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夢の続きは山登りから  作者: 二宮シン
8/13

エミリー・ローズ

話し合いはそう長く続かずに終わると、暗い顔つきでシエルがもう一度ランシールの待つ二階に来るように言う。

「なにがあった」

 どこもかしこも忙しなく人が動き回る光の聖堂を早足で進むシエルに聞くと、想定外で最悪なことが起こってしまったと嘆いており、詳しくはランシールから聞くことになった。

 二階に上がりランシールの待つ部屋にも、騎士や人霊を連れた契約者が詰めかけている。シエルは少し待つように言ってから、どうしたものかと頭を抱えている。

 なんだ、今度はいったいなにが起こったのだ。

 ほどなくして疲れ切った表情のランシールと対面すると、その疲れ具合は仕事のし過ぎなどではないと直感で理解できた。

「今の騎士や契約者には、王都の騎士団長と副騎士団長が配置を決めることで落ち着きました。騎乗用のワイバーンと馬の用意も急ぎで進ませています」

 ランシールはそう言うと、額に手をやって青葉を見やった。

「これだけの騒ぎです。よくないことが起きたのは理解していると思いますが、状況はその想像をはるかに超えています」

 そのままランシールはため息を付いて椅子に深く腰掛けた。

「いったいなにが起こったのか説明してくれ」

 そうですね、ランシールは尚も疲れた表情のまま、単刀直入に言葉にした。

「白竜アルブムが、クラッドによって捕えられました」

「なっ!」

 エルピスが激しく動揺しているが、ネイバーである青葉は事態の重要性に気づけずにいた。しかし、この騒ぎを見ればただ事ではないことぐらいはわかった。

「黒竜アートルムと白竜アルブムは精霊たちの頂点に立ち、天国と地獄の狭間にあるパーガトリーで死んだ生き物の魂を導く存在でした。その二匹の力により光と闇の均衡は保たれ、同時に天国と地獄に挟まれた不安定な世界を支えていたのです。ですがアートルムが乱心したことで闇の力が増幅し、凶暴な精霊たちは力をつけて人を襲うようになりました。それでもアルブムがいてくれたから、危ないところで均衡は保たれていましたが……もし、アルブムが殺されるようなことになれば、この世界は崩壊を始めるでしょう」

「たかが竜が死んだだけでこの世界は崩壊するのか」

「見えない力で繋がる天にある扉と地にある扉が支えとなって、天国と地獄に押しつぶされないようになっているのです。それは私が生まれる遥か昔から、一定の周期で強力な精霊が二人選ばれ守ってきていたのです」

 それが今回はアートルムとアルブムだったというわけだ。なるほど、天と地がつながって柱となっていたなら、どちらかがなくなれば崩れるのは理にかなっている。

「滅茶苦茶な話だがなんとか理屈は分かった。それで、アルブムさえ助け出せればいいのか?」

「その通りです。しかし、偶然スプレンドーレの者が目にした様子ですと、クラッドの契約者たちの攻撃とアートルムの尋常ではない力でアルブムは破れ、その黒炎で焼き尽くされるところを、ウィスプの使うような防護壁を体中に展開させて身を守ったと聞いています。ですが、突然二匹が戦っていた地帯が暗闇に覆われ、それが晴れる頃にはアルブムはいなくなっていたようです。絶望的な状況でどこにいるのか見当もつきませんが、この世界が保たれているということは、まだアルブムが生きている証拠です」

 クラッドの連中が静かにしていたのは、このためなのかもしれない。

「そこで、ワイバーンやら馬を集めて探しに行くってわけか」

 そうですと頷いたランシールは、指をパチンと鳴らすと先ほどのグランウィスプが飛んでくる。

「これより私たちスプレンドーレも国王ユーランド・ステンツ直属の騎士団ユーランドの騎士と共にアルブムの捜索に出ます。役職による上下は関係なく、力のあるものが先頭に立ち、草の根分けても探し出すのです。――そこで、司祭シエル・ローリアンには混ざり合った地『インテグ』へ向かってもらいます」

