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夢の続きは山登りから  作者: 二宮シン
2/13

クラッド

『第一部』

 ――この香りはなんだろう。トラックに跳ねられて死んだと思っていたというのに、どうしてか嗅ぎ慣れた香りが鼻孔をくすぐる。懐かしさと、それから悲しさを含んだ香りは……そうだ、線香の香りだ。

 幽霊にでもなって自分の葬式に出ているのだろうか? それにしては四肢の感触もあり、体も動く。それに、もう開かないはずの瞼もゆっくりとだが開いていき、おぼろげな光を瞳に映す。そこには黒光りする立派な仏壇に、数えきれないほどの線香が供えられていた。同じくその前には、ずいぶんと背が小さい……いや、体そのものがずんぐりむっくりとしている、ロードオブザリングの小人と例えられる背中が見てとれた。


「起きたのかい」

 どうやら寝ていたらしい青葉の視線に気が付いてか、小人はこちらへ振り向くと、茶色く薄汚れた顎鬚をたっぷりと生やしていた。


「ここは……?」

 辺りを見回してみると、薄暗い小屋の中のようで、仏壇と蝋燭くらいしか置かれていない。それに、目の前にいる小人はいったいなんなのか、死んだはずではないのか、わからないことだらけだ。

 そんな様子を察してくれてか、小人は咳払いして喉を整えると、こちらを向いて座りなおした。

「ここにくるお前さんのような連中は決まって同じ疑問を抱く。死んだはずだ、ここはどこだ、ワシはいったい誰だ。もう長い事生きてきたから、その手の質問には答えなれとるよ」

 小人は人差し指を立てると、一つずつ答えていくと前置きをおいた。


「まず、お前さんは間違いなく死んだ。どういう経緯で死んだのかはわからぬが、確かに死んで、天国か地獄に送られるはずだったのだが……まれに未練を残した死者が天国と地獄の狭間にある煉獄――ワシらが『パーガトリー』とよぶ世界に転生したのだよ」


「転生……」

 アニメや漫画で異世界に転生する物語が流行っているとは聞いたことはある。しかしそれはフィクションであり、実際に起こりうることではない。それに脳の構造に関する書籍を暇な時間に読んでいたから知っているが、天国や地獄自体が存在するはずもない世界だ。

 だが、こうして生きている。ためしに腕をつねってみるが痛みもあり、夢でもない。


「受け入れるのには時間がかかるだろうよ、落ち着いたら声をかけてくれ」

 しゃがれた声の小人の言葉で我に帰ると、両頬を強く叩いて深く深呼吸し、俯いて今の状況を冷静に整理していく。

 結果、とにかく知らない世界で生きているのなら、まずは情報収集だと青葉は顔をあげた。


「まだ現実味はないが、一応こっちは大丈夫だ。それで、あんたの名は?」


「マックダフ、ドワーフのマックダフとでも呼んでくれ」


「ドワーフ、ねぇ……」

 テレビで見たファンタジー映画によく出てくる空想の存在、それが目の前にいるということは、ここは本当に異世界というわけだ。

 青葉は剣道で鍛えた瞑想を思い出して冷静さを保って、マックダフに問いかける。


「さっきの口ぶりから、俺みたいなやつのことを多く見てきたようだが、そいつらはどうやってこの世界で生きているんだ? 皆目見当もつかない」

 両手をあげて降参をアピールすると、マックダフは一度死んだにしては頭がよく回るなと青葉を見やる。そして二つに一つだとマックダフは言う。

「お前さんたちの世界からやってきた人間を、この世界では『ネイバー』と呼んでいる。そのネイバーに対し、パーガトリーの住民は知恵を要求してくるだろう。そちらの世界では高度な教育を受け育った人間が多いそうだからな。パーガトリーではそういった教育を受けられるのは一部の貴族や王族だけだ。だから、ネイバーとして期待されている知識があれば、生きていくぶんには困らないだろうよ。だが、知識がなければ世間を知らない厄介者だ」

