8月
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プロローグ
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他人に感情を動かされたとき、人は初めてその相手の事を意識する。
それが、喜びであっても、怒りであっても、哀しみであっても。
様々な感情を動かされることで人は相手のことを知ることになる。
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一節 ‐8月1日‐
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夏休み。それは世の中の学生のテンションが一番上がるであろう時期。海水浴やお祭り、花火大会などイベントが多いのもその理由の一つだ。もしも、夏休み明けに髪型を少しでも変えて登校しようものなら、夏休みデビューだと騒がれ3日はクラスメイトの話題に上がることになる。恋する人にとってもそれは大切な時期で、夏の暑さにやられた、とかいうよく分からない理由で、みんな普段よりも積極的になりやすい。まあ、そんな相手がいない人にとってはただの長期休暇なのだが。
そして、大抵の人はなんだかんだと暇になり、結局は待ち望んでいた夏休みも2週間程経てば、早く夏休みが終わって学校に行きたいと思う。という不思議な現象が発生する。もちろん、僕はそんなことを思うわけもない。人と会わなくていいというのは、何も考える必要がないから良い。
ちなみに僕の妹たちは毎日遊びに行っており、今日もこんなに朝早くからどこかに出かけて行った。こんなに朝早くと言っても、もう10時だけれど。弥生はまあイメージ通りというか見ての通り活発なやつで、友達を誘ってよく遊びに行く。いわゆる青春を謳歌しています系女子だ。対して、文月は、落ち着いていてインドア派の静かな女の子。だとよく思われるらしいがそんなことは一切無い。実際には弥生よりも積極的で、とにかく面白そうなことには何でも参加する好奇心旺盛な女子だ。夏休みに入ってから一度も外に出ていない僕と違って、元気な妹たちだった。
そんなわけで、僕は今日も今日とて一日中家で過ごすつもりだ。そろそろ夏休みの宿題でも片付けようかと机に向かったところで、携帯に電話がかかってくる。えっと相手は、葉月ちゃん?
「もしもし?」
「あ、先輩。葉月です。」
葉月伝思。先月からたまに話すようになった。本の元使用者。"思いが伝わって欲しい"と願って本に呪われた後輩。感情を表に出すのはやはり苦手なままで、基本的には常に冷静で、無表情に淡々と話す。しかし、たまに顔を真っ赤にして恥ずかしがることもある。感情を溜め込んだ分、一気に放出してしまうようだ。
「先輩、今日は暇ですか?」
「今日も何もいつでも暇だけど。」
葉月ちゃんの質問に対して僕はそう答える。
「そうですか。」
「うん。」
「......。」
「......。」
1ヶ月の間話してきて段々と葉月ちゃんの事が分かってきた。この無言はただ恥ずかしがっているだけのようだ。つまり今、恥ずかしくて言いにくいことがあるということになる。そのため、僕は葉月ちゃんが話し始めるのを待つ。
「今日、先輩と遊びたいです。」
しばらく待つと葉月ちゃんはそう言った。
夏休み。人と会わなくて良いというのは、何も考える必要がないから良い。わざわざ人と会う必要なんてない。必要ないはずなのに、
「いいよ。」
僕はそう答えた。
ああ、これが夏の暑さにやられたというやつなのだろうか......。
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葉月伝思は、僕に恋心を抱いている。しかし、僕にはその気がない。ここは断るべきだっただろうか。変に期待させるのも良くないだろうし。師走ちゃんも言っていたことだ。その気がないなら関わるべきではない。触らぬ神に祟りなし。
だけど僕はそれで一度失敗しているんだよな。葉月ちゃんが本に願ったあの日、寂しそうな顔をしたあのときに、僕がもう一歩踏み込んでいればあんなことにはならなかったかもしれない。僕が行動出来ていれば、あるいは師走ちゃんのアドバイスがなければ、彼女が本に呪われることは無かったかもしれない。なんて、そんな仮定の話は意味の無いものだ。結局、本に願ったのは葉月ちゃんで、それは葉月ちゃんの自業自得でしかないのだから。
とにかく、今日は葉月ちゃんの表情の変化に注目しておこう。無表情とはいえ、完全に変化がないわけでは無い。僕はこの1ヶ月の間で、注目しておけば葉月ちゃんの表情の変化が見えるようになってきた。といっても、それが合っているのかは知らないけれど。
「先輩、お待たせしました。」
僕が待ち合わせ場所で先に待っていると、しばらくして葉月ちゃんがやってきた。葉月ちゃんの制服姿以外を見るのは2度目だ。1度目は先月、葉月ちゃんが本に願ったあの日。葉月ちゃんの家での格好だ。それに比べて今日は随分とオシャレで可愛らしい格好だった。外ではこんなにオシャレをするのか。
「それじゃあ行こうか。」
と僕が言うと、
「はい。」
葉月ちゃんは頷く。あれ?今ちょっと寂しそうな顔になった?
「それで、どこか行きたいところとかあるの?」
「映画です。」
「へえ。」
「先輩は映画好きですか?」
「まあ、たまに見るよ。葉月ちゃんは?」
「よく見ますよ。ミステリーとか。」
「へえ、意外だな。」
「そうですか?」
「葉月ちゃんって多分可愛いもの好きでしょ?動物の映画とかが好きなのかなと。」
「なんで知ってるんですか?私が可愛いもの好きなの。」
「葉月ちゃんの部屋可愛らしかったから。クマのぬいぐるみとかあったし。」
あ、今嬉しそうな顔になったように見える。
「なるほど。」
「うん。」
「でも、動物の映画はあまり見ないです。」
「そうなの?」
「はい。ああいうのって大体悲しいのが多いじゃないですか。」
たしかに、動物映画というとペットが死んだり、離れ離れになったりとお涙頂戴の感動するストーリーが多い印象だ。
「そうだね。」
「私、感情移入しすぎちゃうので見ると必ず悲しくなるんです。」
言いながら本当に悲しそうな顔になる。
「まあ、感動させるのが目的だからね。」
「そうなんですけど、辛くなっちゃって。だから見ないです。」
「なるほどね。」
「......。」
あれ?今度はなんか照れてる?感情を表に出さないだけで、実はすごく感情の変化が激しい子なのかも。でもなんで急に照れたんだ?理由がわからない。
「あ、あの。私の顔に何かついてますか?」
「え、いやそんなことないけど。」
「さっきから私の顔じっと見つめてくるから......。」
僕は葉月ちゃんの表情の変化に注目していたわけで。なるほど、それが原因で照れたのか。
「まあえっと、気にしないで。」
「無理ですよ。恥ずかしいです。」
葉月ちゃんは顔を赤らめてそう言った。
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僕たちが見た映画はミステリーだった。舞台はとある学校。ある日、クラスメイトの一人が教室で死体として発見される。そのクラスメイトは周りから嫌われており、誰にでも動機はあったがその中でも特に被害者を嫌っていた生徒Aが疑われた。生徒Bはその生徒Aに言いがかりをつけて、喧嘩になる。その翌日、生徒Bが死体で発見された。さらに生徒Aが姿を現さないことから、みんなが生徒Aを犯人だと確信する。しかし、その生徒Aも死体で発見されてしまう。で、結局オチとしては主人公が実は犯人だったという叙述トリックを駆使したストーリーだった。まあ、あるあるの展開ともいえるだろう。
その後、僕たちは映画を見終わって近くの喫茶店に入った。そこで、葉月ちゃんは楽しそうに、
「面白かったです。まさか主人公が犯人だとは思いませんでした。」
と言う。
ちなみに、僕は途中で主人公が犯人だと分かった。具体的には、最初のクラスメイトが殺された時点でだ。なぜならあの作品には、主人公の感情描写が極端に少なかったから。叙述トリックの基本は地の文では嘘をつかないこと。主人公の思っていることが視聴者を騙すためだけの嘘。というのは成立しない。もちろんそういう作品もあるだろうが、僕はそれを正しいとは言わない。会話で嘘をつくのはもちろん構わない。だけど内面まで嘘をついたらそれは視聴者を騙すためだけになる。
たとえば、「俺は犯人が許せない。絶対に許さない。」と主人公が言ったとする。これは、周りのクラスメイトから疑われないための嘘だから成立する。しかし、「俺は犯人が許せない。絶対に許さない。俺はそう思った。」というフレーズがあったとする。これは、主人公は犯人なのだからそんなこと思うわけが無いし、それで主人公になにか利益があるわけでもない。