「インテグ、ですか……」

 声のトーンが見るからに落ちたシエルは下を向きかけたが、両手で頬を叩き了解しましたと気合のある声で答えた。だが、どうしても空元気に聞こえてしまうのは気のせいではないだろう。

「面倒な所なのか?」

「ボクも詳しくは知らないな……」

 二人でこそこそ話していると、準備が必要とのことでシエルが出ていこうとした時、ランシールはとめた。

「様々な危険地帯を渡り歩いてきたあなたでも、インテグに一人で行かせるわけにはいきません」

 そう言うとランシールは青葉たちを疲れた瞳に映して、同行してくれないかと頼んできた。

「無論、ただとは言いません。インテグは危険地帯ですから、捜索が終わり帰還し次第エベル銀貨二十枚の報酬を約束します」

 日本円で計算して一枚五千円ほどのエベル銀貨を二十枚なら、悪い話ではない。だが、そのインテグがどんな場所なのかわからなければ承諾できない。そこのところを聞くと、アートルムが守っていた地獄への扉に近い地域で、年中薄暗く、強力な精霊が潜んでいるという。

「――以前の俺なら、生きる者を斬ることに抵抗があったから断っただろうが、今の俺はこの世界の住民として、生きていかなけりゃならない。だからついていって、どんな化け物でも斬る。できるだけ殺さずに撤退させるだけにはするがな」

 それで構わないとランシールは言うと、グランウィスプがシエルの傍らに控えた。

「ワイバーンの準備ができ次第向かってください。必要なものがあれば、階下の者に頼むといいでしょう」

 そうして、まだまだ話し合わなければならないことが大積みのようで、青葉たちは退出した。

「本当にいいの?」

 階段を下りて人でごった返している一階の聖堂に戻る途中、シエルは小さな声で青葉に問う。振り向くと、はじめてシエルが青葉に真剣な表情を向けている。

「ネイバーだから知らなくて了承したのかもしれないから、断れるうちに教えておくけど、インテグは生者じゃ入ることもできない地獄の扉の近くで、闇に属する精霊にやられたら地獄の門まで連れていかれて、男なら生きたまま食べられるか、女なら死ぬまで慰め物になるかの危険地帯なの」

「だから俺が行くんだろ。化け物どもの巣に」

「……今の私じゃ戦いにもならないから、あんたは私やエルピスちゃんを守りながらの戦いを強要されるのよ。それがどれだけ厳しいか、わかるよね」

 荷物を持ったスプレンドーレの聖職者たちが通り過ぎながら、二人は見つめ合っていた。しかし、青葉は不敵に笑うと、エルピスも微笑んだ。

「訂正するところが二つあるな。まず一に、戦うのは俺一人じゃなくて、エルピスも戦うから二人だ」

 なめてもらっては困るとばかりに、エルピスはその場に光の壁を作りだし、運ばれている荷物からレッドキャップより得た力で武器を自由自在に操っている。

「それから二に、俺の戦いの発端は守るためのものだった。多少斬ることに抵抗はなくなったとはいえ、その信念は今も根付いている」

「そういうことだよ。ボクらはボクらの信念と価値観で君を守って、いつかは世界だって守るつもりだからね。気にすることはないさ」

 要は好き勝手やっているだけなのだ。それに青葉たちは白霧の山を登り切り、マックダフから頼まれ、世界を覆い尽くす闇を相手に戦うと決めているのだ。

「だから気にするな。それに、ようやく姿を見ることができた美人の友達を見捨てるなんてことはできないからな」

 その台詞はクサすぎるよとエルピスに言われてやかましいと返している青葉は、頭を掻きながら不器用にだが笑ってみせると、心配するなと付け足した。すると、それまで固まっていたシエルは頬を少し赤くした後、小さく俯いた。

「ありがとね」

 ボソッと呟いたシエルの声は周りにいる人の声にかき消されたが、青葉の耳にはしっかり届いていた。

「どういたしまして」

 若干の静寂が流れると、二人して笑い出した。

「ほら、二人とも行くって決まったんなら準備しなきゃ。人間は旅をするときに色々と入用なんだろ?」

 エルピスの声にわかっているから急かすなと言いつつ、青葉の心には日本で感じたことのなかった暖かさの火が灯った気がした。それがなんなのか、くっきりとはわからないが、それを知るためにも、そしてエルピスに礼を言うためにも、生きてこの世界を守ろうと意気込み、準備に取り掛かった。