「それで、期待されている知識ってのは?」

「大雑把に例えるのなら、数字に精通していることくらいだ。丁度ここから近い小さな村にはそういった者がおらん。そこなら数時を数えられるだけで大丈夫だろうよ」

 その程度で安心した。まだこの現状を受け入れきったわけではないが、話の流れを見るに、人間はいてコミュニティが形成されている。それならなんとかなるかもしれない。

「しかし、ワシの知る限りここ四十年はネイバーを見ていないからの、村の住民も、この世界自体も、お前さんにどういうふうに接するか確実なことは言えん。だから、これを持っていけ」

 マックダフは立ち上がると、暗くてよく見えなかった部屋の隅に立てかけてある棒状の物を手に取ると、蝋燭の明かりでそれを照らす。

「かつて、何百年も前に現れた侍とかいう連中が持っていた日本刀とやらを真似て、パーガトリーにある鉱石で作った物の一つだ。侍は剣に名をつけるというので、一応『荒削り』という名を付けた。名の通り荒っぽいつくりだから簡単に折れるが、ないよりましだろう。それと、これもだ」

 鍔のない木製の鞘におさめられた日本刀――荒削りを受け取ると、一粒の豆が差しだされた。

「これは?」

「この世界の言葉と文字、数字を一粒で覚えることのできる『言葉の種』だ。ワシは長年生きてきたから日本語とやらが話せるが、そこらの村人では通じないだろう。貴重な物だが、ワシが持っていても宝の持ち腐れだから、くれてやるわ」

「……ちょっとばかし失礼になるが、どうしてそこまでしてくれるんだ?」

 なにか恩があるわけでもない異世界の住人にここまでするのは、正直不気味だ。なにか裏があるのかもしれないと、どうしても勘繰ってしまう。しかし、マックダフはたいした理由はないと言った。

「ネイバーは死んだ後、パーガトリーのどこに現れるかわからん。それが偶然この小屋の近くで倒れていた。それだけだよ」

 そっけなく口にするマックダフが何か企んでいるようには見えなかった。だいたい、異世界の住人を騙したところでなんの得もない。疑ってしまったことをすまないと詫びてから、緑色の言葉の種とやらを口に放り込んでかみ砕いた。味はしなかったが、飲み込んだ瞬間に頭に電流が走ったかのような感覚に囚われ、体が痙攣する。騙されたのかと思ったとき、スイッチを切ったように電流も痙攣もおさまった。

「ちょっと刺激が強かったかの」

 そんなことを言いつつ、マックダフは立ち上がるとついてくるように促した。村の方角を教えるというので、頭を押さえながらベルトに荒削りを固定すると、扉を出てパーガトリーをこの目で見ることになった。

「なんだ、この山」

 想像通りの小屋を出てすぐに、目の前には見上げるほどの山が堂々と佇んでいる。木々に覆われ、斜面も急だ。

「ネイバーには関係ないかもしれないが、この山は『白霧の山』と呼ばれる神聖な山だ。試練を乗り越えて登頂することができれば、おそらく人間を超えるほどに成長できるだろうよ」

「試練? 登るだけじゃないのか?」

「それだけでは簡単すぎるからの。この山に挑む者は登頂するまで両目が見えなくなる。そのうえに、凶暴な精霊が山に挑みに行った者を襲うのだ。護衛をつけて登っても構わんのだが……もう数百年はここで登る者を見送ってきたが、いまだに一人として登頂とした者はいないの。早く登り切るものを見つけねばならぬのだが」

