第2話 聞きこみは刑事の基本
翌日。真一郎と恋南は秋葉市にある私立成石学園へと足を運んでいた。
この学園は有名私立高校であり、芸能人の子どもが多い。被害メンバーのうち一色、三上、五條の三人がこの学校の生徒だった。
学園の許可をもらい、昇降口から校舎へと入っていく。最近新しく建て直したのか、やけに綺麗な内装だった。
二人がたどり着いたのは空き教室だ。気を利かせて準備したのか、教室の真ん中には向かい合わせになった机が二つある。
なるべく人目に触れないようにと考えた結果がこれであった。休み時間に一人一人きてもらい、話を聴くという方式を取ったのだ。
「恋南、聴くの頼んだ」
真一郎は腰掛けるとすぐに相方に仕事を投げる。やけに小さく感じる椅子が居心地悪かった。
「私がですか?」
「ああ、俺みたいな厳ついやつより同性のお前の方がいいだろう。威圧感が少なくなるからな。まあ、俺もちゃんと要所で聴くこと聴くから安心しろ」
「わかりました」
最初に現れたのは一色希という茶髪のミディアムボブが特徴的な生徒だった。高校一年生で、『X number』のメンバーの中では年少だ。
「まず……事件が起きた時の話を聞かせてもらえますか? 起きたことをそのまま話してくれて大丈夫ですので」
「はい……火傷の被害に遭ったのは三週間前の月曜日だったと思います。ダンスのレッスンが終わった後の帰り道でした。急に二の腕当たりがボワッとしたんです。けど本当に一瞬で、なにが起きたのか分からなくて……服も焼けてないし。家に帰ってお風呂に入った時に火傷になっていたことに気づきました」
「周りに不審な人物はいませんでしたか?」
「わかりません。その時は誰かにやられたって発想がなかったので。もしかしたら誰かいたのかもしれません」
ここまでの一色希の話は恭子からもらった報告書と一致していた。姿の見えない犯人と軽い火傷。本人たちも不可解に思っているようだ。
「火傷の確認してもいいかな?」
「はい」
ブラウスの裾をまくり、恋南に二の腕を見せる。「ここです」と指差したところには直径三センチほどの火傷跡があった。
「証拠として写真を撮らせてもらってもいいですか?」
快く頷いてくれた一色だが、恋南が左腕のリスト端末を向けると途端に首を傾げた。「最新鋭の端末なんだ」と真一郎が補足すると、どうやら納得してくれたようだ。
「傷、痛む?」
「そうですね……小さな火傷ですけど、たまに」
「犯人の心当たりはありますか?」
「えっと……」
「犯行の方法は考慮しなくて大丈夫だ。思いつくままに喋ってくれて構わない」
真一郎が言葉をつけ加える。普通の事件ではない以上、こうして尋ねる方が解決の糸口に繋がりやすいのだ。
「私はストーカーなんじゃないかなって思いました」
「根拠は?」
「ちょっと前に悪質なストーカー被害に遭っていたメンバーがいたんです。八宮さんって言う人が被害者なんですけど。もしかしたら……私のところにもきたのかなと」
手帳に情報を書きこんでいく。ストーカーとなれば放火犯と同一の可能性がある。ファンが歪んだ愛情の末に起こした事件なのか。『恭子に調べてもらうことリスト』へと追加する。
書き終わるタイミングを見計らって、恋南が次の質問へと移る。
「ほかのメンバーが襲われた時、どう思った?」
「私だけじゃなかったんだって思いました。あと最初は大人しい人を襲ってるのかなって」
「それは……どうして?」
「私もミカミンもゴッさんも……どちらかと言えば大人しい方ですから。悪く言うと……ほかの子より目立たないっていうか。ストーカーならそういう大人しい子を標的にするのかなって」
ミカミンとゴッさんは同じ学校の被害者である三上香織と五條真由子のことだろう。真一郎は彼女らの公式サイトのニックネーム欄にそう書かれていたのを思い出した。
まだ聴取していないが、すでに二人の宣材写真を目にしている。一色の言う通り、ほかのメンバーと比べると落ち着いた印象を受ける二人だった。
「なるほど。的を射た推論だ」
「けど宮越高校に通ってるメンバーが次々に酷い目に遭って、わからなくなりました。宮越に通ってるメンバーって活発な人が多いんです。センターとかリーダーとか」
「そうなんですか?」
「はい。その分いざこざも多かったみたいです」
「そんな彼女たちにまで被害が及んで、犯人像がわからなくなった……ということか」
「どうしてこんなことをするのか。ストーカーがここまでやるのか。わからないことだらけでしたけど、これからが大事って時に私の被害が大きくなくて……正直安心しました」
「亡くなった十和田愛理はどんな子でした?」
十和田は別の学校に通うメンバーだった。彼女と同じ宮越高校にはほかに三名のメンバーがいる。
「十和田さんはとにかく引っ張っていくのが上手でした。流石はリーダーっていうか。私たちは彼女についていけばいいって」
その後も一色に色々と尋ねてみるが、これ以上重要な証言は出てこなかった。早期に被害を受けた三上と五條の聴取内容も同じようなものだった。
唯一の収穫は三人分の火傷の写真を撮影できたことだろう。これをさらに分析すれば手がかりが出てくるはずだ。