 どうやら急げば日帰りでなんとかなる距離と広さなので、契約者同士だからかさばる食い物は最低限に抑え、季節も初夏のような暖かさなので布団一枚あればいい。そのほかに薪や飲み水を青いリュックに詰め込めば準備は完了した。問題は、この先ワイバーンに乗っていかなければならないということだ。

「二人で乗れるために大きな雄のワイバーンを用意してもらったから。リュックもこの子の腰のあたりにでもぶら下げて大丈夫よ」

 そう言いながら頭を撫でられているワイバーンは、光の聖堂の屋上からいつでも飛びたてるといわんばかりに濃い緑色の翼を広げている。

 白霧の山では輪郭だけだったのでどんな姿かしっかり見られなかっただけに、こうして会いまみえるとかなり威圧感がある。

 鋭利な牙と爪、刺々しい鱗の生えた表面と棘の生えた翼。大きさは動物園で見たサイよりも大きく、翼が広がったままなら像にも匹敵する。これはワイバーンというより、ドラゴンだ。

「こいつに、その、乗るわけだよな」

 なにをいまさらとリュックを騎乗用の背中から腹にかけて括り付けられた乗るための台座に引っ掛けており、青葉の荷物は反対側に引っ掛かった。

「高いとこが苦手なわけじゃないが、振り落されないよな」

 うーんと考え込んだシエルは、年に百人は落ちていると当たり前のように口にした。

「……なあ、馬にしないか」

「ここ百年のネイバーは馬に乗れないって聞くけど?」

「それは、練習してからってことで……」

「もしかして、ワイバーンに乗るのが怖いとか?」

 図星を突かれ、ウグッと後退する。しょうがないだろう、いくら契約者といっても、空から落ちれば死ぬのだ。

 そんな風ににやにやとされながらどうしたものかと思考を巡らせていたら、冗談よと笑われた。

「この子たちは頭もいいし人間がご飯をたくさんくれるって知っているから、なによりも人間を守るのよ。仮に落ちても、咥えてでも拾ってくれるから大丈夫」

 馬鹿にされた分は後々なにかしらで返すとして、男なら覚悟を決めるかとシエルに続いて飛び乗った。エルピスは流石にワイバーンと並走して飛ぶのは無理なようで、青葉の胸に抱かれる形で乗ることになった。

「かなり速く飛ぶから半日で着くけど、念のために、はいこれ」

 前に乗りワイバーンを操るシエルは荒縄を手渡してくる。

「その名の通り命綱だから、絶対に離さないでね」

「咥えてでも助けるっていうのは?」

「何事にも限度があるからね。だから念のためなのよ」

 空中を飛びながら振り落されて、一本の荒縄を掴んだまま風に揉まれる姿を想像したら血の気が引いたので、柄ではないが神に祈ることにした。

「さて、行くわよ」

 シエルがワイバーンにつけてある縄を打ちつけると、翼をはためかせて空へと舞いあがる。ある程度の高さにまで登ると、白霧の山の山頂にいた時の様に世界のすべてが見えた気がしたが、あっという間に加速し始め、景色を見ながらの空中散歩はキャンセルとなった。代わりに横へ落ちるバンジージャンプを永遠と続けているような感覚に囚われながら、いつしか笑いしか出てこなくなると、そこからの記憶がスッポリと抜け落ちた。


「ほら、降りる」

 すっかり暗くなってきた頃、半分気を失っていたような青葉は真っ白に燃え尽きていた。あのボクシング漫画の様に。

「腑抜けてないで! 私を守るんでしょ!」

 揺さぶられてフッと命綱を離すと、落ちるという恐怖が蘇ってきて目が覚めた。同時にワイバーンの背中から落ちる途中に悲鳴をあげかけたが、見下ろすエルピスとシエルの視線に気づいて、到着したのだと気が付けたので悲鳴は喉で止まった。