つまり主人公は、本当はそんなことを思っていなくて、ただ、作者が作品を見ている視聴者を騙すためだけのフレーズということになる。そんなものが正しいとは言えない。要するに、主人公が犯人だった。という叙述トリックを使ったミステリーを成立させる為には、主人公の感情を表す描写を極端に減らす必要がある。
しかしこれには、もちろん例外もある。たとえば、主人公が二重人格で、自分の犯行に気づいていない場合。たとえば、主人公が一時的な記憶喪失で、自分の犯行を忘れている場合。これであれば、主人公に犯人が許せないという気持ちがあったとしてもそれは嘘にはならないし、同時に主人公が犯人だということも成立する。
まあ、この作品の場合は感情描写が極端に少なかったからすぐに主人公が犯人だと分かったが。つまり僕が何を言いたいのかと言うと、
「うん、面白かった。すごい良かったと思うよ。」
僕が、犯人が誰なのかすぐに分かったということは、裏を返せば叙述トリックが完璧に成立していたということだ。地の文に一切嘘がないからこそすぐに分かった。良く出来た作品だ。
「先輩が喜んでくれて良かったです。」
「久しぶりに良い映画を見れたよ。葉月ちゃんが誘ってくれたおかげだ。ありがとう。心の底からお礼を言わせてもらうよ。」
「はい。」
葉月ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
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僕たちはその後もしばらく喫茶店で映画について談笑していた。そこで、ふと視線を近くの席に移すと、そこに座っていた女の人が目に入る。
ん?あれって?あの人ってたしか......。
「それでですね、先輩__」
学校で見る時は制服姿だし分かりにくいな。
「先輩?」
でも、この喫茶店は学校から遠いわけでもないし居てもおかしくは無いのか?
「あの、先輩。」
僕は別に記憶力の良い方じゃあないけれど、あんな顔だったような。
「......。先輩......。」
僕がその女性を見ていると、向こうも見られてることに気づいたようで僕と目が合った。そのままその女性はニコッと微笑んだ。
えっと、今の反応は本人ってことなんだろうか?葉月ちゃんにも聞いてみるか。
「ねえ、葉月ちゃん?」
僕が葉月ちゃんの方を見ると、何故かすごい怒っていた。表情の変化に注目とかしなくても分かる。なんか怒ってる。
「葉月ちゃん......?」
「先輩。」
葉月ちゃんはいつも淡々と話すためか若干冷たい口調だ。だけど、今は若干とかそういうレベルじゃなくて、冷たかった。
「はい。」
「先輩は、私との会話よりもあの女の人が気になるんですか。」
「えっと。」
「とってもキレイな女の人ですよね。」
「まあ。」
「私よりも全然大人っぽい方です。」
「あの。」
「私だって、先輩に見て欲しくて精一杯オシャレしてきたんです。」
「うん。」
「先輩との初めての......。デ、デート......だから。私頑張って、先輩に思いをたくさん伝えたいって。」
「そっか。」
「デートのときぐらい私だけを見てほしいと思うのは、やっぱり私のわがままなんでしょうか。」
葉月ちゃんは感情を限界まで溜め込む。その分、一度も吐き出すと止まらない。それでも、他の人たちが普段表に出す程度のものだが。
「心配させたのは悪かった。別にあの女の人を見てたのはそういう意味があったわけじゃないよ。とりあえず落ち着いて。」
僕がそう言うと、葉月ちゃんは深呼吸して冷静になる。
「すみません。取り乱しました。」
「いや、大丈夫だけど。それで、あの女の人だけど__」
僕が言おうとしたところで、ちょうどその噂の女性がこちらに来て、
「さっきこっちを見てたけど。私に何か用なのかな?後輩くん。」
と尋ねてきた。
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僕の通う霜月高校は、他と少し変わっているらしい。らしい、というのは僕がほかの高校の制度を知らないからだ。だから、これは神無月が言っていた話であって実際に僕が知っているわけでは無いが、一般的な学校では生徒会長は2年生から選出し、3年生の前期辺りまで務めてもらうとか。
対して僕の学校では、毎年6月に生徒会選挙を行い生徒会長を決めるのだがそこで選出されるのは3年生だ。そして12月まで職務を全うし、引退後は2年生である副会長が翌年の6月まで生徒会長代理として務める。3年生は受験もある。そんな中でわざわざ生徒会長をやりたがる生徒もなかなかいない。さらにこの制度により、生徒会長代理を務めた2年生がそのまま来年の生徒会長になることがほとんどだ。一応、立候補する生徒はいても結局投票で負ける。まあ、生徒会長代理を務めていたという実績がある方が、生徒からの信頼も厚いのだろうし、わざわざ新しく立候補してきた生徒に投票する理由もなかなか無い。
つまりは、2年生で副会長になれるかどうかが実質的な生徒会長選挙であるともいえるだろう。神無月が言うには、ここ十数年、生徒会長代理がそのまま生徒会長にならなかったことはないらしい。
今年を除けば。
僕の目の前に立っているこの女性は、そんな過去十数年の前提を覆した。1年生、2年生と全く生徒会に入っていなかったにも関わらず、あまつさえ生徒会長代理にダブルスコアの票数で勝利した。長月先輩だ。
「すみません。じろじろと見ちゃって。生徒会長ですよね?」
「そうだよ。霜月高校現生徒会長の長月観感だ。」
と長月先輩は胸を張って自己紹介をした。
「あ、生徒会長さんなんだ......。良かった......。」
それを聞いて、葉月ちゃんは嬉しそうに小さくつぶやいた。なんだ、この子は知らなかったのか。まあ、生徒会長と言ってもたまにある行事でしか顔を見ないし、1年生であればこの先輩の快挙を知らなくてもおかしくはないか。そんな葉月ちゃんを見て、長月先輩は声をかける。
「葉月伝思ちゃんだね?初めまして。」
「どうも。えっと、私の名前......。」
葉月ちゃんは小さな声で聞き返す。やはり初対面にはかなり人見知りをするらしい。
「自分の学校の生徒の顔と名前くらい全員覚えているよ。可愛い名前だね。よく似合っているよ、伝思ちゃん。」
「あ、ありがとうございます。」
葉月ちゃんはお礼を言う。見るにとても嬉しそうだった。というか今この人、生徒全員の顔と名前を覚えているって言った?そんなことあり得るのか?そして、長月先輩は僕の方を見て言う。
「君も初めましてだね。よろしくね、えっと......。」
「?」
「あの......。あれ?どうして......?」
僕が何かをしたわけでもないのに、長月先輩は急に慌てだした。
「......。」
「あー、すまない。お姉さんはこれで失礼するよ。それじゃあね」
それだけ言って、急いで店を出て行ってしまった。
「......。」
「あ、あの......。先輩......。えっと。」
葉月ちゃんは僕のことを慰めようとしてくれて、でも言葉が浮かばずにあわあわしていた。
「葉月ちゃん......。もしかして僕、名前覚えられてなかったのかな。」
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二節 ‐8月2日‐
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2人の妹たちは今日も朝から出かけていた。昨日は葉月ちゃんと遊んだわけだし、もう当分外に出る理由はないな。人と会わないのは考え事をしなくていい。昨日と同様に宿題に取り掛かろうと机に向かうところで電話がかかってくる。すごい偶然だ。相手は如月だった。
「もしもし?」
「あ、如月です。ハルくん?えっと今日って空いてるかな?」
「今日も何もいつでも空いてるけど。」
「本当!?あの、良かったら今日遊びに行かない?」
人と会わないのは考え事をしなくていい。わざわざ人に会う必要は無い。必要ないのだけれど、
「いいよ。」
僕はそう答えた。
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僕が待ち合わせ場所につくと、如月読心は既に待っていた。
「悪い。待たせたか。」
「ううん。私もちょうど今着いたから。」
如月の制服姿以外を見るのはこれまた2度目なわけだが、また随分とオシャレな格好をしていた。女子高生というものは、みんなこんなにオシャレなのか?
