第一章 異郷 5
5
「ここまで我らを導いてきてくださったこと、里の一同、心より感謝しております。ついては、当初の約束通り、我らとともに「うみ」を渡りし丸太を、皆様に差し上げたいと存じます。どうか、お役に立ててくだされ」
ニグィが深々と頭を下げたのに合わせ、隣に並んだクシナも、慌てて頭を下げた。
海岸からほど近い、マダカたちのムラである。
切り立った崖の上にてらてら光る葉のついた木々が鬱蒼と生い茂る土地を左手に眺めながら、舟でずっと南下し、入り江のようになったところで舳先を東へと向ける。そのまま、意外に懐の深い浅い海を東へ東へと進み、とうとうたどり着いたのが、マダカらの「定泊地」の一つであるという、このムラだったのである。
クシナらに対峙しているのは、一族の長「モノヒク」であるマダカと、イサザという女だった。
女衆のとりまとめ役だという彼女は、クシナの母であるアタカと同じぐらいの年格好で、よく日に焼けた、物静かな女だった。交易や漁に出かけてばかりで留守がちな男衆に代わり、ムラの中心となり、采配を振っているというだけあって、意志の強そうな眉と、目を縁取るように入れた赤い入れ墨が印象的な、優しい小じわの美しい女性である。
にもかかわらず、クシナは、顔を合わせた時からずっと、彼女からなにやらひやりとしたものを感じ続けていた。
かすかに笑みを浮かべてはいるものの、心の奥では油断なくこちらの様子をうかがっているにちがいない、炯々とした目の光のせいだろうか。それとも、時折そのほおに揺らめく不快そうな引きつりのせいだろうか。あるいは、その挙措動作からにじみ出る、ちょっとした――しかし決定的な――自分たちとの「違い」を意識せずにはいられぬせいなのだろうか。
なんにしろ、彼女から発せられる冷気のようなものをひしひしと感じつつ、クシナは、なんとも居心地の悪い思いで、その場にたたずんでいたのである。
(はじめて顔を合わせた相手から、なぜこれほどまでに冷ややかな視線を浴びせられなければならないのだろう……しかも相手は、私のような小娘とは比べようもないほどに立派で、ものの道理をわきまえた方のようであるのに……)
やはり、里を捨ててこのような遠い土地までやってきたのは間違いではなかったのか、という考えが頭をよぎる。
が。
「丁寧なあいさつ、ありがとう。これほど立派な材木があれば、当分は家を建てるのにも困らない。大変助かる。これはほんのお礼だ。ぜひ持っていってほしい」
イサザがニグィにかけた言葉は、やや言い回しなどにおぼつかないところこそあるものの、気持ちのこもった、柔らかいものだった。
あれっと思って顔を上げると、イサザは重たそうに抱えた壷を、ニグィへ手渡そうとしているところだったが、その頬には、おおらかで人の良さそうな優しい笑みが、はっきりと浮かんでいたのである。
(ああ……これが、普段のこの人なのだ。どこか気恥ずかしげな、けれど心根の良さがそのままにじみ出た、なんとも気持ちのよい、まっすぐな笑顔。この人の笑顔を見るためであれば、多少の苦労などなんでもない、と人々に思わせてしまう、温かさに満ちた人柄……)
その時のクシナの脳裏に思い浮かんでいたのは、里を逃げ出す直前で「くに」の支配を受け入れようとする一派に捕らえられ、やむを得ず置き去りにしてくるより他なかった当代トゥジの姿であった。
先代様の末娘であった当代トゥジは、おっとりとして優しく、やや引っ込み思案ながら、常に笑顔を絶やさぬ、芯から心根の温かい女性であった。
早くに子供を授かったものの、男児ばかりで女子に恵まれなかった彼女は、ことのほかクシナをかわいがってくれ、何かにつけて自らの屋敷に呼び寄せては、手ずから帯を織ってくださったり、美しい石を連ねて作った首飾りをこしらえてくださったりと、留守がちな実の母、アタカ以上に愛情を注いでくれた。