「スプレンドーレってのは、大変なんだな」

 こんなものに乗ってあらゆる地域に存在する精霊や人霊を調査するなど、自分には無理だと潔く受け入れた。

「それにしても、ここら辺は本当に暗いね」

 青葉と違ってスリルを楽しんでいたらしいエルピスは辺りを見回している。落ちた時にぶつけた頭を押さえながら立ち上がると、確かに薄暗い。

「もう夜なのか?」

「言ったでしょ、インテグは薄暗いって」

 その理由であろう地獄の門とやらは、シエルの説明を聞きながらでも感じ取れた。どす黒く不快な感覚で、この先にまっすぐ進めば、この世の恐ろしいものが全て現れるような――ん?

「地獄の門は、あっちだよな」

 指でさしてシエルに確認すると、間違っていなかった。そっちには生者が通ることのできない結界が張られているようだが、精霊は通ることができるとも聞いた。しかし、問題はそこではない。地獄の門の方から感じる感覚が、最近よく見る夢に出てくる化け物と同じように思えるのだ。

「向こうにいるのは、闇の側にいる精霊たちなんだよな」

「そうだけど、絶対に行かないからね。地獄の門の先には恐ろしい悪魔が待っているんだから」

 悪魔――その言葉を聞いた時、頭に誰かの影がよぎった。一瞬のことで思い出せないが、青葉は地獄の門の方にいるなにかを知っているのかもしれない。

「ほら、さっさと行くわよ。混ざり合った地インテグはそう広くないから、今日中に終わらせて帰るんだから」

 ワイバーンに安全な所で休んでいるように命令すると、一つ疑問を思い出した。

「ランシールも言ってたが、その混ざり合った地ってどういう意味なんだ?」

「そのままの意味よ。地獄の門が近いから、そこからはみ出てきた弱くて小さな悪魔とか、あんたたちの世界から時代も場所もバラバラなものが集まって作られた場所でね。強力な精霊がいるのも危険な理由の一つなんだけど、どこになにが現れるか見当もつかないから注意する必要があるの。例えば、突然鉄の塊が落ちてきたりとか。あれとかそうよ」

 指差された先には、見覚えのありすぎる物体が半壊しながら放置されていた。

「これがさっき話した鉄のイノシシだ」

 もう造ったメーカーも分からない程に錆びて潰れているが、よく見れば、車のほかにも携帯電話だとかパソコンだとかの残骸も転がっており、山となって積まれている。さしずめゴミの山だ

 最近の物から世界史の授業で習った断頭台や帆船なども見受けられるが、最近の物の方が圧倒的に多い。当たり前か、ゴミ問題が深刻になる程に物で溢れていたのは現代なのだから。壊れたものしかないところを見ると、ここは作られた物がネイバーとして現れる場所なのだろう。

「俺にこいつらを治せる知識と機材があれば、この世界の文明レベルは数百年以上進歩するんだがな」

「もしかして、さっき聞いたみたいにどこにいても言葉が送れたりするの?」

「それはちょっと難しいが、馬より速い移動手段やらワイバーンなんてものに乗らなくても空を飛べたりはするかもな」

 電波が飛んでいない以上携帯電話は使えないが、もしかすると使える物があるかもしれない。しかし、ここは危険地帯だ。とっとと探索をすませよう。

「いや待て、探索をするとはいうが、具体的にどうするんだ」

 こんなゴミ山に訪れてもクラッドの連中がいるとは思えない。ましてや竜となると、捕まっているのなら大きな建物なり洞窟なりにいるはずだ。なぜこんなところに来たのか。青葉はそれをそのまま伝えると、他の騎士団とスプレンドーレは元々クラッドの目撃情報の多かった場所へ送られているらしいが、青葉たちは全てを知っている黒幕であるアートルムの住処であるインテグに送られたそうだ。

