて丈夫な蔓が自分を持ち上げてくれる。

 しかし、別の蔓がさらに二本、上方からナギに向かって打ち下ろされた。

「来たな!」

 鞭のようにしなる蔓が自分を打つ寸前、ナギは違う蔓に跳び移った。足場にしていた部分はその蔓の攻撃で激しくぶつかり合い、四本ともちぎれ落ちていく。


 思った通りだ。

 この蔓は攻撃するばかりで守ることを想定していない。


「行くぞ! ゾルーディア!」

 ナギは蔓の上を、悲憤の魔女に向かって駆けた。




伏線回収!

棘は本来蔓性の植物ではないのですが、そこはそれ、ご都合で。

いかがでしたか?

雨の森、闇の中での戦闘、イメージできますでしょうか?

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― 新着の感想 ―
お久しぶりです。 迫力ありますねー!
[一言] やっと感想が書けるようになりました!うれしい! 山場ですね! ゾルーディア、こんもり訳ありそうですね。でも、ナギくんは突き進む。次回が楽しみです。
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