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夢の続きは山登りから  作者: 二宮シン
9/13

アルブムの居場所

『第三部』

 あの後王都ステンツに戻って開始されたアールズの治療は困難を極めた。全身の火傷に加え深く斬られた跡がいくつも体に残っており、喋ることができたのは奇跡だと回復魔法を専門に扱う契約者たちは口にしていた。

 一方、ランシールを含むお偉いさんたちにアルブムの居場所を報告すると、どれだけの戦力があの一帯に潜んでいるかわからない以上、アールズが回復し、敵についてわかるまで、それからどこにアルブムがいるのか正確に聞くまで待つことになる。バニッシュすら打ち負かし、唯一生者が通れない壁を通れる青葉はステンツに残って指示を待つこととなった。

 そんな青葉は一人部屋に籠り、回収したカセットプレーヤーの修理に明け暮れていた。比較的状態の良い部品だらけで、構造も単純な古いカセットプレーヤーだったので、慎重に解体して一つ一つ部品が足りてないか、交換の必要な部品はないかと睨めっこしている。エルピスは暇だというので適当にステンツを飛び回っているらしい。シエルはインテグへの調査の後功績を認められたのと、現状ではできることがないので休暇だという。しかし、時間はあまりないだろう。なにかが起こらないうちに回復してもらえないかと思いながら、カセットプレーヤーを直していく。だが……

「部品が足りないな」

 大まかな修理は三日ほどで済んだのだが、細かい金具の類が足りない。もう一度インテグに戻ってゴミ山から部品を探すかなどと考えながら光の聖堂内を歩いていると、シエルと鉢合わせになった。

「ずいぶん疲れているようだけど、大丈夫?」

「ちょっと寝不足なだけだよ」

 実際は工具がないのでネジを回すにも指先で少しずつ回すしかない緻密な作業を続けているため、かなり神経的に疲れている。温泉にでも入ってゆっくりと休みたいところだが、パーガトリーにはそんな広い温泉施設などなく、ドラム缶風呂かボロアパートについているような安っぽく狭いものしかない。

「アールズの調子はどうだ」

「ほんの少し覗かせてもらったけど、あの時喋れたのは確かに奇跡ね。今は意識を失って、一日中誰かがついているわ」

 まだ回復の兆しはない。そうなると待つしかないのだが、今の青葉にはカセットプレーヤーを直すという目的がある。

「この前持ち帰った言葉を永遠と記憶しておく機械ってのがあるんだが、小さな部品が足らなくてな。どこかに鉄製の金具とかを扱っている店ないか?」

 あまり期待を抱かずに聞いてみると、今にも潰れそうなジャンク屋がステンツの片隅にあるという。

「案内してあげるけど、その後ちょっと私に付き合いなさい」

「なぜだ?」

「細かい作業だってエルピスちゃんから聞いてるからよ。神経張りつめてたら、いざアールズが目覚めた時に動けないでしょ」

「それは一理あるが、なにするんだ?」

「お酒飲んでおいしいもの食べてゆっくりお風呂入る。私の権限で光の聖堂の地下室にある大浴場を貸し切ってあげるから、今日はジャンク屋に行った後は休暇にしてもらうわよ」

 大浴場と聞いて心が躍った。それにジャンク屋もあるのなら、必要な部品とまではいかなくても似たようなものがあるかもしれない。

「それで、金の方は……」

「あんたも報酬貰ったって聞いてるけど、そこから搾り取るつもりはないから安心して。何度も言うけど、お金余ってるから」

 そういうことならとっとと行こうと黒斬りと雲霧を念のため腰帯に挟んでステンツの街並みへ向かった。


 件のジャンク屋は二百以上の家屋が並び、百を超える商店が建つステンツの中でも端の方にある平民街と呼ばれる一角に建てられていた。話を聞くに折れた大剣だとか甲冑だとかを買い取って溶鉱炉で溶かして鉄に戻し、鍛冶場や武器屋に売り払っているという。他にもネイバーがもたらした、まだ普及の進んでいない時計の部品や鍵や錠前なども扱っているようで、初老の男性が雑多に並ぶ鉄製品の棚の奥で暇そうにしている。好きに見ていって構わないと店に入るがすぐに言われたので、足りていないネジや小さな部品を探す。シエルは興味なさそうに鉄くずを見ては専門外だと元に戻していたが、青葉が手にしているカセットプレーヤーを目にした店主であろう初老の男性が興味津々といった様子で見せてくれと頼んできた。