「とはいっても、そんな気配はしないぞ」

「アートルム自体がクラッドを引き連れて移動しているっていう説もあるからね。アルブムとの戦いを包んだ暗闇っていうのも、奴らが隠れるための魔法なのかもしれないわ」

 だったら、ここにアートルムがいない以上長居は無用だ。危険地帯だというのなら尚更早く立ち去ったほうがいい。しかし、シエルは訝しがるように顎へ手をやっている。

「ワイバーンに乗って私たちが現れた時点で襲われると思っていたのに、この静けさはなに……?」

 気のせいだろと言おうとしたら、エルピスもなにかがひっかかるようだ。

「若干だけれども、ボクの体に消滅した精霊の力が入ってきているんだけど……たぶん、ついさっきまでここで戦いが起こっていたよ」

 エルピスまでも怖い事を言う。こんな陰気な場所からはとっとと帰りたいのだが……ん?

 考え込んでいる女二人を余所に、視界をゴミ山の端に向けると小さな人影があった。アルブムでないことは確かだが、その逃げるようにゴミ山の向こうへ消えてしまった人影がなぜか気になってしょうがない。

「ちょっとついてきてくれ」

 二人に人影のことを話して、罠だとか精霊が化けているだとか言われたが、そんな気はしなかった。なにかもっと懐かしいような、そんな気配を感じたのだ。とにかく何が出ても守ると約束して追いかけると、呆れられながらついてきてくれた。

 そこらにゴミ山が積まれていて、オイルや腐臭に交じって血の臭いがする方へ人影を追いかける。着いた先にはポツンと、ホテルかなにかの部屋だけが一室抜き取られて佇んでいた。

「大きく壊れている様子はないわね……それに、修理されたのか一から造られたのか、とにかく人の手が入ってるみたい」

「わかるのか」

「いろんなところを回っていたら、いつの間にか身についちゃったのよね」

 つまり、これだけが瓦礫とゴミに覆われたインテグで特別な物だということになる。シエルはアルブムがこんなところにいるわけがないと言って、放っておこうとエルピスも去ろうとしたか、傾いているドアの向こうに見えた置時計が視界に入ると、あの夢がフラッシュバックするように頭を駆け巡る。

「ちょっとだけ寄らせてくれ」

 なにを言いだすのかとシエルが青葉を止めようとしたときには、すでに走っていた。間違いない、あそこには夢で見た世界が広がっている。

 傾いた扉を開けると向かい側の壁はなく吹き抜けになっているが、夢で見た三時を示す時計の針と、なにかに押し付けられたベッドが置いてある。部屋の光景も夢で見たまんま再現されている。

「こんなところになにがあるっていうのよ」

 シエルは無駄なことをやめるよと言うが、青葉はその他に置かれた机や床に散乱している紙切れや壊れたカセットテープを手に取った。更には幸いというか、偶然というか、否、恐らく必然的に、まるで青葉のようなネイバーがここに来てもいいよう、カセットプレーヤーとカセットテープ、修理に必要な機材がベッドの上に並べられていた。

「これは、ドイツ語か」

 散らばっている紙一枚を手に取って見てみると、入院中と退屈な講義の途中に暇つぶしとして覚えた主要七か国の一つであるドイツ語で文字が書かれている。カセットテープにもドイツ語で単語が並んでおり、記憶にあるドイツ語の読み方を頼りに紙やカセットテープに書かれている文字を読み進めると、一貫してとある存在について書きつづられていた。

「悪魔は実在する……私は悪魔に取りつかれた……病院でも原因がわからない……」

 そう、悪魔だ。それに病院という単語で、これはネイバーが残したものだと、少なくともこの世界にいる人が書いたものではないとわかった。

「あれ、なんだろうこれ。絵にしては恐ろしいほどに正確だけれど」

 エルピスが部屋の中の散策に付き合ってくれて見つけた物は、机の下に落ちていた古い写真立てだった。写真も色あせてヒビが入っているがカラーで残っており、金髪の青葉やシエルと同い年くらいの女性が映っている。写真下部には、1976年と印字されていた。