 小さなドワーフのマックダフは、いったい何百年生きているのだろうか。そんな疑問が浮かぶと、お前さんも登るかと見上げるように聞かれた。

「生憎と地に足付けた生活が体に染みついてるんでね、目も見えずにこんな山を登るなんてことは御免だよ」

「そうか、そうだな……また一本線香を供えなくてよかったよ」

「その口ぶりだと、あんたが視力を奪っているのか?」

「流石はネイバー、鋭いの。まあ、ワシにもちょっとした役割があっての。この山を登った者に託す物を持ったまま、何百年も山に挑み死んでいった魂に、侍から教わった仏壇と線香とやらを使って安寧を祈っておるのじゃよ。だが挑まないのなら、決して足を踏み入れるのではないぞ。山に入ったその時より光を失うからの」

 気を付けるよ。青葉はそう言うと、マックダフが白霧の山を右手に進んでいけば村があると教えてくれたのでそちらへと向かった。まだ現実味を帯びていないことだらけだが、運よく拾った命を生かすため、どうにか知識を武器に生きていこう。


 マックダフに言われたとおり進んだ先には、二十から三十の家屋で構成される村が見てとれた。農作物も育てているようで、どこか穏やかな風が流れている。ここで上手くやっていけるのか、そんな不安を抱えながら村へと足を踏み入れると、頭巾をかぶってブドウのような果物を取っている人々からの視線が集まった。

「あんたいったい誰だ? 行商人には見えないが」

 初老の男性が額の汗を拭いながら歩み寄ってくると、ベルトに固定した荒削りを見てか眉にしわを寄せる。

「面倒事は勘弁しろよ」

 気が付けばぞろぞろと村人らしき人々が集まって来たが、敵意がないことを伝えるために荒削りを地面に置く。

「ちょっと待てって、なにも刀を振り回しに来たわけじゃない。マックダフとかいう爺さんからの紹介で来た蒼海青葉って名前の一般人だよ」

 冷静に、誤解を生まぬようにそのままのことを口にすると、一同に困ったような表情を浮かべた。

「あの爺さん絡みかよ……」

 初老の男性はため息と共に言葉を吐き出すと、続いて村長を呼んで来いと青葉と同い年くらいの青年に告げている。

 そのまましばらく待っていると、杖を突いた丸禿のおじいさんがゆっくりとした足取りで歩いてきた。

「ここら辺では見ない格好だ。それに見たところ荷物の一つもない。このピヌ村にどこから来て何をしに来たのだ? 返答次第では村に入れてやることはできないぞ」

 見た目の割にははっきりした口調の村長は見るからに警戒している。他の村人も同様だ。確かに今の服装はジーパンに黒のTシャツだけである。一方で村人たちはそれこそファンタジー映画のような、もしくは歴史の授業で習った中世頃の農民の格好だ。これでは怪しまれても文句は言えないので、包み隠さずマックダフに拾われたネイバーだと言った。

「ネイバー……通りでおかしな格好のわけだ」

「疑わないのか?」

 青葉はあっさりとネイバーだと認められたことに若干の動揺を覚えたが、マックダフに聞きに行けば嘘か眞かなどすぐにわかるので気にしないという。

「それで青葉とか名乗ったらしいが、この村には無用者にくれてやる空き家などない。だが利益をもたらしてくれるのなら馬小屋くらい貸してやろう」

「マックダフからの話だと、この村では数字が数えられれば役に立つと聞いているが、俺なら数はいくらでも数えられるし、四則計算もできる」

 四則計算と聞いて首を傾げた村人たちに足し算や引き算のことだと説明するが、それすらも知らない人ばかりだった。唯一村長だけは話についてこられているようで、何度か頷いている。

「本当にそれができるのなら、証明してみせろ。今、村の中で待たせている行商人がいる。しかしどうにも胡散臭い輩なのでな、紙面上に間違いがないか見てみろ」

 いきなりハードルが高いことを押し付けられたが、これを越えなければマックダフの小屋に戻ることになる。それは一人で生きていくことができない証となるだろう。そうならないためにもやってみせると話に乗ったが、肝心な貨幣の相場がわからない。

