幼馴染が推しに転生してて、すでにゲーム攻略は終わって、あとは私と結婚するだけ!?
辺りから悲鳴が、逃げろと言う声が上がる。それが誰に向けられたのかも分からず視界に入った女性が指差した方向へ首を動かす。つい、と上を向いた視線はガラス張りのビルを、そのガラスにぶつかりながら落ちてくる鉄骨を映した。疑問を持つことすら許されず、隣にいた幼馴染を突き飛ばすような余裕もなく俺たちはそれに押しつぶされる。
骨はその重さに耐えきれず、体の柔らかな部分はなんの抵抗もなく潰れ、その痛みすらわからないまま、後悔すら出来ずに死ぬはずだった。
閉じたまま二度と開くはずの無かった瞼が持ち上がる。ぱちりとゆっくり瞬きを一つして視界を確保し、辺りを見渡すと限りなく白い空間。何も遮るものもなくただ真っ白な壁が、天井が、床が続いていて。その床を滑るように視線を奥に向かわせると思わずヒュッと息を飲む。そこには先程助けられなかった幼馴染がいた。近付き、手を伸ばして肩を揺する。頬を軽く叩く。けれども俺と違って幼馴染は目を覚まさない。なんでどうしてと手を握り、それを額に押し付けてこみ上げる熱さを飲み込もうとするが、さっき見た最後の光景が潰れる幼馴染が思い出されて喉が引きつり、目が熱い。潤むそれが抑えきれなくて嗚咽と一緒にぼたぼたと落ちる。なんで、どうして。
「……きこえるか」
「っ……!?」
「ああ、聞こえているな……なら前を向け」
突然の声に思わず顔を上げる。ぐしゃぐしゃのまま、手を握ったまま言われた通り前を向けば、すぐそこに誰かがいた。つい先ほどまで幼馴染以外何も無かったここに誰かが。
「この娘を助けるために願いを聞いてくれないか」
「……なに、いって?」
「とある世界の調整を失敗してしまってな。お前たちの言うハッピーエンドというものが存在しなくなってしまった。お前にはその世界で調整を失敗した原因を探り、調整の成功……ハッピーエンドまで導いてもらいたいのだ」
誰か、としかわからないシルエット。声は恐らく男のものだろうが老いてるようにも若々しくも聞こえて、自分の感覚が消えるように感じる。
俺の肯定など待たないように、返事なんて決まっているだろうとでも言うように誰かは続けた。
「何も知らない場所へ飛ばす訳ではない。……いやお前は知らないかもしれないがこの娘の記憶をやろう。そうすればお前にとっても知らぬ場所では無くなるだろう」
「なあ、何言ってんだよ……ハッピーエンド……? ゲームみたいなこと言って、ほんと、やめろよ、こいつも俺も死んだだろ、なんで人生続けられるみたいなこと」
「続けられるぞ。お前の姿形は変わるだろうがお前という存在は変わらず、別の世界へ飛ぶ。だがもしもお前が世界の調整を正しく終えた時、この娘はこのままお前の元へ送ってやろう」
手を握っていたはずの幼馴染の体が突然宙に浮き、ぽわんと現れたシャボン玉のようなものに包まれる。
「さあ頼んだぞ、カナデ」
「…………………………というのが俺とお前が死んだ後にあった神様との会話でな」
「……意味が、わからない」
「俺が一番わからなかった」
ふかふかのベッドの上、最後の記憶では制服のままだったはずが、ゆったりとした部屋着へと着替えさせられていた。
一通り聞いた話はなんとか理解しようと頭を働かせるがなんとも追いつかず、落ち着ける要素がないかと視線をうろうろと彷徨わせると、ここが現代でまったく見たことのない部屋というのがよくわかる。何しろ現代機器が一切見当たらないのだ。スマホもテレビもエアコンも何もかも、置いてある家具のひとつひとつもファンタジーで見たことのある背景のようなそれで、何より、だ。
「あの」
「うん?」
「あなた、本当にカナデなの」
繋がれた右手の先にいる男性。金髪に、濃い碧の瞳。少したれ目がちなそれが優しく細められてずっとこちらを見つめてくるが、記憶にある幼馴染であるカナデの見た目と一切重ならない。けれども私はこの顔を良く知っている。そうとてもとても良く知っている。