「これも、あんたの世界の技術で作られたの?」

 覗き込んできたシエルに、写真という一瞬の風景を永遠に留めておく技術だと説明してやると、魔法を超えていると驚いていた。

「アルブムとは関係ないが、ここにある物はリュックに詰めるだけ積めて持って帰らせてもらう」

「どうせ誰のものでもないゴミだからいいけど、なんの役に立つのよ」

「あえて言うなら、悪夢の原因を探す為ってところか」

 二人は何のことだかさっぱりだったようだが、いったん待機しているワイバーンに戻ろうとなった時、追いかけていた小さな人影が壊れた壁の向こうにひょっこりと現れた。まだ小学校中学年程度の女の子は黒いローブを羽織っており、短い金髪と金色の瞳で青葉だけを視界に捉えた。

「もうすぐ、もうすぐだよ、ネイバーさん」

 無邪気で純粋な声を聞くと、なぜか背筋がぞっとするほどに悪寒を感じる。それに、会ったこともないのにネイバーだとなぜわかった、服装をこの世界に合わせたというのに。

 青葉は自然と黒斬りに手を伸ばしていた。ここで斬るべきだと、直感だが青葉はそう感じており、まさに引き抜こうとしたとき、外で竜巻のような突風が吹き荒れ、次いでゴミの山が黒炎に包まれた。

「まだだよ、まだ死んじゃだめだからね」

 少女は外の様子を見た刹那に姿を消してしまった。しかし、あの黒炎には見覚えがある。それに、アルブムへのヒントがつかめるかもしれない。

「シエル、たぶんこの後戦いになるだろうから下がってろ」

 固唾を飲んで頷いたシエルに合図を送って外に飛びだすと、腰までのくせ毛が混じった銀髪を風になびかせている女と、予想通りサラマンダーのバニッシュが睨み合っている。よく見れば、銀髪の女は傷だらけで立っているのがやっとといった感じだ。

「もう一度だけ言うぜ? 俺様に従え。お前の風で俺の炎を煽って、なにもかもを焼き尽くす為になぁ!」

 大声を張り上げているバニッシュと相対する片膝を付いてしまった銀髪の女を見て、エルピスはシルフのアールズだと声をあげる。そのアールズはボロボロになりながらも、断ると澄んだ声で返した。

「なら、邪魔なだけだからなぁ……死にな!」

 即座にエルピスへ防護壁を展開させるように言うが、間に合わずアールズは黒炎に包まれた。バニッシュの手のひらから放たれ続ける黒炎を途中から防護壁で止めたが、アールズは瀕死の状態だ。

「シエル! そいつの治療を頼む!」

「あんたはどうすんのよ! まさか、サラマンダーと戦う気?」

 その通りだよと言い返してやると、無茶だと言われる。それでも、サラマンダーのバニッシュは青葉の前で二度も力のない者を一方的に殺そうとした。

「借りを返すぞ、準備はいいかエルピス」

「万全すぎて待ちくたびれているよ」

 ならば報いを受けさせるまでだ。ゴミ山の影からバニッシュへ向き合うと、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

「あの時殺し損ねた人間か。ゴキブリみてぇにしぶとい奴だなぁ」

「そのゴキブリにこれから負けるお前はミジンコ以下だな」

「ハッ! この前はマックダフの野郎を敵に回すと厄介だから見逃してやったが、今回こそ逃げ道はないぜ? 人間よぉ」

「お前も気付かないのか? 俺が力を手にしたってことを」

 久しぶりに黒斬りを引き抜くと、バニッシュは舌打ちした。

「あの爺さんが隠してやがった刀とかいうやつか。まぁ、そんなもんだけで俺様を止められるだなんて思うなよ?」

「なら、ボクも戦うよ」

 エルピスは四大精霊の一人を前にしてもひるむことなく肩から飛び立つ。

「なにかと思えばリャナンシーじゃねぇかよ! その様子だと契約したみてぇだが、雑魚は雑魚同士つるむことにしたってのか?」

 どこまでも煽って、他人を下に見るバニッシュのペースに合わせないように深呼吸すると、黒斬りを構える

「確かに俺たちは弱かった。だがな、俺たちは成長したんだよ」

 一瞬でケリをつけてやる。青葉は秘剣雷突きの構えで突っ込むが、寸でのところで上空へと逃げられた。

「ずいぶんと速かったが、空には届かねぇだろ?」

 余裕面で空から見降して、黒炎を両手に生み出して投げつけてくる。だがそれらはエルピスの防護壁の前で霧散した。連続して黒炎の塊を投げつけてくるも、防護壁は傷一つつかず、防護壁が間に合わなかった黒炎は黒斬りで斬り裂いた。