「俺はドワーフとのハーフだから長年生きているが、こいつは見たことがあるな、たしかずいぶん前に似たようなものを買ったような……。ちょっと待ってろ」

 どこが壊れているのかとカセットプレーヤーを見ると、店の奥に引っ込んだ。しばらくガタガタと鉄がぶつかり合う音が店の奥から響いてくると、煤に塗れて店主が出てきた。

「あったぞ、これだろ」

 差し出されたのは作っているメーカーは違うようだが間違いなくカセットプレーヤーで、持っていても邪魔になるだけだからと譲ってもらった。後は受け取ったカセットプレーヤーから代わりになりそうな部品を取り出して直すだけだ。

 そう期待に胸を膨らませていると、シエルがエベル銀貨を店主に差し出して光の聖堂に届けるように頼んだ。

「これから遊ぶんだから、かさばって邪魔な物は後で直してね」

 善は急げと言うが、カセットプレーヤーの修理がそこまで重要かと思えば、そうでもない。エミリーの正体に近づけるくらいだが、今の大きな目的はアルブムの救出だ。その他のことは後々考えればいいかもしれない。

「それで、どこに行くんだ?」

「あんたの用事に付き合ったんだから、遊ぶ前に私の用事に付き合ってもらうわ」


 ついていった先には子供たちが公園のような広場で遊んでおり、平屋が面している。シエルがそこへ足を踏み入れると、子供たちが顔を輝かせて集まって来た。

「こんにちは! シエルおねえちゃん!」

 元気よく挨拶する子供たちを相手に、シエルは微笑ながらお土産だと、さげていた鞄から果物の砂糖菓子を取り出す。それを子供たちに配っていくと、みんなが笑顔でありがとうと食べ始めた。

「ほら、その前に井戸で手を洗う!」

 シエルの声にはーいと答えた子供たちは隅の方にあった井戸へと走っていった。

「あの子たちは?」

「みんな、両親が死んだか捨てられたかの孤児たちよ」

 平屋にはステンツ孤児院と看板が立てられている。

「スプレンドーレの仕事の他に、こんなことまでしているとは意外だな」

「意外って失礼ね……まあ、副業は禁止だからボランティアだけど。それでも身寄りのない子供たちの役に立ちたくてね、私も孤児みたいなものだったから」

 木の下に設置された椅子に腰かけたシエルは、前のめりに座って両指を組んでいる。

「私はお父さんとお母さんが残してくれた遺産があったし、体力にも気力にも自信があったから一人で生きていけたけど、みんながみんなそうとは限らない。だから、余ってるお金でささやかだけど援助してるのよ」

