二度目の天井
side:シェリー・エイプリル・ヘルメス
「どいて!今すぐそこを開けなさい!!」
いつもの笑顔など放り投げ、騒ぎの渦中へ私は急ぐ。
いつもより人が多いせいか人だかりがなかなか突破できない。
「あぁもう!!邪魔!!!!!」
青いオーラをその身に宿し、小声で己の神を呼ぶ。
そうして目の前にある人垣の城を
「妖精の悪戯!!!」
建物の外まで放り出す。話を聞かなかった罰に、地面に直接ではなく1mくらいに高さに瞬間移動させる。
「イッテェ!!なんだ!?急に外に!?」
「おいどうなってんだ!!それよりさっきのノーネームとフォルダー家の喧嘩はどうなった!」
外のざわつきなどどうでもいい。このタイミングでハンターギルドで喧嘩騒ぎだなんて、絶対あの子に決まってる。
扉は既に開いていた。
そこには血溜まりに倒れるアリア・ローズルと、それを無言のまま見つめるオーガスト家の次男。
頭が、体が、震えるほど熱い。マグマの中にでも飛び込んだようだ。
私は血溜まりの中に飛び込み、渾身の力で私は叫ぶ
。
「何をしてるの!!!!!早く、早く手当てを!誰でもいい!治癒院の者を呼べ!!!!」
口調など、立場など、想いなど、その全てをかなぐり捨てて、私は叫ぶ。今はこの子を救いたい。
しかし、動かない。誰一人として、動こうとしない。
ハンター達も、依頼人達も、ギルド職員でさえ。
「・・・倒れてる方、神のいない者だろ?ほっとけばいいじゃん。」
「それよりこんな状態で動いたらあのオーガスト家に目をつけられちまうよ。俺はごめんだね。」
「ぼ、僕はギルドマスターに報告してきます!」
誰もが目を背け、助けようとしない。
少女がいた世界がこんなにもつらく厳しいものだったなんて。認識が、あまりにも甘かった。
「そう、わかったわよ。もういいわ。」
冷静に、冷酷に、冷然に。先ほどまでとは別人のように周囲に言いのける。
以前は助けられなかった。私はその時その場にいなかった事を後悔したんだ。
今度こそ、今度こそは。
「私が、助ける。」
再び、青いオーラをその身に宿す。
「我が神ヘルメスよ。今一度その力を私にお貸しください。」
青い光が私とアリアを包む。
「妖精の導き」
眩い光を放ち、私達はギルドを去る。
✴︎
side:アリア・ローズル
目が覚めると、そこは知らない天井・・・ではなかった。前にも一度、見たことがある。
「ここは・・・」
「ようやく起きたのね。このチンチクリン。」
いつものギルドの制服に、黒い染みをたくさんつけた女が壁を背に立っている。
「・・・シェ・・リー?」
「そうよ、あんたの命の恩人。シェリー様よ。血だらけのあんたを治癒院まで運んできてあげたんだから。」
恩着せがましく彼女は言う。
どうやら着替える暇もなく私の看病をしてくれていたようだ。
窓に外を見ると、東から登っていた太陽は、もう西へ沈もうとしている。夕日が眩しくて仕方ない。
「・・・そっか・・・わたしは・・・また・・・。」
負けたのか。そう自覚した瞬間、悔しくて。悔しくて。
母との約束も守れず、マスターへの侮辱も撤回させることができず、何一つ為すことが出来ないまま、わたしは負けたのか。
「・・・泣かないでよ。困るじゃない。」
哀れむように、こちらを見るシェリー。
こんな顔をどこかで見たような気がする。
「事情は聞いたわ。ギルドとしても何かしらに対応をするつもりよ。それにしたってあんたは過去から学ぶってことをしないのね。」
「・・・許せない事を、許さないと言ったまでよ。」
「あんたの場合、言うよりも先に手が出てるじゃない。オーガストは私も気に入らないけど、実力は本物。この国じゃトップランクのハンターよ。おまけに家はあの貴族だし。無謀って言葉を知らないようね。」
「・・・。」
そんなこと、わかってる。それでも許せなかっただけ。
「・・・今回は前よりも傷は浅かったらしいわ。骨折もしてない。魔力無しであいつの攻撃を受けて死んでないなんて本当にあなた人間?」
「特訓の成果が出ただけで、私は歴とした人間。...それに、受け切ってなんかないわ。見ての通りの包帯女よ。」
自嘲気味そう呟いた。私はあまりにも弱い。
「特訓って言ったってあんた・・・まぁいいわ、それより、あのマスターの事で揉めたんだって?」
私が落ち込んでいるのを見て、話を変えるシェリー。なんだかんだ言いながら彼女は悪い人じゃない。と、思う。
「マスターが私を保護してくれているのは、私が身体を売ってるからだって・・・」
「うわー、エグいわねあいつ。というかそれこそ無謀だわ。あの英雄に喧嘩売るなんて。」
呆れた顔を私に向けながら、奴と同じ質問を口にする。
「でも、なんでマスターがあんたを守ってるのか。私も不思議だわ。どうして?」
「・・・なんでシェリーに教えなきゃいけないの。」
別段、彼女には教えない理由も無い。だけどなんだかモヤモヤして話す気になれなかった。
「あら?私はあなたの命の恩人なんだけど?ローズル家は恩知らずの家系なのかしら?教えてくれればそれで今回の貸しは無かった事にしてあげる。」
まるでつけ込んだかのように言うシェリー。
なんとなく、私にこれ以上気にしなくていいんだぞと言っているように聞こえる。
不器用な優しさに絆されて、少しだけ霧が晴れる。
「・・・わかった。マスターと会ったのはこの国に来た初日。今思い返しても、本当に運が良かったと思う。」
私は語り出す。あの日知った外の世界の悲しさと、それを全て覆い尽くすような優しさを。