「どうしたよ、四大精霊。さっきから単調な攻撃しかしてこないが、それしか出来ないのか?」

文字通り炎を煽ってやると、怒ったのかなにもない空間に穴が開き、そこからも黒炎が飛んでくる。何倍にも増えた黒炎を見て、防ぎきれないとわかるや否や、雲霧を引き抜いてミストレナートを唱え、辺りを濃霧で囲んだ。バニッシュは見えないからか闇雲に黒炎をそこら中に投げているが、青葉はバニッシュの真下にまで走ると、飛び上がってバニッシュにひっついた。

「何事も地に足付けねぇとな!」

 黒斬りを握った手でバニッシュの顔面をぶん殴ると、数瞬気を失ってか地面へと落下して目を覚ました。

「ふざけやがって……なら正面から斬り刻んでやるよ!」

 エルフを突き刺した時と同じ炎を纏った剣を生み出すと、それを構える。――なんの教えもなく、ただ力に酔っただけの構えに、青葉は思わずため息を付いた。

「死にやがれ!」

 青葉の雷突きと違い、ただ真っ直ぐに突撃してくるだけの攻撃に、右手に握った黒斬りと左手に握った雲霧を目の前へ突き出す。バニッシュはそんな動作知ったことではないと剣を振り下ろそうとした瞬間、青葉は目を見開いた。

「秘剣、真剣両刃取り」

 振り下ろされる剣を二刀の刀を交差させて受け止めると、突撃してきた衝撃を体ごと後ろへ倒すことで和らげ、その反動を利用して受け止めた剣を弾いて、雲霧を手放して黒斬りを両手で持つ。

「黒牙一閃!」

 目が見えてからはじめて使った黒牙一閃は、刀身の何倍もの先を黒い衝撃波でぶった斬るという力任せで荒っぽい技だった。しかし、黒牙一閃はバニッシュの右腕を切り落とすと、刀身についた血を振るって払い、勝負はついた。所詮真剣での斬り合いなど、時代劇の様に長引かず、一瞬でつくものなのだ。

「俺様が……負けたのか? ……死ぬのか?」

 右手を付け根から失って膝を付いたバニッシュを、放っておけば出血多量で死ぬだろう。しかし、青葉の戦いは守るのが前提の戦いだ。黒斬りと雲霧を鞘に納めると、エルピスに止血を頼んだ。

「闇の側に堕ちたバニッシュを生かすというのか?」

「その通りだ」

「治したらまた暴れるかもしれないんだよ!」

 世界のためにも報いを受けさせてやろうよと騒ぎ立てるエルピスに、青葉は静かに答えた。

「命は何にだって一つだ。それにここはもう白霧の山じゃない。ならば、俺の勝手な恨みで命を奪ってしまうのは、俺の嫌いな一方的な力だ」

 それに罪は正当に償うところで償わせるから頼むと苦笑を浮かべると、面倒な相手と契約を結んだと愚痴を零していた。

「まあ冷静に考えれば、殺しちゃったらアルブムについて聞けないしね」

「そういうことだ。任せたぞ」

 はいはい、エルピスが両手をあげて呆れながらも治療に移ろうとしたとき、茫然としていたバニッシュを光り輝く雷が矢となって胸に風穴を開けた。何事かとバニッシュを見やれば消滅を始めており、その粒たちはエルピスではなく、視界の先――黒装束の少女に集まっていった。

「やっと死んでくれた。これで、また一つ夢に近づいたよ」

 無垢な瞳の少女はクスクスと笑っている。突然消えて、突然現れて雷の矢を放ったこの謎だらけの少女はいったいなんなのか。不気味な感覚に苛まれながらも近づこうとすると、少女へバニッシュの崩壊した粒が集まっていき、力を吸収したのか、空へと舞いあがる。

