6月
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プロローグ
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人はどこまで他人のことを知っているのだろうか。あるいはどこまで他人のことを知っていると錯覚しているのだろうか。
お前のことはお前以上によく知っている、なんて言葉をよく聞くけれど、そんなことはあるわけが無い。
結局、その人の本心なんて本人にしか分からないのだから。
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一節 -6月1日朝-
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今日は全国の人々を苦しませる五月病が終わる日だ。そして同時に、じめじめとした日や雨が嫌いな人にとっては六月病が始まる日でもある。そんな病が存在するのかは知らないけれど。なんて大袈裟なことを言ってみるが要は暦の上で月が変わっただけである。こういうのを節目に、やる気というものをだしていくことが大切なのだろうか。
しかし生憎今日は天気が優れない。今にでも雨が降ってきそうな様子だ。
僕は雨が嫌いだった。これではやる気が出ないのも仕方がない。なんて、実際には僕のやる気の有無なんて、周りの人からしたらどうでもいいのだろう。だからそんなことは考え過ぎなのだけれど。
まあ考えなしよりは、考え過ぎるくらいがちょうどいい。
僕みたいなやつは特に。
そんなどうでもいいことに頭をつかっていると、ふと、前を歩く見知った後ろ姿を見つけた。登校中、知り合いを見かけたら話しかけるのが一般的だろう。ただし今回の場合は、相手が相手だし例外でもいいか。
結局話しかけずにいると、しばらくしてから向こうが僕の存在に気づき、声をかけてきた。
「おはよう。ハル。」
「ああ、おはよう神無月。」
彼女は神無月気叶。僕と同じ高校2年生の幼なじみだ。昔から頼りになって、普段から色々と助けてくれる。ちなみに、ハルというのは僕のあだ名だ。自分の名前が好きじゃないというのを昔、神無月に話したときにつけてもらった。個人的に気に入ったからずっとそう呼んでもらっている。
「居たなら話しかけてくれれば良かったのに。気づいてたんでしょ?」
「前を歩いているのが神無月だってことは分かっていたよ。でもだからこそ話しかけなくてもいいかと......。」
「まるで私じゃなかったら話しかけているみたいな言い方だね。」
「実際その通りだ。神無月の前で取り繕う必要もないしな。」
「別にいいけどさ。ハルにとって私の前は、唯一気の休まるところだもんね。」
神無月は嬉しそうにそんなことを言うが、僕はそれを否定する。
「気の休まるところなんて無いよ。僕にとってそんなのは存在しない。」
「......。」
「まあ、でも神無月の前だと何も考えなくていいというのはたしかにあるけどな。」
「ハルは考えることが多くて大変だね。」
「まあ、それは僕が望んだことだから。」
そこで神無月との会話は途切れる。
神無月気叶はいわゆる優等生だ。成績優秀、品行方正。クラスメイトからは頼りにされ、教師陣には好かれている。真面目、しっかり者、優等生、誠実。そんな言葉が似合う生徒である。だけど本人が言うにはそれは間違っていて、真面目なつもりは無いらしい。
あれ、そういえば?
「そういえば、神無月がこんなギリギリなんて珍しいな。何かあったのか?」
ふとした疑問を僕が口にすると、
「いや、今日湿気てるでしょ。髪のセットに時間がかかって。」
と、髪を触りながらそう答える。
「神無月みたいにロングだとやっぱり大変なのか?」
「いや、私のはロングじゃなくてセミロングだよ。まあ、ショートもショートでやっぱりこの時期は大変なんじゃないかな。」
「ふうん。」
セミロングとロングって長さが違うだけだよな?よく分からないけれど、そこにはこだわりがあるんだろうか。
「こういう天気の日って憂鬱だよね。髪の話もそうだけど、色々と不便だし。」
「僕には傘の形が昔から変わってないのが疑問だけどな。ズボンや靴は濡れるし、手は塞がるし。もっといいアイデアは無いのかね。」
「一応は、たくさん開発されているんだよ。だけど、傘もファッションの一部になっちゃうから。機能性が良くても、そういった面で流行しないんだろうね。」
「ダサくても機能が良ければ使う人はいるだろう?」
「ダサいかダサくないかの問題じゃないよ。みんな、というか特に日本人はだと思うけど。異端になりたくないんじゃないかな。」
「異端?」
こういうどうでもいい会話なのに、神無月は真面目に答えてくれる。
「うん。傘っていうのはあの形で定着しているからね。他のを見るとやっぱり多かれ少なかれ変わってるって思うだろうね。」
「それはあるだろうな。でもそんなのは気にしなきゃ__」
言いかけて止まる。他人と違う選択をすること。異端となること。それはかなり勇気のいることのはずだ。
「いや、なるほどな。納得したよ。新しいデザインの傘が流行しないのはそのためか。」
「まあ、単純に今の傘より機能性の良いものがないだけかもしれないけどね。」
多分現実はそっちだろう。だけどまあ色々な視点があるということで。
「......。」
「......。」
再び沈黙。お互いに何も用がなければ話さない。僕と神無月はそういう関係性だ。
ちなみに周りにいる人たちは普通に談笑しているので、沈黙であっても静寂というわけではない。
「あ、僕はそこのコンビニで昼ごはんを買っていくから。先に行ってていいぞ。」
しばらく歩き、コンビニが目に入ったところで僕は神無月と別れようとするが、
「それじゃあ私も付き合うよ。」
そう言って神無月も着いてきた。
「構わないけれど本当に遅刻するぞ?いいのか皆勤賞。」
「いいよ、皆勤賞なんて。取ろうと思って取るものじゃないし。」
「取れるなら取るべきものだけどな。」
「それより、ハルに伝えとくことがあるんだよ。」
「伝えとくこと?」
僕が聞き返すと、
「うん。」
神無月は静かに頷いた。
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コンビニで昼ご飯を買って外に出たあと、周りに人がいないことを確認してから、僕は神無月に話しかける。