「じゃあ行こうか。」
僕がそう言うと、如月は顔を赤らめながら、
「ハルくん。その、どうかな?」
と尋ねてくる。
「えっと、どうっていうのは?」
「だから。に、似合ってるかな?」
「ああ、似合ってると思うよ。」
「そっか、良かった。えへへ。」
「それで、どこか行きたいところあるのか?」
「あ、この近くに新しいケーキ屋さんがオープンしたらしくて。そこ行こ!」
「へえ。ケーキ屋さんね......。」
「ハルくんもしかしてケーキとか甘いものあまり好きじゃない?」
僕のつぶやきを聞いて、如月は心配そうに尋ねてきた。
「いや、別に嫌いじゃないよ。如月は甘いもの好きなのか?」
「うん!女の子はみんな好きなんだよ。」
「そっか。」
師走ちゃんとか神無月とかはそうでもなさそうだけどな。
「そこでいいかな?」
「いいよ。そもそも如月が誘ってくれたんだから、如月の行きたいところに行けばいいさ。」
「私は別にどこでもいいっていうか......。ただハルくんと会いたかっただけだから......。ケーキ屋もハルくんと会うための口実というか......。」
如月は恥ずかしがりながらそうつぶやく。
「えっと。」
僕が返答を考えていると。
「は、早く行こ!」
そう言って歩き出した。
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店内はなんというかキラキラしていた。とにかく明るい装飾に、色のついた灯り。ついでに客はみんな女性だった。これは絶対に男だけで入れる場所じゃない。如月が隣にいるからまだいいが、それでも僕は若干浮いているんじゃないか?もっとチャラい格好の男子ならまだしも。
「如月。僕の隣離れるなよ。」
でないと僕が確実に注目される。いや、考えすぎかもしれないが。というか絶対考えすぎなのだろうけれど。
「え!?うん......。」
一方で如月は僕に近づいてきて顔を真っ赤にしながら俯いた。あれ?なんか勘違いしている?まあいいか。僕たちは席について、メニューを見るが色々あってよくわからない。
「如月任せた。」
少し悩んだあと如月は店員さんを呼んで注文する。
「食べ放題2つでお願いします。えっと、とりあえずこれとこれで。」
と、注文してくれた。
「食べ放題なんてあるんだ。」
「うん。ここは安いから、オープンしてすぐなのに有名になっちゃって。」
「本当だたしかに安いな。帰ったら妹に教えてやるか。」
「ハルくん妹いるの?」
「言ったこと無かったっけ?中三の双子の妹たちがいる。」
「へえ!双子なんだ!やっぱりお兄ちゃん的には可愛い妹たちなの?」
「そんなことは無いな。僕は家では絶賛反抗期中という設定なんだけど、何かと話しかけてくるから面倒だ。」
「設定って?」
「本のこと家族には話してないから。」
「あ、そうなんだ。」
「呪いの影響で僕は性格が多分変わってるから。如月は去年、僕と同じクラスだったから多少は分かると思うけど。」
「たしかに、ハルくんは去年もっと明るかったよね。」
「そう。それで僕は両親から反抗期と思われるようになって。説明するのもなんだから家ではそのフリをしてるんだよ。」
「そうなんだ。でもね、ハルくん。」
如月は僕を真っ直ぐ見て言葉を続ける。
「たしかに去年はもっと明るかったかもしれないけど、私はハルくんが性格変わったって思わないよ。だって前も今も変わらず、ハルくんは優しいままだもん。」
そう言う如月は少し恥ずかしがっていたが、しかし真剣な目をしていた。
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ケーキ屋を出た帰り道、僕と如月はとある人物と出会う。まあその人物というのは、長月観感である。さすがに2日連続ばったり出くわすというのは誰かの作為的なものを考えてしまう。まあそんな偶然も本の呪いに比べれば、全然現実的なものだろうけれど。
長月先輩は僕たちの存在に気づくと、
「やあ読心さん。それに後輩くんこんにちは。」
と挨拶をしてきた。対して如月も
「長月先輩こんにちは!お久しぶりです!」
と元気に挨拶を返す。へえ、2人は知り合いだったのか。長月先輩は如月を見てしばし考えたあと、
「ふむ......。そうか2人は付き合っていたのか。お似合いだね。」
と言った。
「そ、そう見えますか?。」
言われた如月は随分と嬉しそうだった。
「後輩くんは昨日ぶりだね。えっと......。」
長月先輩は今度は僕の方を見てからそう言って、しばし考える。しかし、やがて諦めたように、
「やっぱり分からないか......。」
そうつぶやいてから、
「それじゃあね2人とも。」
と去っていった。やっぱり分からないってなんだ?僕の名前の事か?どうして僕だけ?
「如月は長月先輩と知り合いだったのか。」
「うん。今年の5月頃に長月先輩の方から話しかけてくれて。凄いよね先輩、全校生徒の名前覚えてるんだよ!」
「如月も知られていたのか?」
「初めて会ったときに、私が名前を言ってないのに、如月読心さんだよね。って話しかけてきたの。」
「読心さんって呼ばれてたよな?」
「うん。長月先輩と最初に会った時からそう呼ばれてるの。でも、先輩からさん付けで呼ばれるって私嬉しいな。なんか子供扱いされてないって感じがして。」
「ふうん。そういうものか。」
そういえば昨日、葉月ちゃんの事は伝思ちゃんって呼んでいたよな?先輩なりに何か基準でもあるのだろうか?