「すぐに覚えろ」

 村長は行商人を待たせている取引の席へ向かう途中に懐から取り出した手のひらほどの皮袋を開けると、二種類の硬貨が入っていた。

「このアルム銅貨が三枚もあれば小麦のパンが買える。それが五十枚集まるとエベル銀貨になる。ここにはないが、エベル銀貨が四十枚でアリオーヌ金貨になる」

 淡々と説明する村長の言葉を頭の中で反芻して一枚ずつの価値を覚えていくと、次は今回の取引で使われる果物の値段を口頭で説明され、繰り返し口にして頭に叩きこむが、周りの村人たちはわかるわけがないと嘲笑にも似た表情だ。

 ――理系の難関校に受かってきた実力を見せてやる。

 青葉は村人たちを一瞥すると、行商人が待っていた村の真ん中に置かれたテントと木製のテーブル、椅子に村長と腰かける。

「待たせて申し訳ない。こちらも急な要件だったのでな」

「いえいえ、懇意になされているピヌ村との取引ですから、多少の時間は問題にもなりません」

 ニコニコと笑っている茶色いチェニックを身に纏う行商人は、手元に何枚かの羊皮紙とペンを用意していた。対してこちらにはリンゴやブドウのような果物がいくつかの籠に詰め込まれている。

「そちらの方は?」

村長はその質問にちょっとした客人とだけ答えると、行商人が差しだしてきた羊皮紙に目を通している。しかし、読むスピードがとても遅い。何度も同じ文や数字を見直しては、読み終わったものをもう一度見たりしている。

「ちょっと借りる」

 読み終わった羊皮紙を一枚手に取ってみると、見たことのない文字だが、言葉の種のおかげかスラスラと読める。そして先ほど教わった硬貨の価値と果物の値段、提示している買い取り金を、次第に村長が率先して渡す様になってすべて読み終えると、無知は罪という言葉を思い出した。

「一籠につきエベル銀貨一枚分と書かれているが、あんたが提示しているのはアルム銅貨四十二枚だ。これをここにあるすべての籠――九籠をこの条件で売るとなると、一籠につきアルム銅貨八枚、合計で七十二枚の損害をこちらが負うことになるわけだが、これに関して何か特別な取り決めでもあるのか?」

 ニコニコと笑っていた行商人は青葉の言葉がつづくにつれて表情が崩れていき、周りで見ていた村人や村長は目を疑うように行商人を見ている。

「そ、それには街へ入るための通行税分を引かせていただいており……」

「ここに記されている次に立ち寄る街のことか? 見たところ通行税はアルム銅貨四枚となっているが、それを踏まえても三十六枚分足りないな。一通り目を通したが、それ以外に掛かる費用もない。それで、この三十六枚分はどう説明するんだ?」

「ええと、だから……」

 もはや笑顔が崩れた行商人を、状況がつかめてきたのか村人たちが取り囲んでいく。今にも殴りかかりそうな村人たちだったが、手は出さないように先に制した。

「痛めつけても一銭にもならないだろ。それに、過去の取引に使用された羊皮紙があればだまし取っていた分を請求することができる」

 それならば家に保管してあると村長が口を挟んだ。そして真っ青な顔つきになった行商人を逃がさないようにとだけ屈強な二人の村人に頼むと、ようやく一息つけた。

「あんた、すごいんだな」

 誰かがそう口にしたが、こんなもの中学生でも見抜ける不正だ。パーガトリーの教育水準がどれだけ低いのか、この村だけで決めるつもりはないが、おかげでこの村で厄介になれそうだと、村長が持ってきた過去の取引を一枚ずつ確認して安心していた。


 結果的にエベル銀貨十枚が今までの取引における騙し取っていた分として払ってもらい、違約金としてさらに五枚のエベル銀貨を搾り取ると、行商人は死んだような顔つきで馬車に乗り去って行った。