挙措動作はぶっきらぼうだし、身につけている衣服などは、当代様と比べものにならぬほど粗末なものであるものの、その頬に浮かぶ真心の美しさに、クシナは、誰よりも恋い慕っていた当代様の優しさに相通じるものを感じ取っていたのである。
それだけに、その彼女から、自分だけが素っ気ない扱いを受けるのは、なんとも残念だった。それが、自分に責のあることであるならば、致し方ないとあきらめもつくが、初対面で、「きっと好きになれる」と確信できる雰囲気を漂わせている女性から、なんとも冷ややかな応対をされるのは、差し出した両手をむげに払い落とされたかのように思われて、余計寂しく、つらく思われたのである。
(私はなにか、とてつもなくぶしつけなことをしでかしてしまったのだろうか?それとも、私の顔かたちのどこかに、イサザ様がどうしても気に入らない何かがあったのだろうか……)
そんなことをぐるぐる考えていたのだが……その謎は、この後すぐに、解けることになった。
表向き柔らかな笑顔を立ててはいるものの、内心はすっかりしょげかえって、クシナは大人同士の話が終わるのを、おとなしくじっと待っていた。やがてニグィが、
「それでは、我々はそろそろ……」
と話を切り上げ、彼らのムラから辞去しようとしたところ、イサザが慌てたように、
「ちょっと待て」
ニグィを呼び止めた。
「我らがこの地へと案内してきたとはいえ、これだけ多くの木々をいただいたお礼がこればかりでは、いかにも申し訳ない。もしよければ、今朝、とってきたばかりの貝がたくさんある。それらを持っていってくれ」
「いえ、そのような。これまでの心づくしでも十分なところを……」
「遠慮するな。モノヒクよ、我らが娘たちに貝を持たせ、連れてきてはくれぬか」
マダカは黙ってうなずくと、きびすを返し、集落の一軒――かつてのトゥジの屋敷とは違い、一族を束ねる立場にある者の家であるというのに、他の家々となにも変わらぬ、こぢんまりした、粗末な造りだった――の中に姿を消したかと思うと、やがて、大きな壷をそれぞれ抱えた、クシナよりもやや年かさの娘二人を引き連れて、戻ってきた。
クシナは、何の気なしにその二人の顔へと視線を向けたのだが……次の瞬間、驚きのあまり目を見開き、(ぶしつけだとは思いながら)二人の顔を交互に、じっと見つめないではいられなかった。
(似てる……この人たち、私に……!)
そうなのだ。
イサザと同じく、目元に赤い入れ墨がはいっているのでややキツい感じには見えるが、やや吊り上がった切れ長の目も、キリリとした太い眉も、そして、きゃしゃなのに意外なほど肩幅が広く、凹凸の少ない平べったい体に、細く長い手足がくっついているところまで、二人は、クシナにそっくりといっていいほど、似ていたのである。
思わず顔をこわばらせていると、相手もやはり、同じことに気がついたのか、なんとも不審そうな顔で、壷を抱えたまま、立ち尽くしている。
おそろしく気まずい時間の流れる中、一人イサザだけが、
「さ、どうか受け取ってくれ。今年の貝は身が大きく、なかなかうまい」
先ほどの変わらぬ調子で、そう促すのである。
(私の方から受け取りにいくべきなのだろうか……けど、でも……)
泥沼の中に首までずっぽりと埋まってしまったかのように身動きが取れない中、最初に動いたのは、ニグィだった。
「これはこれは、わざわざありがとうございます。これほどまでにご厚情をいただき、感謝の念に堪えません。まことに心苦しい限りですが、長く旅を続け、食べるものを不足気味の有様ですので、ありがたくいただきます。クシナ、お前からもお礼を言いなさい」
我が娘にそっくりな娘を目の当たりにし、驚いていないはずがないのに、さすが年の功と言うべきか、ニグィの声はあくまで冷静で落ち着いている。
その声にはっと我に返ったクシナは、