周りを確認したのは、単純に神無月の話す内容というのが聞かれたらまずいものだろうと判断したからだ。神無月がわざわざ学校を遅刻してまで用事を優先しようとしたということは、それ相応に大事なことで、しかもさっき話さなかったことから、周りに人がいるときに話しにくい、ということになる。
「それで?伝えとくことってなんだ。」
僕は単刀直入に聞いてみる。
「えっとね。ハルの目的は変わってないんだよね?」
......やはりその話題か。
「ああ。僕の目的は変わらず本を探すことだよ。じゃないと僕にかかった呪いは解けないからな。」
本というのは、4月に突然僕たちの前に現れた。使用者の願いを叶えるもので、それを呪いと呼ぶことにしている。その名の通り本の形をしている。というか、本の形をしているから本と呼んでいるのだけれど。僕たちの持っている本は現在2冊ある。1冊は今も僕のことを呪い続けている。もう1冊は使用者を失っている状態だ。
そして、僕にかかった本の呪いを解くために本を探す。それが目的だ。
詳しいことは分からないが、人が何かを強く願ったときに、その願いに相応しい効果の本が出現するらしい。誰が何の目的で作り出したのかも分からない。いや、作り出した人がいるのかさえ不明だ。
「今朝、アルくんからメールが来たの。また新しい本が出現したんだって。」
このように本についての情報は神無月の元へと届くようになっている。
「詳しく教えてくれ。」
「使用者も本の内容も不明だけれど、霜月高校の生徒らしいよ。」
霜月高校というのは、僕たちが通う学校のことだ。
「その中から使用者を探すのはなかなか厳しいな。出現したのはいつだ?」
「昨日の放課後だって。」
「じゃあ、今日休んだ人から確かめていくか。」
「そうだね。手伝うよ。」
「ああ。」
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二節 -6月1日昼-
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4月1日のエイプリルフールに起きた嘘のような本当の話。
僕は本に呪われた青年に出会った。
そのときには僕にも正義感があり、その青年を救いたいと感じていた。だけど、その呪いを解く方法はなかった。いや、本当はあるのかもしれないけれど、僕たちにはその方法がわからなかった。
だから僕は、その青年を救うために呪いを代わりに引き受けることにした。
結果、青年は呪いから解放され、僕は本に呪われるようになった。
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さて、この昼休み中に他のクラスで休んだ人を確認しておいた方が良いだろう。同じ学年であれば誰か知り合いに聞けば済むが。しかし、他学年となると難しい。やはり神無月に協力してもらうことにしよう。
と、周囲を見渡すが神無月が教室内に居ない。いつもなら自分の席で1人で弁当を食べているのだが。仕方がないから、とりあえず同学年だけでも確認するかと、僕は隣の教室へと移動する。そこで、去年同じクラスだったやつに声をかけた。
「ちょっといいか?」
特に仲が良かったわけでもないが、1年間同じクラスで過ごした相手だ。特に躊躇せずに話しかける。
「久しぶりじゃん。どうしたん?」
「今日このクラスで休んでる人いる?」
僕は単刀直入に尋ねる。
「いや居ないけど。」
「じゃあ、なんかいつもと違って様子がおかしい人とかは?」
「なんだその質問は。そういうのもねえよ。」
と、相手は答えた。ならばおそらく、このクラスに本の所持者居ないだろう。本に呪われた人物がいつも通りだとは考えにくい。
「そっか。わかった。」
と、その場を離れようとしたところを、僕は呼び止められる。
「ちょっと待てよ。」
「......なに?」
「なんかお前変わったな。1年の時はもっと明るいヤツだったのに。」
僕が変わったというのは、多分正しい。4月から僕は変わった。変わってしまった。それが良い事なのか悪い事なのか僕に判断は出来ないけれど。それを勘づかれないようには、していたつもりだったのだが。そうそう上手くはいかないか。
「別にそんなことないと思うけど。前からこんな感じだよ。」
僕はそう言って誤魔化す。
「ふうん、まあいいけど。」
不服そうではあるがそいつはそれで納得したようだ。そもそもそこまでの興味があったわけでもないのだろう。
そのまま僕は次のクラスにも行って、そこで聞き込みを中断した。そのクラスで有力な情報を得たからだ。とはいっても本やその使用者に関する情報ではない。僕がそのクラスで得た情報は、僕が尋ねるよりも前に神無月気叶に全く同じことを質問された。というのである。つまり、神無月が教室に居なかったのは、僕よりも前に行動していたからなのだろう。そして、神無月ならば同学年のみならず、他学年の全クラスに対しても聞いてくれるはずだ。だからここは任せることにした。
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「1年生が2人、2年生が1人、3年生が3人休んでるって。」
神無月は教室に戻ってくるなり、そう告げてきた。
「昨日も休んでる人は?」
僕は質問を返す。
「もちろん聞いてきたよ。1年生の2人と3年生の3人は全員昨日も休んでたって。」
「さすが神無月、頼りになるよ。」
「任せて。私はハルのパートナーだからね。」
本が出現したのが昨日の放課後ということは、昨日から休んでる人よりも、今日、突然休んだ人の方が可能性は高いだろう。昨日の放課後、使用者に何かがあって。何かしらの願いをした。その願いは本によって叶えられ使用者は呪われた。その呪いのせいで学校に来られなくなった。というのが一番あり得る。
「それで、その2年生って誰だ?」
「えっとね。3組の如月読心さん。」
如月読心。去年同じクラスだった女子だ。出席番号も近くなかったしほとんど話す機会もなかった。すごく目立つわけでも、すごく静かなわけでもない。まあ、普通の女子だったか。
「じゃあとりあえず放課後、如月の家に行ってみるか。えっと住所は__」
「先生に聞いてきたよ。お見舞いしたいからって言ったら教えてくれた。」
「まったく優秀なパートナーだよ、神無月は。」
というか生徒の住所って簡単に教えていいのか?プライバシーのかけらもないな。
「じゃあまあ、放課後になったら如月の家に行くけど、ついてくるか?」
「もちろん行くよ。というかハルが一人で行ったら疑われて如月さん、何も話してくれないんじゃない。」