「ハルくんは昨日も先輩と会ったの?」
「え?ああ、葉月ちゃんと喫茶店で話してたら偶然__」
僕が言うと、それ遮るように如月は驚いて声を張り上げる。
「は、葉月ちゃんって葉月伝思ちゃんの事!?私の後輩の葉月ちゃんだよね。な、なんでハルくんが葉月ちゃんと一緒に!?」
「如月、一旦落ち着け。」
「お、落ち着いてられないよ!も、もしかして2人は付き合って......?」
「付き合ってないよ。まあ色々あって話すようになったってだけだ。」
葉月ちゃんが僕に惚れていることや、葉月ちゃんが本に願ったことは伏せておいた。それは僕が言っていいことではないだろうから。
「色々って......。」
「まあ、そんなに気になるなら本人に直接聞いてみればいい。」
「分かった。そうする。」
如月は頷く。まあ、本の事は如月も同じ境遇なのだし、話してもいいのかもしれないけれど。
「でも、そっか。それで長月先輩と会ったんだ。」
如月は納得したように言う。
「そういうこと。」
「長月先輩、ハルくんの事は後輩くんって呼んでたけど、やっぱり名前が嫌いだからそうお願いしたの?」
「いや僕は多分だけど、長月先輩に名前覚えられてない......。」
「あ、えっと。その......。」
如月は僕のことを慰めようと、あたふたしていた。
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三節 ‐8月3日‐
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昨日、妹たちにケーキ屋のことを教えたら、早速今日の朝から2人で行ったらしい。朝からケーキって......。というわけで、今日こそは夏休みの宿題を、というところで電話がかかってくる。相手は神無月だった。
「もしもし?」
「あ、神無月だけど。」
「今日は映画か?ケーキ屋か?それとも遊園地か?」
「え?急に何?何の話?」
「いや悪い、なんでもない。それで?」
「アルくんからメール来たよ、本の新しい情報。」
およそ1ヶ月ぶりの出現だな。今度こそ僕の呪いが解ける内容であれば良いのだけれど。
「そうか。詳しい内容は?」
と僕がいつものように尋ねると、
「それが......。」
神無月はいつもと違って言葉を濁す。
「どうしたんだ?」
「えっと。とりあえず会えるかな。電話だと話しにくいから。」
「分かった。今から神無月の家に行く。」
そう言って電話を切った。しかし、あの歯切れの悪さはなんだったのだろう。とにかく急ごう。僕は身支度をすまして神無月の家に向かった。もちろん未使用の2冊の本を持って。
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僕の家から神無月の家まではほんの数分だ。まあ、でなければ幼なじみとはならないだろう。家同士の仲が良く、その関係で僕と神無月は話すようになった。ちなみに、僕たちが通う霜月高校もここからそうは離れていない。僕の町はそこまで栄えているわけでもなく、この辺りに住んでいる人は大抵、霜月高校を選ぶ。如月や葉月ちゃんの家も近くだ。だから、葉月ちゃんとも中学は一緒だったわけだし。如月は違う中学に行っていたみたいだが。
まあそんなわけで、電話があってから10分足らずで神無月の家に着いた。インターホンを押してしばらく待つと、神無月が出てきて言った。
「それじゃあ行こうか。」
そのまま何も説明せずに歩き出そうとするのを止めて尋ねる。
「行くってどこに?」
「アルくんとジュンさんの待つところ。」
と答えて再び歩き出す。仕方が無いので歩きながら話すことにしよう。
「2人に会いに行くのか?」
「うん。アルくんからメールが来たんだけどね、さすがに情報が無さすぎて分からないから、返信したら1度会うことになって。」
「そんなに情報無かったのか?」
「まあ情報量でいったら如月さんのときと一緒なんだけどね。」
たしか如月の時は、霜月高校の生徒で、本が出現したのが前日という話だった。
「ということは?」
「うん。使用者は霜月高校の生徒の誰かなんだけど......。」
「出現日は?」
「それが、今年の5月9日らしいの。」
「5月?ということは使用者が呪われてから、もう3ヶ月近く経っているのか。」
「そうなんだけど、霜月高校の生徒で5月くらいからずっと休んでる人って居ないんだよね。」
如月の時は、出現が前日であったからその日に休んだ人を探せばいいという考えのもと行動し、何事もなく発見できた。しかし、出現が5月となるとそれが出来ない。もしかしたら出現して数日の間は休んでいたのかもしれないが、今となっては確かめる方法がない。さらにずっと休んでいる生徒がいないという事は、その使用者は呪われながらもそれを受け入れ、普通に学校生活をしているということだろう。
僕のように。
「厄介だな。」
「うん。探すのもそうだけど解決の方もね。」
そう、神無月の言う通りだ。仮に使用者を見つけられたとしても、呪いを受け入れて生活しているという状況は、僕たちにとっては都合が悪い。その使用者が、心の底から呪いを拒絶することは無いかもしれないからだ。
それはつまり、僕は本を回収できないということで。それはつまり、新しい本について師走ちゃんが教えてくれなくなるということで。それはつまり、僕の呪いが解けることは無いということだ。
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待ち合わせ場所に着くと、そこに居たのはアルくんとジュンと師走ちゃんの3人だった。
「アルくん、それにジュン。久しぶり。」
僕が声をかけると、
「お久しぶりっす!師匠。気叶姐さんも。」
「ご無沙汰です、先生。気叶さん。」
2人はそう応える。
元気な方は、Aru・Nofeel・Jany。通称アルくん。年齢不明の僕の友達。どっかの国とのハーフとかで、僕のことを師匠と呼ぶ。本探しの協力者だ。
礼儀正しい方は、ジュン。本名、年齢ともに不明の僕の友達。僕のことを先生と呼ぶ。同じく本探しの協力者だ。
「おい。」
「いやー。久しぶりに会うね。2ヶ月ぶりかな?」
「無視するな。」
「2人のおかげで本探しが順調で嬉しいよ。」
「少年くん。さっさと返事をしないとわたしは怒るよ?」
「あれ、師走ちゃんいたのか。ごめんごめん。小さくて気づかなかったよ。あまりにちんちくりんだったもんだからさ。」
とわざとらしく言う。
「誰がちんちくりんだって?」
師走ちゃんはそう言いながら、その小さい足で僕のスネを蹴る。
だから全然痛くないんだって。
師走ちゃん。年齢不明。本名不明。見た目はただの女子小学生の少女である。しかし実際にはこの中の誰よりも年上のようだ。何より本について何か知っているのだが、全てを教えてくれるわけではない。新しい本についての情報も、師走ちゃんからのものだ。師走ちゃんがどこから情報を得ているのかも教えてくれない。そんな正体不明が師走ちゃんという女の子だ。
「師走ちゃんも来たんですね。」
神無月が言う。
「ああ。アルに呼ばれてね。」
「そうなんすよ。師走本人に登場してもらった方が手っ取り早いと思ったんで。」
「とりあえず少年くん。今持っている未使用の本。わたしが預かるから渡して。」
と、師走ちゃんは僕を見て唐突にそう告げる。
「え?」
僕が聞き返すと、
「いいから。」
と言って有無を言わさずいきなり奪ってきた。最初にちょっと無視したのを怒ってるのか?