「ご厚情、ありがたく存じます。ご恩は一生忘れません」
慌てて深々と頭を下げ……おずおずと前に進み出ると、ニグィとともに、壷を受け取ったのだった。
「どうかこれからも、我らが娘共々、長くよい付き合いをお願いする」
「こちらこそ」
イサザの声に導かれて、双方立ち並んだ者が再び深々と頭を下げたところで、この場はなんとか友好的な雰囲気を保ったまま、お開きとなった。
壷を抱えて帰る道すがら、先ほどの一幕を何度も何度も頭の中で繰り返し……そして、クシナはようやく、イサザの自分を見る目つきと、なぜ娘たちを呼び寄せたのか、その行動との意味とを悟ったのだった。
イサザは、「江の父様」であるマダカの妻――それも、ムラに住み、皆の前で契りを交わした、正式な妻なのだ。
とはいえ、二人がともに暮らしている時間は、ごくごく短い。
マダカら男衆は、丸太を削り出した舟に乗り、帆と櫂を巧みに操ってはるか沖合の漁場に赴いては巨大な魚を捕る。そして、獲った獲物を、さらにはるか遠くの地にまで運んではさまざまな品と交換し、それからようやくムラへと戻ってくる。それに対して女衆は、子供を育てながら、森で木の実を集めたり、波打ち際で貝やカニ、逃げ遅れた魚を捕ったりして、日々を暮らす。舟に乗ることがあるにしても、岸からそう遠くないところまで小舟をこぎ出し、そこで潜って大ぶりの貝を獲ってくるのがせいぜいのところ。男女で生活の基盤となる場所やその範囲が、全くといっていいほど違っているのである。
自然、ムラでの生活も、女はおのおのの家に住み、皆で緊密に協力しながら暮らしに必要な細々とした作業を全て引き受け、こなしているのに対し、男は一つの家でよりあつまって共同生活を送り、自分の家にはごくたまに帰り、夜をともに過ごした後はそそくさとまた「男たちの家」に戻る、という生活をしているというのだ。
この話をマダカ――「江の父」からはじめて聞いた時、クシナは思わず、
「家族なのでございましょう?ならば、ムラにいらっしゃる時ぐらい、一緒に過ごせばよいではありませんか。なのに、なぜそのような暮らしをなさっているのですか?」
真顔でそう尋ねてしまっていた。
今より数年前――里を捨てることなど夢にも考えていなかった頃。いつものようにニグィと母のアタカに連れられ、下流の里へと交易に訪れた、その晩のできことである。どのような話題からそんな話になったのかはついぞ覚えていないが、気がつけば、それまでついぞ知らなかった「ムラでの生活」について――そして、アタカと自分以外の「家族」の存在について――マダカが語るのを、クシナは目を丸くしつつ、聞いていたのであった。
とはいえ、マダカに他の家族がいることそれ自体については、それほど衝撃を感じることはなかった。自分にだって「里の父」と「江の父」の二人がいるのだから、父にもう一人妻がいて、他に子がいても、それほど不思議なことには思えなかったのである。が、ムラで過ごすごく短い間ですら、男女がほぼ没交渉のまま、別々の家で寝起きする、というその暮らしぶりには――話を聞いたその時、マダカとアタカ、クシナが揃って同じ毛皮の上に体を横たえ、身を寄せ合っていたところだったから、余計に――違和感があった。だから、やや声高に先のような問いを発してしまったのである。
と、普段あれほど穏やかで頼りがいのあるマダカが、刹那おびえるように身を縮めたかと思うと、どこか卑屈な薄笑いを、その頬に浮かべた。そして、
「クシナよ、そう責めるな。これは、仕方のないことなのだ。我らのムラでは古来より、男と女は別に暮らすのが習わしであったし……それに、ムラの女は何かと口うるさくて、一緒に過ごしても心安まらぬでな」