「それもそうだ。」
神無月がいてくれて良かった。
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三節 -6月1日放課後-
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授業中は、結構雨が降っていたようだが、放課後になるとすっかり止んでいた。
如月読心の家は、僕の家と同じ方向で、ちょうど僕の家の前を通る。これから、如月が持っているかもしれない本と関わらなくてはならない。そこで念の為、僕も本を一冊持っていくことにした。5月に回収した、今は使用者が居ない状態の本だ。もっとも、これを使えば僕はさらに呪われることになるからおいそれと使うつもりは無い。
「ということで、本を取ってくるから僕の家に一回寄る。」
僕が脈絡もなくそう言うと、
「本、持って行くの?」
神無月が心配そうに聞いてくる。
「念の為だ。何かあった時、あの本は役に立つだろうから。」
「だけど、それを使ったら呪いが増えるんだよ?しかもハルは呪いが解けないし。」
「どのみち本を探さないと僕の呪いは解けないんだ。1つや2つ、呪いが増えたところで変わらないさ。」
「だったらせめて私が使うよ。」
そう提案する神無月に、しかし僕はきっぱりと断った。
「だめだ。」
確かに神無月なら本を使ってもすぐに呪いを解くことができるかもしれない。その精神力はある。だけど、あの本に関してはおそらく神無月と相性最悪だ。否、相性最高と言った方が正しいのかもしれない。違う本だったらまだしも、あの本を神無月に使わせるという選択肢はないだろう。だけどそう言って、神無月が簡単に引き下がるとも考えにくい。
「もし、神無月の呪いが解けなかったら僕が困るだろう。既に呪われている僕のことを手伝えるのは、普通の状態の神無月だけなんだから。」
「困る?」
「神無月が呪われたときのことを考えたら、多分僕は困るんじゃないかな。」
「そっか。分かった。」
神無月は納得したようだ。それに、なんだか嬉しそうにも見える。
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僕の家に向かう途中で、見知った顔2人が向こうから歩いてきた。
「あれって、アルくんとジュンか?」
「ほんとだ。おーい。」
神無月が大きく手を振ると、向こうも気づいたようで、走ってこちらに向かってくる。
「師匠と気叶姐さんじゃないっすか!どうもっす!」
彼はAru・Nofeel・Jany。通称アルくん。僕のことを師匠と呼び、神無月のことを気叶姐さんと呼ぶ。
どっかの国とのハーフだとか何とか。詳しいことは知らないけれど友人だ。見た目の年齢は僕たちと同じ高校生ぐらいだが実際の年齢は知らない。僕の事情を知っており、本探しを手伝ってくれている。
本についての情報が入ったら神無月にメールで知らせる役割も担っている。
「ご無沙汰です。先生。気叶さん。」
礼儀正しい彼は、ジュン。本名は知らないけれど友人だ。僕のことは先生と呼ぶ。見た目の年齢は大学生くらいだ。ジュンも僕の事情を知っていて、本探しを手伝ってくれている。
「あれ、ジュン学校は?」
「今日は創立記念日で休みなんです。」
「なるほどね。」
と、あれそういえば?
僕は2人の周りを見てから、
「今日は師走ちゃんは一緒じゃないのか?」
と尋ねる。
「まあ、師走は俺らといつも一緒ってわけじゃないっすからね。」
アルくんがそう答えた。続いてジュンが
「自分たちも師走が何をしているのかは知りません。」
と付け加える。
「私、アルくんとジュンさんと師走ちゃんってずっと一緒だと思ってたよ。」
「前までは結構一緒に行動してたんすけどね。」
「ここ最近顔を見せなくなりました。」
話題に挙がっている師走ちゃんは、見た目はただのちっちゃくて可愛い女の子だが、年齢不明、本名不明の少女だ。ただし、おそらくだがここにいる誰よりも年齢が高い。
そして何より、本について何かを知っている。
アルくんが教えてくれる情報も、師走ちゃんからのものだ。つまりは、師走ちゃんがアルくんに本の情報を伝え、それをアルくんが神無月にメールで伝える。という伝達手段をとっている。
何故こんなに面倒な方法なのか、何故僕ではなく神無月にメールを送るのかというと、そういうルールだからだ。
師走ちゃんが、それ以外の方法では情報を与えないと言ったため仕方なくその方法をとっている。
何か目的があるのか、何か理由があるのか。一切の正体不明。それが師走ちゃんという女の子だ。
「まあ師走ちゃんがいなくて良かったよ。あの子がいるとアルくんやジュンと仲良く話せないからね。」
「私も、師走ちゃんはちょっと苦手かな。怖いというか。」
「自分も正直、師走とはあまり一緒にいたくないですね。」
「俺も師走は苦手っすよ。まあ仕方なく一緒にいることが多いっすけど。」
満場一致だった。陰口?違うよ。陰口というのは、相手の知らないところで悪口を言うことだ。だからこれは陰口じゃない。なんてね。
「ところで、師匠と気叶姐さんはこれからどこか行くんすか?」
アルくんがそう聞いてきたのに対して神無月が答える。
「うん。アルくんが今朝、メールで教えてくれた本について、使用者の目星が着いたから今から家に行くところ。」
「もう分かったんすか!さすが師匠と気叶姐さんっすね!」
アルくんって犬っぽいよな。忠犬ってイメージだ。
「では自分らもご一緒しますか?」
そうするとジュンは猫か?でも、こっちはそういう印象は無いな。
「その方が助かるかも。ハルどうする?」
いや、どちらかというとアルくんが駄犬で、ジュンが忠犬ってのがそれっぽいか。
「師匠?」
ちなみにだけど、本来の駄犬というのは駄目な犬って意味じゃあない。とにかく甘えたがりの犬ってニュアンスで使ったけど、実際の意味は雑種だとかなんだとか。
「あの、先生?」
ジュンが忠実にお座りしてる犬で、アルくんがとにかく暴れ回ってる犬。うん。凄いしっくりくるな。
「ハルー!」
「え?あ?なに?」
耳元で神無月に叫ばれて、ふと我に返った。
「どうせくだらないこと考えてたんだろうけど、ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてなかったよ。」
「師匠......。」
アルくんが失望したようにつぶやく。
「今から先生方が行くという、本の所持者かもしれない人物の所へ自分とアルも行ったほうが良いか。という話です。」