「いやいや、その本は今後の回収に役に立つかもしれないから、持っておきたいんだけど。」
「そんなこと言ってわたしの心を読まれたりしたら嫌だからね。少年くんが"心を読む"本を使ったら、わたしは君のスネを蹴れなくなってしまうじゃないか。」
そんな理由で奪うな。なんて横暴なんだ。とはいえしかし、そんなことを師走ちゃんに言ったところで聞いてはくれないだろうし、仕方ないから諦めることにしよう。というか諦めるしかない。それに、師走ちゃんなりに何か理由があっての行動かもしれない。
さてと、無駄話をしてしまったがひとまず本題に移ろう。
「それじゃあ、作戦会議を開始するか。」
僕はそう言って、4人を見渡す。僕を含めたこの5人が、現在本を回収するために動いているメンバーだ。全員僕の呪いのことを知っており、協力してくれている。もっとも、師走ちゃんだけは本当に協力しているのかは分からないけれど。いきなり本を奪うし。
「今回の本の情報についての話し合い、で間違いありませんね?」
ジュンがまずはこの会議の目的を確認する。
「そうだ。今回の情報だけでは使用者を特定するのは無理だ。」
「俺が師走から教えて貰った情報は、師匠たちが通う学校の生徒である事と、本が出現した日が5月9日ってことっすね。」
「それだけだと、やっぱり特定するのは難しいと思うんだよね。」
「6月も情報自体は同じだったらしいですよね?そのとき先生と気叶さんはどうやって使用者にたどり着いたのですか?」
「あのときは出現した日が前日だったからな。前日までは登校していたのに、当日いきなり学校を休んだ人から探したら見つかった。」
「じゃあ今回はそれが使えないわけっすね。」
「そうなの。5月からずっと休んでる生徒もいないんだよね。」
「つまり、呪われながらも学校に出席しているわけですね。」
「そう。そんなの特定しようがないだろ?」
「たしかにそうですね。生徒全員を確かめる必要がありそうです。」
「だから私はアルくんに返信をして、もう少し情報が分からないかって聞いたの。」
「気叶姐さんから返信もらって、俺は、師匠と気叶姐さんを直接。師走に合わせるのが一番だと思ったんで、こういう形で会うようにしたんすよ。」
アルくんは、そう言いながら師走ちゃんの方を見る。
「それで、師走ちゃん。これ以外に本の使用者について分からないのか?」
僕は師走ちゃんに尋ねる。4人が師走ちゃんに注目し、発せられる言葉を待っていたのだが、しかし尋ねられた本人は特に興味もなさそうに、
「ん?何か言ったか少年くん?ぼーっとしてて聞いてなかったよ。」
と答える。
「なんで会議中にぼーっとしてるんだよ。」
「いや、これが会議って笑わせないでくれよ。こんなこと話し合う必要も無いだろう。」
師走ちゃんはため息をつきながら、冷たく言い放つ。
「だから、あれだけじゃ使用者が分からないだろ?」
「はあ、少年くんにはがっかりだよ。わたしはもう帰っていいかい?本も受け取ったし、わたしはもう居る意味ないだろう?」
そう言って本当にこの場を離れようとするのを僕は引き留める。というか受け取ったじゃなくて奪ったが正しい。
「いや、まだ師走ちゃんに聞きたいことがあるんだけど......。」
「なんだよ。ああ、あの質問に答えてなかったね。生きることに意味なんてないよ。」
師走ちゃんは面倒くさそうにそう答える。
「いや、その質問も後でするつもりだったけど、そうじゃなくて。」
「はあ、分かったよ。仕方ないからヒントをあげよう。」
とため息をつきながら言う。
「ヒントって?」
「わたしはあれ以上情報は与えない。それは、少年くんに与える情報だけで使用者にたどり着けるようになっているからだ。」
そう言い残して、師走ちゃんは去ってしまった。
「......。」
何故、頑なに答えようとしない?師走ちゃんの目的は何なんだ?あの言い方だと、師走ちゃんは既に使用者が誰なのかまで分かっているようだ。もし、僕に本を回収して欲しいのならば、その使用者について教えてくれるだけでいい。何故こうも遠回りをしたがるんだ。僕がそんなことを考えていると、
「師走ちゃんのどういうことだろ?」
と神無月はつぶやき、首を傾げる。
それを聞いて僕は我に返る。ひとまず師走ちゃんの目的のことは置いておこう。とりあえず今回の使用者について考えなければならない。となると、最後の師走ちゃんのヒントから考えるしかあるまい。
師走ちゃんは、あの情報だけで使用者が分かるとは言わなかった。ただ、使用者にたどり着けると。つまり、あの情報から一発で使用者を特定するのではなく、いくつかの段階を踏んで最終的に使用者にたどり着くことが出来るということなのか。たとえば、5月辺りから様子がおかしい人について心当たりのある人がいて、その人物を僕が知っているとか。
ああそうか、彼女ならば可能性があるかもしれない。霜月高校の生徒全員の顔と名前を覚えているという、長月観感ならば。
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四節 ‐8月3日本編‐
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僕と神無月は、アルくんとジュンと別れ、長月先輩の家へと向かっていた。長月先輩ならば、全校生徒のことを知っているから本に呪われている生徒についても心当たりがあるかもしれない。そのように僕の考えを話すと、早速、神無月が連絡を取ってくれて、長月先輩の家で会うこととなった。
「でも、神無月はどうして長月先輩の連絡先知っていたんだ?」
僕が疑問を口にすると、
「生徒会長から話しかけてきて、流れで連絡先交換することになったんだよ。」
神無月はそう答えた。
「それっていつの話だ?」
「えっと、今年の5月中旬頃だったかな。」
神無月は思い出しながらそう答える。
たしか、如月が話しかけられたのも5月頃だって言っていたな。それに、本が出現したのも5月だ。
「長月先輩が、っていう可能性はないか?如月も、5月に長月先輩から話しかけられたって言ってたんだけど。そのときの先輩の様子ってどんな感じだったんだ?」
僕が尋ねると、神無月はそれを否定した。
「いや、それは無いんじゃないかな。生徒会長の様子は特におかしなところはなかったし。何より話しかけられたのって選挙活動の一環だよ。」
「選挙活動?」
「そう。6月に生徒会選挙があったでしょ?生徒会長......長月先輩は、それまで生徒会に関わってなくて誰にも知られてなかったからね。色んな人に話しかけて、覚えてもらってたんだと思うよ。」
「じゃあ、全校生徒の顔と名前を覚えているっていうのは、選挙活動で話しかけるためだったのか。」
「本人は生徒会っていうワードは一切出さなかったけどね。多分ある程度仲良くなれば票を入れてくれるだろうって考えたんだろうね。」
「まあ、選挙活動の一環だと言って話しかけられるよりはだいぶ印象いいだろうな。」
「実際、生徒会長に話しかけられた人でその意図に気づいてない人も結構いるだろうね。」
「話しかけられた人ってそんなにたくさんいるのか?」
「うん。私の知る限りだと、クラスの大半は生徒会長の方から話しかけられてるらしいよ。それに他のクラスや他の学年の人もそうだと思う。」
たしかに如月は話しかけられたらしい。だけど僕は一昨日会ったのが初めてだし、葉月ちゃんも初めて会ったようだったな。何か基準でもあるのか?しかし、選挙活動と考えればすぐに答えは分かった。選挙において票数を多く得る方法は、長月先輩がやったように、その人に気に入ってもらうことだ。だけどそれで得られるのは1票のみ。しかし、その人物が友達に長月観感という人物のことを話せば、それだけで友達の分の票も得ることが出来るかもしれない。そうやって連鎖的に票数を増やすことで、前代未聞の生徒会長代理にダブルスコアという記録をたたき出したのだろう。
そう考えると、僕や葉月ちゃんが話しかけられなかったのにも納得がいく。つまり、優先度としては交友関係が広い人物。神無月のようにクラスメイトから慕われていたり、如月のように友達が多かったりする人物の方がよい。基本的に誰とも話さない僕や、長月先輩のことを周囲に話すようなことをしなさそうな葉月ちゃんは、優先度が低かったのだろう。
「ああ、ちなみに神無月は長月先輩になんて呼ばれてるんだ?」
「ん?普通に神無月さんって呼ばれてるけど?」
特に呼び方に一貫性はないのか。てっきり2年生には名前にさん付けで、1年生には名前にちゃん付けなのかとも考えたが。神無月は名字にさん。如月は名前にさん。葉月ちゃんは名前にちゃん。神無月と如月を分ける意味はなんなんだ?後で会ったらついでに聞いてみるか。
「しかし、ちょうど5月に学校の生徒の大半に話しかけていた長月先輩なら、様子がおかしかった人に心当たりがあるかもしれないな。」
おそらく、師走ちゃんはこの道筋を僕にたどってほしかったのだろう。昨日、一昨日と長月先輩に会っている僕であれば、あの情報から、長月先輩に聞けばよいという考えに至ると踏んだのだろう。だとしたら、たしかにあの会議は不必要だったと言える。僕はあの情報だけで長月観感にたどり着くことが出来たはずだ。
しかし、分からないのは師走ちゃんのことだ。何故、師走ちゃんは僕と長月先輩が会ったことを知っていたのだろう。ほんの2日前のことを師走ちゃんはどこから知ったのだろう。本当になんでも知っている少女だ。
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――――――――――
長月先輩の家は少し距離が離れていた。といっても、同じ町なのでそこまででもないのだが。家はアパートで、インターホンを押すと中から長月先輩が出てきて、
「やあ、神無月さん。それに後輩くん待っていたよ。さあ上がって。」
と中に招き入れられた。
「長月先輩一人暮らしなんですか?」
「そうなんだよ。一人暮らしは気楽でいいよ。」
長月先輩はソファに腰かけ、僕たちは床に座る。
「それで?話って何かな?」
神無月は僕を見て促す。さて、どのように尋ねるか。如月のとき、そして葉月ちゃんのときとは違い、長月先輩は本の使用者というわけではない。本について知られるのは避けるべきだ。
「僕たち、とある生徒を探していまして。先輩は5月頃に色んな生徒に話しかけていましたよね?」
「まあね。私もたくさんの生徒と交流を持ちたかったのでね。」
「それで、そのとき話しかけた生徒の中でおかしな様子だった人っていませんでしたか?」
「変な質問だね。私もはじめて話した人ばかりだから様子がおかしいかどうかなんて分からないよ。」
「それはそうなんですけど。明らかにおかしいというか。たとえば怯えてたりとか逆にすごい強気だったりとかって。」
僕の質問に、長月先輩は思い出そうとしてくれる。そして、しばらく考えたあとに言葉を発する。
「ああ、おかしいというか。まあ印象に残っている人は一人だけいるよ。」
ビンゴだ。おそらくその人物というのが今回の本の使用者なのだろう。
「それは誰ですか?」
僕が尋ねると、長月先輩はその人物の名前を口にした。
「神無月気叶さん。」
と。
ええと、ちょっと待て?僕は5月に話しかけた人物の中でおかしな人物はいなかったかと聞いた。そして、長月先輩は印象に残っている人物がいると答えた。つまり、その人物が今回の本の使用者だ。そのはずだったのだが。神無月気叶?神無月気叶と言ったのか?