 手を洗い終わった子供たちが果物の砂糖菓子を頬張っている姿を見て笑みを覗かせたシエルは、ふと近寄ってくる人影に目を向けた。

「その、いつもありがとうございます」

 緑髪でエプロンを着た耳の長い女性は、シエルへ自身なさげに頭を下げている。

「見た感じだと、エルフか?」

 ピヌ村で青葉を庇って死んだエルフの特徴を押さえている女性を、シエルはここの清掃と食事作りを担当していると言った。

「私が危険地帯にわざわざ行っていたのにはいろいろ理由があるんだけど、一番はやっぱりこの子たちと一人でも多くのエルフを救うためなのよね」

 恐縮ですと頭をぺこぺこと下げるエルフに気にしないでと肩を叩いているシエルは、自分なりの方法で人や精霊間の差別をなくそうとしているようだ。

「そちらの方は……?」

「ネイバーの蒼海青葉だ。こいつの野暮用に付き合ってここにいる」

 そうですか。エルフはそれだけ言うと、また頭を下げて平屋の方へと戻っていく。

「ご立派なことで」

「あのエルフのこと?」

「いや、お前だよ」

 エルフ一人にアリオーヌ金貨が十枚近く使われるとどこかで聞いたが、この様子だとあのエルフを買ったのはシエルだろう。だとするならば、それは誇りある行為であり仕事だ。

「俺もエルフを助けようとしたんだがな……不注意と不幸が重なって死なせてしまった。だからお前が金の力とはいえエルフや子供たちを養っているのが立派だと思ってな」

 若干の静寂を挟み、シエルは顔を赤くして正しいと思ったことをしているだけだとそっぽを向いた。

「この子たちやエルフを守るためにも、アルブムを助け出さなけりゃな」

「ア、アートルムの封印も忘れずにね!」

 赤くなった顔を手で煽ぎながらシエルは付け足して、その後はカフェに行ってから夜には酒場に行き、この世界で初めての酒を飲んで酔っ払って光の聖堂で借りている部屋へ帰ると、大浴場に浸かってから眠りに落ちた。明日はカセットプレーヤーの修理で忙しくなるだろうから、早めに床へ着いて。


 翌日、ジャンク屋で貰ったカセットプレーヤーを慎重に分解してネジを取り出すと、壊れていた方へくっ付くかためしてみる。目を細めて指先の爪で一回転ずつ回していく作業を蝋燭の明かりと窓から差し込む光で進めていくと、ようやく完成した。カセットテープ自体は壊れていないので差し込むと、懐かしい機械の音が聞こえてくる。最初こそなにが録音されているのかわからなかったが、だんだんと声が再生される。

「私は、今日この日に大学へと進学します! 慣れない寮生活かもしれないけど、お父様とお母様の期待に応えられるよう、ここに覚悟した証拠を残しておきます!」

そこからしばらくは日記のように大学の寮生活へのことが明るく流れていたが、ある時を境に口調が変わり始めた。悪魔が私にとりついた、病院でもわからない。もう何年も苦しんでいる。自分でもわけのわからない行動をする。

 この前、カトリック教会の神父様が悪魔に憑依されたと教えてくれた。エクソシスムも行ってくれるらしい。

 ――体が弱っていくのをゆっくりと味わっている。もう死んでしまいたい。そして天国から悪魔たちを裁いてやる。そしてもう一度――。

 カセットテープはそこで再生することを終え、無理をして作ったカセットプレーヤーは壊れた。この声の主は写真に写っていた女性だろう。だが、なぜこんな物だけがゴミ山ではなくベッドの上に並んでいたのか。

 椅子に腰かけ熟考するも、答えは謎のままだ。それでも、青葉は写真の女性を知っているような気がするのだ。写真に1976年と記されているからにはネイバーだとしても高齢になっているはずだが、エミリーについて調べる際に光の聖堂の書物室で過去の文献に目を通していると、四十年前に現れたが忽然と姿を消したという。だから生きているかもしれないが、パーガトリーはオーストラリアの様に広く、海がある程度までつづくと見えない壁が世界の最奥だと告げる様にそびえ立っているという。調べるのは困難だろう。

 と、写真とパーガトリーの地図を見ながらどうしたものかと頭を回転させながらインテグから持ち帰った物を見返していると、カセットテープの裏に名前が記されていた。手掛かりにはなりそうにないが名前がわかると、エミリー・ローズという名前と書かれていた本名から本当の正体となぜ死んだのかが唐突に思い起こされた。

「そういえば、あれは実話だったな」

とある映画の、とある登場人物。それは役に立たないがエミリーについて深く思い起こすことができた。メモしようかとペンを手にした時、扉がノックされ、シエルとエルピスが浮かない顔をしている。