なるほど。さすがジュンだ。とてもわかりやすい。
「ああ、そうだな。本人と話すのは僕と神無月の二人でやるけど、アルくんとジュンには家の近くで待機しておいてもらおう。何かあるかもしれないし。」
「了解っす。」
「承りました。」
アルくんとジュンを連れ、再び如月家へ出発する。と、その前に僕の家に寄るんだった。
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「えっとここだね。」
神無月が一戸建ての家を指さしてそうつぶいた。アルくんとジュンには近くで待ってもらって、僕たちは家の前まで足を運ぶ。
「とりあえずメインは神無月が話してくれ。僕が話すよりも不信感はないだろう。」
「分かったよ。」
そう言って神無月はインターホンを押す。ちょっと経って、如月の母親らしき人物が出てきた。
「何か?」
出てくるなり僕たちを見て怪訝そうな顔をした。厳しそうとか、冷たそうとかそういう雰囲気の人だ。
「私、霜月高校の生徒で藤永麻衣といいます。読心さんのお見舞いに伺ったのですが。」
神無月が丁寧に挨拶すると、急に如月母の態度が変わった。
「あ、読心のお友達ですか!わざわざありがとうございます。今呼んできますね。」
そう言って、如月母は家の奥へと入っていった。
「......。で、誰だよ藤永麻衣って。」
如月母が居なくなったのを確認してから、僕は神無月に聞く。
「如月さんと仲の良い友達だって。さっき学校で確認してきたの。見ず知らずの神無月気叶がお見舞いに来たっていっても会ってくれないかもしれないでしょう?」
「そうかもしれないけど、あの母親がその友達のことを知っていたらどうするんだ。」
「そのときは同姓同名だってことにしとけばいいんだよ。」
「なかなか居そうな名前じゃないけどな。」
そんなことを話していると、如月母が戻ってきて言う。
「ごめんなさい。あの子、あなたの名前を聞いた途端会いたくないって。」
「名前を聞いた途端?誰とも会いたくないとかではないんですか?」
神無月がすぐさま疑問を口にする。
「え?ええ。お見舞いが来てるって言った時は無反応だったんですけど、あなたの名前を言った途端、帰らせてって。」
その友達と何かあって会いたくないのか?ただ喧嘩しているだけなのか、それとも本が関わっているのか。
「ハル。どうする?」
神無月が小声で僕に聞いてくる。今から実は藤永麻衣ではない。と言うのもさすがに怪しすぎるだろう。
神無月の案は良かったが、今回に関しては裏目だったな。かと言って僕だけ会うというのも難しいだろうし。少し考えてから、僕は如月母に対してお願いをする。
「すみません。読心さんに「本の忘れ物を届けに来た。あと、例の本について課題が出たからそのことを話したい。」と伝えてください。」
「分かりました。伝えてみます。」
と再び如月母が奥に行った。
これで話を聞こうとしなかったら、本に心当たりがないか、よほど藤永麻衣と会いたくないということになるが。そのときは、アルくんとジュンに協力して貰うことにしよう。
「上手くいくかな?」
神無月が聞いてくる。
「さあな。」
「......。」
「あの母親。どう思った?」
僕は神無月に聞いてみる。
「言っていいの?」
と、その質問に神無月は気まずそうにする。
「ああ。」
「まあ、ひどいなとは思ったよ。如月読心が藤永麻衣の名前を聞いた途端会いたくないって言ったって。その2人に何があったのかは知らないけれど、そんなこと言われたら普通はショックだよ。誰とも会いたくないとか。今は疲れてるからとか。あるいは寝ててとか嘘をつけばいいのに。多分私たちのことなんとも思ってないんだろうね。」
やっぱりそうなのか。
もしかしたら、その辺に如月読心が本に呪われた理由があるのかもしれない。いや、本の所持者だと決定した訳では無いけど。
そこで、如月母が戻ってきて僕たちに言う。
「読心が本について教えて欲しいって言ってます。どうぞ入ってください。」
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四節 -6月1日本編-
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如月読心はベッドに腰掛けていた。特に変わった様子は無いようにも見える。普通に風邪かなんかでただ疲れているだけのようにも。一つだけ異様なのは、そのベッドの前の床にガムテープが貼られていた。距離にしておよそ15cm。
まるで、それより内側には入れない結界のように。
如月は、僕たちが部屋に入ってくるなり驚いた表情でこちらを見てきた。考えてみればそれもそのはず、去年同じクラスだったという接点しかない僕と、藤永麻衣が来ると思っていたら全くの別人である神無月気叶が入ってきたのだから。
「えっと。あなたたちは?麻衣ちゃんが来てるんじゃないんですか?」
その真っ当すぎる疑問に神無月が答える。
「嘘をついてごめんなさい。あなたの友達である藤永麻衣さんのお名前を勝手に使いました。そうしないとあなたに話を聞けないと思ったので。」
「あなた、神無月気叶さんですよね?」
如月は困惑しながらもそう尋ねてくる。
「はい。私のこと知ってるんですね。」
「まあ有名なので。それで、例の本について教えてくれるってどういうことですか?」
如月はこちらを伺うように質問してきた。僕たちが言う例の本というのが果たしてどういうものか、確認が取れるまで安易に自分の状況は知られたくないといったところだろうか。
「それについては、こちらのハルが話します。」
「ハル?あなた去年同じクラスだった人ですよね?確か名前は__」
「名前が嫌いだから神無月にはあだ名で呼んでもらってるんだ。あまり気にしないでくれ。」
さてと、本について直接聞くべきか。本人が困っているなら当然教えてくれるだろうが、そうでは無い場合教えてくれないだけでなく、僕たちのことを警戒させることになる。いや、ここに来た時点で十分警戒はされているか。
「願いを叶える本について心当たりはあるか?それを回収しに来た。」
「あなたたちはあの本について何か知っているんですか?」
「ああ。知っていることは教えるし、その本の呪いを解くのも手助けしよう。報酬としてその本を譲ってくれればそれでいい。」
「本の呪い?」
「僕たちは本の効果をそう呼んでいる。」
「なるほど......。呪いですか......。」
如月は険しい表情でそっとつぶやく。それは多分、呪いがつらい内容なのだろう。