 その後はとんとん拍子に事が進み、馬小屋どころか一階建ての日本なら月に六万も払えば借りられそうな一軒家をあてがってもらうと、村に訪れる行商人とのやり取りは青葉が引き受けることになった。もともと学があったのと学生間での弁論大会に出ていた経験もあり、不正を暴きつつも村との取引を打ち切らせない程度に対応していく日々が過ぎていった。始めこそはよそ者だと嫌な視線が向けられていたが、村に入ってくる金が増えれば増えるほどに疎外感はなくなり、一月も経てば信頼をおいてもらえるようになった。どこにいても人間とは現金な生き物なのだ。

 しかしパーガトリーについて知る事は多く、紙がないので羊皮紙に村人から聞いたことを逐一メモしていった。

どうやらこの世界には、マックダフも口にしていた精霊と呼ばれる人外の生き物が当たり前の様に存在しており、代表的なものは耳が長く手先の器用なエルフ、炭鉱や鍛冶場などで働くドワーフなどだろうか。その他にも人霊と呼ばれる人間に宿る妖精のような奴らもいるらしい。

だがこの世界にも一方的な暴力という格差は存在した。ドワーフは人間社会に適応して、人霊は人間だけでなく木々や水に宿り生きているが、華奢で美形なエルフは奴隷として売り買いされる商品となっているのだ。丁度この村に昨日やってきた貴族の一団――どうやら白霧の山へ挑むために来たらしい彼らは、少女のエルフの足に鎖で鉄球を繋げて逃げられないようにして荷物持ちにしている。あと数日はこの村にいるという一団にこき使われるエルフを見るたびに心は痛み、同時に一方的な力に抗ってやると覚悟していた日本での思いが蘇った。

 だから、助けることにした。貴族の一団が硬貨をふんだんに使って無理やり人を追い出して休んでいる家にいるうちに、外で野晒しのまま膝を抱えて震えているエルフを連れてどこかへ逃げる。この一か月で地図も手に入ったし、取引の際に給金として貰った分がいくらかある。都合のいいことに剣道で覚えた技がそのまま使える荒削りもあるので、最悪の場合は戦うこともできる。そういった準備をすませて譲ってもらった穴だらけのリュックを背負い荒削りをベルトに固定すると、夜が来るのを待った。


 村の明かりが完全に消えた事を確認すると、木こりが使う斧をもって貴族の一団が占拠している二階建ての家屋へと音を立てずに近づいた。中からはいびきが聞こえてくるが、玄関の外にはボロボロの服を着た緑髪のエルフが膝を抱えて座り込んでいる。ご丁寧に鎖は玄関近くの柵に巻きつけられ、解くことはできないだろう。とりあえずエルフに近づくと、反射的にビクッと体を震わした。

「な、何のご用でしょうか」

 エルフは長寿で成人してから見た目がほとんど変わらないと聞くが、目の前で震えながら青葉の言葉を待つエルフは十四かそこらだ。

「柄じゃないんだが、助けに来た」

 エルフはポカンとしているが、今は時間が惜しい。今すぐにでも斧で鎖を断ち切ると言うが、逃げたら酷い目に合うと顔を膝に埋めた。

「心配するな、逃げ道もいくつか用意してあるし、路銀と、それから近くの街に入るための通行税くらいはある」

 諭すように一つ一つ説明してあげると、エルフはなぜ自分のような奴隷にそこまでするのかと、当たり前のことを否定されたように聞いてきた。

「気に入らないだけだよ」

 それだけ言うと、斧を振りかぶった。もしも音が響いて見つかってもいいように走れるか確認すると、それを振り下ろそうとした。しかし、突然村の入り口の方から火の手が上がり、次いで家屋が火に包まれ、炎の中から悲鳴を上げて飛び出してきた村人が、背後から剣に刺されて鮮血を飛び散らせる。

 なんだ、これはなんだ、いったいなにが起こりやがった。

 わけのわからない事態にどうにか冷静になろうとよく見ると、悲鳴を聞いてか家から出てきた村人たちを、闇夜に紛れやすい黒装束を着こんだ人間たちが襲っている。その背後には、文字通り黒い炎を身に纏った赤髪で半裸の男を連れて。