「青葉、あのね……」

「目を覚ましたんだな」

 言葉にしなくても、それくらいはわかる。そして目を覚ましたということは、青葉がインテグを超えて地獄の門へと行くことになったのだろう。

「詳しく話すから、ついてきて」

 いつもと真逆な静けさを含むシエルの声に、黒斬りと雲霧を腰帯に挟むと、エルピスが肩に乗っかった。

「スリルは好きだけれど、今回ばかりは遊んでいられないね」

 苦笑でいつものペースを保っているようだが、怖いのだろう。ネイバーである青葉には地獄の門付近がどれだけ恐ろしいところなのかわからないが。

 ほどなくしてランシールの前にやってくると、立派な白いロングマントを羽織って、背中には大剣を背負っている厳つい顔に口ひげを生やした男が腕を組んでいた。

「初めましてだな、ネイバー。私はユーランド騎士団団長のエルフレーム・シャベリオだ」

 堂々とした佇まいでガッチリしていて背の高いエルフレームは胸を張ると、青葉を見やる。

「いい筋肉をしている。特に上半身は相当鍛え上げたようだな」

 そのままジロジロと見ながら来ているスーツに手を伸ばそうとしたとき、なにかがエルフレームの頭を叩いた。

「そんなんだからゲイと間違われるっていい加減覚えなってのさ」

 頭を擦っているエルフレームを叩いたのは、エルピスと同じような人霊だった。顔は猫を人間に近づけたようであり、翼の生えた薄い茶色と白が混じった茶トラの猫だった。

「どうも、わっちがエルフレームと契約しているケットシーのステラでさ。二度は名乗らないから覚えておくでさよ」

 荒っぽく田舎者のような口調のステラはフンと引き下がると、私はゲイじゃないとエルフレームが抗議する。ただ剣を持つ者がどのような筋肉をしていて、それに見合った装備をしているのかが無性に気になるらしい。

「そろそろ本題に入ってもいいかしら」

 一連の流れを無視していたランシールが咳払いをすると、一同がそちらを向く。

「まだ動ける状態ではありませんが、アールズは意識を取り戻してくれました」

「敵の戦力はわかったのか?」

 単身突撃する青葉は真っ先にそれについて聞いたが、慌てないでくださいと押しとどめ、重要な話故に順を追って話すと口にする。

「まず一に、地獄の門付近――今回の件からアンフェールと正式な名前を得た地域ですが、知っての通り精霊とネイバーしか通れません。戦うことのできるネイバーは青葉しかいないため、エルピスを連れた二人でアルブムの救出をお願いする形になります」

「護衛の精霊とかはいないのか?」

「契約者に同伴できる人霊は一人限りであり、闇の力が増幅している現状では下手な精霊を連れて行っても足手まといになるでしょう。ですから、見つからないようにアルブムが捕えられているという廃城へ向かってください」

「その後はボクの出番だね。音を立てずにアルブムの傷を治せば、その背に乗っけてもらって逃げればいいからさ」

 ワイバーンであれだったのだ。竜となれば恐ろしい速さで飛ぶのかと肩を落としていると、エルフレームが一歩前へ出た。

「おそらく逃げる際にアートルムやクラッドの連中が妨害してくるだろう。だから、騎士団の半分を連れて逃げる際の護衛を約束しよう」

「クラッドの連中もいるのか? 生者じゃ通れないはずだが」

「語弊があったようだ。アンフェールへ入ることのできるのはネイバーだけだったはずだが、最近になってクラッドの連中も入れるようになったとの目撃情報がある」

 それらの足止めをしてくれるわけだ。百人いるユーランド騎士団の半分が来てくれるのならば心強い。それでも、助けに行くのは青葉一人だが。

「それから、アールズが暴れてくれたおかげで凶暴な精霊たちもかなり数を減らしたようです。逃げた精霊もいるとも言っていましたから、隙は必ずあります」

 単独潜入任務か。どことなく心が躍る役割に浮かれるなと頬を叩き、いつ始めるかとなった。

「時は一刻を争います。アルブムの光の防護壁は貫ける物のない完璧な防護壁ですが、魔法は使えば使うほど体に支障が出始め、魔力とでもいいましょうか、魔法の使える限度を示す数値が零になれば魔法は解けてしまいます。ワイバーンの準備はできていますので、お願いいたします」

 ここで断れば恥知らずもいいところだ。またワイバーンに乗るのかとため息を付きながら黒斬りと雲霧を抜いて、ポケットに入れていた布きれで油や血の跡を拭う。

アートルムさえ殺さずに倒せば世界は救われる訳だから、アルブムを助けて余力があれば相手をしてもいいかもしれない。そんな簡単に戦えるほど気楽な相手だとは思えないが、アートルムこそがマックダフの言う魔だろう。その親玉を止められるのなら、全力で止めてやる。


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