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夢の続きは山登りから  作者: 二宮シン
10/13

アルブムと共に

またシエルとワイバーンに乗ることになったが、青葉の消耗を抑えるために低速で空を駆けていた。周りには騎士団を乗せたワイバーンが何匹も飛んでおり、一つの大きな塊となってインテグを目指す。この大人数を気づかれては侵入する前に警備が厳重になるかもしれないので、騎士団は前回よりも遠くに降り立ち、散会しつつアンフェールを囲む壁へ水平に展開する。シエルの操るワイバーンのみ可能な限り接近し、その先は青葉とエルピスに託される。アルブムの救出とアートルム率いるクラッドに気づかれないように潜入する様はジェームズ・ボンドの様にスマートに行われるのが理想的だが、青葉にそんな技術も知識もない。だからといってランボーのように力任せでは思わぬ事態に遭遇するだろう。

つまりは、ぶっつけ本番で敵地へ乗り込み、人質を救出し、敵の目を欺いて脱出する。そんなアクション映画のテンプレートのような行動が求められるのだ。武器は拳銃やマシンガンではなく、黒斬りと雲霧だが。それでも、エルピスという相棒が随伴してくれるので多少は気が楽になる。これが映画なら、差し詰めボンドガールだ。

「見えてきたわよ」

 ゆっくりと夜になるまで進んだワイバーンの大隊は分かれていくと、シエルが緊張感を抱いた声で到着の知らせを告げる。ここからは見つからないように高度を落とし、前回訪れた際のゴミ山の一つへ隠れるように舞い降りた。

「俺でも嫌な気配ってのがわかるよ」

 白霧の山で鍛えられた感覚だけで、どす黒く不快な空気を感じ取れた。それは以前より強くアンフェールを覆い、放っておけば世界のすべてが飲み込まれてしまうのではないかと思えるほどだ。

「無茶しないでね……」

「無茶の一つも超えなけりゃ厳しいだろうから、その約束はできないな」

 シエルのか弱い声を、青葉は軽く跳ね除ける。心配しなくても大丈夫だと、そう分かってもらうために。

「でも……」

「死にそうになったら一目散に逃げるよ。だから、いつでも飛びたてるように準備しといてくれ」

 なら、頑張って。青葉がアンフェールを眺めると、シエルは静かに口にした。頑張るとも。もう一度こうして生きることができた輝く世界なのだから。天国の外側で地獄が口を開けようとしている世界でも、せっかく白霧の山を登り切ったのだから、闇に覆わせはしないし、生き残る。

「帰ったら極上のシャンパンとありったけの肉を食わせてくれ!」

 そして、赤いマントを風にはためかせてシエルの元からアンフェールへとゴミ山に隠れながら進む。

「こういう時って、帰ったら告白するとか、幸せになろうとか言うものじゃないのかい」

「出会ったのは結構前とはいえ、こうして接するようになったのはここ数日だろうが。俺はそんなに安い男じゃねぇよ」

 二人の会話に口を挟まなかったエルピスが茶化すが、そういう約束を交わした時に限って死ぬものなのだ。だからこれも跳ね除けるが、共に行く。隠れられるゴミ山がなくなればエルピスが飛んでクラッドの連中や強力な精霊がいないか確かめてもらいながら、一歩一歩進んでいけば、アンフェールを囲む壁とやらに到着した。

「なんとなく、空間自体が淀んでいるみたいだな」

 触れれば水の様に波紋が広がりそうな壁の向こうへ足を踏み入れると、いよいよアンフェールに到着だ。木々はなく、川も池もない。インテグより薄暗く、動くものすら見当たらず閑散としている。そんな中にポツンと、赤茶色の煉瓦で造られた城が佇んでいる。話では、何百年も前のネイバーたちが悪魔の信仰を掲げて造っていたらしいが、精霊たちに襲われてそれっきりだという。アールズが言うには、正面にある半分崩れている門から入った先にある広場にアルブムは防護壁を展開しながら鎖で厳重に縛られているらしい。そのアールズが暴れてくれたおかげか、精霊もクラッドも全く見当たらなかった。