「一応聞くけど神無月?」
僕は神無月の方を見て尋ねる。
「うん。もちろん違うよ。」
微動だにせずそう答えた。まあそうだろうな。
「えっと、長月先輩。神無月が印象に残ってるっていうのは?」
「神無月さんは他の人と違って警戒してなかったんだよね。」
「というと?」
「ほら、いきなり私のような見ず知らずの人に話しかけられたら普通は疑うだろう?だけど、神無月さんは一切そういう様子がなかったからさ。」
ああなるほど、印象に残っているというのはそういうことか。それは神無月のことを考えればわかることだ。つまり神無月は、長月先輩に話しかけられた瞬間に選挙活動だと理解したのだろう。普通の人なら疑う場面でも、神無月の観察眼があればおそらくそれが可能だ。
「神無月以外にはいないですかね?」
「うーん。思い当たらないな。」
参ったな。長月先輩に聞けば使用者にたどり着けるとばかり......。師走ちゃんの言っていたのは、こういうことじゃなかったのか?
「具体的には5月9日なんですけど。」
と聞くと、長月先輩は急に驚いたように聞き返す。
「え?5月9日?」
「はい、そうですけど?」
僕がそう答えると、
「ああ、なるほどね。ようやく納得がいったよ。」
と長月先輩は1人で頷く。しばし悩んだあと、やがて意を決して言った。
「おそらく後輩くんたちが探しているというのは、私のことだ。」
と。
ちょっと待ってくれと言って長月先輩は押し入れを漁り始める。そして戻ってきて、
「後輩くんたちが探しているのはこれか?」
そう尋ねてきた。その手に持っているのは1冊の本だった。何の変哲もないただの呪いの本だ。
「長月先輩が、使用者だったんですね。」
「やはりそうなのか。君たちはこれについて詳しいのか?」
「まあ多少は。」
「そうか。それで、後輩くんたちの目的はなんだい?私を見つけ出して、それからは?」
さすがに3ヶ月間呪われ続けただけあって、その態度には余裕があった。呪いを受け入れている人物の余裕が。
「僕たちの目的はその本を回収することです。その場合本の力......僕たちはそれを呪いと呼んでいるんですけど。先輩にかかっている呪いはなくなります。」
「構わないよ。どうすればいいのかな?」
「えっと、本当にいいんですか?」
あっさりと答える長月先輩に僕は聞き返す。もっと難しいだろうと考えていたのに。いや、逆に長期間呪われ続けたことで呪いが嫌になったのか?
「ああ、私の目的は達成されているのでね。」
目的?何かの目的があって本に願ったということだろうか。だけどこれなら、長月先輩が何故、本に願ったのかを知る必要もない。
長月先輩に方法を伝えて、それで解決だ。
「じゃあ、呪いを解く方法ですけど。本の呪いを拒絶してください。心の底から。」
と言うと、
「ああ、そんな簡単な方法でこれは無くなるのか。」
そう言って笑いながら長月先輩は願った。こうして僕は、長月観感の所有していた本を回収。
出来なかった。
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五節 ‐8月3日熟考編‐
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「これで呪いとやらはなくなったのかな?」
長月先輩は首を傾げて尋ねてくる。だけど、呪いは解けてなかった。それは本を見れば分かることだ。未使用の本と、誰かを呪っている本とでは見た目が異なる。そしてこれは、未だに誰かを呪っている状態だった。つまり、長月観感はまだ呪われている。
考えられる理由は一つだけ。長月先輩は本の呪いを心の底から拒絶できなかったのだ。心のどこかで呪いを受け入れてしまっている。それが本人にとっては無意識であったとしても。こうなると、呪いを解くのは一層難しい。方法は一つだけある。僕の本を使って長月先輩の感情を操り、本を拒絶する感情を、強制的に植え付ける方法だ。その方法は、使用者に恨まれて僕に危険が及ぶかもしれないから。という理由で神無月に反対されているし、僕自身も使うつもりはなかったのだが、この場合は......。
「すみません。少しだけ失礼します。」
僕は長月先輩にそう言って、神無月を連れて外に出た。そして出るなり、神無月に、
「ダメだよ。」
と言われる。やはり僕の考えはお見通しか。
「だけど本人は拒絶する意思があるわけだろう?この場合は僕が恨まれることなんてないんじゃないか?」
しかし神無月はそれを否定する。
「そんなことは無いよ。可能性はある。」
「いや、だって長月先輩は本の呪いを拒絶しているし、呪いが解けなかったのは心の底から願えなかっただけで__」
「もうひとつ可能性はあるよ。たとえば、生徒会長は本当は本の呪いを一切拒絶していなくて、ハルに諦めてもらうためにそのフリをしただけとかね。」
と僕の言葉を遮って神無月は言った。たしかに長月先輩に本当に拒絶する意思があるのかどうかは分からないか。
「なるほど。その場合は僕が恨まれる可能性はあるわけだ。」
もしここに、"心を読む"本があればそれを使って長月先輩の真意を知ることが出来ただろう。あるいは、"思いが伝わる"本を長月先輩に開かせることでもそれは実現できた。だけど、そのどちらも師走ちゃんによって持っていかれてしまった。
もしかして師走ちゃんはこの展開を想定して?いや、そんなわけがない。いくら、何でも知っているとはいえこんな展開になることを予測出来るわけないし、もし仮に出来たとしても、この展開に意味があるとも考えられない。だから偶然なのだろう。
「長月先輩に詳しく聞いてみるしかないか。」
「だね。」
再び中に入ると、長月先輩はソファでコーヒーを飲んでくつろいでいた。
「長月先輩。どうやら呪いが解けてないようです。すみませんが、話してもらってもいいですか?先輩が何を願ったのかを。」
そう尋ねると、
「そうか、呪いは解けていないのか。心の底から願えてなかったってことなのかな?もちろん話すのは構わないよ。だけどその前に後輩くんにひとつ聞いてもいいかな?」
と長月先輩は聞いてきた。
「なんですか?」
「後輩くんも本に呪われているの?」
「というと?」
「私の本の力が後輩くんには効かなかったからね。そういう呪いでも受けているのかと思って。」
長月先輩は知らぬ間に僕に対しても本の力を使おうとしていたのか。それが強制的になのか先輩の意思でなのかは分からないけれど。
「まあ、そうですね。僕も呪われていて他の本の効果が効かないんですよ。」
「そういうことだったのか。ようやく納得がいったよ。それにしても興味深いな。他の本の効果が効かないっていうのは具体的にどういう力なんだ?」
「そのままですよ。他の本の効果が効かないっていう呪いです。」
僕がそう答えると、長月先輩はしばし考えたあと微笑する。
「ふふ。とりあえず今はその嘘を信じといてあげよう。」
今の僕の発言が嘘だと分かったのか?僕の表情の変化や声のトーンの違いから嘘だと見抜けるわけが無い。だって、僕は嘘をついても表情が変化したり、声のトーンが変わったりしないから。つまり、長月先輩は論理的に考えて今の効果はありえないと確信したのだろう。さすが生徒会長というか、神無月に負けず劣らずの観察眼だ。いや、観察眼というか思考力の方が正しいか。
「まあ、たしかに嘘ではありますけど。とりあえずそういうことにしておいて下さい。それで、長月先輩の呪いはなんですか?」
こちらは嘘をついておきながら、先輩には尋ねるという、なんとも図々しいことだろう。まあでも仕方ない。嘘を見破られるなど考えもしなかった。そして、長月観感は答える。
「私には、"人の感情を観ること"が出来るんだよね。」
と。
感情を観るということは、如月と同じ呪いということか?