言い訳でもするかのようにそうささやくと、こちらをなだめでもするかのようにこわごわ背中をさすりながら、やれムラの女はなにかというと小言ばかりで、男を立てるところがまるでないだの、遠くまで出かけて疲れているというのにまるで気遣いがないだのとくどくど不平を連ねた上、それに比べるとアタカは気持ちを分かってくれるだの、クシナは礼儀正しくしとやかで自慢の娘だなどと、やたらムラの家族をけなし、自分たちを持ち上げるような言葉を並べ立てはじめたのである。
その態度は、普段のマダカの物腰からかけ離れた、なんとも情けないもののように、クシナの目には映った。
そもそもクシナが声高に問いを発したのも、あまりの違和感の大きさゆえのことである。敬愛する「江の父」を責めたりなじったりするつもりなどさらさらなかった。が、マダカは、クシナのちょっぴり強いだけの口調に腰砕けとなり、おろおろと言い訳がましい言葉を口にしたばかりか、媚びへつらうような態度まで取り始めたのだ。
(なんだ、この江の父は……へどもどと言い訳ばかり……そんなにやいやい言われるのが苦手なのか……)
この江の父の態度に加えて、父の向こう側に寝転んでいた母――アタカが、話を聞いているうち、徐々に勝ち誇ったような、優越感にまみれた顔になっていくのも、なんとも言えぬほど気に入らず……クシナは、なおもくどくどと言葉を重ねようとするマダカを、
「もういいです!分かりましたから!それよりも私、眠くて……疲れたのかもしれませぬ」
と無理矢理断ち切ると、そのまま背を向け、ごろりと体の力を抜いて、タヌキ寝入りを決め込んだのであった……。
(……今思えば、あの時の私は、都合のよいことばかりを口にして女から女へと渡り歩く「江の父」の姿に「男」の狡さを、そして、そんな男の言葉を真に受けてとくとくとした顔になる母に、「女」のいやらしさとを感じ取っていたのだ。そして、ふたりの、その濃厚なケダモノ臭さにあてられ、辟易し……嫌悪感を抱いた。そうだ、思えば、里の父について交易へと出かけたのも、あの年が最後だった……)
あれからまだ数年しか過ぎておらぬものの、大人たちの話に耳をそばだてたり、それとなくニグィにあれこれ尋ねたりなどしたことで、クシナは、ある種の男女の機微や、その種の人間の行動の特徴について、かなりの知識を蓄えるようになっていた。
男は――特に、マダカのように、冒険心と実力とを兼ね備え、自信があり、その上大半の時間を村の外に出かけて過ごす男は――行った先々の土地で女からちやほやされることが多く、また、その「ちやほや」を上機嫌で受け入れがちだ。その結果、土地ごとに「女」がいるような状態となり、いそいそと交易に出かけては、そのもうけの大半を女たちに貢いで帰ってくるという、なんのために交易に出かけているのか分からぬ者まで出てくる始末となる。
また、一方の女――アタカのように、勝ち気で男勝り、男に交じって仕事をし、里の誰より成果を上げるような女は、自分では到底かなわないと素直に思える程に有能でたくましく、力強い男に出会ったが最後、ころりと参ってしまう。普段の男勝りな姿はどこへやら、自分は単に「土地の女」に過ぎず、浮気性で不実な男だと分かっていながら献身的にかしずき、恋を覚えたての小娘か、と見まがうほど一途に不器用に、男に寄り添おうとする。
先がないと分かっていながら、二人で過ごしている間だけは、契りを交わした相手よりもずっと仲睦まじく、愛情細やかに過ごし、濃密な時間に我を忘れ……その間、回収しきれぬほどのいざこざの種をまき散らしていたことに、ふと我に返った後、気づくのである。
(それでも、暮らす場所が遠く離れ、年に一度会うだけの関係であるなら、なにも問題はなかった。それを、江の父が我らをこのようなところにまで呼び寄せ、しかもその上、イサザ殿に私を引き合わせたりなどという、考えなしにも程があることをするから、いざこざの種が芽吹いて悶着の巨木となるのだ……)