「バニッシュを殺させてくれてありがとう、私と同じネイバーさん」

「同じ、だと?」

 聞いた話では四十年はネイバーを観測していないという。仮にネイバーだとしても、こんな小さな子が一人で生きていけるとは思えない。

「お前は、誰だ」

 明らかにおかしい存在の少女に問いかけると、まん丸の瞳を開いた。

「私はエミリー、エミリー・ローズ。またきっと会うと思うから、今日はバイバイ」

 待てと叫んだが、空中を逃げられては追いかけようもない。なにが目的でどこから来たのか、謎だらけだが、ふとバニッシュの黒炎に包まれたシルフのアールズのことを思い出す。ゴミ山の影でグランウィスプの回復魔法で火傷や体中の傷を治していたアールズは奇跡的に生きていた。

「今は意識を失ってるけど、命に別状はないわ」

 流石は四大精霊とだけ呼ばれるものだと感心していると、シエルはニッコリと笑った。

「この世界の脅威を一つなくしてくれてありがとね」

 エミリーと名乗った少女を見ていなかったのか、どうもシエルは青葉がバニッシュを倒したのだと思っているらしい。いったんエミリーの件は王都ステンツに戻るまで保留しておくことにしてワイバーンを呼ぼうとしたときだった、アールズが薄く目を開いた。

「あたしが人間相手に、貸しを作ったとはね」

 意外と普通に喋れたアールズは、バニッシュが消えた事に気付いてか、誰が倒したのかと聞いてきた。

「殺す気はなかったんだが、ネイバーの俺とリャナンシーのエルピスが倒したよ」

「そう、あなたたち、強いのね」

 そこで咳き込んだアールズを早く連れ帰って本格的な治療を受けさせようとシエルが急ぐと、その前にバニッシュを倒した青葉に伝えることがあるとやけどの跡が痛々しく残る顔を向けてきた。

「あの地獄の門の先にある廃城に、アルブムが捕えられているわよ」

 その言葉に一同驚きを隠せなかったが、当たり前だなとアールズは口角をあげると、つい先ほど、アルブムを追って地獄の門まで突き進んだという。その過程でここら一帯の凶暴な精霊たちはアールズに殺されていたらしい。

「なぜ、そこまでしてアルブムを助けに行ったんだ」

 この世界の危機とはいえ、四大精霊について教えてもらったとき、シルフはパーガトリーを旅していると聞いた。自由奔放とも受け取っていたので、こんな無謀な突撃の理由がわからない。

「簡単な話なのよ。あたしがアルブムに惚れてるだけさね」

 精霊同士でも恋という概念はあるのかと、また一つ新しいことを知ると、アールズの目が朧になっていく。

「でも……乗り込んだのはいいんだけどね、アートルムはいなかったけれど待ち構えていたバニッシュに力を貸せって迫られて……力及ばずに逃げて、この様なのよ」

 生者は通れない地獄の門の先にアルブムはいる。そうなると、バニッシュが死んだ今なら、アートルムさえなんとかすれば助け出せる。

「でもね、急ぐんだよ。この世界の闇は増幅を続けているからね……だからネイバー、あなたの力を貸してもらうよ」

 ここにきて自分が呼ばれて驚いていた青葉に、ネイバーなら地獄の門付近の生者が立ち寄れない壁を越えられると口にした。

「ネイバーは一度死んだ身だから。それに自分から地獄や天国に行けるように両方の扉がある場所には通れるのよ」

 アルブムの居場所がわかり、そこへ行けることとなったが、まずは王都ステンツに帰還して報告してから命令を待つことになった。

「エミリー・ローズ……」

 ワイバーンをシエルが呼んで、なんとかアールズを含めた三人を乗せられるように荷物をどかしたりしている中、謎に包まれた自分と同じネイバーの少女が気になってしょうがない。あの小さな影も、エミリーのものだろう。だとしたら、この壊れたカセットテープや写真と関連する人物なのだろうか。謎は深まるばかりだが、シエルが呼ぶので戻っていった。きっと、またここにくるだろうと思いながら。


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