「クラッド……」

 状況がつかめない青葉を余所に、エルフは小さくそう呟いた。

「奴らを知っているのか!」

 十名ほどの黒装束の人間達と炎を纏った男は小さな村で殺戮の限りを尽くしている。だから今はとにかく情報が必要だ。情報を掴んで事態を飲み込めば逃げ道も打開策も見つけ出せるかもしれない。だからボォッとしているエルフを揺すって聞くと、もうおしまいだと涙を流していた。それでも再び聞けば、奴らを指差した。

「パーガトリーにある天国と地獄の門を守る二匹の竜……白竜アルブムと黒竜アートルム……そのアートルムが世界を滅ぼす為に、四大精霊の一人サラマンダーと手を組んで、それに便乗する人々の総称……あそこにいるのが、サラマンダーのバニッシュです……」

 とことんファンタジーだなと悪態をつきながら、もう用意しておいた逃げ道が炎に包まれているので力任せに斧を振り落としてエルフを自由にすると、その細い手を取った。

「必ず守ってやる! 一緒に来い!」

「まも、る……」

 ボソボソと呟いているエルフの手を取って駆けだすと、騒ぎを聞きつけてか貴族の一団も表に出てきた。逃げていくエルフとクラッドと呼ばれる集団。貴族の見るからにお坊ちゃんらしき男は混乱し、こんなところへ来なければよかったと泣きわめいている。都合のいいことに貴族が連れてきた騎士たちは戦うようなので、時間は稼げる。その隙にとにかく走って逃げるのだ。とてもではないがあんな相手と戦える自信はない。

 黒炎に包まれ、そこら中が血の赤に染まっていく道を駆け抜けていくと、村の出口が見えてくる。しかし、荒っぽい笑い声をあげて半裸の炎を纏ったバニッシュとかいう精霊が宙を舞って背後に舞い降りた。

「挨拶ついでに立ち寄ったこんなちんけな村でも燃えていく人間を見るのは最高だ! だがなぁ、やっぱりまだまだ殺してぇなぁ!」

 手品どころの騒ぎではない黒炎を生み出していくつも浮遊させると、青葉たちに向かって飛んでくる。咄嗟に避けることはできたが、あんなものをくらえば全身火傷で生きてはいられないだろう。

「クソッ! この状況は不味い!」

 悪態をつきながらもエルフを連れてひたすらに走った。バニッシュは鬼ごっこかと笑いながら黒火の玉を投げては退路を断ち、いたぶるように追い詰められていく。間違いなく殺そうと思えば殺せるはずだというのに、バニッシュはいたぶり続けた。どこまで逃げられるかなどと口にしながら。

 それからどれだけ走ったことだろう。地図は持っていても土地勘がないのでしゃにむに駆けていくと、最悪なことに白霧の山へと通じる崖が目の前に立ちふさがった。時を同じくして、右も左もバニッシュの黒炎が壁の様に走り、逃げ道をなくす。

「俺様が飽きたから、鬼ごっこはここまでだぜ?」

 バニッシュは地に下りると、その両手を合わせて炎を集め、開くと真っ赤な刀身の西洋の剣が作りだされた。

「人間がよくやるっていう、肉の串刺しって奴をさぁ、俺もやってみたくてよぉ……てめぇらで試していいよなぁ!」

 バニッシュは叫ぶと剣を水平に構えて突っ込んできた。せめてもの反撃として荒削りを抜こうとしたとき、手を握っていたエルフが背後の崖へと青葉を突き落した。

「守ると言ってくださった、優しい人間様。どうかあなただけでも生きてください」

 ニコリと微笑んだエルフは、次の瞬間には串刺しになり、息絶えた。

 ――許せない。一方的な力で弱者を虐げて、殺していいはずがない。青葉は必ずバニッシュに――クラッドに報いを受けさせてやると誓って、崖の下へと落ちていった。


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