「楽に行けるのはいいが、罠だろうな」

「ボクもそう思うよ。青葉は少しそこらへんの瓦礫に隠れててくれるかい? ちょっと空から見てくるから」

「一人で平気か?」

「バニッシュ亡き今、ボクが警戒するに値するのはアートルムだけさ。でも、あんな巨体なら死角も多いだろうからね。居たとしても見つかりはしないよ」

 休んでいてくれと言いながら門を超えて広場の方に飛んでいったエルピスを待ちながら、罠があるとしたらどういう風に仕掛けるのか考えていた。そもそも、バニッシュさえいなければアールズ一人でもなんとかなりそうな戦力だったと聞いている。クラッドの連中はその時居なかったらしいが、奴らはアートルムと行動を共にしているというのがこちらの見解だ。アートルムがいない限りは、クラッドもいない。だが、こうして漂ってくるどす黒い邪気のようなものはいったい……。

 ほどなくしてエルピスが戻ってくると、驚きの表情と困った表情がごっちゃになっている。

「どうだった」

「どうもこうも……もしかしたら騎士団が動いたのも、アールズが目覚めるまで警戒していたのも、ボクらの独り相撲だったかもしれないとしか言えないね」

 どういうことだと追求したら、確かに驚いて困る状況だった。

「アートルムが、死んでいる?」

「遠目で見ただけだから生きているかもしれないけれど、アルブムの近くで力なく倒れていたね」

 どういうことか、それを冷静に整理する。クラッドを率いるアートルムは死んでいるか、瀕死の状態だ。アルブムを前にただ寝ているだけとは考えられなく、他に見張りもいない。独り相撲とはそういうことか。

 ――いや、死んでいない。確たる証拠があるじゃないか。

「アルブムとアートルムがこの世界を支えているのなら、こうして世界が無事な以上、まだ死んでいない。それよりも急がないといけなくなったな……アルブムもそうだが、アートルムにも死なれたら世界は崩壊するんだからよ」

 突然の事態に走る青葉は門をくぐると、天井が崩れている通路を抜けて左右が見張り台で正面が城への入り口となる広場へ出ると、光り輝く防護壁で身を守るアルブムと、よく見れば微かに呼吸をしているアートルムが目に入る。

「人間、か……」

 空気そのものが振動するような響きでアルブムが口を開くと、その青い瞳が睨み付けてくる。

「ようやく殺す準備ができたのか。だが、我は最後まで諦めん」

 どうも誤解があるようだ。青葉はスブレンドーレの名とランシールの名を出して助けに来たとアルブムへ説明すると、人間など信用できないと一蹴された。

「ならボクならどうだい」

 ヒョコッとエルピスが肩の上から飛び出ると、アルブムはそちらへ視線を向ける。

「成長したリャナンシーか、珍しいな……そこの男と契約していて、かなりの力を持っておるな」

「流石は精霊の頂点だね。それで、ボクなんかと比べ物にならない程、あなたは強くて大きいけれど、同じ精霊のよしみで信じてくれないかな」

 フン、とアルブムが鼻息を吐き出すと、そこのアートルムはどうすると口にした。

「ボクが動ける程度に回復して、ランシールとアールズが封印すると思うよ」

 アールズと聞いて、アルブムは鎖に囲まれた体を揺り動かして生きていたのかと喜びを感じさせる声を出した。

「バニッシュに焼き殺されたと思っとったが、あの小娘も悪運が強いのう」

「精霊の言葉なら信じるんだな」

 青葉が喜んでいるところに口を挟むと、精霊は人間の様に裏表がないものだとアルブムが言う。

「だが、気がかりなのだ。そこに転がっているアートルムをあんな様にした力の主がいつ来るのかとな」

 見やれば、今にも止まりそうな呼吸を続けながら意識を失っている。目立った外傷はないが、その命が風前の灯であることくらいは青葉にも理解できた。

「我をこんな様に追い込んだアートルムがおかしくなったのが四十年程前のこと。年月が経つうちに言葉も理性も失っていったが、逆に力だけは増幅していきおった。だから我が負けてもいいように、マックダフへ力のある者を早く見つけ出せと言っておいたのだがな……」

「白霧の山のことか?」

「左様。元はマックダフが闇に属する精霊と戦える人間を作ろうとしておった試練の場だったが、ついでという形で頼んだのが間違いだったかのう。今こそ力のある人間と精霊が手を合わせるべきだというのに」