目の前に現れた小娘を一目見た途端、イサザは、クシナと自分の連れ合いであるマダカとの血のつながりを理解した。そして、自らの前に図々しくも現れた不義の娘と、その娘をいけしゃあしゃあと自分の目の前に連れてきた連れ合いに対し、正妻として当然の怒りを覚えた。
とはいえ、いくら男をなじったところで、「他人のそら似」にそらとぼけられればそれまで。そうかといって、年端もいかぬ娘を口汚くののしったりすれば、自らの懐の浅さを露呈するだけとなる。
だからイサザは、こみ上げる怒りをぐっとこらえ、クシナを客人としてもてなした上で――態度がどうしても素っ気なくなってしまうのだけは、さすがに自制できなかったようだが――自らの娘たちを呼び寄せ、対面させることで、言外にではあるが、はっきりと宣言したのだ。
お前の母がなにを思っているのかは知らぬが、これこの通り、私は、お前より年かさの娘を三人ももうけた、マダカの正式な妻であるのだぞと。
お前が父とも慕っている男は、我らがムラの――我らが一族の中に生きる者であり、しょせんお前たちは、男がふとよそ見をし、つかの間寄り道した先にいた、というだけの者に過ぎない。マダカが根を下ろして生きるのは、このムラの、この私の、この娘たちの側であるのだぞと。
そうすることで、クシナにはっきりと「身のほど」を分からせようとしたのである。
(……私にとって江の父は、滅多に会うことができぬがゆえに、会った時には思い切り甘えて、かわいがってもらえる人だった。私には私の里での生活があり、そこでは、里の父がいて、当代様がいて、そして里の皆がいて……それが私の暮らしだった。江の父は、暮らしの外に、ほんの刹那の間はみ出した、そういった刻に出会う人。慕ってはいるが、私の暮らしには関わりのない人。そのような人の「本来の暮らし」に、ずかずか踏み込むなど、かけらも考えてはいなかったのだけど……そんなこと、イサザ殿に分かるはずがない。むしろ、「暮らしの外での子」である私がいきなり目の前に現れれば、警戒するのは当然だし、これから先もきっと、疑念を持たれ続ける。そのことをよくよくわきまえた上で、江の父のムラとは、細心の注意を払い、かかわるようにしなければ……)
この先イサザたちと関わりを絶ち、山奥でひっそりと生きていければ、どんなにか気が楽であろうとは思うのだが、残念なことに、そういうわけにはいかない。
(そうだ。私たちが海越えてはるばるやってきたこの土地に根を下ろし、なんとか暮らしを立てていくには、イサザらのムラで作られるこの壷の中身が、どうしたって必要なのだ……)
クシナは、両腕で抱えた壷に顔を寄せると、ふたの隙間から漂いでている香りを、思い切り吸い込んだ。
やや生臭く、脂臭い、ねっとりとした匂いが、鼻腔を駆け下り、胸腔をいっぱいに満たす。
材料となる魚の違いのせいか、海の向こうのふるさとで嗅ぎ慣れた匂いとはわずかに違ったもののように思われるが、それでも紛う方なき魚と、塩の匂いである。
漬けて間もないせいか、今はまだ、生魚特有の青臭さが勝っているが、これから後一月もすれば、魚の身が徐々に塩に解け、独特の深みのある、癖の強い匂いを発するようになる。今でいう、いわゆる「魚醤」――日本のしょっつるや、タイのナンプラー、ベトナムのヌクマムのようなもの――になるのである。
(これこそが私たちの命を、この土地とつないでくれるもの。それ作るイサザたちとは、何があろうとも関係を絶つことはできない。ひたすら頭を低くし、出過ぎず、相手を立てて、なんとか間柄をつなぐのだ……)
両腕で抱えた壷の重みが急に増したような気がして――その中身である魚醤がなんのために必要であるのかは、おいおい明かされることになる――クシナは、そっと壷を抱え直した。そして、いつの間にか、20歩ほども道の先を歩いているニグィに追いつこうと、しつこくまとわりつく想念を振り払い、やや脚を早めたのであった。