「それで、如月は本に何を願ったんだ?」
しかし如月は質問には答えずに、こんなことを言う。
「その前にあなた。こっちに来てください。このガムテープの内側に。」
と僕を指さして言う。おそらくだが、あれが本の効果が適用される範囲なのだろう。つまり如月は、これから僕に対して本の効果を使おうとしている。
「嫌なら話はしませんし、そちらの話も聞きません。今すぐ帰ってください。」
如月はそう言って僕の目を見る。なぜここまで警戒されているのかは分からないが、話が出来ないと言うのなら従うしかない。
「分かった。」
と、答えて前に進もうとするのを神無月に止められる。
「待ってハル。危険かもしれないよ。」
「それは分かってる。だけど話をするにはこれしかない。それに、多分だけど僕なら大丈夫だ。」
「根拠がないよ。まだ1回効かなかったってだけなんだから。」
「どのみち如月と話さないと前には進めないんだ。分かるだろう。」
神無月は迷いながらも納得してくれた。
さて、そのガムテープの内側。すなわち本の効果内へと僕は足を踏み入れた。
ベッドから15cm。如月に密着するかしないかのその距離に立った時、声を上げたのは、僕でも神無月でもなく。如月読心だった。
それまで冷静だった如月が唐突に驚いた表情に変わり、そして僕を見ながら困惑した声で聞いてきた。
「あなた......。何者?」
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僕が何者なのか。4月に考えたその問いを再び考える。4月以前の僕が、僕という存在ならば、今の僕は果たして僕といえるのか。そんな哲学的なことは、しかし考える意味すらない。
だって今の僕は不確かで、曖昧で。そして、いつかは消える存在なのだから。
つまりはこんなことを考えても無駄なのだ。だからまずは目の前の本を回収することに目を向けよう。
「何をしようとしたのかは知らないけれど、多分僕に本の力は効かないよ。」
驚いてる如月に、僕はそう告げる。
「どうして......。あなたは何者なの?」
「別に何者でもないさ。ただ、僕も本に呪われていて、その本の呪いのせいで他の本の力が効かないってことなんだろうな。」
「なんで曖昧なんですか?」
「ああ。僕たちも本について詳しくは知らないんだ。ただ、詳しく知っている人を知っている。」
と、師走ちゃんのことを頭に浮かべながら話す。
「それで、僕の呪いを解くためには、他の本が必要になるから、こうして本探しをしているというわけだ。」
「随分と無警戒に喋るんですね。」
如月は、僕のことを警戒して見る。
「この際、お互い探り合いは無しにしよう。その方が手っ取り早いだろう。」
如月は僕の言葉に少し悩んだが、やがて決心したように言う。
「そうですね。その方がいいです。ただし約束してください。話を終えたあとで、今度は神無月さんがこの中に入ってきてください。」
如月は神無月の方を見る。神無月は、一瞬も迷うことなく答えた。
「いいですよ。」
その即答に、如月は少したじろいだが、納得したようで話を始める。
「ではお話しましょう。」
如月は一呼吸してから、僕たちを見てこう言った。
「私の本の力は、"人の心を読むこと"です。」
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「私、仲の良い友達がいるんです。よく4人で遊んでて、その中の1人が麻衣ちゃんなんですけど。昨日は私の誕生日だったんです。誕生日はみんなで集まってパーティが恒例だから楽しみにしてて。実際4月にあった麻衣ちゃんの誕生日パーティもみんなで集まってわいわい騒いで楽しかったんです。
だけど最近みんなが私を避けるようになってて。昨日、学校では誰も誕生日の話題を出さなくて、私の誕生日なんてどうでもいいんだって。もしかしたら嫌われてるのかもって不安になって。家に帰ってから願ったんです。人の心が知りたいって。
そうしたら目の前に本が現れました。いきなりでびっくりしました。もしかしたら今の願いが叶ったのかも。とも思ったんですけど使い方よく分からなくて、みんなの気持ち知りたいって思っても何も起きないし。
諦めてたら麻衣ちゃんから電話が来て、今から家に来て欲しいって。よくある話ですよね、サプライズパーティですよ。私すごい嬉しかったです。みんなを疑ってたのが本当に申し訳なくなって。パーティはすごい楽しかったです。みんなでケーキ食べて、プレゼントを貰って。
ことが起きたのは1時間くらい経ったときです。私すごいテンション上がってて、麻衣ちゃんに抱きついたんです。そしたら急に麻衣ちゃんの心が読めちゃって。「早くパーティが終わってほしい」って思ってたんです。他の2人も抱きついてきたんですけど、2人とも、疲れたとか早く帰りたいとかそんなこと感じてたみたいで。ああ、友情ってこんなもんなんだなって冷めました。家に帰ってる途中で気づいたんですけど、人に近付きすぎるとその人の心が読めるみたいです。
私の意思とは関係なく、強制的に。
私、落ち込みました。仲の良いと思ってた友達が向こうは意外とそうでも無かったって知って。何だか考えが上手くまとまらなくて。だから油断してたんです。ぼーっとしたまま家に帰って、お母さんとぶつかっちゃって。お母さんは、お父さんと離婚したことをずっと根に持ってました。私のせいだって思ってて。私を産んだことをずっと後悔してたことを知りました。
それで、私は人が信用出来なくなりました。」
如月は、自分に起こった全てを話した。本に願った理由、そして何が起きたのかを。
「そうか、大変だったな。」
「思ってもないことを言わなくてもいいですよ。」
僕の慰めの言葉に対して、如月は一蹴した。確かに思ってもいないことだが。ならば取り繕うのは無しにしよう。
「人の心が読めるってのは具体的にどういう風に読めるんだ?」
「感情とか思いとかが伝わってくるんですけど、それで、何を考えているとかが何となく分かるみたいな感じです。」
「曖昧だな。」
「私もよく分からないです。ただそういう感じとしか。」
如月は悩みながらも説明する。
「それで、如月はその本の呪いを解きたいのか?」
これは僕にとって一番重要なことだ。呪いを解きたいのであればその方法を伝えて、僕は本を回収する。それでこの話は終わりだ。
「私、人の心が怖くなりました。今まで信じてたものが全て壊れて。友達もお母さんも大好きだったのに、今は会うのが怖いです。」