「ああ、本当にカナデだよ、お前の幼馴染。でも、ここではエンデ・ヴァルスタンを名乗ってるけど。こっちの姿はお前の方が良く知ってるんじゃないか?」
どう考えてもどう見ても本命ジャンルの推しです本当にありがとうございます。
その顔でじっと見てくる視線から逃げたくて空いている手でシーツを被る。そうしてぎゅっと目を瞑れば思い出す最後に見た幼馴染の顔。
驚いたような、絶望したような、慌てたようなそんな色んなものが混じった顔だった気がする。そんな顔が最後で、もう会うことはないだろうとあの瞬間確信したのだ。潰れる感覚も痛みも何も覚えてないけれど絶対に死んだという確信だけはあって、だから私はもう一度目を覚ました時本当に驚いた。……起きた場所が病院などではなく石造りの廃墟のようなところだったのにも驚いたけども。
「というかさ、ちょっと確認なんだけど」
「ん?」
「私がここにいるってことは、カナデはハッピーエンドやり遂げたの?」
「ああ、当然。お前の記憶フル活用させてもらった。トゥルーからバッドまですべて網羅してて助かった」
「が、学園生活の諸々は」
「もう終わったな。今はいわゆる俺を含めた攻略キャラ全員、後に国の中枢で働くために城勤めしてる」
「えっ、あの、ヒロインは」
「ああ、大丈夫。ちゃんと王族に保護されて今は次期王女になるため修行中だ」
「んっ? えっ、待って、あのさ、結局どういうエンディングに行ったの?」
うーん、とカナデが顎に手を当てて、思い出すような素ぶりをしながら答え出す。
「とりあえず俺がヒロイン役をすべてやりきり、フラグを回収しきった後、男の友情に消化させた上で、バグ原因になってたヒロインに取り憑いた転生?成り代わり?ヒロインになりたかったオタクの怨念を卒業前に祓って、さっきも言ったようにみんなが所謂恋愛エンドやらで得られる最高の立場に行ける程度のハッピーエンド、か?」
「い、意味がわからない!」
「大変だったんだぞ。こっちは幼少期からの転生だったからなんとかなったけど、もしも学園からスタートだったら逆ハーフラグ取られてたかもしれなかったからな」
大きなため息がひとつ落ちる。
「本当に大変だった。でももう終わりだ。あとは俺のハッピーエンドだけだ」
「カナデのハッピーエンド?」
「ああ」
右手が改めて握り直されて、カナデが、というか推しが綺麗に微笑んだ。
「結婚してくれ」
「……待って」
「待てない。お前を待つために全力で見合いを断っていたら、俺は男しか好きになれないんじゃないかという噂が立って両親が泣きに泣いてそろそろ寝込みそうなんだ。安心しろ、お前がよく知ってる通り、エンデは裕福だからお前は家でこの世界の貴族のことを学んでくれさえすれば贅沢に生きれる」
「待て待て待て待て、待って」
「この顔、好きなんだろ? 推しと結婚出来るんだ。問題なくないか」
「待って! いやそれは確かに魅力的だけど、今ここにいるのはエンデじゃなくて、カナデじゃん!?」
「ならもっと問題ないだろ」
「何が!?」
「お前がどういうやつか知り尽くしてて、何が嫌いかも、何が好きかも把握してる。今更生活をすり合わせるようなこともない。勝手は違うだろうが、二人の時なら昔のままでいれる」
「そ、そういうことじゃなくて、その」
もご、と口の中で転がす言葉を音にするか悩んで言い淀む。
「……俺は、昔からお前が好きだったけど、お前は違うのか?」
ぼそりと小さく呟かれたそれに、思わず赤面した。聞きたかったのは、それだったから。
「わ、私も好きだった、よ」
「なら、結婚してくれるか」
「…………いや待って、でももうちょい冷静になった方がいいような気がしてきた」
「なんでだ」
「だって! 幼馴染が推しになってて、最愛ゲームのルート攻略が全部終わってて、推しが私にプロポーズしてくるって夢としか思えない!」
「……わかった。なら現実だって思い知らせるために明日から毎日、頷くまで、全力でこの顔と声を使ってプロポーズするから覚悟しろよな」
「えっ」