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夢の続きは山登りから  作者: 二宮シン
12/13

弱い者二人の終着点

 闇の側にいる精霊も、クラッドの連中も出払っているのか、地獄の門が開いている悪意の塊のような感覚と、もう一つの大きなどす黒い邪気だけが廃城から漂ってくる。間違いなく、エミリーがそこにいるのだろう。

「最後の戦いだね」

 エルピスがいつも通り肩に座ったまま緊張を含んだ声でそう言うと、とうとうだなと固唾を飲んで廃城へ足を踏み入れる。崩れた門をくぐり通路を抜けると、鼻歌が聞こえてきた。見やれば、アートルムの死体の上で膝を振りながら金髪の――写真で見た女性が上機嫌な様子でこちらを見た。

「お前は……」

 こちらに気づいてか、鼻歌を止めてこちらを向いた。

「こんにちはネイバーさん。地獄の門が開いて悪魔の力が強くなったおかげかな。やっと私も元の姿に戻れたよ」

 あの写真に写っていた姿のまま、エミリーはアートルムから降りて微笑む。

「本当にあともうすぐなんだ。私の夢が叶うのは」

「だから邪魔するなというのか」

 すでに黒斬りを引き抜いて構えている青葉に、エミリーは遠くを見る様、目を細めた。

「置いておいたカセットテープと散らばっていた新聞とかを読めたのならわかると思うけれど、私は一方的に悪魔に憑りつかれて、そして死んだの。でもね、どういうわけか小さいころの姿になっちゃったけど、パーガトリーにある契約っていう手段を使って、憑りついていた悪魔と無理やり契約して従えたの。それから四十年かけてアートルムを操って、クラッドを組織して、抱き続けていた夢まであと十日もかからないの」

「十日が経てば、パーガトリーは地獄と天国に潰されてなくなる。お前も死ぬんだぞ」

 そんなことはないよ。エミリーは子供のように笑いながら否定する。

「私の力なしでも、クラッドのみんなだけでアルブムは倒せる。そうすれば天国の門が開いて、私はクラッドを引き連れて天国に行く。天国を支配したら、神様の力でもう一度生まれ変わる。それが私の夢なの」

 一方的に人外の悪魔に殺されたエミリーの無念は計り知れないだろう。だからエミリーの願いとやらには筋が通っている。だが、それを許してしまっては美しいパーガトリーが消えてなくなるのだ。

「ネイバーとしてもう一度生きることができたんだ。元の姿に戻れたんなら、こんなバカげたことはやめろ」

「わかってないなぁ。こんな不便で汚い世界で生き続けるなんて絶対にいや」

 同じネイバーだというのに、青葉はパーガトリーを美しいと思い、エミリーは汚いと思っている。説得が不可能であるならば、アルブムなしでもやるしかない。

「あんたの気持ちが分かるだなんて、そんな虫のいいことを言うつもりはない。ただ俺は俺の守りたいもののために剣を振るう。それが俺の――守るための戦いだ」

 なら、ここでどちらかが死んで消えるしかないね。姿は大人になっても子供の様に純粋なエミリーの言葉を皮切りに、バニッシュの黒炎を何倍にも膨れ上がらせた塊が、その手から投げられる。とはいえ、野球選手でもないエミリーの投げ方では避けるのは造作もなく、すぐさま斬りかかった。しかし、空へと逃げられ斬撃は届かない。

「届かないなら、届かせるまでだ!」

 黒牙一閃を叫んで何度も黒い衝撃波を空中のエミリーに向けるが、自由自在に飛び回っては回避される。それならば、と、ミストレナートで視界を封じて飛び上がり雲霧の一太刀を叩きこむが、エミリーの体の表面には薄らとアンフェールを囲むような壁が展開されている。

「アハハ! 悪魔の力とバニッシュの力、それに全部は吸収できなかったけれどアートルムの力まで吸収した私に、そんな細い剣じゃ傷一つ負わせられないよ! それに……」

 エミリーは着地した青葉に迫ると、その腹を殴りつけた。とても女性のものとは思えない拳の一撃は、青葉を吹き飛ばして見張り台の壁に激突させる。

「あなたより、ずっと、ずうっと強いの! どうする? その剣じゃ斬れなくて、身体能力も上の相手に、あなたはどうやって戦うの? 勝てるわけないのにね!」

 絶望的な力の差は相対した時から覚悟していた。それでもやるのだと、エルピスに傷と痛みを直してもらいながら立ち上がり、一度落ち着く。そうして周囲とエミリーの位置を確認して不敵に笑ってやった。

「それはどうかな」

 もしも力の差が圧倒的で黒斬りも雲霧も役に立たなかった時に使おうとしていた、たった一つだけ用意してきた策。この状況で笑う青葉には、流石のエミリーも顔を曇らせた。

「どうせ、強がりでしょ」

「というよりは賭けだな。パチンコだとか競馬だとかを馬鹿にしていた俺だが、勝つには運に頼るしかなさそうだ」

 そう言ってエルピスに合図を送ると、ミストレナートで広場全体を包んで視界を封じた。

「だから、そんなの時間稼ぎだってば」

 いい加減鬱陶しくなってきたのか、エミリーは濃霧越しでもわかる程の巨大な黒炎を宙に浮かべる。

「全部、燃えちゃえ」

 エミリーから青葉は見えていないが、その黒炎はバニッシュとアートルムの力が合わさった強力な物だった。しかし、青葉は濃霧を晴らすほどに黒牙一閃を連続で放ち黒炎をかき消す。