「だったら__」
だったら、そんな本の呪い今すぐにでも解こう。と言おうとしたのを遮られ如月はきっぱりとこう告げた。
「だから、この本の呪いは解きません。悪意があることを知ってしまったから。もうこの本が無くては人の心を信用出来ません。」
「その本に脅えて一生暮らすのか?」
そう言う僕の言葉を無視して、如月は言う。
「約束です。神無月さん、こちらに来てください。あなたの心を読ませてもらいます。」
「いいですよ。」
やはり神無月は一切ためらわずに頷いて、如月に近づいた。
そして、如月は神無月の心を読んで言う。
「優等生だって聞いてましたけど、意外とそうでも無いんですね。みんながあなたみたいな心だったら、むしろ信用できたかもしれません。」
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五節 -6月1日熟考編-
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「まあ良かったんじゃない?あの本の内容じゃあハルの呪いを解くために必要だとは思えないし。」
如月家を出て、アルくんとジュンの待つ場所へ向かう途中で、神無月がそんなことを言ってきた。
「そうだな。如月本人が現状維持を望んでいる以上、僕たちが何かを言うわけにもいかないし。」
「気が変わったら向こうから頼んでくるだろうから、それまで待ってればいいんじゃないかな。」
「まあ、持ってきた本を使えば簡単に呪いを解けるんだけどな。」
僕がそう言うと、
「そのやり方は良くないよ。如月さんが望んでいないならハルが恨まれる可能性がある。」
神無月はぴしゃりとその案を否定する。
「別に如月に恨まれたところで関係ないだろ。」
「ハルに危険が及ぶようなことは反対。絶対駄目だよ。」
普段、冷静なだけにこういった神無月は珍しい。そして、こうなったらなかなか折れない。
「分かったよ。神無月にそこまで言われたら仕方ない。この方法での解決は絶対にしないと誓おう。」
「今回だけじゃないよ?これから先もだよ。」
「分かってる。神無月が見ていないときでも、ちゃんと相手が納得する形で解決するよ。」
「ありがとう。」
というかまあ、本当に実行するつもりは無かったけれど、まさかここまで拒否されるとは。
とりあえずアルくんとジュンに事情を話して解散にするか。などと考えながら待ち合わせ場所に着くと、そこに居たのはアルくんでもジュンでもなく、1人の少女。師走ちゃんだった。
「やあ、少年くん。それに神無月ちゃん。」
僕たちの姿を確認すると、師走ちゃんはそう言った。おそらく年上とはいえ、見た目小学生に相手に少年くんと呼ばれているのは、周りの人から見たら不思議で仕方ないのだろうな。
「えっと、どうして師走ちゃんが居るんだ?それに、アルくんとジュンが見当たらないけど。」
「わたしは君たちと話をしに来たんだ。アルとジュンには帰ってもらった。」
この、ちんちくりんで可愛らしい女の子の容姿のくせして、やけに大人びた口調なのが師走ちゃんだ。
「何か失礼なことを考えているな?少年くん。」
「そんなことないよ。ちんちくりんで可愛らしい少女ちゃん。」
「誰がちんちくりんだ。」
怒りながら師走ちゃんは僕のスネをその小さな足で蹴ってきた。
全然痛くない。
「それで、師走ちゃん。何の用ですか?」
神無月が本題に戻すように尋ねる。
「君たち、如月読心に会って、その本の回収に失敗してきたんだってね。」
「どうしてその事を知ってるんだよ。」
「君たち、わたしの事が苦手なんだってね。私がいなくてよかったとかなんとか。アルとジュンと4人で話していたそうじゃないか。」
「どうしてその事を知ってるんだよ。」
アルくんとジュンがばらしたのか?いやいや、あの2人がわざわざ自分たちが目をつけられるようなことを言うはずがない。そう、師走ちゃんはいつでもそうだ。何故かなんでも知っている。だから、師走ちゃんのことを悪く言っても陰口にはならない。
「そっか。神無月ちゃんはわたしが怖いのか。」
師走ちゃんは意地悪な顔をして神無月を見る。
「......。」
対して神無月はただ俯く。傍から見ると、女子高校生が女子小学生を相手に何も言い返すことが出来ていない光景である。神無月は本当に師走ちゃんのこと苦手なんだな。
「それで、師走ちゃんなんで来たんだ?神無月をいじめるためじゃないだろう。」
「君たちが本の回収に失敗したからね。話をしに来たんだ。」
「失敗したというか、あの本の内容は僕に必要ないからな。一旦保留だよ。」
「だから、それが面白くない展開だから来たんだよ。少年くんと神無月ちゃんにはこの件を解決してもらわないといけないからね。うん、いいこと思いついた。」
「いいこと?」
師走ちゃんは僕たちを見て、
「これからルールをつけよう。わたしが情報を与えた本は必ず回収すること。それまで新しい本についての情報は与えない。」
と告げる。なんて横暴な......。
「つまり、如月の持っている本を回収しなければ、新しい本が出現しても教えてくれないのか。」
「そうしたら、ハルの呪いを解くことも出来なくなる。」
「そういうこと。まあ、頑張れ少年くん。神無月ちゃん。」
師走ちゃんはニヤニヤと笑いながら言う。何がそんなに楽しいんだか。
「如月が呪いを受け入れている以上、呪いを解くのは至難だぞ。」
僕は考えるがいまいちいい案が浮かばない。
「いや、方法はあるだろう。少年くんが持っている本を少年くんか神無月ちゃんのどちらかが使えばいいんだよ。あの本なら意思に関係なく無理矢理呪いを解けるからね。そうしたら1発で解決だ。」
多分、師走ちゃんは知っている。僕たちが既にその方法について触れていることを。
知っていて、わざと話題に挙げているんだ。
「駄目だよ。」
だけど、神無月は否定の言葉を発する。
「もしも使うなら私が使う。ハルを危険な目には合わせない。」
「それは駄目だ。言っただろう。神無月に本は使わせない。」
この本は神無月には使わせられない。そうなると他の人に頼るしか......。
「師走ちゃん。もしかして、だからアルくんとジュンを帰らせたのか?」
「その方が面白いだろう?」
まったく、本当に何を考えているのか分からない。
「一応聞くけど、師走ちゃんは使ってくれないんだよな?」
「当然だね。わたしが解決しても意味が無いからね。」
やはり期待は出来なかった。意味が無いか。じゃあ僕が解決する事に意味があるのか?分からない。