「相手が何を感じているのか観れるってことですか?」
「いや、そうじゃないよ。私が観ているのは相手の感情の変化だ。」
「感情の変化?」
「正確には、私が声に出そうとした言葉を相手がどう感じるかが観れるんだ。」
「未来予知ってことですか?」
「そういうことだよ。後輩くんは理解が早いね。私が何か話そうとすると、その発言によって相手がどう感じるかを、話す前に観れてしまうんだよ。私の意思と関係なくね。」
「その感情の変化を観たうえで、長月先輩はそれを発言するかどうかを選べるわけですね?」
「その通りだよ。」
長月先輩は僕の質問に肯定した。この本の内容ならば、僕に対して効果が発動されないのは当然だろう。5月9日に長月観感は本に願った。おそらく、内容は"自分の発言に対して相手がどう思う"か知りたい。といったところだろうか?この日付、そして内容が示すことはつまり。
「原因は生徒会選挙ですか?」
僕は長月先輩に端的に聞く。
「後輩くんの想像通りだよ。」
長月先輩は頷いた。自分の発言で相手がどう感じるのか観れるのであれば、相手が喜ぶことだけを言い、相手の嫌がることを一切言わないということは可能だ。実際それで、長月先輩は校内の生徒大勢に話しかけ気に入ってもらったのだろう。
結果として、長月観感は生徒会長代理に勝利し生徒会長となったのだ。本の力を有効に使っている。ならば、呪いを解きたいと思わないのは十分納得出来る。そしてあの疑問も解けた。
「名前。人によって呼び方変えてますよね?」
「うん。みんな、相手に呼ばれたい名前は違うからね。その人が私に呼ばれて喜ぶ名前で呼ぶようにしているんだよ。」
葉月伝思は、長月先輩に伝思ちゃんと呼ばれると喜び、如月読心は読心さんと呼ばれると喜ぶ。だから、初対面からそう呼ぶようにしたのだ。
「僕は?」
ふと尋ねてみる。これで本当に名前を覚えられていなかったらどうしよう。そんなことを考えるが、それは大丈夫だった。
「君はほら、なんて呼んだら喜ぶのか分からなかったからさ。一昨日、最初に会った時はびっくりしたよ。名字も名前も、くんを付けてもさんを付けても、感情の変化が観れなかったんだ。こんなことは初めてだったからね。」
そうか、名前は知ってもらえていたのか。ただ、なんて呼んだらいいのかが分からなかっただけだったのか。それで後輩くんで固定するというのもおかしいけどな。
「それじゃあ本題に入りますけど、長月先輩はなんで本に願ってまで生徒会長になりたかったんですか?」
と尋ねるが、長月先輩はキョトンとした顔で聞き返してくる。
「あれ?本題ってそれなのかい?」
「え?ええ、先輩が本に願ってまで生徒会長になりたかった理由に、呪いを解く鍵があると思うんですけど。」
「いや、まあどうしてもというなら話すけど。あくまで私は生徒会長になりたかっただけで、それはもう達成されているから関係ないと思うんだよね。」
と長月先輩は言う。それが本当ならたしかに目的が達成されている時点で本の呪いに頼る必要はないはずだ。なのに、呪いは解けなかった。それに、この先輩の態度。少なくとも僕たちに諦めてもらうために嘘をついているようには見えない。妙に協力的というか、積極的というか。何でも答えてくれている。
力、使うか?
神無月の方をちらっと見るが、神無月は首を横に振る。師走ちゃんほどではないにせよ、神無月も僕の考えを分かりすぎだ。僕ってそんなに分かりやすいのか?とにかく、力を使うのはやはり駄目らしい。
行き詰まったときは考えをリセットする。突破口は見えるはずだ。整理しよう。
長月観感は本に呪われている。内容は"感情の変化を観れる"こと。先輩は、生徒会長になるために本に願った。そして、それは達成されている。しかし、呪いを解くことを願っても呪いは解かれなかった。つまり心の底から願えていなかったということだ。心のどこかでは本の呪いを受け入れているのだろう。それが、意識的であれ無意識的であれ。
僕の本の力で無理矢理解くことも可能だが、長月先輩の真意が分からない以上、それは神無月に止められる。"心を読む"本も、"思いが伝わる"本も、師走ちゃんによって奪われてしまいそれらを使うことも出来ない。
つまりは長月先輩の意思で、呪いを解いてもらうしかない。
本の力を駆使して、前代未聞の記録を果たし生徒会長となった長月観感。生徒会長になるために願った本だがそれは今でも有効的に使っている。実際に、葉月ちゃんの名前を、本人が喜ぶように呼んでいたし、感情の変化が見られない僕の名前を呼ぶことを躊躇った。ここから考えられること。なぜ、長月観感が心の底から本の呪いを拒絶できないのか。
理由はある。
さあ、解決編といこう。
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六節 ‐8月3日解決編‐
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「先輩。人と話すの怖いんですか?」
僕は長月先輩に単刀直入に尋ねる。
「え?」
長月先輩は突然のことに驚いて聞き返してきた。だから僕は言葉を続ける。
「そもそもがおかしかったんですよ。先輩がどんな理由で生徒会長になりたかったのかは知りませんけど、それにしたって願った内容が、自分の発言を相手がどう感じるか観たいって。遠回りすぎる。もっと簡単に、たとえばみんなに好かれたいとかでも目的は達成出来る。」
「でも実際に私は生徒会長になっているじゃないか。それに、生徒会長になりたかったのは事実だよ。」
「そりゃ生徒会長になりたかったのが嘘だとは言いませんよ。でも、おそらく本に願った原因はそれじゃあない。もっと別の理由で本に願って、それがたまたま選挙に役立っただけなんですよ。そしてそれは、おそらく先輩も気づいてるはずです。」
「どういうことだい?」
「さっき先輩、生徒会選挙は本題じゃないって言いましたよね?でも本の呪いを解くためには、どうして本に願ったのか。その理由を理解する必要がある。目的であったはずの生徒会長になることは最も重要視すべきことだ。だけどそれを本題ではないと言った。先輩も心のどこかでは気づいてたんですよ。先輩が本に願ったのは、生徒会長になりたかったからじゃないってことを。そして、自分の発言を相手がどう感じるか観たい。なんて願い、そんなの理由はひとつしか考えられないですよ。」
「つまり私は人との会話を恐れている。に繋がるわけだ。」
「それが、先輩にとっては無意識的なのかもしれませんけどね。だから、生徒会長になった今でも本の呪いは解けない。」
「そうか。私は人と話すのが怖かったのか......。」
「心当たりありますか?」
僕が尋ねると長月先輩は黙って考え込んだ。しかし、この流れはまずかったかもしれない。長月先輩が自分の本当の願いに気づいてしまった今となっては、余計に呪いを解くのが難しくなった可能性がある。本当に本の呪いを受け入れることになるかもしれない。
