2話:白衣の悪魔は反抗する
「あなたって子は本当に何を考えているの!!!?」
義母、アイリンのヒステリックな叫びが屋敷にこだまする。
理由は明確、アイザックを池に引き摺り落としたからだ。
「お兄様が私を先に押したんですよ」
「嘘をつくなよ。溺れていたから助けようとしたのにわざとベティが引っ張ったんだ、ねぇ、母様」
アイザックは義母の横でわざと悲しそうな顔をして見せる。
実際の所義母も周りの召使いたちもアイザックがわざとベティを押したことなんてわかっていた。それでも召使いは素知らぬ顔で、義母はさらに叫ぶ。
「優秀なアイザックに嫉妬してこんな事をしたんでしょう!あぁなんておぞましい、だから妾の子なんてうちで育てるべきじゃ無かったのよ!」
ベティがこの家で嫌われている理由は2つ
1.光魔導師である事
2.愛人の子であるという事
ベティの母はこの家のメイドであったが父、ケイン・シャドウに強引に迫られ、ベティを身籠った、ベティを産んだ後は家を追放されそれっきり、というわけである。
義母、アイリンは夫の不貞にも大層怒ったがベティが5歳の時に光魔導師であるということがわかると一層ベティへの当たりがキツくなった。
この「ベティ」という名前をつけた付けたのも義母であり、曰く、昔飼っていた犬の名前だそう。
『貴方なんて犬の名前で十分よ』
とせせら笑われた時の事をベティははっきりと覚えている。
このようにして散々な扱いを受けてきたベティは内気で、泣き虫な少女だったわけだが、どういうわけだか今日になっていきなり兄に反撃を仕掛けたとなれば大騒ぎになるのは確実だった。
「こんなみっともない人に嫉妬なんてしません。馬鹿馬鹿しい」
はっきりとそう告げたベティに家の人間はギョッと目を向けた。
「ベ、ベティ!口答えなんて恥を知りなさい!」
「口答えではありません。事実です。お話する事は無いので部屋に戻ります」
ベティはさっと背を向けるとドアに茫然と立っている召使いへ向かって
「退いてもらえますか?」
と言い放った。
はっとした召使いは四方へ散るとベティはそのまま
「おやすみなさい」
と一言。
「「お、おやすみなさいませ、」」
唖然とした表情でベティを見送ることしか出来なかった。
◇◇◇
「おい!待てよ!!」
廊下で腕を掴まれたかと思うと息を切らせたアイザックが鋭く此方を睨みつけていた。
黒い髪を振り乱し赤い目は爛々と輝いていて、如何にも怒り心頭。といった様子だ。
「取り消せよ」
「何がでしょう」
「さっきの言葉だよ!!誰がみっともないだって!?」
気に入らないことがあるとすぐ激昂して叫ぶ所が親子そっくりだな、とベティは思った。
「取り消しませんよ。さっきも言いましたけど、事実ですし」
「なんだと!?」
「そうやってすぐ怒鳴り散らす所もみっともないです。幾つなんですか?」
アイザックは先程からずっと動揺している。
昼間池に突き落としてから妹の様子が明らかにおかしいからだ。
いつもなら少しちょっかいをかけただけでめそめそと泣きながら茂みの影へ隠れるようなやつだったのに。
今はアイザックをしっかりと見据え歳不相応な口調で暴言に言い返してくる始末だ。
人格が変わったとしか言いようのないその様に狼狽えたが同時に苛立ちが湧いてくる。
アイザックはシャドウ家次期当主としてそれはそれは手を掛けて育てられた。
本人も才能に秀でていたことがさらに輪をかけてアイザックの尊大な態度を肥大化させていた。
闇魔法の使えない、ましてや妾の子にここまで言われるなんてアイザックのプライドが許さなかった。
「次期当主であるこの俺にそんな発言をして許されると思っているのか?」
「許さなくて結構です。それに次期当主なんてまだ決まっていないでしょう。」
その言葉を聞くとアイザックはさっきの般若のような顔とは打って変わって顔を歪めるとゲラゲラと笑い出した。
「まだ決まっていないって、お前まさか当主になれるとでも思っているのか?」
「シャドウ家当主は魔導師の力量によって決定されているので私にだって可能性はあるはずです。」
「もう少し頭を使えよ!俺は闇魔導師でお前は光魔導師、勝負なんてハナから分かりきってるだろ!?」
そういうとアイザックはまた笑い出した。
実際の所攻撃呪文は闇魔法の特権と良いほど偏っておりこれまでの闇魔導師優遇からしても光魔導師が闇魔導師に魔法で勝つ事はほぼ不可能だ。
「夢を語るのは結構だけどなぁ、実力が無けりゃ所詮口だけなんだよ。」
「えぇ、そうですね。私もそう思います。」
ベティは続ける。
「なので実力で証明します。勝負しましょう。お兄様」
鋭い瞳がアイザックを見据えた。
アイザックはぴくり、と眉を顰めるとニヤリと笑い。
「おお、勿論いいが、妹だからって手加減はしない、いいな?」
「はい、もちろんです。」
アイザックは少し考える素振りをした後。
「では、週末にうちの庭で勝負だ。ちょうど俺の仲間も来るからそいつらを審判にしよう。他にも魔導師がいなきゃ判定ができないだろ?」
「わかりました。では週末」
「ああ、途中でやっぱり怖くなった、とか言って逃げるなよ?」
アイザックはそう告げると自室へと帰ってた。
「さて、変えるのはまず、家の中から」
ベティは頬をぴしゃりと叩くと明日からの鍛錬へ向けて準備へ取り掛かるのだった。