「一通り聴き終えたな。どうだった? お前の所見は?」
「あの三人の中に犯人がいるとは思えませんでした。被害を受けたのに三人ともしっかりと応答していて」
「甘いなぁ、お前。そこは流石はアイドルってところだろう。他人を相手取る仕事だからこそ本心は悟らせないことに長けている。お芝居ができなきゃ芸能界は生き残れないだろう」
「ですが……」
「まあ、お前の言いたいこともわかるがね。まだなんとも言えねぇな」
いずれもアリバイがあるようだが、そこは重要じゃない。大抵は幻霊獣をターゲットのもとへと遣わすため、本人のアリバイは残ってしまうからだ。一色たちをシロと断定するのは早計だ。
となるとまだ証言を集める必要がある。
「ストーカーの調べは相羽に任せるとして……次は宮越高校のメンバーの聴取だ。ほかの生徒に彼女たちのことを聞いたら、ここは撤収だな」
地道な作業だが、一歩すつ前進している。塵も積もれば山となる。真一郎は再び捜査のために足を進めた。
*
翌朝。
真一郎は出勤してきた恋南を手招きで呼ぶと、ある一室へと連れていく。そこは署内の地下にある『進入禁止』と書かれた部屋だった。
「真田ー入るぞ、っと」
「うぃーッス」
軽妙な了承の声が聞こえ、二人は中へと入る。部屋には男が一人、デスクでなにかを弄っていた。
「ああ、こいつとは初対面だったな。こいつは真田学。うちの雑用係」
「雑用係って!! 嘘はよくないッスよ、暮海さん! 僕は錬金術師ッス!!」
作業を中断して、真田と呼ばれた男が振り返る。顔の彫りの浅い青年で、吊り目が特徴的な男だった。
「錬金術師って……魔札とか魔法道具とかを作る人ですよね?」
「そうッス! 雑用ではないッス!」
「で、お前の見解を聞かせてくれよ。分析官としても現場いったり色々したんだろ?」
「そりゃまあそうッスけど。うちで一番魔法や魔道具に詳しいの僕ですし。うちの課長は人使いが荒いッスから」
学が雑用と呼ばれる所以は彼が魔法に精通している者だからであった。魔法の分析に魔道具技師。だいたい魔法に関することは学に聞けばわかるということからか『ガリレオ』なんて妙なあだ名があるくらいだった。
「本題に入ってくれ」
「了解ッス。じゃあまずは……十和田愛理の殺害方法の話ッスね。まあ当たり前のことを言うとあれは《《魔法攻撃》》によるものッス」
デスクの横にあるPCモニターに現場の写真が映される。全身の全てが灰燼に帰した遺体。こんなことができるのは魔術師か幻霊獣の魔法攻撃だけだ。
「お前があえてそれを先に言うってことは……《《ほかの九人の火傷との違い》》があるってことだな?」
「ええ。まだ全員見れてないからなんとも言えないッスけど……M.A.M.W.で撮影してもらった傷は全部霊障だったってことが判明したッス」
「霊障って……呪いってことですか?」
「そうッス! 流石コナンちゃん!! 冴えてるぅー!!」
「恋南です」
「もう、つれないなぁ!」
学は口をすぼめて不満げな顔を見せるが、すぐに真顔へと戻る。
「って脱線したッス。そう、呪いなんッスよ」
霊障は魔法攻撃とは違い、じわじわと体を蝕み、生命力を奪っていく。奪った生命力は幻霊獣へと還元されることになるため、いわば生贄のようなものだった。
「魔法攻撃だったのは十和田だけってことか。確かに火力の違いには説明がつくな」
火傷から魔力の残滓を感知しなかったのも納得できる。微小な魔力や体内の魔力などは端末で即座に解析するのは難しいのだ。
「霊障で生命力を奪って殺すことはできるッスけど、十和田愛理はそうじゃなかった」
「となると魔法攻撃で殺された十和田愛理とほかの九人の犯行の動機は別になる……いやターゲットは十和田のみだったってことか」
「じゃあほかのメンバーは幻霊獣の餌ってことですか? 十和田愛理を抹消するための」
幻霊獣は怪物であり、人間に害をなすものだ。その怪物を手取り早く強くするのが人間を生贄とする『魂食い』である。
食い殺すことでも可能だが、霊障を使ってじわじわと奪っていくことでも魂食いはできる。
――無差別殺人にまでは踏み切らなかったか。やっぱ慎重なやつか……いや無駄な動きをしたくないのか?
真一郎の頭の中で犯人像が鮮明になっていく。
「幻霊獣を強くするためには九人の生贄が必要だったってわけッスねー。殺る気満々過ぎてちょっとブルりが止まらないッスわー」
「九人……《《一本》》多いな。いや、逆か。《《霊障のあるメンバーと同じ数》》ということは……」
「お! なにかわかった感じッスか、暮海さん?」
「まあな。お前が不謹慎で歯に衣着せぬ物言いするやつでよかったよ。んじゃ、俺たちは宮越高校にいってくるわ」
「うぃーッス。あ、宮越高校の女の子たちの火傷のスキャンよろしくッス。特にあっちの子たちの方が酷いらしいんで」
「了解。いくぞ、恋南」
「はい」
二人は地下室を後にする。鈍い鉄扉の音が地下にこだました。
「暮海さん、さっきの《《一本多い》》って……」
「あーあれな。この事件の幻霊獣の仮説ができたんだよ」
「それじゃあ犯人は……」
「ああ。犯人は間違いなくグループ内にいる」