失敗したか?でも、本当の願いを長月先輩自身が受け入れない限り、呪いを心の底から拒絶することは出来ないだろうし。しばらくの静寂を破って、長月先輩は話し出す。
「私は暗い空気が苦手なんだよ。いつでも楽しい場であって欲しいんだ。だからかな、昔からよく空気が読めないとか言われることが多かったよ。話し相手を怒らせることもよくあった。仲の良い友達を不機嫌にさせちゃったりね。5月9日も、そういえば友達と喧嘩したかな。私はそういうの特に気にしていないつもりだったんだけどね。そっか、私は気にしていたのか。だから本は私を呪ったんだろう?いや、本当は気づいていたんだろうね。ただ、気づかないふりをしていただけで。私は人と話すのが怖いんだ。私の発言で、相手がどう感じるのか観れたら話すのが怖くなくなる。」
「先輩は、本の呪いを受け入れるんですか?一生このままでいいんですか?」
「本に呪われてから、私は一度も友達と喧嘩していないんだ。それどころか、話し相手を怒らせることも、不快にさせることも、つまらなくさせることも無い。私と話した相手はほとんどが喜んでくれるんだよ。いや、そうなるように私が選んでるだけなんだけどね。楽だよ人と話すのが。本に呪われてからの3ヶ月、私は色んな人から良い人だって言われるようになったよ。」
「そうですか。」
「でもね......。」
長月先輩は少し悩んだが、決心したように言葉を続ける。
「面白くないんだよね。人との会話。人から好かれるようになったし、友達と喧嘩することも無くなったけど、何だかみんなが遠くなった気がするよ。別に喧嘩したいわけじゃないけどさ。怒ったり怒られたり、他人と感情をぶつけあっているときの方がずっと仲良かった気がするよ。今はなんというか機械的というかさ、私の本心で会話が出来ないんだよ。相手が悲しむとか怒るとか分かっちゃうと声に出せないんだ。だから、後輩くんとの会話は楽しかったな。後輩くんは私の発言でどう感じるか分からないからさ。3ヶ月ぶりにちゃんと人と会話をした気がするよ。」
そこまで話して、長月先輩は再び黙って考え込む。
「本の呪いの解き方は、心の底から拒絶することですよ。」
僕がそう言うと、
「そっか、うん。今なら呪い、解ける気がするよ。」
長月先輩は笑いながら答えた。
こうして僕は、長月観感の所有していた本を回収した。
――――――――――
――――――――――
「後輩くん、ありがとう。」
長月先輩は頭を下げてお礼を言う。
「僕は本を回収しに来ただけで何もしてないですよ。だから、感謝される謂れはないです。」
と答えて僕たちは長月先輩の家を出た。いつものように家を出たところで、神無月はようやく話し始める。
「ハル。お疲れ様。」
「別に毎回そんなに黙ってなくてもいいからな?」
「私の発言のせいでハルの計画が狂ったら悪いから。」
「だから、計画なんて大層なもんじゃないって。」
「でも、今回も上手くいったね。」
「まあ、そうだな。」
「それにしても、生徒会長は本の力で選挙に勝ったんだ。ちょっと残念だな。」
神無月はそう言って本当に残念そうな顔をする。
「神無月は長月先輩に投票したのか?」
「うん。代理の方は話したことないけど、長月先輩とは話したことがあったからね。」
「それだけの理由で?」
「そうだよ。」
「神無月らしいな。」
「生徒会長の記録は本当にすごいと思ってたんだけど、本の力に頼ってたなら期待外れだったかな。」
「まあ、本の力に頼ってたのは事実だろうけど。多分、長月先輩は本の力がなくても当選してただろうな。」
と僕が言うと、
「え?どうして?」
神無月は首を傾げる。
「だって、そう簡単に出来ることじゃないだろ?全校生徒の名前を覚えるなんてさ。」
「あ、そっか。あれは本の力でどうこう出来るものじゃないもんね。」
「そう、観ることが出来るのが感情の変化だけなら、名前を知ることは出来ないんだよ。」
つまり、長月観感は、正真正銘自分の力で生徒全員の顔と名前を覚えたのだろう。生徒会長になるために。みんなに認めてもらうために。みんなに話しかけるために。何故そこまでの熱意で生徒会長になることをこだわったのかは知らないけれど、おそらく本の力を使わなくても長月先輩は生徒会長になれた。
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エピローグ
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他人に感情を動かされたとき、人は初めてその相手の事を意識する。
それが、喜びであっても、怒りであっても、哀しみであっても。
様々な感情を動かされることで人は相手のことを知ることになる。
だから、喜んだり、怒ったり、哀しんだりも。全部必要なことなのだろう。
――――――――――
――――――――――
翌日、僕はクラスの文化祭の準備で学校に登校していた。夏休みだというのに、8月に入ってから4日連続で外出している。というか僕が文化祭の準備に行く必要なんてあるのか?居ても居なくても変わらなくないような......。
うん、変わらないな。よし、帰るか。と、帰ろうと振り返ったところでちょうど、長月観感に声をかけられる。
「あれ?後輩くんも学校に行くのかい?」
「まあ、文化祭のクラスの出し物の手伝いで。」
「じゃあ一緒に行こうか。私も生徒会の用事で学校に行くのでね。」
「いいですよ。」
僕は頷いた。ああ、これで4日連続の外出決定だ。
「昨日はありがとうね。後輩くん。」
「だからお礼はいいですよ。」
「ひとつ聞いてもいいかい?」
「どうぞ。」
長月先輩は少しだけ悩み、聞いてきた。
「後輩くんはなんて呼ばれるのが嬉しいのかな?」
「自分の名前、嫌いなんですよ。だから、後輩くんのままでいいです。それがすっかり定着しちゃいましたし。」
「そっか。それじゃあこれからよろしくね。後輩くん。」
そう言って長月観感は微笑んだ。
-あとがき-
みなさまおはようございます。作者の「さくらもち」です。まずは、第三話「8月」を読んでいただき誠にありがとうございます!
今回の話で、『December's Story』という作品の雰囲気というのは分かってきたんじゃあないかな?と思います。アニメなんかでは、よく3話切りという言葉を聞きますよね。だいたい物語が大きく動くのが3話からだから、そこまで見て視聴を継続するか決める。みたいな人が多いようですが。気持ちは分かります。だけど、この作品についてはぜひ最後まで読んでいただきたい!そう切に願います。
さて、『December's Story』はまだまだ続きますので、気が向いたら是非、評価やコメントを頂けるとしていただけるとありがたいです。
それではみなさま、第四話でお会いしましょう。