遠つ人待つ
いく日ぶりか、少女は祠の前に現れた。
すぐに狐は姿を現し嬉しそうに言う。
「しばらくだったな、元気であったか。」
「ごめんなさい。なかなか来れなくて。」
聞けば琴やら歌の練習で忙しいとのことで、この日もこっそり逃げ出してきたというのだった。
「そうか。ならばこれからは、我からも会いに行くとしよう」
「嬉しいけど、そんなことができるの」
少女は不思議そうに言う。
「お前のおかげで霊力が強くなった。日中は祠を空けられないが、夜なら大丈夫だ」
「楽しみにしているわ」
少女はにっこり笑い、手を降りながら帰っていった。
その日の夜ー。
月明かりが草木を照らす。アイは少女の家へと降り立った。とても立派な御殿である。
程なくしてアイは少女を見つける。
床で寝る支度をしていた少女は、気配に振り返り目を丸くする。
「まあ驚いた。アイなの?」
そこには長い銀髪で耳と2本の尻尾を生やした美しい女の姿があった。アイは微笑む。
「さあ、こちらへ。今夜は冷えるわね」
白い布団の上にアイを呼び寄せ、小さな声でお喋りを楽しむ。
歌を2人で読み合ったり、お手玉をしたり、じゃれあったり。一緒に寝たりもした。
毎晩のように2人は一緒に過ごし、お互いにかけがえのない存在となっていった。
ところがある日、アイがいつものように訪れると少女の様子がおかしい。月を見ながら、涙を流しているようだった。
「・・・・・・何かあったのか」
「あのね、お父様の言いつけで輿入れが決まりそうなの。会ったこともない人なのに・・・・・・」
最近習っていた歌や楽器、礼儀作法もこのためだという。
少女は屋敷の姫であった。この時代の姫は家と家を結ぶための道具のようなものであり・・・・跡継ぎを残すのが、課せられた使命なのだ。
事情を一通り聞くとアイは姫の手を握り抱き寄せ、涙を舐めた。
「・・・・・・アイが殿様だったら良いのにな。こんなに大好きなんだもの」
アイを一瞬見つめてから、姫はアイの唇に自分の唇を重ねる。
「お前が誰の元へ輿入れしようともー」
唇を離し、アイは涙を流す姫を抱き寄せながら言った。
「ずっと傍にいてお前を守る」
「・・・・・・ありがとう。約束よ」
満月の夜のことであった。