「どういうことだ? 諸悪の根源のアートルムなら、もう虫の息だろうが」

 これだから人間は見えている世界が狭いとアルブムがため息を付く。

「そこのアートルムへ影から力を与えながら操り、バニッシュを闇へ落した張本人が、ようやく表れたからだ」

 それは誰だと言葉になりかけた時、はいそこまでと城の入り口から声がした。そしてようやく、ずっと感じていたどす黒い感覚の正体がつかめた。

「もうおしまいだよ。ぜーんぶ私が貰っちゃうもの」

 黒いローブを被った金髪の少女エミリー・ローズが短剣を腰の左右にぶら下げた黒装束のクラッドを二十名ほど引き連れて現れた。

「悪魔め……」

 アルブムが憎しみの籠る声で呟くと、エミリーは悪魔じゃないよと歌うように言った。

「悪魔は私の中に居るの。そして、これからみんなの中にも入る。それに私が欲しいものは全てここにあるの、素晴らしいわ。でも確かに遅かったね。そんな都合のいい人間なんていないもの」

 キャハハと、見た目通りの子供らしい笑顔で笑うエミリーをこうして再び目にしたのと、アルブムの言葉とアートルムの現状を重ね合わせると見えてきた。クラッドを率いて、マックダフが魔だと指したのは、こんなに小さな一人の少女だったのだと。

「そういえば、そこのネイバーさんには私の本当の名前についてのヒントをあげたんだけれど、カセットプレーヤーは直せたかな」

 話の流れから、カセットプレーヤーを置いていったのはエミリーだろう。だとすると、本当の在るべき正体とは――。

「そこまでだ。悪魔に魂を売った愚か者に、本当の名前を教えてはならぬ」

 エミリーは黙っていてよと不機嫌だが、アルブムは続けざまに口にする。

「こやつはネイバーでありながら自らの名前を忘れてしまっておる。いい罰だ」

「せっかくみんなに協力してもらって、ほんの少しだけ覚えている部屋を再現して、ドイツ語が書かれたカセットテープとカセットプレーヤーの残骸と修理に必要な部品をインテグで探して置いておいたのに。無駄だったのかな」

 カセットプレーヤーと修理用の部品はエミリーが残した物。そして、そこに書かれていた人物の名前は――。

「心当たりがあるんでしょ? ネイバー同士、協力しようよ」

「協力、だと?」

「そう! アートルムは四十年かけて私に宿る悪魔の力で支配して、その命は私の手の中にあるから、一緒にアルブムの防護壁を破ったら二匹を殺して私と、そこのリャナンシーにアルブムとアートルムの力を分けて吸収するの!」

 クルクルと回りながら天を仰いでいるエミリーはなにを考えているのか。アルブムとアートルムが死ねばパーガトリーは崩壊するというのに。

「話を聞く気は毛頭ないが、何を企んでいるのかは吐いてもらう」

 そうして黒斬りを引き抜くと、それを目にしたアルブムが驚きの視線を向け、エミリーが両手をあげてほとほと困ったものだねと青葉を見る。

「まさかネイバーが白霧の山を登り切るとはの。これは偶然か? それとも必然か?」

「どっちでもいいだろ、相手がアートルムじゃなくてエミリーとクラッドだけなら動けないように斬るまでだからな」

 夜の闇とアンフェール特有の薄暗さが混じっている暗闇の中、クラッドたちは腰に下げていた短剣を手にする。

「エルピス、こっちで時間を稼ぐから、アルブムとアートルムを回復してやってくれ」

「言われなくてもってね!」

 アルブムの方へ飛んだエルピスを横目で見てから、黒斬りを両手で握って構える。エミリーを含めて二十一対一、戦力差は絶望的だ。それでも、ここでエミリーを斬ればすべての方が付く。ここまで来てしまったのなら、殺さずに拘束するなど不可能だ。青葉は自分に言い聞かせると、諸悪の根源であるエミリーを捉える。

「今度こそ地獄に送ってやると言いたいが、殺さずに動きを止める」

「できるかな~?」

 おどけているエミリーを守るようにクラッドの連中が前へ出ると、フードで気が付かなかったが、その顔には生気がない。死人も同然だ。

「こいつらになにをした」

 一歩飛び退いて浮遊したエミリーへ視線を送ると、アートルムと同じことをしたと笑っている。

「私の中にフルフルっていうソロモン72支柱で三十四番目の悪魔がいるの。雷や嵐を操ってくれるんだけれども、とっても強くてね。行き場のないホームレスとか戦場跡地で死にかけている騎士とかに力を分けて操っているの」

