そして 私の目は閉じて
入院していた母の意識が戻らなくなった。
病院の、消毒薬のにおいのするベッドに横たわり、時折り、魘されているように眉がより、手が痙攣した。
それでも、呼びかけに反応はない。
かろうじて、口の動きから読みとれたのは、
「あ っ ち へ い け」
だろうか。
風のような吐息としてすら、音は聞こえない。
薄暗くなりゆく外。
室内の明かりはどこで制御しているのか、寒々しいまでに煌々として、何の影も許さない、はず。
なのに、ベッドの黒い小さな何かが潜んでいる。
母が目を開けなくなってから、それらは出るようになった。ちらちらと、
ばちりっ
だろうか。
バリバリ……だったろうか。
膠で閉じたものを無理に引きはがしたような音がして、黒いものは、金色の目を開いた。
そしてようやく、それが猫だと気が付いた。子猫だ。連鎖的に、子どもの頃の記憶も蘇った。
目を開けてないから、大丈夫なのよ。
母はそう言って、自宅のガレージに産み落とされた子猫を、母猫がいない隙に穴に埋めてしまった。
増えては困るし、あんなところで育てられたら外聞が悪い。ご近所に迷惑じゃないの。
目を開けてないから、まだ生きていないの。だから、こうしてあの世に戻してしまって大丈夫。
その理屈に納得は出来なかったが、だいぶ後日、もう大人になってから、私も同じことをした。
血筋なのだと、ソレを汚らわしい土に埋めながら、笑った気がする。笑えた気がする。
そして今、老いた母の目は、閉じ。
あの、永遠の子猫の目は開き。
赤黒い口を開き、牙を研ぎ、母がそちらにいくのを待ちこがれて、涎を垂らしている。
なるほど。
業は返るのか。
ならば私も。
埋めたモノが、私の目が閉じるのを今か今かと待ちながら、どこかの影に潜んでいるのだろう。
魘される母を見下ろして。
取り返しのつかない自分の罪を他人事のように思い返して。
私は
思い決めて
笑った。
謳歌しよう。
目を開けていられるこの日々を。
生きている。
それだけで何もかもがすばらしいのだから。
母とて今までさんざんに謳歌しただろう、生者の特権として。
病院からの帰り、暗く寒い道を歩んでいると、物陰から小さく丸い影が覗いていた。
ばり・ばりと。
こじ開けられる音がした。
黄泉が、あの世が、現世に滲み出す。
片目が開いて、血走った目が、私を恨みがましそうに見ていた。
ひそりと一人で、バスルームを血まみれにして、産んで。
産声も許さずに縊り殺した、私の娘が。
掘り起こされないよう、ポリバケツにしっかり密閉して、埋めたあの子が。
呪声を紡ぐ。
き な さ い よ
か わ い が っ て
あ げ る か ら
いえいえ。
まだまだ。
私は楽しみますよ、人生を。
目が閉じるまでねっ