ちょうどいいしこれだけ聞いておくか。
「そうだ、師走ちゃん。生きる意味ってなんだろう。」
「生きることが生きる意味だよ。それ以外には無いさ。」
ちんちくりんな少女からこんな発言が出てくるのだ。初めて見た人はさぞ驚くことだろう。僕もそうだったし。そんな、今回の件とは全く関係ない質問をしていると、神無月が尋ねてきた。
「ハル。どうしようか。」
「......。」
行き詰まったときは考えをリセットする。突破口は見えるはずだ。整理しよう。
如月読心は本に呪われている。内容は"人の心を読む"こと。それにより人間不信に陥り、本の効果がないと不安だという。
僕が持っている本を使えば、無理矢理に如月の本の呪いを解く事が出来る。しかし、僕がそれを行うことを、神無月は止める。理由は、無理矢理本の呪いを解いたことにより、如月に恨まれる可能性があって、僕に危険が及ぶかもしれないから。
また、神無月がこの本を使うのも良くない。これに関しては、神無月本人のことよりも周囲への影響の方が問題だ。アルくんとジュンは師走ちゃんによって退場させられた。おそらく今回の件で再び登場することは無いだろう。師走ちゃんはその辺念入りだ。
もちろん師走ちゃん本人が手伝ってくれることもない。如月の本を回収するためにはどうにか如月の意思で呪いを解いてもらうしかない。
如月は人を信用出来ないから、人の心を読むことの出来る本を手放せないと言っている。現状維持を願っている。しかし、本当にそうなのか?現状維持を願っているならどうして僕たちに話をした?本当は人の心を信用したいんじゃないか。僕たちに話すことで、何かが変わることを望んでいたんじゃないか。人間不信の部分をどうにかすれば、呪いを解きたいと思うかもしれない。
だとしたら。
方法は、ある。
「分かった。僕が本を使う。本の力を使って解決させる。」
「だから駄目だって!そんな事したら如月さんに恨まれるかもしれない。ハルに危険が及ぶかもしれないんだよ?」
神無月は声を荒らげて言う。
「本は僕が使う。だけど、方法はそれじゃない。大丈夫、安心してくれ神無月。少なくとも、如月読心本人は、僕が本を使ったかどうかなんて分からない。」
神無月は心配そうな顔でこちらを見てきたが、やがて諦めたように言う。
「分かった。ハルを信じるよ。私はどうしたらいい?」
「そうだな、如月の誕生日パーティに参加した3人を連れてきて欲しい。」
さあ、解決編といこう。
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六節 -6月1日解決編-
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神無月気叶は優秀なパートナーだ。あれから30分。3人全員を集めてきた。いや、どうやって連絡したんだよ。
その間に僕は持ってきていた本を使った。本が出現するのは人が何かを願った時だ。しかし、既に出現している本の呪いを受けるには、その本を開くだけでいい。そのように師走ちゃんが前に説明してくれた。当の師走ちゃんはいつの間にかどこかに消えてしまっていたが。
まあ、そういうわけで僕は本に呪われた。内容は、"周囲の人の感情を操る"だ。
まずは集まった3人に対して、如月読心が風邪で寝込んでいるらしい。という話をした。そして同時に、僕や神無月に対する不信感を消した。こんな、関わりもない2人からいきなり呼び出され、一緒に友達の家にお見舞いに行くといっても聞いてはくれないだろう。
この本で操れるのは感情だけであって、考え自体を操ることは出来ないがそれでも3人は如月家に着いてきた。インターホンを押し、出てきた如月母の不信感を消し去ることで僕たちは部屋へと入る。そして、ベッドで寝ていた如月に僕は話しかけた。
「さっきぶりだな。」
如月はこちらを見て驚いた。
「どうしてみんながいるの?」
とつぶやく。僕は近づいて耳打ちする。
「如月が思ってるほど人間は悪意で出来てない。それを証明しに来た。もう一度みんなの心を読んでみたらいい。」
「何を企んでいるの?みんなに何を言ったんですか?」
「さっきも話したけれど、僕は本を回収することが目的だ。そのためには如月の人間不信をどうにかするしかないと思ってね。如月が寝込んでいるらしいと言ったらみんなすぐ集まってくれたよ。」
「あなたや神無月さんとは初対面でしょう?着いてくるわけが無いです。」
「さあ?それほどお見舞いしたかったんじゃないのか?」
僕はしらばっくれる。もし僕の本の効果がバレたら僕が3人の感情をただ操っているだけだと思われて、如月は二度と人を信用することがないだろう。如月は俯いて少し考えた後、顔を上げて決断した。
「わかりました。でもこれで最後です。二度と関わらないで下さい。」
それを聞いて僕は離れる。
「みんな。来てくれてありがとう。」
如月はみんなを見て、にっこりと微笑んで言った。
「読心ちゃん大丈夫?この2人に寝込んでるって聞いたんだけど......。」
「うん、さっきまで辛かったんだけど。みんなが来てくれて少し良くなったみたい。」
そう言いながら、如月は立ち上がって3人のもとへ歩いていく。
「あ、ダメだよー。安静にしてなきゃ!」
「そうそう、寝てていいよ。」
「読心ちゃん、いつも平気な顔して無理するんだから!」
3人が声をかける。
そして如月は、よろけたフリをして3人に抱きつき、
「......。」
そのまま黙り込む。
「えっと、読心ちゃん大丈夫?」
「まだ体調悪いんでしょ!」
「ほら無理しないで!」
やがて如月は顔を上げて、
「ごめん......。ごめんね......。麻衣ちゃん。由紀ちゃん。詩織ちゃん。ありがとう......。」
泣きながらそう言った。
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「じゃあねー!」
「お大事にね。」
「また学校で!」
「うん!みんな来てくれてありがとう!」
3人が帰ってから如月は語り始める。
「麻衣ちゃんも、由紀ちゃんも、詩織ちゃんも。私の事本気で心配してくれてました。私、また3人のことを疑ってました。たった1回、自分に都合の悪い感情を読んだだけで直ぐに冷めて。友達を信じられていなかった。私の方がよっぽど友達失格です。」
「人間の感情なんて気まぐれだからな。誕生日パーティのときはたまたまタイミングが悪かったんだろう。」
「そうかもしれません......。」
「本の呪い解きたいか?」
「......。」