 バンシーとの戦いのような相手だが、あの時以上のプレッシャーがする。覚悟を決めなければならないかもしれない。

 両手に短剣を持ったクラッドたちは四方八方すべてを囲むと、エミリーが真上に現れた。

「殺さない程度に痛めつけて。止めは私がさしたいから」

「そう簡単にやられるかってんだ」

 周りからは短剣を手にするクラッドの連中が距離を詰めてきて、頭上にはバニッシュから吸収したのか黒炎を右手に、左手に雷の塊を浮かべると、それを投げてくる。四方八方からの攻撃に目を閉じると、白霧の山で鍛えた輪郭だけの世界が死角などなく全方位に広がる。後ろも上も見える状態で一人一人丁寧に相手をしては、蹴るなり殴るなりして気絶させ、数を減らしていく。エルピスの方も順調なのか、アルブムは自由を奪っている鎖を引きちぎろうと暴れはじめた。

「ああ、それは駄目だめ」

 頭上から消えたエミリーを探す為、瞼を開くと、エルピスを狙っているのか黒炎を噴射している。俊敏さで避けるエルピスだが、放ってはおけない。クラッドの連中を片づけると、エルピスと並び立つ。

「これは困ったなぁ。協力してくれないならアルブムとアートルムの力が両方とも欲しいのに」

「強欲は罪だって俺のいた世界では口にする輩がいる。それにクラッドは片付けた。お前の余裕面も今の内だ」

「そうかな? 私には奥の手があるけれど」

 なんのことだと頭に考えが浮かぶ前に、エミリーは笑い声を城の広場に響かせて右手に雷の槍とでも例えようか、それを投げると青葉やエルピスでもなく、アルブムすら超えて、アートルムの背中へと突き刺さる。貫通したであろう雷の槍のせいで息絶えたアートルムの体から黒く光る粒が現れると、エミリーが吸収した。それと時を同じくして、地響きと共に数えきれないほどの悪意がアンフェールに現れた。

「なにしやがった!」

「見ての通りだよ。アートルムを殺して力をつけて、地獄の門が開いた。ただそれだけだよ」

 悪魔がどんな姿をしていてどれほどの力があるかは見当もつかないが、ここから感じ取れる悪魔の数は百人そろったユーランド騎士団に匹敵する。このままでは悪魔が半分しかいないユーランド騎士団とシエルを襲うことは明白だった。更に、今度は今の地響きと比べ物にならないほどの揺れ具合が襲い来る。

「流石はアートルムだから死んでも完全に崩壊しないけれど、力なら貰ったよ。それに、アートルムがいなくなったから世界は崩れようとしているね」

「このままだとお前も死ぬんだぞ!」

「ううん、だいたい計画通りなの。私の目的にはまだ遠いけれど」

 それでも、貴様たちの好きにはさせない。途方もない怒りの声が空気を振動させると、アルブムが鎖を引きちぎって白い翼を広げた。ワイバーンの三倍はあり、威圧感も底知れない。だが、まだ傷は完治していないし、これまで防護壁を使いつづけていたからか、弱っているようにも見える。

「人間よ、案ずるではない。悪魔どもは確かにパーガトリーへと現れたが、地獄でない以上、悪魔どもは真の姿を保てん」

「どいうことだ!」

「話せば長くなるが、悪魔どもは精霊や人霊の様に人と契約して力を振るうだろう。まだ器となる人間が集まり切っていない今なら、逃げることはできる!」

「戦わないのか!」

「クラッドと名乗っておったか。あやつらがそこら中で悪魔と契約を交わしておる。故に、時間はあまりなく、ここは一旦距離を取る。乗れ、人間」

「弱い生き物に貸す手はないんじゃなかったのか?」

 白霧の山でエルピスから聞いたアルブムの言葉をそっくりそのまま返してやると、笑みを浮かべているのか、どことなく口角が上がっている。

「白霧の山を制し、二十対一で傷一つ負わない貴様は強い、このアルブムが認めよう。戦いの場は必ず設けるとして、今は飛ぶぞ! 鱗に捕まり振り落されることなくステンツに行こうではないか!」

 飛び上がったアルブムへ、エミリーはやれやれといった様子で青葉たちを見上げた。

「流石に追えないから、またね~」

 純粋故に狂気と悪意が見えにくいエミリーを残してアンフェールの壁を超えると、待機していた騎士団とシエルに撤退だと叫んだ。次々と飛び上がるワイバーンたちを見てアルブムは同族嫌悪なのか顔をしかめたが、傷だらけの白い翼は王都ステンツへと容赦のない速さで飛んでいく。帰ったら、また真っ白になっているだろう。


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