「ただ投げてくるだけじゃ、いくらでも回避できる手段はあるんだよ。どれだけデカくても、どれだけ多くてもな。それに俺は自慢じゃないが頭がいいからな、いずれ打開策を見つけるぜ?」

 とことん煽ってやると、宙にいたエミリーに怒りの表情が見てとれる。圧倒的な力を持ち、長年生きているほど、自分より弱い奴に好き勝手言われるのが気に入らないのだろう。それに、エミリーからすれば長年の夢が花開く寸前。とっとと青葉を殺したいはずなのだ。だから、エミリーはバニッシュの様に炎を纏わせた剣を創り出した。ただの炎ではなく黒炎なあたり、かすっても火傷じゃ済みそうにないだろう。

「たくさん叩いて殺そうとも思ったけれど、面倒くさいから一突きで終わらせるよ」

 地面に下りてから瞬きする暇もなく距離を詰められたが、黒炎を纏った剣は青葉の秘剣、真剣両刃取りで軌道がずれた。

「この瞬間を、待っていた!」

 即座に三度目のミストレナートを唱えると、エミリーを濃霧が包んで青葉が視界から消える。

「いい加減、その霧の魔法も飽きたよ。早く焼け死んでくれない?」

 濃霧の中、余裕なのか佇んでいるエミリーはため息を吐きながらそんな事を言うが、すでに青葉の策にはまっていた。

「焼け死ぬのはお前だ、エミリー・ローズ」

 濃霧が晴れるほどの強風が突然起こると、エミリーの目の前には黒炎を口の中にため込んだアートルムが翼をはためかせていた。

「運命っていうのは、こういうことを指すんだろうね」

 そのアートルムの頭上に座っていたエルピスの言葉と共に、エミリーは状況を掴む暇もなく、アートルムの黒炎に包まれた。

「バンシーの力でも、起き上がらせるのがやっとだったよ」

 エルピスが吸収した、白霧の山で立ちふさがった死体に宿る人霊バンシーの魔法。死体を人形のように操うその力を、アルブムから詳しく聞いておいたエミリーのいる場所――廃城の中というヒントを元に作られた作戦。黒牙一閃で斬れなく、ミストレナートを使った不意打ちも効かない。そのうえ青葉を上回る力を持っているとしても、精霊の頂点であるアートルムの黒炎を近距離で浴び続ければ倒せる。エミリーが地面に下りてアートルムの死体の近くに来ることが条件の賭けだったが、上手くいった。そのままバンシーの力が切れるまで吐き続けた後に残っていたのは、黒焦げになって倒れているエミリーの姿だった。

「勝ったん、だよね?」

「どうだろうな」

 青葉は再び地に付したアートルムからエミリーに近づくと、まだ意識があった。しかし、とても戦えるようには見えない。体中が火傷で肌が抉られる様に禿て筋肉が露出しており、足に至っては元々女性として細かったからか、右足のふくらはぎの途中から千切れかけている。当然金色の髪の毛は燃え尽きて、生きながらえても髪は生えてこないだろう。

「あ……あ……私、の……夢」

 まつ毛も眉毛も燃え尽きているといのに口を微かに開いたエミリーは、全身がダークナイトのトゥーフェイスのようになりながらも青葉の顔へ手を伸ばそうとして、黒焦げの炭のように途中から折れた。

「もう終わりだよ、エミリー」

「ち、違う……私の、名前……」

 そういえばアルブムが言っていた。エミリーは本名を忘れていると。用意してあったカセットテープの裏に書かれていた名前を見落としていなければ分かっていたというのに。

「終わったのか」

 ふと声のする方を見れば、マックダフがアートルムの死体の横にいた。地面が続いていればどこにでも行けるというのは、便利な魔法だ。

「まだ生きておるが、とどめは刺さんのか?」

「……」

 エミリーは、記憶がただしければ一方的に悪魔に憑りつかれて死んだ、いわば被害者だ。世界のためとはいえ、放っておいても死ぬだろうし、今までの罪もあるが、殺すことに多少の抵抗がある。そんなエミリーは、青葉を見つめている。

「おし、えて……私の……名前」

「それは、未練なのか?」

 その問いにほんの少しだけ頷いたエミリーに、最後の情けをかけてやることにした。同じネイバー同士、せめてもの手向けだ。

「1976年、ドイツで発生した保護責任者遺棄致死事件を元に作られた映画のタイトルがエミリー・ローズだ。どうしてお前が本名ではなく映画のタイトルを――それも公開前から名乗っていたのかは知らないが、この事件はおそらく初めて、悪魔について法廷で取り上げられた事件だった」

「その……事件で死んだのは……」

「……アンネリーゼ・ミシェル。とても美人なクリスチャンだったらしいな」

 見る影もなく丸こげになっているエミリー――いや、アンネリーゼはそれだけ聞くと、どこか笑ったような気がした。

「ありが……とう……」

 沢山の命を奪って、パーガトリーを押しつぶそうとしていたエミリー・ローズは、アンネリーゼ・ミシェルという本当の名前を取り戻して息絶えた。皮肉にも、青葉の嫌う一方的に死んだ彼女を、青葉が殺したのは数奇な巡りあわせだった。

「さて、これで戦っておる奴らも落ち着いたろう。後はワシに任せておけ」

 マックダフは言うと、姿を消した。代わりにずっと感じていた地獄の門が開いているという感覚はなくなり、アンフェールから侵食していた大地にも緑が戻っていくのがここからでも見えた。

「終わったんだね」

 エルピスが飛んできて肩に座る。ああ、やっと終わった。青葉とエルピスの、弱い者同士がたどり着いた頂での戦いが。


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