否定はしなかった。だけど如月はまだ迷っているようだ。だから僕は一度した質問を再び投げかける
「その本に脅えて一生暮らすのか?」
一度無視した質問に如月は悩んだ末、今度は答えた。
「人の心には悪意があると思います。だけどそれ以上に善意があることを知れました。私、本があったら人に近づけない。もう一度悪意を読んでしまったら。そう思うと怖いです。だから、私にはもう必要ない。」
「母親のは見なくていいのか?」
「いいです。あの人は多分、私の事を恨んでいる。だけどそれ以上愛してくれていると信じたいんです。人の心なんて知らない方が幸せなのかもしれません。私は人を信じたい。この本に脅えて一生暮らすなんて私は嫌です!だから教えてください。どうしたら呪いが解けますか?」
如月は僕たちを見てそう言った。これが本心だったのだ。最初から。
人を信じたいから、人の心を知ることを願った。
人を信じたいから、僕たちに相談した。
人を信じたいから、3人の心を読んだ。
結局、如月読心は人を信じたいだけだった。ただ、それが怖かっただけ。
「簡単だよ。本の呪いを拒絶すればいい。心の底からね。」
僕は告げる。本の呪いを解く方法を。
こうして僕は、如月読心の所有していた本を回収した。
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「じゃあ僕たちは帰るよ。それと、本の事は他言しないように。」
そう言って帰ろうとする僕と神無月を、如月は呼び止める。
「あの、私最後まであなたたちのことを信用してなくて......。なのに救ってくれて。ありがとうございます。」
深々とお礼をする如月に対して、僕は言う。
「何度も言ってるけど、僕の目的は元から本を回収することなんだ。利害が一致しているだけだから手を貸した。それだけだ。だから感謝される謂れはないよ。」
そして僕たちは如月家を出た。
「お疲れ様。ハル。」
「随分と静かだったな。」
3人が来てから、神無月が一言も喋っていなかった事について僕は触れる。
「何か喋って、ハルの計画を台無しにしたらいけないと思ったから。」
と、神無月は答えた。
「計画なんて大それたものじゃないよ。」
「それにしてもよく考えたね。3人の感情を操って、如月さんに心を読ませることで人間の心を信じさせるなんてさ。」
「......神無月は、そんな好きでもない相手にサプライズパーティすると思うか?」
「えっと。どういうこと?」
僕の質問に神無月は首を傾げる。
「言っただろう。タイミングがたまたま悪かったんだよ。」
「あ......。じゃあもしかして。」
「そう。僕があの3人に力を使ったのは僕たち2人に対する不信感を消す事だけだよ。それ以外は一切何もしていない。」
「そっか、3人とも本心で心配してたんだね。」
「母親の心も読もうとしたら流石に力を使うつもりだったけどな。あの母親に関しては、どう思っているのか分からないから。」
「でもどうして?3人にも力を使った方が確実なのに。どうしてそうしなかったの?」
と不思議そうに神無月は聞いてくるが、
「たしかに。なんでだろう?」
答えは分からなかった。
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エピローグ
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人はどこまで他人のことを知っているのだろうか。あるいはどこまで他人のことを知っていると錯覚しているのだろうか。
お前のことはお前以上によく知っている。なんて言葉をよく聞くけど、そんなことあるわけが無い。
結局人間の本心なんて本人にしか分からないのだから。
あるいは本人でさえ本心なんて分からないのかもしれない。
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翌朝、いつも通りに登校していると、いつも通りではない出来事が起きた。
というかまあ、如月読心に声をかけられた。
「おはよう。ハルくん!」
「えっと。おはようございます。如月さん。」
いきなり後ろから元気よく挨拶されたから、つい丁寧に挨拶を返してしまった。
「名前、嫌いなんだよね?私もハルくんって呼んでいいかな?」
「構わないよ。」
「良かった。その、昨日はありがとうね!」
「うん。まあ気にするな。それより如月、敬語やめたんだな?」
「あ、ごめん。嫌だったかな......。」
「いや、気にしないけど。そもそも僕たちは同い年なんだからそれでいいんだよ。」
敬語は目上の人や敬うべき相手に使うのが本来だ。あとは警戒している相手にも......。まあつまりは、そういうことなのだろう。
「図々しいかもしれないけど、これからもこんな風に話しかけてもいいかな?」
「如月はちょっと気を遣いすぎだ。他の人はともかくとして、僕に対してそういう気遣いは一切必要ないよ。如月の好きなようにしてくれ。」
まあ、如月が気を遣い過ぎているのは、昨日の本の呪いのせいというのも少なからずあるのだろうけれど。
「分かった。ありがとう!じゃあ、えっと。これからよろしくね、ハルくん!」
「ああ、よろしく如月。ところで前に歩いてるの。行かなくていいのか?」
僕は前に歩いている3人組を指さして、如月に尋ねる。
「あ、本当だ。えっと......。」
如月は一瞬迷ったが、
「なんだ。まだ怖いのか?」
と僕が尋ねるとそれを否定して、
「ううん。それじゃあね!」
とだけ答えて如月読心は走りだす
-あとがき-
みなさま初めまして。あるいはお久しぶりです。作者の「さくらもち」と申します。まずは、本作『December's Story』に興味を持ってくださいまして誠にありがとうございます。また、第1話である「6月」を最後まで読んでいただき、非常にうれしい限りです。
本作は、作者がかなり力を入れた作品であり長い執筆期間(作者の筆が遅いだけですが)と、数々の修正を経てようやく、みなさまの元へとお届けすることが叶いました。長く付き合ってきた作品ということもあって、かなりの自信作となっております。
至らぬ点は多くあると思いますが、それでも『December's Story』のことを好きになっていただければ幸いです。また、評価やコメントを頂けると作者として、非常にモチベーションにつながりますので、気が向いたらしていただけるとありがたいです。
それではみなさま。第2話でお会いいたしましょう。