茜色のポーカーフェイス
「──『そこかっ!!』」
和は、握っていた柴犬消しゴムをカーテンに向かってぶん投げた。
……ぽふん。
「あれぇ〜?」
手ごたえのない音に首を傾げた。予想では、
「『……やるな』」
と、カーテンの後ろから親友の凛が出てくるはずだったのだ。床に転がった柴犬消しゴムが、どうします? みたいな顔で見つめてくる。
「だから、あんたには無理って言ったでしょ」
教卓の後ろから凛が立ちあがった。
「そんなことないよ! たまたま外しただけだよ!」
「32回も連続で外すのは『たまたま』じゃないと思うんだけど」
教卓に肘をつき、ため息をついてみせると、和みは目を丸くした。
「えっ? そんなに?」
「そうよ。こんなことで、よく2時間も楽しめるわね」
「凛ちゃんは楽しくなかった?」
駆け寄ってきた小動物。教卓を挟むと、より小さく見える。大きな目に見つめられた凛は、それ以上強いことも言えず、
「……あんたのアホ面見てるのは、ちょっとだけ楽しかったかもね」
視線をそらして、ぽそりと答えることしかできなかった。
「うふふ〜。ツンデレ凛ちゃん、好き〜♡」
「誰がツンデレなのよ。下校時刻だから帰るわよ」
「はーい!」
上機嫌な和は素直に従い、ランドセルを背負った。
ふたり並んで歩く帰り道。
「〝第六感〟って、難しいね〜」
「あんたが鈍いだけじゃないの? 消してもない私の気配を、1回も読めなかったじゃないの」
「『キュピーン!』が発動しなかったんだもん」
和の言う『キュピーン!』とは、愛読しているマンガの主人公・シバが第三の目を開いた場面のことだ。先ほどの『そこかっ』が妙に芝居がかっていたのは、シバの真似をしていたらしい。
「『第三の目を開くのは、男のロマン』なのに!」
「あんた男じゃないでしょ。気に入ったセリフ引用したいなら、正確にしなさいよね」
「うぅ……美人さんが厳しい……」
「『美人』ってとこだけ受け取っとくわ」
「『厳しい』も受け取ってよぉ」
「断固拒否する」
「あっ、ロンの口癖! 和たちも、シバとロンみたいに、ずっと親友でいようね」
和の素直さが、眩しくて──
「……いられたらね」
凛は顔をそらし、小さく答えた。
和は、人形みたいと噂される凛が心まで人形でないことを知っている。だから──
「凛ちゃんがツンデレさんになるのは、和にだけだもんね」
内緒話のようにささやいた。
「なっ──!?」
凛の頬が茜色に染まる。思わず振り向くと、
「これ、〝第六感〟?」
小動物が目をキラキラさせていた。